第4話 〝はじめてのイドラ〟


 昼下がり、俺は活動拠点である第三都市ミャリールから少し離れた空き地でマルコスと向かい合っていた。お互い、木剣を握り締めている。


 戦い――決闘のルールは至ってシンプル。

 相手に負けを認めさせるか、相手を戦闘不能に追い込むことができれば、自分の勝利となること。


 決闘開始の合図は仲介者――クシェラが行うこと。ルールを破った場合は、相手の勝利となること。この三つを守れば、何をしてもいいらしい。


 マルコスの様子を見る。

 奴は堂々していた。

 勝つ気満々だな。

 何か作戦でもあるのだろうか。


 ……緊張する。

 せっかくやるからには、俺も勝ちたい。

 勝って、クシェラの期待に応えたい。


「始め!」


 クシェラの合図によって決闘が開始するが、俺とマルコスどちらも木剣を中段に構えたまま動かない。睨み合い、しばらくしてマルコスが口を開いた。


「悪かったな。ただの冴えない奴だなんて言って」


 なんだ、こいつ。

 いきなり何の話を。

 もしかして、言葉に関係するイドラか? 

 だから、決闘が始まっても一歩も動こうとしなかった? 間合いが関係ないから。


 いや、深く考えすぎか? そもそもこいつがイドラを持っているという確証はどこにもないんだ。


 にもかくにも、情報が少なすぎる。

 今は返事をしないのが得策だろう。

 

「姉貴がおめぇに目を掛けている。何かしら、おめぇが特別なものを持っている証拠だ」


「――――」


「最初から本気で行かせてもらうぜ? 負けを認めるなら、今のうちだ」


「――――」


「行くぞ!」


 マルコスはそう叫ぶと、右足で地面を強く蹴り、間合いを詰めてくる。動きがとても速い。それに、段々と加速している……?


 イドラを使っているのか、もしくは魔力による身体強化か。まだ判断がつかないな。とりあえず、両手が木剣で塞がっているので、魔術を使われることはないだろう。


 マルコスが木剣を袈裟懸けさがけに振ってくる。

 良かった、まだ反応できる速度だ。

 俺はその攻撃を木剣で防ぐが、


「――ッ!」


 次の瞬間、マルコスに木剣を叩き折られた。

 まずい、何とかしなければ――と思った時には、もう遅かった。

 俺の左肩にマルコスが振るった木剣が激しく打ち込まれる。


「ぐぎゅッ!!」


 激痛が走る中、俺はマルコスの次の攻撃から身を守るため、急いで跳び退しさる。そんな俺に肉薄にくはくしてくるマルコス。


 左肩の骨にひびが入ったのか、折れたのか。

 左腕を少しでも動かすと、激痛が走る。

 くそっ、痛手だ。


 俺はもう使い物にならないと判断し、折れた木剣をマルコスの額目掛けて右腕で投擲とうてきする。

 マルコスに木剣で弾かれた。

 上段の構えをマルコスが取る。

 木剣を俺の頭に振り下ろす気だ。


 だめだ、くそ。避けるにしても、土魔術を使うにしても時間が足りない。これをまともに食らったら、間違いなく頭が割れるだろう。あの威力だ。戦闘の続行なんて夢のまた夢。


 ――大人しく負けを認める?

 なにを、バカな。


 オマエには、あるはずだ。

 この状況を打開する、起死回生の一手が――!


「ハアアアァァァァ!」


 そう叫びながら、マルコスが俺に向かって真向斬りを放つ。この技でこの決闘を早々に終わらせるつもりなのだろう。


 そうは、させない。

 俺は魔力器官と魔動器官の接続を切り、魔術紋へとありったけの魔力を流し込んだ。


 ――来い!


減速リテヌート――ッ!」


 瞬間、俺の頭にマルコスの木剣がぶち当たった。特に痛みを感じない。どうやら減速リテヌートの発動に成功したようだ。


 動きを遅くしたことによって俺の髪の毛が石のように硬くなったのか、マルコスの木剣が折れた。マルコスは俺の体の異変に気づき、後ろへ跳ぼうとするが、逃がさない。


 減速リテヌートを解除し、俺は体を前に出す。そして、右手でマルコスの服を掴んだ。


「ぐっ!」


 なんだ、この力の強さは。

 マルコスをこの場にとどめようと必死に踏ん張るが、右腕が千切れそうだ。減速リテヌートを使わなければ、もう一秒と持たないだろう。


「――ッ!?」


 イドラを右手の表皮に発動し、マルコスをこの場に固定する。逃れようとするマルコスは、折れた木剣で俺の体中をぼこぼこと叩くが、全身の皮膚に減速リテヌートを発動することで打撃を無効化した。


「くそっ! なんなんだ、このイドラは――ッ!!」


 時間は与えない。

 俺は減速リテヌートを解除し、マルコスの腹を膝で蹴った。


「ゔぉぐッ!!」


 マルコスは俺の支配から逃れようと、自らのイドラ――恐らく『重力操作』で自分に働く重力の向きを真横に変えるが、


「手ぇ離すわけないだろ」


 減速リテヌートを右手の皮膚に再び発動し、俺はまたもやマルコスの腹に膝蹴りを打ち込んだ。マルコスの顔が苦痛に歪む。もう俺に反撃を試みる余裕はないらしい。


「もう打つ手がないんだろ? 負けを認めろ」


「嫌だ! おれはクシェラの姉貴に――ゔぉげッ!」


 このまま会話を続けても無駄だと思い、俺はマルコスの腹に三発目の膝蹴りを叩き込んだ。


「もう一度言うぞ。負けを認めろ」


「いやっ、だ……!」


「そっか」


 意志が固いな。

 戦闘不能に追い込むしかなさそうだ。


「悪いな、マルコス。俺も負けたくない」


 そう言って、俺はマルコスの腹部に四発目の膝蹴りを打ち込んだ。


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