キラー・クイーンはNTRたい

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第1話 モエ・ド・シャンドンを棚に飾る

 東京都内某所。そこには60代後半のお婆さんが経営するバーが存在する。木造建築の昔ながらの雰囲気を残したバーだ。ここのところ客足が遠くなっており、経営難というほどではないが金銭的に苦しい状況になっているらしい。


「ところで、皆さんはキラー・クイーンをご存知ですか?」


 バーに備え付けられたテレビの中で、コメンテーターの女性が口を開く。その内容は注意喚起のようなものだった。


「巷を賑わす結婚詐欺師です。女殺しの女王とも呼ばれていまして、初な女性を誘惑し、お金を騙し取る極悪非道の犯罪者です」


 コメンテーターの声には真剣さが籠っていた。彼女の隣に座る、別のコメンテーターも大袈裟に頷きながら彼女に賛同する。


「その被害総額の多さから、ネットでは『伝説的』などと持て囃されていますが、私は断じて彼女を許してはならないと思っています」


 その口調には徐々に熱が入る。ヒートアップするコメンテーターを見た司会者は、慌ててストップを掛けた。


「確かにキラー・クイーンの話は有名ですよね。でもアレって創作の話なんじゃないかって噂もありますよ。だってもうかれこれ10年近く活動してるのに、一向に警察に捕まらないじゃないですか」


「いえ! キラー・クイーンは決して創作などではありません。現に私の友人も――」


 テレビの声を遮るように、カランコロンと鈴の音が鳴った。それはバーの入り口の扉に掛けてあるもので、来客を知らせるものであった。扉はゆっくりと開き、外の薄ら寒い空気を招き入れる。しかしお婆さんはそんなことなど気にも止めず、笑顔で客人を歓迎した。


「ノーナちゃん、いらっしゃい」


 その寂れたバーに入ってきた女は、艶やかな黒髪を揺らしながらカウンター席に座る。脚の長さを強調するようなスラリとしたジーンズ、光沢のある黒革のジャケット。そのファッションのどれもが彼女の整った容姿を際立たせる小道具に過ぎない。彼女はカウンターの奥に立つお婆さんをサングラス越しにちらりと見ながら注文をする。


「アースクエイク」


「はいはい、いつものね」


 彼女が酒を飲む時はいつも最初にアースクエイクと決まっている。それでなければ酔えないからだ。お婆さんはそのことを知っているから気にも止めず、注文通りシャカシャカと手際よくカクテルを作り始める。


「いつもより元気がないわね」


 その傍ら、お婆さんはノーナの変調に目を向けていた。顔色や声色、そして何よりノーナの纏う雰囲気から、いつもとは違う様相を感じ取ったのだ。


「ちょっと、ね」


 彼女は聞く者の耳を孕ませるような低い声で答えた。低い声とは言っても、女性的で上品な声だ。男の絶滅したこの近未来において、このように低い声を持つ人物は少ない。


「最近調子よくないんだ。景気が悪い」


 お婆さんは作ったカクテルをグラスに注ぎ、ノーナに差し出す。彼女は口の渇きを潤すように一気に含むと、それを嚥下した。


「確かに最近は不景気よねぇ。ここもずっとがらんどうなのよ」


「私達からすれば都合はいいけどね」


 グラスが空になり、次なるカクテルが注がれたちょうどその時。再びカランコロンと扉の鈴が鳴った。そうして現れたのは、お婆さんより一回りほど小さい女の子であった。ピンクと黒を基調とした可愛らしいロリータ服を着ており、全身に甘い香りを纏っている。ノーナとは違い髪を腰辺りまで長く伸ばした彼女は、バーの中をぐるりと見渡すと、カウンター席に座るノーナを発見した。


「やっほ~、来たよ~」


 その小さな体躯で彼女はノーナの隣に座る。そして手に持っていた紙袋をカウンターテーブルの上に置き、可愛らしく口角を上げてノーナの頬をつついた。


「やめて、鬱陶しい」


「なんて言ってホントは嬉しいクセに~」


 彼女はコロコロと笑う。ノーナとは正反対に、彼女の声は高く可愛らしく、聞く者の胸を高鳴らせる性質があった。髪の長さも、着ている服のタイプも、性格すらも2人は正反対と言えそうであったが、双方非常に優れた容姿をしているという点は共通している。


「サロメちゃんもいらっしゃい」


「オバチャンもやっほ~。今日も私達のために人払いありがとね」


「別に人払いしてるわけじゃないのよ。シンプルに客が来ないだけなの」


 ノーナは美しくカッコいい、いわゆるイケメンであった。一方サロメと呼ばれた少女は幼く可愛らしい、いわゆるロリータであった。そしてどちらも道を歩けば10人中10人が振り返るほど、魅力的な容姿をしている。しかし彼女らはアイドルや女優などといった、平凡な職に就いているわけではない。


「それでさ~、聞くまでもないと思うんだけど、今月どうだった?」


 サロメは悪戯っぽい笑みを浮かべてノーナの顔を覗き込む。


「カスだね」


「ん~? それは私が? それとも今月の収入が?」


「両方」


 ノーナのグラスはすぐに空になる。そしてその度に新しい酒が投入される。ノーナは苛立ちを発散するように暴飲を続ける。


「そんなイライラしないでよ。ほら、今日はあんたにプレゼントを持ってきたのよ」


 そんなノーナの様子を予想していたかのように、サロメは持ってきた紙袋の中からプレゼントとやらを自信満々に取り出した。それはどうやらボトルのようだ。


「てってれ~。モエ・ド・シャンドン~!」


「私それ嫌いなんだよね」


 ノーナはお婆さんに追加のカクテルを要求。再びシャカシャカという音がバーに響く。一方サロメはボトルを取り出したポーズのまま固まっていた。


「人の好みも知らないでプレゼントとか、普通あり得ないでしょ。っていうかそもそもサプライズ自体そんな好きじゃないし」


「なっ、何よ……。せっかく買ってきてあげたって言うのに……」


「どーせそれも貰いものでしょ? 性悪女め」


「あ、バレた?」


 サロメはボトルに付いていた手紙を引きちぎると、それをうっとりとした表情で撫でる。なお、ボトルはテーブルの上に放置である。


「そうなのよ~。この子、今月だけで5000万くらい貢いでくれてさ~。頭は悪いけど金は持ってるからマジ優良株! これもなんか高いやつらしいよ。私は酒飲まないから知らないけど」


 こうしてモエ・ド・シャンドンはノーナに押し付けられた。しかしノーナとしても処分に困る代物である。彼女は目を泳がせ、どうしようかと逡巡した後、ふとカウンターの奥に立つお婆さんに目をやった。


「オバチャン、プレゼント」


「あらあら、ありがとうねぇ」


 哀れなるモエ・ド・シャンドンは遂に真の主人の元にたどり着いた。お婆さんは柔らかな手つきでボトルを受け取ると、ちょうど空いていた棚にそれを飾った。高級品というだけあって装飾も煌びやかなため、置物にはぴったりだ。


「あ、そうだオバチャン。キャビアってある?」


「あるわよ。サロメちゃんが好きだって言ってたからこの前仕入れたの」


「さっすが~」


 小皿に盛られたキャビアを摘まみながらサロメはタバコをふかす。その隣でひたすら飲み続けていたノーナの顔は少し赤くなっていた。口も少しばかり饒舌になり、彼女は話し始める。


「それで、あんたは今月いくらだったの?」


「ふふん、今月は1億963万円だったわ。あんたは?」


「……6000万円くらい」


 面白くなさそうにそっぽを向くノーナ。逆に笑みを深くするサロメ。


「あんたはホントにダメね~。あんたの悪いとこ1つ教えてあげよっか? あんたさあ、金なくなった相手のことすぐ切るでしょ? あれはやっちゃダメよ~」


「金のない人間になんで時間使ってやらなきゃいけないの」


「分かってないわね~。そういうところが6000万なのよ」


 ピキピキとノーナは額に青筋を浮かべる。そして怒りを発散するように、グラスになみなみと注がれたカクテルを一気に飲み干した。サロメはその様子を見てずっとニヤニヤしている。


「私達、約束したよね? 30歳になるまでにより多くお金を稼いだ方が勝ち。勝った方は負けた方を嫁に取るって」


 つまり負けた方が嫁、勝った方が旦那になるということ。それは戸籍上の表記の違いでしかない。しかし当人……ノーナとサロメにとっては違う。


「嫁に取られるなんて嫌だ、プライドが許さない~なんて言ってたのは……どこのノーナちゃんだったかなぁ~?」


「チッ……」


「あれれ~? 今の貯金額は~、私が103億5693万円で~? ノーナちゃんは今月分入れても~? 96億円くらいかな~?」


 これでトドメと言わんばかりに、サロメはノーナの顔に向けてタバコの煙を吹き掛けた。バニラに似た甘ったるい香りがノーナを襲う。彼女はなんとか深く息を吐いて、精神を落ち着かせる。


「私達、もう28だよ? あと1年ちょっとしかないんだよ? それなのにこんな体たらくで大丈夫? 私みたいな小っちゃな女の子に負けちゃうの~?」


 サロメの煽りに乗ってはいけない。しかしノーナはせめてもの抵抗として、キャビアの入った小皿の中身を全てむんずと掴み、自分の口へ放り込んだ。


「あーっ、何すんのよ」


「……いいから本題に入って。わざわざ呼び出したのは私を煽るためだけじゃないでしょ?」


 ノーナはこの日、「面白い話がある」とサロメから連絡されてバーにやってきたのだ。サロメのことだからどうせろくでもない話ではあるだろうが、逆に今度はどんな突拍子もない案件を持ってきたのか、ノーナは気になっていた。


「がっつくわね。まあいいよ」


 サロメは携帯灰皿に火を消したタバコを突っ込み、それを懐にしまった。そして相変わらず真剣さのない、どこかふざけたような態度で話を始める。


「デスゲームって知ってるわよね?」


「デスゲーム?」


「そう。あんたが想像してる、そのデスゲームよ。実は裏社会のブローカーから仕入れた情報なんだけど、近々恋愛デスゲームとかいうイベントが開催されるみたいよ。参加してみない?」


 軽薄なサロメと違い、ノーナは慎重で冷静。デスゲームなんていかにも危険そうなものに参加するわけが――。


「ちなみに賞金100億円」


「やる」


 ――あるのだ。

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