三章⑦ 無法魔術師は逆らえない
まだ閉門の時間にはかなりゆとりがあったはずだが、僕が《叡智の森》に戻ってきたころにはすでに門がその口をぴったりと閉ざしていた。
何事かと思って守衛の詰所に足を運ぶと、狭い部屋の中では何故かライラと鈴音さんが机を挟んで顔を突き合わせており、妙に真剣な様子でリバーシに興じている。
「ここよ!」
「ふっ……コレだから素人は。ほれ」
「……あれ? あたしのおく場所が……」
「次はここ」
「え、ちょっと待って」
「そして、ここ」
「ま、待って! ストップ!」
「最後はここだ!」
「あー! ぜんぶ真っ白になっちゃったじゃない!」
「ふっ……これでわたしの15戦15勝だな」
「くっそぉ……!」
何やってんだコイツら。
「む、やっと帰ってきたようだな」
「遅いのよ。どうせまたあのパン屋に寄ってたんでしょ?」
バレておる。この感じだと、きっと鈴音さんにも探偵の才能があるな。
「どうしてライラがここに? そもそも、なんで門が閉じてるのさ」
ひとまず鈴音さんの言葉は無視して、僕が訊いた。
「そんなの、あんたをここに誘導するために決まってるじゃない」
鈴音さんはリバーシの石をケースに戻しながら、さも当然といった様子で答える。
ライラも頷くと、小さく肩をすくめながら僕のほうに顔を向けた。
「分かっているとは思うが、わたしはおまえからの報告を聞くために来たんだ。ただ、森に入ろうとしたところで鈴音さんに呼びとめられてしまってな」
なるほど、よく分からん。
おそらく鈴音さんが僕を詰所に誘導したのはここにライラがいるからなのだろうが、それならそれで、どうしてライラを詰所に連れ込むような真似をしたのだろう。
「どうしてって……だって、あんたがいつ戻ってくるかなんて分からないんだし、あんなボロ小屋で一人待ちぼうけさせるなんて、かわいそうじゃない?」
「うむ。気を遣っていただいたようでな」
ライラは素直に納得しているようだが、はたして本当にそんな親切心からだろうか。
「か、勘違いしないでほしいんだけど、別にあんたたちがあの小屋で二人っきりになるのが癪に障るから阻止しようとしたとかってわけじゃないわよ?」
「そうだぞ、アテナ。そうは言ってもここに長居をしては邪魔になるだろうし、わたしたちはそろそろお暇させていただくことにしよう。二人きりで報告会をするためにもな」
「は? 行かせないわよ?」
「行かせてもらう。邪魔だてはさせん」
やべえ、火花が飛んでやがる。
「別に報告会ならここですればいいじゃない。あたしが長年の守衛経験からあんたたちの推理にビシッとイカしたアドバイスをしてあげるわよ」
「守衛の業務と警察の捜査は似て非なるものだ。素人のアドバイスはときに判断を誤らせる危険性もある。ご遠慮いただこう」
「それを言ったらアテナくんだって素人じゃない!」
「彼はあくまで報告をするだけだ! 内容の精査についてはわたしが責任をもって行う!」
ダンッ! ――と、二人がほとんど同時に両手を机の上に叩きつけた。
マズい。まさに一触即発ではないか。こんな露骨な修羅場に見舞われるのは記憶にあるかぎり初めての経験なのだが、さて、どうしたものか。
というか、鈴音さんの言うようにここで報告会をはじめてしまうのも別に問題ないのでは……。
「ダメだ! 捜査情報を無関係な人間の耳目に晒すことはできない!」
「アテナくんだって無関係でしょ!?」
「アテナは正式に協力員としてすでに登録が済んでいる!」
「あたしだって自治警察に協力するよう通達は受けてるわよ!」
「それはあくまで警邏の強化としてだ!」
しかし、二人は僕のことなどすでに眼中にないようで、机が間になければすぐにでも取っ組み合いをはじめてしまいそうなほど剣呑な眼差しで睨み合っていた。
というか、鈴音さんは本来ならば僕とライラの関係に変化があったことをまだ知らないはずなのだが、どうにもこの様子だとすでにいろいろと察しているようだ。
ライラのことだから何か仄めかすくらいのことはしていたのかもしれないが、それならばもう少し穏便にことを運べるよう何か配慮くらいしておいてほしかったところではある。
「勝手なことを言うな! そもそもわたしは『匂わせ』のような浅ましい真似はしていない!」
「匂わせなんかしてなくても、あんたからはイヤってほどアテナくんの匂いがすんのよ!」
どんな嗅覚だよ……。
「……一度、冷静になるべきだな」
さすがに大声を出しすぎて疲れてきたのか、肩で息をしながらライラが言った。
それは鈴音さんも同様のようで、フーッと長い息を吐いたあと、何を思ったのかチラッと仮眠室のほうに目配せをする。
「少し休憩しましょ。こういうことは一度、三人でちゃんと『話し合い』をしたほうがいいとも思うし」
「……奥の仮眠室は使っていいのか?」
「普段からそういうことにしか使ってないわよ」
「アテナめ……まあいい、そういうことなら遠慮なく使わせてもらおう」
何故か急に意気投合しはじめた二人は、そのまま頷きあって奥にある仮眠室のほうに足を向けた。
僕は詰所の入口の立ちつくしたまま、そんな二人の背中を見送ることしかできない。
しかし、二人は僕がついてきていないことに気づくと、ほとんど同時にぐるっとその首を回しながら、ものすごい目つきで僕を睨みつけてきた。
「早くきなさいよ!」
「グズグスするな!」
「は、はいっ!」
ええ……? な、なんなんだよもォ……。
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