第6話 チュートリアルか何かだった

 葉山さんの恋愛相談は双方満足のいく結果となり、僕たちは平穏な日々を取り戻した……はずだった。葉山さんと樫村くんの関係性が悪かったのは表面上だけだったため、その悪かった表面が無くなったことで二人の関係は誰が見ても良好なものに見える。


「りゅうちゃん、今日は部活お休みだっけ?」


「なおぼん、そうだけど? なんかある?」


「ほら、例のお店、行ってみない?」


「あーあれか、いいよ。行こうか」


 ……もはや長年付き添ってきた夫婦のような雰囲気すら感じる。このことで何を意味するかというと、樫村くんを狙っていた花咲さんの事実上の失恋ということである。さらにどこでどうやって話を知られてしまったのかわからないが、葉山さんと樫村くんの関係回復に槙野さんが大きく関わっているということが噂されてしまった。結果として当人たちの知らないところで、花咲さんのグループと槙野さんが敵対したという悪い方向の盛り上がりを見せてしまったのだ。元々中立的な立ち位置だった槙野さんではあったが、ギャルグループとの関わりは目に見えて少なくなっている。


「ま、槙野さん、その今日の数学でわからないところがあって……教えてもらっても良いかな?」


「良いよ、どこどこ?」


「ありがとう! えーっとね……」


 だからといってクラスで孤立していない槙野さんは流石の立ち回りと人望、そして頭脳だと思う。ちなみに今回の件で僕については何も噂にならなかった。ちょっと前にかなり内容をぼかして話した吉丸にはちょっとだけ褒められた。


 ……すっかり存在すら忘れていた中間テストも終わり、宮越先生に言われていたラブコメ研究会の申請も期限ギリギリで提出し終えた。問題は数日後に申請が本当に通ってしまったことである。どういう手腕を発揮したんだ宮越先生。文芸部の顧問の先生と大いに揉めたと宮越先生は笑っていたが、本当に会議は大荒れだったらしくラブコメ研究会の名前がちらっと他の生徒から聞こえるたびに僕はビクビクしている。今日は予定を済ませたら早く帰ろう……帰ってラノベでも読んで体を労わろう。


「長内光希さんですね?」


「ひゃいっ!? え? そうですけど? え!? 先輩達が僕に何か!?」


 教室出てすぐに声を掛けられ、変な声を出してしまったが、声をかけられたのが二年生の先輩達でもあってさらに驚いてしまった。


「部長がお話をしたいそうなので、少しお時間をいただきたく」


「ぶ、部長さんが? なんの部活のです?」


「文芸部です」


どんどん話がややこしくなっている気がする……気のせいだと誰か言ってくれ。



◇◇◇



 先輩達に連行された僕は現在文芸部部員に囲まれながらお茶を啜っている。目の前に座っているのが部長さんか? なんかお嬢様っぽいな……漫画とかの世界だと改造制服で一発でわかるんだけどなぁ。というかいつまで僕はお茶啜っているんだ? 話あるんじゃなかったの?


「……あの、何ですかこの状況」


「単刀直入に申し上げます。ラブコメ研究会なんて立ち上げずに文芸部に入りなさい」


 部長さんの言葉に周囲の部員が頷く。僕以外みんな女子なのでものすごく気まずい。そういえば吉丸と樫村くん意外と最近話している人って、ほとんど女性だよな……女難の相が出ているのか? うち一件は物理的なダメージもあったし。


「あの、立ち上げたというか、立ち上がっちゃったみたいな? 僕の意思とかほとんど関係ないといっても過言じゃないというか、はい」


「黒川恭子」


「はい?」


「やはり黒川恭子の差金なのね? あの人の心もわからない悲しき文芸マシーンに脅されて仕方なく! なんてかわいそうな長内さん!」


 確かに人の心はちょっと怪しい時があるけど、そこまで言われるような人ではないよな黒川先輩……マシーンと呼ぶにもかなりポンコツ寄りな気もするしこの人たちと本当に何があったんだろうか。いや、表情筋は確かに怪しいなあの人……


「その……確かに流れで立ち上がりはしたんですけど、黒川先輩のお手伝いをしたいっていう僕の意思は確かにあるので……」


「では、敵、というわけですね?」


「え?」


「この文芸部部長、白鳥しらとり! ラブコメ研究会などという不埒な活動! 文芸部の名の下に必ず叩き潰して差し上げますわ!」


 文芸部にそんな権限はないと思うのですが。なんか部員の人たちも拍手してるし……本当に体育会系じゃないか。入らなくて良かった。


「覚悟なさいませ。長内部長さん」


「お手柔らかに……」


 なんか複数人から出ていけ見たいな目線を感じたので、出されたお茶を飲み干して立ち上がる。


「話がそれだけなら僕はこれで失礼します。お茶、ごちそうさまでした」


「ふん、人の心もわからない悲しき文芸マシーンのどこが良いのかしらね……しかもラブコメなんて一番あり得ないジャンルで……所詮天才といえど学生ということかしら」


 そのフレーズ気に入ってるんですか? それにあなたも学生でしょ……


「まぁ、見せてもらったラブコメが酷い出来だったのは否定しませんが……」


「そうでしょう? だったら……」


「でも、黒川先輩は絶対いつかラブコメ書けると思います。付き合い短いですけど……そういう人だと思います」


「……」


 なんか怒らせてしまった。無言で睨まないでください……


「し、失礼しました!」


 逃げるように僕は文芸部から出ていき、もう一つの用事を済ませるために資料室に向かうのであった。



 ◇◇◇



「何の用だよ変態」


「長内です、明上山先輩……」


 あれから色々考えたものの明確な答えが出ずに結局ラブコメの話に偽装して槙野さんに何がまずかったかを聞いみたら全部アウトだったようなのでこうして明上山先輩にお詫びに来た次第である。


「あの時の非礼の数々! 大変申し訳ありませんでした!」


「お、おう……私も暑さでやられてたとはいえ殴っちゃたし……悪かったよ。そんなに怒ってないから頭あげてよ」


「これお詫びの品です!」


「いや、別に良いのに……まぁ受け取るよ、これでチャラね」


「ありがとうございます!」


 良かった! そんなに怒ってなかったようだ。槙野さんったら大袈裟なんだから。黒川先輩から明上山先輩の好物を聞いて準備するほどでもなかったかもしれない。最近出費がかさんでいるし……


「月丘あんぱんじゃん! 恭子に聞いたの? なんだかんだ好きでさぁ、食べていい?」


「どうぞどうぞ」


 なんだかんだという割には凄く嬉しそうなので贈った甲斐があるというものである。月丘あんぱんはパン屋のあんぱんとは違って和菓子的な感じのあんぱんである。結構日持ちもするし地元のお店でもよく見かけるが若者が好んで食べるものかと言われるとちょっと怪しい。僕は結構好き。


「この新味好きなんだよねぇ」


「バター入ってるやついいですよね」


「いいセンスしてるよ君ぃ」


 本当に美味しそうに食べるなこの人……二つ目いくの? 喜んでいただけで何よりである。この後の話がしやすくて助かる。


「まぁ、君も災難だったよねぇ。あんな漫画とかゲームみたいなシチュエーションが私なんかでさぁ」


「災難? 掃除箱は確かに暑かったですが……」


「そうじゃなくて……ほら、私こんなんだからさ、もっと可愛い子だったらさ、ご褒美だったんじゃないの?」


「明上山先輩も可愛いですよ」


「へ?」


 明上山先輩の食べる手が止まる。槙野さんや黒川先輩と比べたら全体的にふくよかだけども……清潔感もあるし肌も綺麗だし卑下するような見た目ではないと思う。顔も陰のものっぽさはあるけど、整っている方じゃないだろうか。

 ……でもここで「ご褒美です」って言ったら僕はまさしく変態になるんじゃないか?


「いや! その! ご褒美とかそんなことじゃなくて、無理矢理巻き込んじゃってごめんなさいという気持ちしかないので! すみません!」


「そ、そうだよね。うん! ま、まぁ、暑かったしな!」


「そうです! 暑かったですから!」


 会話が成立した気がするし大丈夫だろう。変態にならずに済んだ。


「あ、そうだ! 明上山先輩に言わなきゃいけないことがあるんです」


「こ、このタイミングで!?」


「ここしかないと思うので……」


「ちょ、ちょっと待って心の準備が……!」


 あんぱん食べ終わるの待った方が良かったかな。


「なら待ちますけど」


「いや、いい! 大丈夫! 言って!」


 なんか明上山先輩の顔が赤い。今日はそんなに暑くないと思うんだけど……


「ええっとですね……」


「はひぃ……!」


「この資料室、ラブコメ研究会の部室になることになりまして……大変心苦しいのですが明上山先輩がここで作業できるのも来週までなんです」


「……はい?」


「宮越先生には他の場所が良いとは言ったんですけどね? 都合の良い場所がここぐらいしかなくってですね。本当に申し訳ないです!」


「はぁ?」


 いかん、不機嫌になるどころかキレていらっしゃる。言い方が良くなかったか? でも言うしかないし……ため息つきながら天井をずっと見つめる明上山先輩。沈黙が気まずい。


「あの……」


「……入る」


「え?」


「私も入る!」


「え!?」


「入るって言ってんだよ! ラブコメ研究会に!」


「正気ですか!?」


「頭おかしいのはお前だよ! 紙寄越せ! 早く!」


「は、はい……どうぞ」


 使う予定がなく鞄の中でヨレヨレになっていた入部申請用紙を明上山先輩に渡すとすごい勢いで名前を書かれ僕の顔面に用紙を叩きつけられた。こうしてラブコメ研究会に新たな仲間が加わったのであった……



 ◇◇◇



明上山未來みょうじょうやまみく、二年。恭子と一年生の時から同じクラスで去年までは今は無き漫研部所属でした。よろしくお願いします」


「よ、よろしくお願いします。槙野雪衣です。長内くんのクラスメイトです」


 その週の土曜日。顔合わせということでいつものメンバー+明上山先輩でポラリスに集まっていた。土曜日の朝のポラリスは平日に比べて人がいるのに驚いているのだが……


「はぁ……槙野さんが普通の子っぽくて安心した。てっきり狂人の集まりかと……」


 まるで僕と黒川先輩が狂人みたいな言われようである。僕は違うと思います。


「明上山は絵も描けるし色々なジャンルに詳しいからラブコメ研究会にとって大きな戦力になるだろう。さすが長内くん、よく明上山を勧誘することができたね。漫研がなくなってからずっとフリーだったんだよ」


「ちっ」


 なんか明上山先輩にこっち見て舌打ちされた気がするんだけど、気のせいだと思って良いですか?


「……はぁ、なんにせよ入ったからにはちゃんとするけどね。それよりポラリスってこんな可愛い制服あったんだ」


 そう、今日の槙野さんはそのビジュアルをバチバチに生かした可愛らしいメイド服姿だったので驚いていたのである。店長もなかなか良い趣味をしていらっしゃる。そんなイカしたセンスの店長の方を見ると、首を横に振られてしまった。え?


「この服、私が作ったんです! 喫茶店の雰囲気に合わせて生地とかも良い感じのやつ選んだんですよ!」


 ……?


「え? テスト期間? テスト勉強は?」


 明上山先輩が当然の疑問を口にした。


「あはは! 普段から勉強しておけばテスト勉強なんていらないんですよ! 先輩もしかして一夜漬けしちゃうタイプですか?」


 冗談など言っていない真っ直ぐな槙野さんの瞳。テスト勉強なしで成績上位だったのこの人?


「いや、そこまでじゃないけど……恭子、この子バイト決まったのいつなの?」


「……六月上旬」


「一カ月ちょっとで作ったの? このクオリティで?」


「作り始めたのは先々週ですけどねぇ。なんかもうストレス溜まっちゃって、あはは! あ、そろそろお仕事に戻ります! ゆっくりしていってくださいね!」


 とんでもないことを言い残して軽やかに接客に戻っていく槙野さん。テスト期間中ずっとあの制服作ってたのはもう……なんというか……すごいよ。


「や、やっぱり狂人しかいないじゃないか! なんだこの集まり!?」


「明上山もその仲間入りだ。良かったな」


「よくねぇんだよ、せめて否定しろよ!」


 同じ学年だとこんな感じなんだと先輩方のやりとりを微笑ましく見守る。そうでもしないと槙野さんの狂気を僕も受け入れられない。


「そういえば長内くん。顧問の先生は決まったのかい?特に相談もなかったから確認していなかったが……」


「あ、はい。宮越先生にそのまま顧問になってもらいました!」


 ダメ元でお願いしたらすんなり通ったのだ。


「ナギちゃんが? この意味不明な活動の顧問?」


「はい。むしろ色々この活動を支援してくれてるような気がします」


「意外な人選……恭子は何か知ってる?」


「……いや、知らないよ」


 先輩方にとっての宮越先生の立ち位置はちょっと気になる。あんまり部活動に熱心そうでもない印象なのだろうか。僕には積極的に入れと言ってきた人なのに。


「それで……ラブコメ研究会って何するわけ?」


「一応名目上はラブコメの歴史を研究したり、議論を交わしながら自分たちで創作したりという感じでラブコメが関わるならなんでもありな感じにしました」


「結構自由だな」


「実態は黒川先輩のラブコメ小説を完成させるための集団です」


「恭子……お前ってやつは」


「そういうわけで色々手直しして改善された新作を読んでみてほしい」


「私は反省しろって言ってるんだぞ?」


 明上山先輩を無視して黒川先輩は明上山先輩と僕に見えるようにノートPCの画面を向ける。相変わらず書くスピードが速い。早速二人で読み進めていく。


 ……どうやら僕と明上山先輩は読む速度はそこまで変わらないようでストレスなく読み進めることができている。むしろ僕に合わせてくれているのかもしれない。


「……ちょっと高校生にしては会話が高度すぎない?」


「そうかな」


「あと表現を簡単なやつにしないと伝えたいこと伝わりにくいと思うぞ、辞書持ちながら読むもんでもないし……っていうか青春ラブコメなんだからもっと軽い雰囲気で良いんじゃない?」


「そうかな……」


「なんでヒロインはこの主人公のことが好きなんだ? 良いところ見当たらないんだけど……」


「……」


 同学年だから僕と槙野さんが切り出せないようなことを的確に突いて黒川先輩を黙らせる明上山先輩。かっこいいです。


「あとは……」


「明上山」


「何?」


「もう明上山の漫画は手伝わない」


「なんでだよ!? 自分で読んでくれって言ったのに! というか何でラブコメとかギャグ展開だとこんなに酷くなるんだよ! 他のジャンルはすごいのに!」


「ふふ、今年の夏の新刊残念だったな」


「まだ間に合うから! メンタル弱すぎるんだよ恭子は!」


 そういえばそろそろ夏休みか。高校生になって初めての夏、どんな日々が待ってるんだろうなぁ。海とか山とか、何なら合宿みたいな話も……なさそうだなこの集まり。


「長内! 他人事みたいな顔してないで恭子を褒めて差し上げろ!」


「え。ぜ、前回より良くなってますよ! 黒川先輩!」


「どの辺が?」


「……」


 良くはなっているけど褒めるほどだったかな……


「こ、後輩性能が低すぎる」


「……何かを評価するのに後輩も先輩もないですよね?」


「そういうところだよ!」


「夏の新刊……」


「伸び代! 伸び代だから! とりあえず一回プロットから見直そう! な!」


 その後、なんとか黒川先輩のメンタルを回復させながら話を進めることができた。

明上山先輩がいなかったら早々に解散していた。ありがとう先輩! 今後も頼りにさせていただきます!

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