香港夢中人 香港なんじゃこりゃ日記

ましら 佳

第1話 まずは、あの頃

 90年代。世の中には、スマホもなかったし、スタバもなかった。

アイスは雪見だいふく以外は冬に食べるものではないと思われていて、冬の街の商店の冷凍庫の上は植木鉢が置かれ、更には鎖と南京錠で厳重にロックされていた。

テレビは箱型で、一輪挿しや赤べこがその家の個性丸出しで飾ってあるようなインテリアに溢れ、テレビが家族の一員として茶の間の真ん中にあった時代。

本屋さんやCDショップに行くことが文化的でオシャレだった時代。


現在Z世代以降が学校や会社におわすバブル世代の長老達によってよく聞かされるバブル神話、あの狂騒はメルヘンになってしまっていたけど、まだ日本はバブルの尻尾を捕まえていた時代。

大人がたいして具の入ってないスパゲティを2時間くらいかけて気取って食べて1万円くらい払ってた時代。

病気の殿様みたいにネクタイを頭に巻いた酔っ払いのサラリーマンが千鳥足で道端でゲロ吐いてた時代。


さて。話はだいぶおかしいけれど。こんな時代。

あの頃、日本人はまだオカネがあったんだと思う。

とりあえず、来月も来年も十年後もオカネが入るアテがちゃんとある、という呑気なまでに希望を皆抱けた時代。


 まだ世界は大揺れに揺れていて。

東西冷戦が終わった、世界はこれから変わる、というエネルギーもあった。

日本は、すごい貿易黒字のニュースが毎日やってて、ジャンジャンモノ作ってドンドン海外に売ってた時代。

だからすごい黒字。


黒字すぎて、日本の車のせいでアメリカの車が売れねーんだと、アメリカ人が日本車を斧でバッコンバッコンぶっ壊すイベントやってたくらい。


ニュースでよく見る中国の天安門は、なんせ暗くて。たまに走る自転車しか映らなくて、今のJK乗ってる可愛くて実用的なチャリに比べたら、ただタイヤ二個ついてて漕げば動くみたいな程度。

しかもスピード出すとバラバラになったりする。

ヨーロッパは不景気で、パリでは今よりしょっちゅうデモだのストだのしていた。

アジアは軍事政権があっちでもこっちでも大暴れしていて、戦争の色もまだ濃かった。


香港はイギリスの植民地だった。

昔、イギリスが戦争しにやって来て「港使わせろプリーズ」と迫り、中国が「しょうがないから端っこ使っていいアル」と約束をした。それが1997年に正式に中国に返されることになった。


中国は今よりもっと「訳わかんねー国」と思われていたので、香港が中国になったら、イギリス資本で都市化が進み、食い意地の張った中国人がどんどんうまいものを作り、東西がごった煮になったあの観光地にはもう行けないかもしれないという思いがあったんですね。

それで、世界中で「今のうちに香港に行っとこうブーム」があったんです。





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