心霊物件危険予知係 〜恋に酔うなら藤の下〜
七都あきら
リスク・ゼロ
◆
上司からのクレームなんて慣れっこだ。これも業務の一環だと思っている。
「いやぁ、ふせちゃんはマジで優秀だよね。無事故無違反、リスクゼロ。うんうん素晴らしい。お客様も君には感謝している。最高だぜぇ」
「……はい。ありがとうございます」
義輝がいるフロアは来客も多く開放的で午前のこの時間帯は、ゆったりとしたヒーリング系の音楽が流れている。
「ノリが悪いよ? ふせちゃん。うぉー」
(クラッシュしてやろうか。その机の上のパソコンのデータ)
義輝の上司、竹内のデスクには二日酔いに効くドリンクがお供物のように並んでいた。昨日も夜遅くまで取引先の誰かと遊んでいたのだろうか。竹内は濃い口髭を触りながら義輝に向けて親指を立てると、ドリンクを一気に飲み干し暑苦しい顔でにやりと笑った。
義輝はイベント制作を手掛ける会社、サクラ・プロデュースに勤務している。華やかなイベント業界への憧れ、学園祭の運営が楽しかった、バイトの夏フェスで……などなど。同僚の八割はキラキラした理由でこの業界に入ってくる。
けれど義輝は目の前の上司のように朝方まで飲んで出勤できるような「パリピ」ではない。派手な茶髪で外見だけは陽キャに見えるが超がつくほどの下戸だ。
現在、義輝は上司の竹内から自分の作成した計画書について質問を受けていた。
「先方はこの会場を使いたい、と言ってたと思うけどなぁ。俺の勘違いかな? それなら変えちゃダメだろ。がっかりさせちゃうだろう?」
竹内のデスクの上には義輝が作成したプランと進行表の書類が置かれている。それはこの夏に予定されている某芸能人のファンミーティングの提案書だ。
「けど、そこ有名な『いわくつき』ですよね。先方も、それは承知しているので、この案でご納得していただいて、来週にでも再度お打ち合わせを……」
「ふせちゃんさぁ! 冒険しようよ。お客様の一番の望みを叶えてこそ、最高の感動をお届けできるんじゃないかな」
「いやしかし……リスクマネージャーとしましては規模が小さくなっても別の会場で、」
義輝がそう答えるなり竹内は胸の前で両手をパン、と叩く。竹内はその言葉を待っていましたとばかりに企み顔になり、フロアの入り口に向けて軽く手を振った。
義輝はなんだか嫌な予感がした。
「よし。この会場に、
「それは、もちろん、そうですが」
「ふせちゃん。今回は『危ない、かもしれない』は、なしだよ。こうなると思って俺も最終兵器を用意したんだ。スペシャルゲスト。とびっきり素敵な、ね」
いい年したおじさんのネッチョリとしたウインクに寒気が走った。背中に変な汗が流れる。
「スペシャル、ゲストですか」
さっきまで周囲で流れていたゆったりとしたヒーリング音楽のなかに、ライブ会場で聞くような黄色い声が混じり始め、会社とは思えないような騒ぎが義輝たちのいる一角へと近づいてくる。
「やっぱりさぁ、いわくつきの会場には拝み屋さんだよね」
「おがみや」
突然出てきた単語の意味が分からず、義輝は竹内の言葉を鸚鵡返しした。
「うん。ちょうど伝手があってね。今は占い師さんなんだけど、君が子どもの頃に心霊番組によく出てた有名なタレントいたでしょ。多分、年はふせちゃんと同じくらいじゃないかな? 二十六歳くらいだっけ?」
「タレント、ですか」
「そう! 昔も可愛らしい顔していたけど今も綺麗な顔しているよね。たまにバラエティ番組にも出ていて『占っちゃお』だっけ? Mテレビの、知らない?」
自分と同じくらいの年齢で元拝み屋の現在占い師。
そんなトンチキな肩書きの人間なんてそう何人も存在するはずがない。「けれどあいつは、もう拝み屋じゃないはずだ」そう思いながら、義輝はゆっくりと竹内の視線の先を見た。
(マジで居る、し)
思わず顔を下に向けた。残念ながら義輝の嫌な予感は当たっていた。
ただ想像した通りの人物ではあったが、その格好は義輝の予想を外していた。
黒い袈裟を着た全身黒づくめの男。黒い服なのに彼の周囲だけレフ板で光を集めたように輝いて見えた。
芸能人オーラがダダ漏れの幼なじみ。
「どうも初めまして、堤です。遅くなってしまってすみません。テレビ局での撮影が押してしまって」
絹のように整った艶やかな黒髪。優しい落ち着いたテノールは老若男女を惑わし、涼やかな三重まぶたの視線には誰もが魅了される。
ちなみに普段この男は、こんな甘ったるい声で話さない。
昨日この男の自宅で一緒に夕飯を食べたので顔を合わせているが、義輝の会社に行くなんて話は一切聞いていない。
とりあえず面倒なことに巻き込まれないように他人のふりを決めた。
竹内は席を立つと藤和の前に立って頭を下げ挨拶する。
「いやぁ、お忙しいところすみませんね。しかし堤さん、ほんと綺麗だねぇ、最近の子は男の子もお化粧とかしているって聞くけど」
「僕はしてないですね。あんまり子どもの頃に外で遊ばなかったからかな。日焼けしてなくて白いだけですよ。モヤシみたいでお恥ずかしい」
「いやいや最近化粧品のCMも出てたでしょう。あの宣伝文句ミステリアスビューティーだっけ? そのままだね」
「恐れ入ります」
そう竹内にとろりとした甘ったるい他所行きの声で返事した藤和は義輝にも微笑みかけてくる。義輝は無言のまま、こめかみをひくつかせた。
――なんでお前が坊さんの格好して俺の職場にいるんだよ!
義輝は、そう心の中で叫んでいた。
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