第18話 高原ダンジョン(2) 不穏な気配

 高原フィールド型のダンジョンはなだらかな丘のような地形に低い樹がまばらに生えている。丘の上の方には薄い雲がかかっていてあまり遠くは見えない。D級なのでそれほど面倒なモンスターは出現せず、スライム類や大鼠ラージラットに、稀に毒蜥蜴ポイズンリザードが出る程度のダンジョンだ。


「行きます!」


 そして幸か不幸か、莉子が最初に引き当てたモンスターはこのダンジョンでボス以外では一番強い毒蜥蜴ポイズンリザードだった。トカゲというよりはワニに近いようなサイズの、少しぬめぬめとした黒い身体に紫のまだら模様のあるオオトカゲである毒蜥蜴ポイズンリザードへと莉子が身体を低くしながら走り込んでいく。

 走り寄っていく莉子に向かって毒蜥蜴ポイズンリザードが何かを吐き出した。


「……ほっ!」


 莉子は軽い声と共にサイドステップし、吐き出された毒液の球体を避けた。そして立ち止まらずに走り続け、毒蜥蜴ポイズンリザードと莉子が肉薄する。


「せっ!」


 近づいて来た莉子にみつこうとした毒蜥蜴ポイズンリザードの頭を避けながら一気に近づいて右前脚を銀剣で斬り裂き、即座にバックステップで距離を取る。うん、落ち着いて対処できている。


「ぉー。莉子ちゃん、いい動きしてんじゃーん」

「本当ですね。毒蜥蜴ポイズンリザード相手にソロで十分立ち回れるなんて、D級ライセンスぐらいですか?」

「いや、こないだ登録したばっかりなんでまだE級の仮免ですよ」

「「ぇ?」」

「センスいいですよね、莉子。毒蜥蜴ポイズンリザードと戦うのは初めてだと思うんですけどね」

「「は?」」


 二人は絶句しているが、俺もそれなりには驚いている。敵意を向けてくるあの大きさのモンスターに突っ込んでいく度胸もあるし、ちゃんと深追いしすぎない距離で戦えている。教えることなんて、正直すぐに無くなりそう。


「ぉ、終わったみたいですね」

「ほぁー、すごいねぇ、莉子ちゃん。ホントに一人であっという間に片付けちゃったじゃん」

「剣だけで圧倒しちゃいましたね……」


 三人で眺めていること数十秒。右前脚と尻尾を大きく斬られて動きの悪くなった毒蜥蜴ポイズンリザードの首を莉子が斬り落とした。


「悠太さん! 戦闘終了しました! 周囲に敵影ありません!」

「了解。お疲れ様、莉子」

「はいっ! 解体もしてきます! 魔石だけでいいですか?」

毒蜥蜴ポイズンリザードなら毒袋も欲しいかな。手伝うよ。あちこちに毒線があるから気を付けないとなんだ」

「ぁ、せっかくなので手伝いますねっ」

「アタシはパース」

「はは……水野さんとリオンさんは周囲警戒をお願いします」


 解体用のグローブとナイフを取り出しながら莉子と毒蜥蜴ポイズンリザードに向かう。胸のあたりを切り開きたいから、ひっくり返さないとかなぁ等と考えていたとき、俺の耳が微かな声を拾った気がした。


「…………」

「悠太さん、どうしました?」

「何か遠くで悲鳴みたいなの聞こえたような気がしたけど……気のせいかな?」

「私は何も聞こえなかったです」

「一瞬だったし、聞き間違いかもね。一応周囲警戒しつつさっさと解体しちゃおうか」

「はい!」





 ~~side 木根田きねだ~~


 時は少しだけさかのぼる。探索者協会ギルドの支部にて田中と莉子にからんできた木根田たちは、ギルドの裏手にある駐車場の一角で集まっていた。


「ヤス、あいつらがどこ行くかは分かったか?」

「ヘイッ。D級の高原ダンジョンでした」

「よし! おい、木根田! この場にいるクラン全員で高原ダンジョンに行く申請出してこい、雑用は新入りの役目だ!」

「りょ、了解っす」


 C級ライセンスを入手した矢先にギルド内でトラブルを起こした木根田はそれまで所属していたパーティーを離脱していた。優秀な”物理耐性”スキル持ちだからとずっと我慢していたパーティーメンバーたちが、ギルドからの勧告を受けてついに堪忍袋の緒が切れたのだ。

 そんな木根田だったが、すぐに昔の先輩板垣がリーダーのクランに世話になることになった。スキルとジョブが優秀だった為、最初からクランのメインパーティーにも入った。


「しっかし、なかなか可愛がり・・・・がいのありそうな小娘だったなぁ」

「板垣さん、好きですよね。あぁいう気の強そうな女の子。でもやりすぎないで下さいよ? 他の連中がヤル頃にはもう何の反応もなくなっちゃってて面白くないんすから」

「うるせぇな、ピィピィうるせぇのをぶっ叩きながら躾けるのがいいんじゃねぇか」


 醜く顔をゆがめながら下卑た笑いを浮かべる板垣とその仲間たち。彼らはダンジョン内で強姦や強盗、脅迫、果ては殺人すらも常習しているクランであった。少し前まで活動していたエリアでやりすぎたことで監視が厳しくなり、活動拠点をこのエリアへと移したばかりであった。


「おい、ヤス。あの二人はクランとかに所属してねぇか確認できたか」

「ヘイッ。情報屋にすぐ確認しやしたが、大手のクランには所属してやせん。ただ男の方がちょっと……」

「なんだよ、何かヤベェのか? どう見ても冴えねぇおっさんだぞ?」

「ヘイ……それが、なじみの情報屋も名前と所属会社名以外は出せねぇと言ってやがりやして……」


 良くない報告を聞くと機嫌の悪くなるリーダーに対して報告しずらい為か、ヤスが言葉を濁らせる。だが気に入った莉子を玩具にする欲望に目のくらんでいる板垣はその危機サインを見逃した。


「キナ臭ぇが……まぁこっちは10人近くいるんだ。ダンジョン内はあくまで自己責任。証拠さえ残さなきゃどうとでもなるだろ。ヤス、いつものジャミング装置も持ってるな?」

「ヘイッ。ぬかりありやせん」

「ならダンジョン入ってすぐ起動しとけよ。木根田が戻ったらさっさと行くぞ。待ち伏せして……後はいつも通りだ」

「「「うッス」」」




 田中と莉子がダンジョンに入ってすぐの広場に進んだのを確認したヤスが板垣たちの元に戻って来た。少し離れて後をつけていた板垣たちは広場を通らずに奥にある大きめの岩があるエリアへと回り込んだ。歩きやすい道はどうせ一本道だし、両脇に大きな岩のある場所を選び、待ち伏せの準備を始めようとした。


「あれぇー? こんなところで何してるんですかぁー?」


 急にかけられた声に全員がバッと武器を構える。


「すいませぇーん。驚かせちゃいましたかぁー」

「モンスターを釣り込んで狩りする準備をしようとしてたとこでな。気が立ってたんだ、悪ぃな嬢ちゃん」

「アハハハ。大丈夫ですよぉー」


 板垣たちの後方から歩いて来たのはやたらエロイ服を着た黄色い髪の女だった。身体のラインのはっきりと出るピタリとした服で、しかも胸も尻もむっちりとしていて蠱惑的なのだ。ゴクリ、と誰かが唾をのむ音が響いた。

 板垣たちは一様に下卑た笑いを浮かべ、誰からともなくチラチラと目配せをしあった。


「嬢ちゃんは一人なのかい? パーティーメンバーは別行動かい?」

「バイアは最近はいつも一人なんですよぉー」

「そいつぁいけねぇなぁ。ダンジョンの中は危ねぇんだ。そうだ! 俺たちが一緒に行動してやるよ。そうすりゃ危なくねぇだろ?」


 女に近づいていった板垣が馴れ馴れしく女の腰に手を回す。


「いいんですかぁー? 嬉しいですぅー」

「まぁちょっとあっちの岩陰の方に行こうや。作戦会議ってやつだ。一緒に行動すんなら親睦も深めないとだしなぁ」

「はぃー」

「おい、木根田! 新入りは最後だからこの辺で見張りしとけ! あとおっさんたちが来たらテキトウに足止めもしとけ」

「ぇ、ぁ、はい……」


 木根田を残して残りのメンバーたちは女を囲むようにして大きな岩の向こうに移動して行った。残された木根田はつまらなそうな顔をしつつ、その場に腰を下ろす。


「なんだよ、貧乏くじじゃねぇか……まぁあのおっさんと小娘にわからせて・・・・・やれんなら構わねぇけど」


 定期的に周囲を見渡すが、今日はモンスターの一匹すら見かけない。不自然なほどに静かだ。


「ぁー……暇。早く俺にも回してくんねぇかなぁ。でも先輩たち全員がヤった後だとガバガバそう。まぁでもあの体ならそれでもいけっかなぁ……」

「なにがですかぁー?」

「は?」


 木根田は背後から突然かけられた声に驚き、転がりながら立ち上がる。振り向くとさっき岩陰へと連れ込まれていった女が先ほどと変わらぬ姿のままそこに立っていた。


「ぇ? お前、なんでこっちに……」


 いや、違う。女の両腕が、肘から先が赤黒く染まっており、指先からぴちゃぴちゃと何かの雫が落ちている。


「さっきの皆さんは思ったより美味しくなさそうだったのでぇー、バイアが食べさせてもらっちゃいましたぁー。王様に献上するには粗雑な餌すぎますもんねぇー」

「は……?」

「ぁ、でも一匹だけちょっと良い権能持ちがいたのでぇー、それは有効利用しますよぉー」

「何、言って……?」

「アナタもなかなか良い権能持ちみたいですから、ちゃんと有効利用しますねぇー。大丈夫ですよぉー」


 ニコニコとした笑顔で近づいてくる女に対して木根田は震えが止まらない。顔の形は笑顔のはずなのに、金色に輝くその目は全く笑っていない。


「な、何なんだよ、お前……」

「何と言われましてもぉー? 誘ってきたのは皆さんですよぉー?」


 近づいてくる女から後ずさりして逃げているうちに木根田は尻もちをついてしまう。ゆっくり一歩一歩近づいてくる女からなおも逃げようとする木根田だが、ドスンと背中が岩にぶつかりそれ以上は下がれなくなる。


「ひっ……」


 女が木根田へと近づいていき、女の両手が木根田の頬へと添えられる。笑みを深くした女が大きく口を開ける。


「おかしい、おかしい。絶対におかしい。夢か、そうか夢なんだろ、これ? ぁ――」


 木根田の視界が大きく開かれた女の口でいっぱいになる。


 グチャ……グチャグチャ……


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