第13話 いつもの店と常連

 イレギュラーモンスターとの戦闘に関する探索者協会ギルドでの聴取が長引き、ギルドを出た頃には午後8時を回っていた。特にゲートが竜巻の様なもので封鎖されていたのが大きかったようで、詳しくあれこれと聞かれた。

 事情説明と合わせて魔石と回収した頭部も引き渡したので、少しは解明が進むことを期待したい。


「いやぁ、思いのほか長い聴取だったねぇ……」

「はいー……探索と、あれだけの戦闘の後でこれはちょっと疲れましたー……」


 元気っ娘イメージな莉子も流石に疲れたようでちょっとヘロヘロしている。二人でとぼとぼと歩きながら駐車場へ向かう。昨日も大概だったが、今日も濃くて長い一日だった。


「帰ってから何か作るのも大変だし、今日は外で済ませようか」

「お任せしますー」

「了解」


 この時間で外食なら、せっかくだしあの店にしよう。日曜だからやってるはず。帰りは代行になっちゃうけどこの際仕方ない!



 ◇



「こんちはー」

「おぅ、悠坊ゆぅぼう。いらっしゃい」

「えぇと……こんばんはー」


 暖簾のれんをくぐって行きつけの居酒屋へ二人で入る。疲れも相まって軽く飲みたかったのでファミレスとかって気分じゃなかったのだ。


「可愛いお嬢ちゃんもいらっしゃい。悠坊の……コレかい?」

「そんなわけないでしょ。しばらく面倒見ることになった弟子ですよ」


 おやっさんがカウンターの中からこちらをチラリと見て、小指を立てながら聞いて来たので即断しておく。


「むー」


 莉子の変な声が聞こえたので肩越しに後ろを見ると頬を膨らませた莉子が俺の方をにらんでいた。お任せとは言われたけど、高校生に居酒屋はまずかったかな? お酒飲ませる気はないし料理も旨い店なんだけどなぁ。


「ははは……まぁへぇんなへぇんな」


 おやっさんに促されてこじんまりとした店へと入る。5人ほど座れるカウンター席と小さなテーブル席が二卓。カウンター席の一番奥に黒のパンツスーツの女性が一人で座っていた。


「おやぁー、悠太じゃなーい」

「ぁー……今日もいたんですね、すみれさん」


 つややかな黒髪を後ろで一本に束ね、長めの前髪は左右に流した、透き通るような白い肌の小顔美人だ。右手に吸いかけの煙草を持ちながら、ややキツさのある黒いつり目で楽しそうこちらを見ている。


「私がいちゃ駄目なの? 面倒な仕事を片付けた後は美味しいお酒が飲みたいじゃない? ほらほら、こっちに来てよ」

「まぁ、そりゃ全く同意見ですけどねぇ。でも若い子もいますし煙草吸ってる人の近くはちょっと」

「何言ってるの。私の周りは受動喫煙ゼロよ」


 そう言いながら菫さんが煙草をくわえ、吸い込んだ紫煙を吐く。吐き出した煙は意志でもあるかのようにするすると菫さんの手元の灰皿の方へと流れていき、凝縮して小さな塊になってコツンッと落ちる。


「いつも思いますけど、世界一の魔法の無駄遣いですよね。それ」

「まさか。世界一有効な使い方じゃない。これを使えばいつでも、どこでも、誰にも文句を言われずに煙草が吸えるのよ?」

「でも消費魔力も地味に多いし制御が難しいから私以外使えない、って前言ってたじゃないですか」

「私は使えるんだから問題ないでしょ? ほらほらっ」


 菫さんが隣の椅子をバンバンと叩く。言い出したら聞かない人だし、仕方ないか。菫さんの隣の席に着くのに莉子を促そうと思って振り返ると、莉子が目を大きく見開いて、驚きと喜びが入り混じったような顔をしていた。変な魔法を見て驚いたのだろう。手品みたいだしね、あれ。


「莉子……莉子ー。座ろう」

「ぁ、はいっ」


 俺たちが席に座るなり、カウンターに肘をついた左手にあごを乗せた菫さんが莉子の方を見てニヤニヤと笑いながら話しだす。


「それにしても……ふーん……ずいぶん若い子に乗り換えることにしたのねぇ」

「だから弟子ですって」

「私にも結局なびいてくれなかったのになー。悲しいなー」

「靡くも何も俺たちはそういう関係じゃないでしょ」

「ぇー、ただの元パーティーメンバーだって言うのー? 一回はスルことしたのにー?」

「!?」


 背筋がゾワッとした。莉子の方からなんだか物凄いプレッシャーを感じてそっちに顔を向けられない。


「あ……あれは、自暴自棄になってた時期に散々酔っぱらってた俺を菫さんが無理矢理ホテルに連れ込んだんじゃないですか。っていうか高校生の前で何言わせるんですか」

「だって……見てらんなかったしね。あの頃の君」


 ニヤニヤしていた顔から苦笑めいた顔になった菫さんが懐かしそうに言う。そんな言い方をされたら俺も怒れなくなってしまう。

 背中をツンツンされたので恐る恐る莉子の方を振り返る。さっき感じたプレッシャーは一旦治まったぽい。ちょっとうつむきながら不安そうな表情の莉子が指をもじもじとさせながら聞いて来た。


「悠太さん、あの、その……菫さんとお付き合いとか、されてるんですか?」

「ぇ、いや、付き合ってないよ? ただのよくここで一緒になる飲み仲間」

「何度私が誘っても乗って来ないしねー。失礼しちゃうわよねー」

「だってあれ、冗談というか挨拶みたいなもんですよね?」

「さぁー、君がそう思うならそうなんじゃなーい」

「……そう、ですか……」


 かすかな溜息の後、少し低めのトーンの声で莉子が頷く。

 その時、俺と莉子の元におやっさんがカウンター越しに色々と出してくれた。白身魚とつぶ貝の刺身、カサゴらしきツヤツヤした旨そうな煮魚。あときゅうりの一本付け。飲み物は俺にはビールで莉子にはウーロン茶。


「はいよっ。腹減ってそうだったからテキトウに出しちまうぞ。いっぱい食ってきな」

「すいません。ありがとうございます」

「ありがとうございますっ」


 目の前に並んだ美味しそうな料理を前に、莉子の目がキラキラとしていた。なんでテンション低そうだったのかは分からないが、美味しいは正義だ。俺も頂こう。


「「いただきます」」


 煮魚うっま。ホロホロだし、味の濃さが絶妙。ビールで口の中をリセットして刺身へ。白身の、たぶんヒラメかカレイっぽいやつ。んんー、つぶ貝も全然臭みもないしコリコリしててうっま。


「ふふ……まぁでも君がなんだか元気そうでお姉さん安心したよ」


 手元の日本酒っぽい色味の液体が入ったコップをちびちび飲みながら紫煙をくゆらしていた菫さんが笑いながらそんなことを言い出した。


「んくっ……お姉さんって……菫さん、俺より年下じゃないですか」

「ぉ、女性相手に年齢の話しちゃうー。ふふふ……まぁ精神年齢ってことね」

「俺がガキみたいじゃないですか。もういい歳のおっさんですよ、俺」

「優花さんのことを引きずってるうちはガキみたいなものよ」

「それは……」


 優花の名前が出ただけで、未だに心臓がギュッと痛くなり、俯いてしまう。まだ、全然消化できていない自分にいつもあきれ返る。


「大丈夫ですよ」

「ぇ……」


 はっきりとした明るい声で莉子が突然に断言する。思わず莉子の方へ振り返ると、莉子は俺の目をまっすぐに見つめながらきれいな笑顔を向けている。


「昔のことなんてすぐに忘れちゃうくらい、私が悠太さんをメロメロにする予定ですから」

「ぉ、言うわねー。面白そうだから私も参戦しちゃおうかしら」

「いつでも受けて立ちますよっ。一番は絶対譲りませんっ」

「ふふふ……」「んふふ……」


 口をパクパクさせていた俺を挟んで莉子と菫さんが笑顔で何かを飛ばし合っている。どうしてそうなる……? 俺の意見は……?


「いやぁ、愛されてんなぁ、悠坊」

「ぇ、いや、弟子と飲み仲間……」

「ふふふ……」「んふふ……」

「ははは……ま、がんばんな。悠坊」


 おやっさんが笑いながらビールのお代わりを出してくれた。

 とりあえず一気飲みした。



 ◇



 ~~side 相川杏~~


 ふかふかした絨毯じゅうたんの廊下を小走りで駆けながら支部長室の部屋へ急ぐ。日曜なのにこんな遅くまで残業することになるなんて、厄日かしら。

 でも、支部長からの指名で赤根莉子さんの専任担当になったし、情報を漏らさないように対応しろと言われている。他の同僚には頼めない状況だったのだから仕方がない。


 コンコンッ

「失礼しますー」


 支部長の返事を待たずにノックの直後に入室する。先ほど内線でまとまり次第持ってこいと言われているのだ。この時間に他の来客もいないだろうし、問題ない。


「相川くん、お疲れ様。田中さんたちが持ち込んだモンスターの解体と分析は終わったのかい?」

「はいー。まだ粗いデータですがご報告出来る状態になったのでお持ちしましたー」

「分かった。見せてくれ」


 持ってきていた紙束をデスクに座った支部長へと手渡す。


「戦闘のレコーダー映像は頂けましたが、現品として手に入ったのは魔石と頭部だけでしたので推測になっている部分も多いですがー……」

「やはり……また侵略者たちが動き出した、か」

「その可能性が高いと思われますー」


 今回の件に対応するに当たって開示された秘匿情報を見て驚いた。ダンジョンが異世界からの侵略経路である可能性が高いという調査部局からのレポート。その中で、海外のダンジョンも含めて最も頻繁に目撃や戦闘が確認されている竜頭のモンスター。


「対応したのが田中くんと莉子さんだったのが不幸中の幸いだったな。被害は最小限で済んだ」

「ずっと疑問だったんですが……田中さんは、なんでDランクなんですかー?」


 ずっと疑問に思っていたことを思い切って聞いてみた。探索者歴の長い人たちからも一目置かれているし、レベルだって高い。よく分かっていない若い子たちが変な噂をしているが、常識ある層は誰も真に受けたりなんてしていない。とてもDランクとは思えない人なのだ。


「本人の希望だよ。前のパーティーは知っているかい? Sランクの竜帝が所属していたパーティーだ。それが解散する前は田中くんもBランクだった。だが、『従士』である自分がパートナーを失った以上、Bランクは不適だ、ランクを下げてくれ、下げないなら非公認探索者になる、と言って譲らなかったらしい」

「それは……」


 非公認で故意に探索を行えば、収集品の換金もできないし探索中のトラブルもすべて自力で対応しなければいけなくなる。何より悪質な行為と判断されるとゲートへの出入りを禁止されるので、未発見のゲートや非公認のゲートのダンジョンだけを探索する羽目になる。デメリットが大きすぎて、よほど後ろ暗い人以外は非公認の探索者などやらない。

 優秀な探索者はいくらいても困らないのだから、ランクを低くすることぐらいは特例措置として飲んだのだろう。


「あるいは、莉子さんを狙いに来たのかもしれんな」

「『勇者』だから、ですかー?」

「ジョブも経験則以外は分かっていないことが多いが、外部からの侵攻が強まるタイミングで『勇者』ジョブ発現者が現れる、とは言われているよ」

「それは……」


 きな臭くて嫌な話だ。わたしはギルドの一職員としてのんびり暮らしていたいだけなのに、なんでこんな重要そうな案件に巻き込まれているのだろう……


「ちょっと櫻井の宗家とも連絡を取らんといけなそうだな。いや、田中くんと事前相談してからか……まったく、ただの一支部の長でしかない私には重すぎる案件だよ」


 支部長の愚痴めいた言葉は珍しい。いつでも背筋をピンと伸ばして堂々と前向きなイメージなのに。でも、もしうちの支部の手を離れるようであればわたしも手を離したいなぁ。

 そんなことを思っていたら支部長が苦笑いを浮かべながら言葉を足した。


「相川くん。専任担当を外れたいと顔に出てるが、ここまで色々知ってしまった以上、本部や他の支部に彼らの担当が移ったとしても専任担当は高確率で君になるよ」

「あはは……ですよねー……」


 ぐぬー。いっそ田中さんを落として寿退社かしら? 身内になれば守ってくれる甲斐性はありそうだし。ぁー、でも莉子さんが今日すんごい睨んで来たから、強力なライバルそう。でも、莉子さんと田中さんてどういう関係なのかしらね。


「ともあれ、田中くんに近々顔を出すよう連絡しておいてくれ」

「分かりましたー」




 ――――――――――――――――――――

 ここまでお読みいただきありがとうございます。

 ちょっと仕事の方が忙しくて書き溜め分が心もとない状況のため、次回更新からしばらくは隔日更新とさせて頂きます。

 申し訳ございません。


 また、もしフォローと★★★がまだの方がいらっしゃれば執筆のモチベアップになりますので、ぜひよろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾

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