第28話 ジゼルを媒介にして
「はぁ……」
たった一夜にしてスーパースターとなってしまったジゼルは、今一人、あの時計塔の鐘楼の鐘の真下にいた。昨日はここにフクロウの魔族がいて、ジゼルはその隣に立って、いろいろと話をした。
今夜は、ジゼル一人だけ。しばらくの間、高所から街並みを眺めていたが、やがて夜風が厳しくなって、渋々時計塔の室内に入った。
「……どういうわけだか、街中の人間に追いかけ回されてしまった。今まで自分には、いろんなことが起きてきたと自負していたけれど、あんなに大勢から追われるのは、なかなかに堪えるな……」
ジゼルはまだ胸がドキドキしていた。彼らの目的は、ジゼルの正義感ではなくて、次の新しい鎧のモデルになってほしいとか、武器の宣伝をしてほしいとか、新作の防護服を着てほしいとか、パトロンになるからうちで雇われないかとか……いずれもジゼルが望んだモノではなかった。
「エネミラの言った通りだな……この街の人たちは、私とは求める価値観がズレている。人は他人同士なのだから、ずれるのは当たり前だと思っていたが、ここまでとは……」
ジゼルには、使ったこともない武器を素晴らしいと評価するなんてできない。初めて着た服を、体にフィットして動きやすい、なんて言えない。今日あったばかりの男性から、熱のこもった握手を強要されるのも、慣れなくて、不快に感じた。
誰からも注目されていなかったから、今まで自由だったのだと……初めて知った。
ジゼルを一晩だけ泊めてくれた、あのパン屋も、今やジゼルのおかげで大繁盛しているらしい。時計塔から見下ろした際、長蛇の列を見つけた。
「この塔から、いつ下りるべきだろうか……。こんなことになってしまうだなんて。次に魔物が襲ってきた時、私は思うように戦えるだろうか。それとも、大勢に見つかってもみくちゃにされて、何もできずに終わるだろうか……」
時計塔の螺旋階段の途中に腰掛けて、リュックサックに入れていた薄手の毛布を引っ張り出して、体に巻き付けると、壁にもたれて眠った。
……少しは、休めたと思う。ふと目が覚めて、まぶたを開けると、
「あら、そういえば人間って、昼間に活動して夜に寝る生き物だったわね。出直してくるわ」
消えようとするエネミラに、ジゼルは飛び起きた。
「待ってくれ! 何か用事なのか?」
「びっくりしたぁ! 起こしちゃったかしら?」
「いや、なんとなしに目が覚めたんだ。なんだか、熟睡できなくてな……」
「そうなの。村長さんも心配してたわよ? いつまでこの街にいるつもりか知らないけど、気が済んだら、帰ってやったら?」
「村長に会ったのか? あなたの魔法は、あっという間になんでもできるのだな」
「ふふん。まあ、アンタよりは長く勉強してるし? これぐらい扱えて当然よ」
こんな所で隠れるようにして眠っているジゼルが、現状に困っているのだと悟ったエネミラ。メリーヌのように、他人を最大限に利用して幸せに生きようと考える、そんな人間ではないことをエネミラは忘れていたのだった。
魔族にも人間にも、色々なタイプがいる。特にジゼルは、どの書物にも載っていない大変珍しい性分をしている。
「そうだな……私が村に帰って、この街の人たちには冷静になってもらうのも、いいかもしれないな。あ、そうだ、私に何か用があって来たんだろう?」
「そうなんだけど~。ちょっと聞きたいことがあってね、ジゼルはステータス付与の儀式について、何か覚えてることある? 例えば、変な男が現れた、とか」
「変な男……? そう言えば、村長の息子さんもお孫さんも、隣の村によく出稼ぎに行ってしまうんだが、その日は見覚えのない若い男が、村長宅にいたな。私に、ステータスの出し方を教えてくれたんだ」
「それがステータス付与の儀式の日だったのね? ジゼルがその男から色々習っている間に、村長は何をしていたの?」
「んー……何やらずっとブツブツと、意味不明な言葉をつぶやいていた。何と言っていたかは、全く覚えていないな。私たちの知っている言語ではなかったと思う」
「なるほど、村長は降霊術を実行するだけで、実際にステータス関連を教授していたのは、その男だったってわけね」
村長も同じようなことを言っていた。これで裏は取れたと、エネミラは確信する。
その謎の男こそが、ジゼルから父を奪い、ジゼルを集団から孤立させる原因を作った魔族だ。エネミラたち魔族にとって、何の脅威にもならない親子二人を、ここまで過酷な目に遭わせる理由は何だろうか。エネミラは腹が立つと同時に、理由を知りたく思った。
「ねえ、ちょっとその男に会わせてくれない?」
「え? それは無理だ。今どこにいるのかもわからない、知らない人だからな」
「その知らない人が、あんたの中にいるかもしれないの。ちょっとだけ目の中を、覗いてもいい?」
腰を屈めて、顔を覗き込んでくるエネミラに、ジゼルは驚いて目を見開いていた。
「そうそう、そのまま。動かないでよね」
言われた通りに微動だにしないジゼルの、片目を、エネミラも片目をつぶりながら覗き込んだ。まるで望遠鏡で星を見るかのように。
真っ暗なはずの、ジゼルの瞳の奥……その中にあったのは、星なんかではなかった。
暗がりの中で、膝を抱えて丸くなって宙に浮いている、謎の人物がいた。黒いローブで全身をすっぽりと覆っていて、よくよく見ないと、そこに存在しているかも見逃されがちだったが、そのようなカモフラージュはエネミラには効かなかった。
「いた! みーつけた」
エネミラの呆れ半分な声に反応して、謎の人物がもぞりとみじろぎして、顔を上げた。あの書類に描かれていた顔そっくりだったが、一カ所だけ大きく違うのは、目力だけが異様に活き活きと有り余っていた。
こんな不気味な男が、ジゼルの中に住んでいただなんて、ゾッとすると同時に腹が立った。
「きんもー! マジで悪趣味! 分割させた自分の魂を、支配してる人間たちの水晶体の奥に、しまっちゃうだなんて。どうしてそこまでして若い人間たちを見張るのよ。キモいにも程があるわ!」
突然怒り出すエネミラに、ジゼルは何か目の中にいるのかと不安になってきた。
エネミラの声に反応したのか、瞳の奥で浮遊していた人物が、膝を抱いていた腕を解いて、ゆったりと四肢を広げた。
その際、黒いローブの胸元が大きくはだけて、黒いレースの付いたセクシーな黒ブラと、くっきりとした谷間が見えた。
(え……あれ? 女だったの? もう、ちゃんと描きなさいよ、誰が描いたのか知らないけどー)
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