第22話   ジゼルの初戦闘!①

 にわかに雲行きが怪しくなってきた。ジゼルがそう感じたのは、空の彼方がうっすらと陰ってきたから。雲一つない青空に、不自然な曇りを作るそれは、みるみる近づいてきて、大きな一つ目で頭部を占めた鳥の大群と化した。


 木刀を握りしめて、臨戦態勢をとるジゼルの、その背後で、不気味な魔物の大群に気圧されした何名かの悲鳴が上がった。逃げだす輩の足音が遠ざかってゆく。


「あーら、どうしたの~? ジゼルよりもよっぽどレベルが高いのに、まさか不気味だとか気持ち悪いとか、そんな理由で戦場を投げ出しちゃったの~? もしかして人間のレベルって、ちょっとした鍛錬でもメキメキに上がるのかしら。じつは数字なんて大した値じゃなくて、実際の経験値と全然比例してなかったりして〜?」


「それは深刻だ! これまで積み上げてきた鍛錬の日々を、己自身が信じられなくてどうする!」


 豪語するジゼル、だが彼女のレベル0.1では、どんな魔物にも勝てないだろう。エネミラはジゼルがピンチになった時だけ、手を貸すことにした。おんぶに抱っこなんてジゼルの望むところではないだろうから。


 一つ目の鳥たちが急降下して、ジゼルたちの頭上めがけて鉤爪を突き出し、襲いかかってきた。ジゼルが木刀を振りおろして、小鳥の背中を叩いた。


 ボイ~ンと跳ね返される木刀。これはジゼルの体力や腕力が、決して弱いわけではないのをエネミラは知っている。ジゼルが崖下まで下りようとして、自力で絶壁を掴んでいたのを見たことがあるから。


(レベルの補正が掛かってるから、相手に攻撃が通用しないのね。これはもう、呪いの一種だわ)


 ジゼルがたった一羽に悪戦苦闘している間、エネミラはその辺の手頃な石を引き寄せて、矢のごとくの勢いで小鳥たちに飛ばした。フサフサの羽に当たっても大したダメージは与えられないが、眼球に命中させると、灼熱の体液を撒き散らして自爆した。


「どこかに、魔物を作っては操ってる魔族がいるはずよ。そいつさえ叩けば、この小さくて厄介な魔物も機能停止するはずよ」


「魔物を手作りする魔族がいるのか?」


「ええ。本体と比べたら、劣化してることが多いんだけど、こんなふうに数が多かったり、厄介な置き土産があるタイプだと、戦闘は長引くでしょうね」


 一つ目から黄色い熱線ビームが放たれた。糸のように細く、だが、剥き出しの地面のそこら中に焦げた線状が走り回る。


 畑を荒らす害獣などと変わらぬ魔物しか知らない彼らが、明確な殺意を持って襲ってくる相手に対して、とっさに的確な行動を取れるかは運が左右する。


 そして心構えも。


(ジゼルよりも高レベルな人間が、逃げてっちゃうだなんて……。もしかして度胸とか勇気っていうのは、ステータスに表示されないのかしら? もしも数値化されてて、評価にも反映されているなら、きっとジゼルが村で一番、高レベルになっているでしょうね)


 エネミラが一瞥した先には、木刀を魔物の顔面にめり込ますジゼルの背中が。レベルが低いためか、またまた刃がボイ〜ンと跳ね返されている。


「ねえ、ビーム撃ってくる魔物の目の前に立つとか、怖くないの〜?」


「ああ、平気なわけではないのだが、本に載っていたから予習済みだ! ビームさえ躱せば、問題はない!」


 確かに、ジゼルの身のこなしは軽やかで、無傷を保っていた。動きに無駄がなく、あとは木刀の打撃さえ通れば充分前線に立てる動きに見えた。


(ジゼルはちゃんと体を鍛えてて、魔物の勉強もしてるのよね……なのに、なんでレベルがあんなことになってるのかしら)


 一羽がエネミラめがけて、細い熱線ビームを撃ってきた。実体は別の場所にいるエネミラの胸を、貫通する。


「ちょっと、魔族のプリンセスの顔くらい覚えてなさいよ」


 呆れるエネミラに、尚もビームを撃ってくる。仮初に作られた命ゆえか、命令の遂行はこんな精度だった。


「きっとアタシなら、もっと上手く創れるに決まってるわ。早く習いたいわね、なんでママは許してくれないのかしら」


 自分を狙って撃ってくる魔物を放置していたら、四方八方から撃たれ始めた。幻影の体ゆえに無痛なので放置していたら、ちょうど振り向いたジゼルと目が合った。


「! エネミラアアア!!」


 血相を変えて走ってきたジゼルが、エネミラを庇うように前に出て、木刀でビームを受け止めてしまった。石畳すら焦がす威力を、稽古用のボロボロの木刀で完全防御できるわけがない。鼻にシワが寄るほどの焦げ臭さが充満し、あっという間に折れてしまった。


 なおも誠意の削がれないジゼルを、魔物が狙って撃ってくる。エネミラはそれら全てを石で撃ち落とした。


「あんた何やって――」


「大丈夫かエネミラ!! すまない、目の前の戦闘に意識を全て持っていかれてしまった。何のために鍛錬したんだ、私は! 誰かを守るためじゃないのか!」


 自分自身に腹を立てだすジゼルに、ポカーンとするエネミラ。どうやらジゼルの教科書には、遠方からの幻影魔法の解説は掲載されていなかったようだ。


 自分自身を殴り出さないかと心配になるほど腹を立てるジゼルを、なんとかなだめる。


「アタシは大丈夫よ、助けてくれてありがと。あんたは誰も見捨ててなんかないわ。それとね、攻撃を防ぐための盾にするなら、相手の魔法の属性と、自分が持っている盾の材質をよく考えてちょうだいね」


 エネミラが指差したのは、ジゼルの愛刀だった。柄の辺りしか残ってない。


 盾とか表現されてピンとこなかったのか、ジゼルはようやく折れた剣に気づいて、目を丸くして空に掲げた。


「どうしたことだ、これは!」


「はああ!? 気づいてなかったのぉ!? さっきアタシを庇った時に折れたのよ!」


 しっかり握っていたくせに、武器の状態にも気を配れないとは……。それ以前に、木刀で本番は無茶だったのだ。ジゼルの威勢の良さにエネミラも押されてて、古い木刀の危うさに気づけなかったのだ。


「私はこのままでも充分だ!」


「んなわけないでしょ! 相手は飛んでるのに、どうやって届かせるのよ」


「ん? 投げるつもりだが?」


「それだと一回しか投げられないし、狙いが外れたら拾いに走る気なの?」


「そうなるな」


 大真面目に即答してみせるジゼルに、本当にやりかねない危うさを感じたエネミラは、何か代価品はないかと辺りを探した。


 わぁわぁと観客が盛り上がる中、本気でこの国が攻められていると勘違いしている若者たちが、全身を魔物の体液まみれにしながら、必死に斬り伏せている。エネミラは、ぬらぬらと光る彼らの剣を眺めた。


(あいつらから拝借するのは、ナシにしてやるか。騙されているとはいえ、必死になって人間側を守ろうとするその姿勢に、罪はないわ)


 他に何かないかと、辺りを浮遊して探しだす。早くしないと、すでにジゼルが魔物に何か投げている音がする。


「ん? あら、こんな近くにも観客がいたのね」


 戦いに参加もせずに、遠目からニヤニヤと眺めているだけの兵士たちを見つけた。駐屯場のテントは、生の戦いを眼前で眺められる特等席となっている。


 彼らの腰には、無用の産物がぶら下がっていた。エネミラはさっそく彼らの元へ。今までジゼル以外には誰にも見えないように細工していた魔法のベールも、解いてしまう。


 駐屯場の兵士たちは、突如目の前に現れた魔族の少女に、椅子から転がり落ちるほど仰天した。


「その棒、使わないんだったら貸してくれない?」


 返事なんて、端から待つ気はない。兵士の腰から一本、つるりと抜き身の剣が宙を舞い、エネミラに忠義を示すように舞い降りた。


 大きな眼球を細めて不敵な笑みを浮かべるエネミラに、格好だけは勇ましい兵士たちが我先にと逃げていった。


「ありがと! アタシの気まぐれで流れ弾が飛んでこないように、遠くで祈ってなさい!」


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