新人さんは我慢ができない!

白菊

新人さんは我慢ができない!

はじめに——雷鳴轟く神の世界

 ゴロゴロ、ゴロゴロ……穏やかならざる空模様。

 ここは神界しんかい、神の暮らすところ。ふわふわと浮かぶ雲の中にあります。具体的にどんな場所かって? それは暮らしている神々の性格によって大きく変わりますが、これからある青年がやってくるこの場所に限っていえば、非常に賑やかな場所といえます。一日のうちずっと、神々のうち誰かがつまらないことでいい合い、誰かが人界じんかいくだり——帰るという言葉がふさわしい場合もあります——、誰かが子を産み、誰かが供物を食いあさり飲みあさっているのです。

 かなり賑やかな場所ですが、みなの関係は良好で、穏やかな場所でもあります。

 それが今はちょっと様子が違って、神々の暮らす雲の周りの空が暗くかげり、ゴロゴロ唸りながら不穏に光っているのです。


 「なんだい、ずいぶんと雷がうるさいね」白い髪を撫でつけた、白装束に身を包んだ老爺ろうやがおちょこを片手にいいました。細いあごから真っ白な髭を長く伸ばした老爺です。

 それに最初の老爺よりは若い老人が返します、「さっき人界したくだっていったのがいたでしょう、またなにか、厄介なのを連れてくるんですよ。空が荒れるのは、厄介者がくる前兆です」鼻の下二か所に生やした白い髭を、触角かなにかのように顔の外にまでにゅっと上向きに伸ばした老人です。

 「いや、わしのいったのはそういうことじゃない。たしかに空が荒れたあとには厄介な人間がやってくるものだが、今回はちょっと、荒れかたが違いやしないかい? ずいぶん長く雷が鳴っている」

 「ああ」ちょっと若い方の老人がうなずきます、「たしかにそうだね。問題の厄介者がなかなか現れない」

 「これはほんとうに、人間のくる前兆なのかね。もっと物騒なことが起ころうとでもしているんじゃなかろうか?」

 「してくださいよ、そんなことをいうのは。ほんとうにあなたのいうようなことが起きれば、人界したにも被害が出ますよ。あんまりにひどくちゃ、我々のかわいい子孫たちが死んじまいます。止してください、そんなことをいうのは」老人は考えたくないと首を振って、腕をさすりました。

 「神界ここに暮らすものは穏やかな心を持たねばならないが、我々も、どうも人間臭くてね。小さないさかいから大きな騒動に発展することもある」

 老人は顔を引きつらせます、「いいえ、今回だってきっと、問題のある子が連れてこられているだけですよ、ええ、そうに違いありません、そうに、そうに……」


 と、空が弾けるような凄まじい音が響いたのと同時に、太陽でも飛んできたのかと思われるような光が、老爺と老人の間の雲に穴を空けました。老人はひいひいと悲鳴をあげてそそくさと逃げていきます。


 現れたのは黒っぽい洋服に全身を包んだ黒髪の青年。

 「くそっ、なんの騒ぎだよ⁉︎」

 雲に着いた青年が喚きますが、騒ぎを起こしたのはこの青年本人です。

 老爺は愉快そうに笑いました。「いやあ、よかった、よかった。ほかのやつらの喧嘩じゃあどうしようかと思ったぞ。おまえさんが新入りかい」

 「なんの話だくそじじい、ふざけんな、ここはどこだよ!」

 「口が悪いのう、それじゃあよくない」老爺は雲に空いた穴を塞ぎながらいいました。それから青年を見ます、「そんなことだから、ここに連れてこられたのじゃよ」

 「ああ?」

 老爺は手元に視線を落として雲の修復に努めます。「まずは気を鎮めなさい、いらいら、いらいらしていては、いつまで経っても人界へは帰れぬぞ」

 「ああ?」

 「ここは神界、おまえさんのような問題児を更正させる役割も負っている」

 「ああ?」

 「おまえさんは、ここで食い、ここで眠り、ここで時を過ごす。その時が長いか、それほどでもないかは、おまえさん次第じゃ」

 「ああ?」

 「ほかにいうことはないぞ。あるとすれば、神界へようこそ、くらいのものかのう」

 「ああ?」

 「それじゃあ名前をつけてやろう。おまえさんがくるまでの間、ずっと空が鳴っておったから、雷鳴らいめいじゃ」

 「ああ?」

 「こだわりを捨てて気を鎮めるのじゃ。人界へ帰りたければな」

 「ああ?」

 老爺はちょっと笑って、雲の修復を終えました。

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