異能「幸運」らしいのですがトラブルが尽きません

ねんねこ

1話:幸運とは何だったのか

01.恐いニュース

 人通りが少ない閑静な住宅地。

 まだ舗装されたばかりで凹凸の少ない新品の道を歩きながら、幸野屋寧子は本日の予定について思いを馳せていた。

 時刻は既に16時を回っている。まだ明るい時間帯ではあるが、至って普通の学英であるはずの寧子が抱える問題を鑑みるに、遅い時間に区外へ出ない方がいいのは明白だからだ。


 そう、至って普通の学生だったはずなのだ。

 この地域には少ない日和佐人という特徴と、特殊管理1区に居住しているという点を除けば。

 寧子は所謂、異能力者と呼ばれる特異体質の持ち主だ。

 異能力だの異能者だのという言葉は、ここ数年で急速に一般人の間に知れ渡った。


 この住宅地からでもはっきりと見える、巨大な門。どこまで高さがあるのかは分からず、町のど真ん中に鎮座しているもののうっすらと透けていて実体はない。

 このゲートと呼ばれる物体は17年前、突然に姿を現した。

 近くまで行った事は無いが、どうも例のゲートは人が辛うじて一人通れるくらいには開いているらしい。

 現状では「セラフ」と呼ばれる組織がゲートを管理しているようだ。

 そしてこのゲート、何とミニチュア版のデミ・ゲートという似たようなものを各地にランダムで出現させるという性質を持つ。そして、それが物騒な世の中の始まりだった。


 ゲート及びデミ・ゲート、その門の向こう側から流れ込んでくるクリスタル・ダストという物質。これが曲者だった。

 現代では廃晶病と名が付いている、致死率が極めて高い病気を誘発する物質だったのだ。クリスタル・ダストを吸い込めば吸い込む程、身体の内側が結晶化しやがて死に至る――聞くだけでも恐ろしい病だ。

 この廃晶病に感染し、そして感染者の一部は異能力に目覚める。そうでないものはそのまま息を引き取る、それがこの廃晶病のサイクルである。


 話は最初に戻る。

 各地に現れたデミ・ゲートにより廃晶病者が急増、そしてその中の一部が異能力者として第二の生を歩み始める、そんな流れで巷には異能者なる特異体質者達が増えだした。


 経緯は異なるが分類としては異能力者に当たる寧子の能力は――そう、ただ少しだけ運が良い。そういう能力だ。

 人を傷付ける事も無いし、自分では気に入っているけれどこの能力は自身の身を守るのにどれだけ使えるのだろうか? 物騒な世の中、気に入っているだけでは駄目なのだ。

 この特殊管理1区内には変な人はいないけれど、区外では異能力者が、非能力者に暴行を受ける事件なども発生している。ギスギスした空気だ。異能力を持たない人間は、特異な力を持つ者達に恐れを覚えているらしい。


 その点、この特殊管理1区は素晴らしい場所だ。

 先にも述べた通り、ゲートの管理を請け負っているセラフが用意した区画で、異能者のデータを収集に協力する代わりに衣食住を保証してくれるし、何より1区は厳重に守られていて安全だ。近場の学校にも通える好待遇ぶりでラッキーだとしか言いようがない。

 しかも月一で定期健診付き。ちなみに、異能による不調とは関係のない不調も診てくれる。


「こんにちは!」


 小振りの一軒家に到着したところで、ご近所さんと遭遇。

 当然、人口の少ない1区では皆顔見知りなので、寧子はいつも通り挨拶した。


「あら! こんにちは、今帰り? 学校にちゃんと行って偉いわね、寧子ちゃんは」


 中年の女性、中肉中背で温和そうな空気を纏っている。

 特殊管理区は異能者からデータを収集する為の場所なので、この至って普通の女性に見える彼女も勿論異能者だ。確か、少量の水をどこからともなく出せるとか。本人は植物への水やりくらいしか使い道がないと言って笑っていたのを覚えている。


「はい! 通学できて本当によかったです。このまま何事もなく卒業まで進められるといいのですが」

「寧子ちゃんなら大丈夫よ。真面目だもの」


 穏やかな笑い声が住宅地に小さく反響する。

 1区に恐ろしい類の異能を持っている人はいないので、結局は所謂普通の生活と何も変わらないのである。

 しかし、そんな和やかな空気はすぐに終了する事となる。


「寧子ちゃん!? 寧子ちゃんよかった、ちゃんと帰って来られたんだね!」

「おねえさん!」


 続いて現れたのは、これまた近所の家に住んでいる女子大生のお姉さんである。当然異能力者。

 そんな彼女は額にうっすらと汗を掻き、緊張したような面持ちだった。

 何事かあったのは間違いないので、思わず背筋を伸ばす。よく考えたら第一声も不穏そのものだ。


「私も今、大学から急いで1区に戻って来たんだけど……また物騒なニュースが。しかも、1区から結構近いからさ、寧子ちゃんも朝から出かけるのを見たし大丈夫かと思って……」


 言いながらスマートフォンを操作したおねえさんは、画面をこちらへ向けた。

 確かにこの近隣が映し出されている。


「ええ!? 異能力者の男性を、複数の一般男性が暴行!? 被害者は重傷って……恐すぎですよ最近……」

「それにまだ犯人達は捕まっていないみたい。また明日、休まないといけないかなあ、私……1区から出るところを見られたら一発アウトだしね」


 昨今、異能者差別は大きな問題と――は、あまりなっていないのかもしれない。

 当事者である異能者達は身の危険を覚えているが、大半の一般人はこれらについてほとんど無関心だ。

 そもそも異能者差別がいつから始まったのか。

 事の始まりはゲートが出現した数年後に引き起こされた、異能者による大規模テロからだろうか。

 この事件以降、異能者への差別意識は加速した。

 最早、異能者に人権など無いと思っているであろう連中が増えたのだ。


「私、明日楽しみな授業があるのに、残念です。どうか早めに――なるべく今日中に犯人が捕まりますように!」

「そうだよね。単位ヤバいし、困るなあ本当。でも出歩いて知らない人からボコボコにされて大怪我するのも嫌なんだよね……。こんな異能じゃ複数人に囲まれたらどうしようもないし」


 おねえさんはぐったりと溜息を吐いている、当然の反応だ。

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