Nexus Anima
椿谷零
1章「Aenigma Animae」
夏の高等学校の図書館は、静寂の中に本の香りが漂う、私、菫野彩花(すみれのあやか)にとっての秘密基地のような場所だった。いつも同じ席で本を読んでいる男の子がいて、彼の姿を見るのが日課になっていた。
「あの、すみませーん!」
勇気を振り絞って声をかけた。彼は顔を上げて、少し驚いたような表情を見せた。
「あの…、いつもこの席で本読んでる人ですよね? すごい集中してて、すごいなって思って…」
「あ、どうも。いつもここで本を読んでいるわけじゃないけど…」
彼は少し照れながらそう答えた。
「えへへ、そうなんですね。あの、私は菫野彩花っていうんですけど、あなたは?」
「桜井遥(さくらいはるか)です」
澄んだ瞳でそう告げられた時、私の心は何かを掴まれたような気がした。
それから私たちは、ミステリー小説の話で盛り上がった。彼は、私が思っていたよりもずっと博識で、様々なトリックや謎解きの話を聞かせてくれた。
「桜井くんって、ミステリー小説好きなんだね」
「うん。昔から好きで、よく図書館に来るんだ」
「私も好きなんだ! おすすめの本とかあったら教えてほしいな」
「もちろんだ。今度、貸してあげるよ」
彼の優しさに、私はすっかり打ち解けていた。
ある日、私たちはいつものように本について話していた。
「私は2年なんだけど、桜井くんは、どの学年?」
「えっと…」
彼は少し考え込んでから、ぽつりと言った。
「実は、僕はこの学校の生徒じゃないんだ」
「え?」
私の心は、不意に打ちのめされた。
「どういうこと?」
「僕は…、幽霊なんだ」
彼は、まるで当たり前のことのようにそう告げた。
私は、彼の言葉を信じようとしていた。でも、同時に、そうなのかなと、何となく信じてしまっている自分がいた。
「なんで…、本当に?」
「僕は19××年に生まれたんだけど、何が理由で幽霊になってしまったかは覚えていないんだ。ただ、この図書館にはずっといる。そして、いつも色々な本を読んでいる」
彼は、物憂げな表情でそう言った。
「桜井くんの過去には何があったの?」
彼の過去を知りたいと思った。でも、彼は何も知らないとしか言ってくれなかった。
それだから、私は彼の謎を解くために、図書館の古い新聞記事を調べ始めた。私は、彼の謎を解くために、図書館の資料室へと足を運んだ。埃っぽい書棚が並ぶ部屋は、薄暗い。まるで時間が止まっているかのような静けさだ。
この図書館では創立から現在までの新聞を保存している。司書の先生に許可をとり、彼が言っていた「19××年」という数字を頼りに、彼がこの学校に通っていた頃の新聞記事を片っ端から読んでいった。
古い新聞のページをめくるたびに、心臓がドキドキと音を立てる。まるで自分が探偵になったような気分だ。しかし、いくら探しても、彼の名前を見つけることはできなかった。もしかしたら、ネットニュースには載っているのかもしれない。そう思い、様々なキーワードで検索してみたが、一向に手がかりは見つからない。手がかりが全く得られないまま2日が過ぎ去った。
調べ始めてから3日後の放課後、ふと、一つの記事に目が止まった。「いじめ問題」という見出しに、私の心は一瞬にして引きつけられた。記事の内容は、今、私たちがいる学校で起こったいじめ事件についてのものだった。しかし、何か引っかかるものがあった。
「もしかして…」
私は、記事に書かれている内容を何度も読み返した。そして、あることに気がついた。この記事の中の生徒の話し方や雰囲気が彼に似ているような気がした。
「まさか、桜井くんが…」
私は、震える手で記事を握りしめた。そして、次の瞬間、私の頭の中に、恐ろしい閃きが駆け巡った。
私は、昔からこの学校に勤めているという司書の先生に、この事件について詳しく教えてもらうことにした。先生は、快く応じてくれ、当時のことを詳しく話してくれた。
「あの事件は、学校全体を揺るがす大きな出来事だった。いじめを受けていた生徒が、その後どうなったのかは、誰も知らない…。噂では図書館で首吊り自殺をした生徒がいたという話があるが。本当かどうか怪しいところだ。」
司書の先生の言葉に、私の心は凍りついた。もしかして、桜井くんが、その記事に書かれている生徒なのではないか。
私は、司書の先生から聞いた情報を頼りに、さらに深く調査を進めていった。そして、ついに、恐ろしい事実を発見する。19年前、この学校の3年の男子生徒が、いじめが原因で、この図書館で首吊り自殺していたという記事を見つけたのだ。
その瞬間、私の頭の中に、鮮やかなフラッシュバックが襲いかかった。
暗い教室、嘲笑する声、そして、絶望に打ちひしがれた少年の姿。
私は、彼がいじめを受けていたことを知った。そして、彼がこの図書館で命を絶ったことを。
恐怖と悲しみで、私は我を失いかけていた。
「桜井くん…!」
私は、彼の名前を叫びながら、図書館を走り回った。
そして、いつもの席で、彼は座っていた。
「桜井くん、君は自殺したんだ!いじめが原因で!辛かったよね。痛かったよね。」
私は、彼の頭に手を当てて慰めるように言った。
「いつも、みんなが無視してきて、もう嫌だったんだ!」
彼は急に絶叫した。
「君のおかげで思い出せたよ。首を締め付けられる感覚、苦しさ、そして、意識が遠のいていく感覚を…。僕はこの図書館だけが自分を強く持っていられた、だから僕はここで自殺したんだな。」
彼の瞳には、深い悲しみが宿っていた。
「ごめんね、菫野。君にこんなことを調べさせてしまって」
「桜井くんのせいじゃないよ! みんないじめた奴らが悪いんだ!」
私は、彼を抱きしめ、涙を流した。
それから、彼は、少しずつ、過去に何が起こったかを教えてくれた。
いじめられていたこと、絶望を感じていたこと、そして、この世を去ることしかできなかったこと。
「死ぬ直前に僕は普通の生徒として図書館の本を読みたいと強く思ったんだ。僕を理解してくれる人が現れるまで。だから僕は幽霊になってしまったんだと思う。」
彼は、その記憶に苦しみながらも、少しずつ、自分に言い聞かせるように私に話してくれた。
そして、その日の夕暮れ時、彼は私に言った。
「菫野、ありがとう。君のおかげで、僕はようやく過去のしがらみから解放されて安らかに眠れると思う」
彼の言葉に、私は彼の手を握りしめ、涙を流した。
翌日の放課後、彼の姿は図書館にはなかった。無事成仏したのだろうか。
私は、彼のことを決して忘れない。
彼は、私の心に、永遠の光を灯してくれた。
3年後、私は大学でいじめの問題がどんだけ人の心に傷を負わせるかの論文を書き表彰された。目を閉じると瞼の裏に彼の笑顔を見たような気がした。「ありがとうね、桜井くん」私は心の中でそう呟いた。
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