隣に座る女

 風が吹いた。外の風は非常に強くて、シャウトがかっこいいと勘違いしているボーカルのような音を鳴らしている。予報によるとどうやら強風注意報が出ているらしい。バスは混雑していて、俺の隣には幸の薄そうな女性が座っている。

 色褪せたカーディガンを羽織っている。何やらそわそわしていて、時折不安そうな顔をしてはスマートフォンの画面を見る。老いが目立っている。五十代くらいだろうか?耳からは有線イヤホンが垂れている。


 いつも通り、想像する。

 女がしきりにスマホを気にしているのは、誰かからの連絡だろうか。この時期だ。多分息子の受験の合否発表だろう。足元に買い物袋がある。ネギや野菜に紛れて何か薬のようなものが見えた。眠れていないのか。

 息子は受験のストレスで母親にあたっている。それを苦にして、不眠症に陥っているのかもしれない。俺も高校時代は反抗期だった。少し胸が痛む


 いや待て、女自体が受験生という可能性もある。息子が成人して、大学に行くという母親も増えてきているらしい。スマホは連絡でなく、時間を気にして見ているのではないか。バスが到着に間に合うかどうか。そうだ、確かこのバスの行き先に、「なんとか大学前」というのがあった気もする。これは決まりじゃないか。

 じゃあ、おそらくイヤホンの内側で広がるのは、何かしらの応援ソングだろうか。この女性の世代だと、中島みゆきの「ファイト」とかか?いや、今更ファイトしても仕方がないのか。もう試験は終わっている。女はバスの窓の外を見ている。一周回って、とんでもないボカロマニアかもしれない。だとしたら、濁茶の「窓の景色は」を聞いているのかも。 

 

 女性がそっとため息をついた。女性を見ていると、何か悲しい気分になる。大丈夫だろうか。結婚指輪をしているが、夫が俗にいうモラハラをしているかもしれない。


 まあ、全ては俺の妄想でしかない。実は女が虐待をしている可能性だってある。キリがない。夏の街へと続くバスの扉が相変わらず大きい音をたてて開く。俺は椅子に別れを告げ、バスへの当てつけに、音も立てずそっとバスを降りた。

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