熾天使の仮面
弓チョコ
第1話 七つの哲学を抱いて
一体何が起きたと言うのだろう。
そう、確か――
退勤後の帰り道だった。私はサラリーマンだ。時刻は19時過ぎ。自宅の最寄駅で降りて。駅前でやっていた最新技術だなんだかのアンケートに答えてやって。マンションまであと5分ほどの住宅街を、ビールと総菜の入ったエコバッグを持って歩いていて。
「こんばんは」
「はい?」
そう。話し掛けられたのだ。確か……男だ。初対面の。もう7月だというのにパーカーを着てフードを被って。顔はよく見えなかった。
「すみません。このお店を探してまして」
「どれですか?」
そう。スマホを見せてきたのだ。私は覗き込んだ。
その画面に映っていたのは、グルメサイト等でも地図でもなく。
中央に『7th Philosophia』と書かれた、アニメのタイトルロゴのようなものがあって。
☆☆☆
それからの記憶が無い。思い出せない。気が付いたら、『今、ここ』に居た。
日が傾く夕暮れ時。時間はそう経っていない。だが。
澄んだ空気。隔つもののない大空。暖かく柔らかな風。
見渡す限りの草原と丘。
東京のコンクリートジャングルから、『色』が一変していた。
「なんだこれは……!? は?」
口に出したら。『声』が変だった。妙に高い。というか、女声。それも幼い。
さらり。風に揺れて、髪が視界に入った。
『金髪』だった。しかも長い。
「???」
手。短く白い。
服。白のワンピース。
「…………!!」
自分(?)の顔や身体をぺたぺたと触りながら。私の心臓ははち切れそうになっていた。
「………じょ」
『女児』に。
なっているという事実に。
「セラ? こんなところに居たのね」
「!」
背後から大人の女の声。恐怖で身体が強張り動けず、しかし脳内の警戒レベルが一瞬にしてMAXになる。
「……セラ? どうしたの」
金髪。お揃いの白ワンピースドレスに赤いカーディガン。
鼻が高く顔立ちの整った、グラマラスな体型の西洋美人。
私を『セラ』と呼び、近付いてくる。
「あ…………」
そして私の目線までしゃがみ、私を抱き締めた。
「汗がひどいわよ。それに顔も赤い。震えてる? どうしたの。何か怖いことでもあったの」
暖かい。
このぬくもりを最後に感じたのは……遥か昔。もう20年以上も前であると、私の中の記憶が告げた。
これは、『母』だ。直感した。
「熱は無いみたいね。……落ち着いてきた? じゃあ帰りましょう。皆待っているわ」
一体何が起きたと言うのだろう。
私は『スマホを見せられて』『どこか知らない世界の女児になっていた』。
会社へ連絡できるだろうか。上手く説明できるだろうか。あのビールは飲めないのだろうか。
母親に手を引かれながら、パニックぎりぎりの精神でそんなことが思い浮かんでいた。
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