第8話『冷静になりなよ。夢咲』
何かの冗談ならそう言って欲しいと思う。
だってそうじゃないと、こんな意味の分からない状況をどう受け止めて良いか分からなくなる。
撮影で山に入ったのに、変な霧が出てきて、気が付いたら僕と夢咲陽菜と山瀬佳織だけになっていた。
そのハズなのに、山瀬佳織のすぐ横には見知らぬ男が立っていて、こんな状況になったのは山瀬佳織が『願った』からだという。
「貴方の目的はなに?」
「それは……っ、ヒナ!! 貴女を消す事です!」
「……ふぅん? 私を消す。それは結構だけど。それなら、そう願えば良かったんじゃない? そこの人に」
「それは……!」
「それを今から願うのさ。さぁ、山瀬佳織。お前の願いを言え」
「……ヒナを、消してください!」
「その願い。聞き届けた」
次の瞬間、夢咲陽菜の足元が不意に崩れた。
何の前触れもなく、足場はゆっくりと崖下に落ちてゆく。
僕は無意識の内に手を伸ばして夢咲陽菜の手を掴んだ。
しかし、僕では支える事が出来ずに、僕の体も夢咲陽菜に引っ張られて落ちてゆく。
「陽菜!! 天王寺君!!」
直後に何か温かい物に僕たちは包まれたが、恐怖と衝撃で僕は意識を失ってしまうのだった。
頬に何かが当たる感触に目を醒ました僕は、周囲を見ながら上半身を起こした。
服はすっかり土で汚れてしまったが、痛みはそれほどない。
運よく転がったのかもしれない。
そんな風に思っていたのだが、それが真実でないとすぐに気づいた。
何故なら、僕と夢咲陽菜を抱きしめて、意識を失っている光佑さんがそこに居たからだ。
「光佑さん! 夢咲!」
「う、うぅ?」
「夢咲!」
「いた……なに?」
「大丈夫か? 夢咲!」
「天王寺君? あれ? 私たち、どうなったんだっけ?」
「君の足元が崩れて落ちたんだよ」
「あぁ、そっか。アイツの力か」
夢咲陽菜は苛立った様に崖の上を見た。
上るのは難しいだろう。
一応僕らがここに来ている事はスタッフの人たちも知っているだろうし、捜索はされるはずだ。
でも、そんなに悠長に待っている事は出来るのだろうか。
「ね、ねぇ。天王寺……お兄ちゃんが」
「うん。多分、僕たちを庇って」
「……っ」
夢咲陽菜は、唇を噛みしめて、痛みに堪える様な顔で光佑さんから少し離れて、その容体を確かめる。
本当は泣きたいだろうに、耐えている夢咲陽菜に光佑さんを任せて、僕は周囲の様子を確認しに行くのだった。
転がって来たであろう崖の上を見れば、どうやっても登れそうな高さには見えない。
なら迂回するかと崖沿いに歩いてみるが、特に変化は無いようだった。
後は電話で木村さんに繋がるか確認するが、残念ながら圏外だ。
しかも、最悪な事に雨が降り始めてきたようだった。
「雨か、まずいな」
「天王寺!」
「あぁ!」
僕は夢咲陽菜に呼ばれて急いで戻ると、光佑さんを動かそうとしている様だった。
本当は動かさない方が良いんだろうけど、このままでは雨に当たってしまう。
僕も夢咲陽菜に協力して、木陰まで光佑さんを一緒に引っ張ってゆく為に力を入れた。
何とか雨があまり当たらない場所へと移動して、僕は大きな木に寄りかかりながら息を吐くのだった。
「それにしても、あの天野って奴何者なんだろう」
「さぁね。知った所で、どうにも出来ないよ」
「それはそうだけどさ。ほら、アイツ言ってたじゃないか。願いを叶える事が出来るって」
「やめた方が良いよ。どうせロクなもんじゃないでしょ」
「随分な言いようだな。これでも世界中を回って、色々な奴の願いを叶えてるんだぜ?」
「っ! 天野!」
「よぉ。夢咲陽菜。天王寺颯真……そして立花光佑」
その男は僕たちの前に立ちながら、降りしきる雨に打たれていた。
しかし、その雨を気にした様子もなく、笑っているのがただただ不気味だった。
「見たところ。大分お困りの様だな」
「どの口が!」
「この口だが。そんなに気に入らないか? 俺はただ山瀬佳織の願いを叶えてやっただけだ。それにお前らの願いだって聞いてやろうってんだぜ?」
「無いよ!」
「いや、待て夢咲。アンタ。天野って言ったか」
「あぁそうだよ。天王寺颯真」
「アンタは本当にどんな願いでも叶えられるのか?」
「勿論。叶えられる。ただし、対価は貰うがな」
「その、対価ってのは、例えばどれくらいっていうのはあるのか? ここに救助隊を呼んでくれと頼んだらいくらとか」
「一つ。認識に違いがあるな」
「認識の違い?」
「そう。大きな勘違いだ。俺が願いを叶える代償に金なんて必要ない。そんな物は俺にとって何の価値も無いからな」
「なら、何を対価に欲するんだ。アンタは」
「最も大切にしている物だよ。もしくは寿命とかでも良いがな」
「聞いちゃ駄目! 天王寺!」
「冷静になりなよ。夢咲」
「……」
「どうしたって僕らだけじゃこの状況から脱する事は出来ないんだ。それなら、どんなに胡散臭くても、コイツに頼る事だって必要だ。こんな状況になったのだって、コイツが何かしたからだっていうのは分かってるんだ。なら、解決させる事だって出来る。そうだろ?」
「ふむ。どうやら考えていたよりも大分賢いらしいな。天王寺颯真。君は大分優秀なようだ」
「バカにするな。嫌味のつもりか。そういうのは今必要ない。必要なのは」
「この窮地を脱するのに、必要な対価は何か。か?」
「……そうだ」
「そうだな。じゃあこんな救出プランはどうかな? お前たちの危機に救助隊がこの山へ向かっている。その救助隊は何かに導かれるようにこの場所へ来て、三人は無事救助される。どうだ? 矛盾も無いし。今なら格安プランで寿命五年分で叶えてやるぞ?」
五年か。思っていたよりも安いな。
その程度で三人が助かるなら、問題ない。
「それなら……」
「待って! 天王寺。払うなら私が」
「必要ない。要求したのは僕だ」
「……」
「それに、僕は百二十歳まで生きるからね。五年程度は大したことじゃないさ。君はせいぜいその短い寿命を大事にした方が良い」
「天王寺!」
「うるさい! さぁ、天野! 僕から対価を持って行け!」
「やれやれ。自己犠牲の好きなガキ共だ。だが、残念ながら、お前たちからは貰わんよ。そっちで俺を睨みつけているヤバイ男が居るからな」
僕は天野の視線の先を追って、薄く目を開きながら天野を睨みつけている光佑さんを見て、息をのんだ。
そしてどうやらそれは夢咲陽菜も同じだったらしく、僕たちは言葉を無くした様にただ光佑さんを見つめてしまった。
そのせいか。
「さて、異論はないようだな。ではいただくとしよう。立花光佑」
その言葉を聞いた瞬間、僕たちは弾かれた様に天野を見たが、天野は既に姿を消していた。
そして、それから少しして救助隊の声に僕たちは苦しさを噛みしめたまま声を上げた。
それから救助された僕たちは僕たちを含めた四人全員が山で遭難していた事を聞いた。
しかし、すぐに見つかった僕たちとは違い、山瀬佳織が見つかったのは三日後の事だった。
発見された彼女は恐慌状態であり、とてもじゃないが話が出来る状態では無かったと聞いた。
だが、僕たちが何か出来たという事も無いだろうという事で、この件はあくまで事故という扱いになったが、僕はなんだか嫌な気持ちを抱えながら日々を過ごす事になった。
でも、もう過ぎたことなのだ。
僕はそう考えて、今回の事は忘れる事にしたのだった。
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