第2話 寄生(プールから伸びる無数の手)
A美の様子がおかしいのに気が付いたのは、先々週の末くらいだったと思う。
おかしいと言っても、その時は確証があったわけじゃない。ただ、いつも通りの会話の中で、妙に彼女が怠そうにしているような気がしただけ。だから、私は疲れているのかな? くらいにしか思わなかった。
あと、何か言いたそうにしているような気配が、ほんの少しだけした。
私は、人のどんな話にも耳を傾けようと思っている一方で、話したくないことを無理に聞き出すのは好きじゃない。だから、この時も無理に聞こうとは思わなかった。
§
先週の初めくらいに、再び彼女と話す機会があった。
彼女は、前にも増して怠そうにしていた。だけど、会話はいつも通り日常の些細な事。
流石に心配になった私は、少しだけ声を掛けた。
「A美、大丈夫?」
「大丈夫って、何が?」
「凄い、疲れてそう」
「ははは、やっぱそう見える? 実はさ……他には内緒にしてね」
私はゆっくりと頷いた。
「先々週の末。夜中にこっそり学校のプールを借りちゃったんだよね」
「A美、家と学校近いもんね」
「そういうこと。うん、まあ、それでちょっとね……あれでね……」
「風邪でも?」
「まあ、そんな感じ。そうそう! プールって言えば、京子白い手の話って知ってる? 無数の手が、プールに引きずり込むって話」
「怪談? プールだっけ? 海とかじゃなく?」
「あるよ、学校の七不思議の定番だね。ご多分に漏れず、ウチの学校にもね」
「そうなんだ。見たの?」
「……まさか」
これだけで、その話は終了した。
今考えれば何かと不自然な会話だったように思えるが、私はそれ以上突っ込んで聞くような事はしなかった。
でも、きっともっと聞くべきだったのだろう。彼女の異常に気が付いていたのだから。
何よりもあの微かな臭い。
制汗スプレーで誤魔化してはいたが、あの臭いは間違いなく血と膿の臭いだった。
§
そして今、教室内はA美の死の話で沸き立っていた。
「この先に河川敷公園あるじゃん。あそこの川の中で見つかったって」
私は自分の席に座ったまま、周囲の会話を拾っていた。
「まさか、自殺?」
「いや、殺人じゃないかって言ってた」
ホームルームの最中に担任が呼び出され、職員室へ戻るのを有志が尾行して、盗み聞きして持ち帰った話で持ちきりだ。
「あいつ、今週頭から学校サボってたよね?」
「まさか、誘拐されて!」
「そういう事なんじゃないかな。あいつの家、親っていないんだっけ?」
「確か、仕事で家空ける事が多いような話は聞いたことある」
「警察とか学校とか、何やってんのよもー」
あーだこーだと様々な憶測が教室内を飛び交っていた。
クラスメイトが殺されたともなれば、こうなって当然なのかもしれない。
かく言う私も、呆然としながらA美の事を考えていた。
「A美、いったい何があったの?」
その呟きは誰の耳にも入ることなく、教室の喧噪によって掻き消された。
§
それからしばらくの間、私は家に帰ると直ぐにパソコンに齧り付いてネットの世界を彷徨った。
ハッキリした理由なんてない。ただ、納得できなかったからだと思う。
それと、A美が生前に何度か、SNSを始めてみたいと言っていたのを思い出したからだ。
何か見つかるなんて思ってなかった。むしろ、諦めるまでやれば自分を納得させられるのではないかと期待していた。
彼女との会話で得られたキーワードを思い出し、それを次々と組み替えながら検索し、片っ端から見ていった。
そして、そのページに辿り着いた。
§
あれから2日目。
ようやく熱が下がった。昨日のは何だったのか?
高熱と激しい頭痛と吐き気。言葉にすれば風邪を引いただけに聞こえるが、実際はそんな感じじゃなかった。
たった一日で健康そのものに戻っているので、今じゃ尚更分からない。
分からないといえば、あのプールで溺れた時に見た白い手は何だったのか?
怪談話であんなのが出てくるのは聞いたことあるが、本当に幽霊だったのだろうか?
馬鹿らしい。そんなものあたしは信じてない。
けど、確かにあたしは見たんだ。プールから生えている無数の手。あたしの足を掴んで引き摺り込もうとする手。
幸い、引っぱる力が弱かったので苦もなくプールを上がることができたが、アレは何だったのだろうか。
こんな話。誰かにしても笑われるばかりだろうから、やっぱり黙っておくのがいいのかな。
でも、それだと何となく悔しいのでこうやって記録してみようと思う。
前から始めたかったSNS。始めるきっかけがこれじゃヘンだけど、別に良いよね。
というか、慣れないせいかもう疲れてきた。詳細は明日書くとする。
◆
さてと、今日も筆を持つことにする。筆じゃなくてスマホか?
冗談は置いといて、先日のおかしな出来事の詳細を書く。詳細たって大した事ないけど。
一昨昨日の夜。あたしは学校に侵入して、夜のプールを堪能した。
理由なんてない。強いて言えば、泳ぎたかったからかな?
そこで、あたしは変なものを見た。
一通り泳ぎ終わって、プールサイドに腰掛けて休んでいた時だ。あたしは、突然足を引っぱられてプールの中に引き摺り込まれた。
最初は何事かと驚いた。でも、半パニックになりながらも、まずは呼吸の確保と思って水面を目指したのはさすがあたしって感じ。
水面から顔を出して一呼吸入れると、気持ちも少し落ち着いてきた。ただ、まだ何かが足首に触れる感触がある。
それからすぐに、もう一度あたしは水中に引き摺り込まれた。感触から何となく予想していたので、今度はあたしも落ち着いて対処できた。
そこで見た。水中に生えているような無数の白い手を。そのうちの何本かが、あたしの腕と足に纏わり付いていた。
逃げようと思って手を動かしたら、普通に動いた。足もだ。力を加えると、すぐに白い手は千切れて霧散した。
アレは何だったのか? 誰かがプールに放り込んだトイレットペーパーか何かが絡みついたのか?
引き込まれた感触は今でも残っているけど、幽霊の仕業とか言うよりはトイレットペーパーの方がまだ納得できる気がする。
明日ちょっと調べてみようと思う。
◆
今日お昼休みにプールを見に行ってみた。案の定手なんかなかったし、トイレットペーパーも浮いてなかった。
まあ、あの後も他のクラスで水泳の授業あったし、当たり前か。
浮いていたとしても幽霊よりは納得できるだけで、引き摺り込まれた事は納得できないしね。
◆
今日は図書室とインターネットで色々と調べてみた。
もちろん、どんな事典にだって白い手の事なんて書いてなかったし、インターネットは子供騙しみたいな怪談話ばっかりだ。当たり前だよね。
だから、色々調べてあたしなりの予想を立ててみた。
思いつく限り、可能性がありそうなのは二つ。
一つはクラゲの類。水の中の生き物だし、種類がいっぱいいるから腕みたいな形の新種がいてもおかしくないよね。こっちが引っぱったらすぐに千切れたのも、クラゲって柔らかそうだし。
もう一つは、何かの群体。群れて繋がった生き物。こっちは、千切れやすさという意味で辿り着いた。サンゴとかが有名みたいだけど、汚いところだとサナダムシなんかもそうなんだね。でも、あんまりアクティブに動く生き物はいないのかな。
どっちにせよ、何でプールにそんな物がいるのかとか、色々と疑問は残るんだけどね。
別に誰かに話そうって気は起こらないんだけど、キョーコにだけ話してみようかな……。あいつ、何かと話しやすいんだよね。とにかく何でも聞いてくれるし。
何かだるい、今日はここまでにして寝よ。
◆
最近だるいなー。もしかして、先日熱出した影響がまだ残っているのだろうか。
今日も早く寝ることにする。
◆
今日キョーコと話す機会があった。けど、白い手の事は話せなかった。
今考えるとよく分からないのだけど、何となく話す気がなくなってしまったのだ。
だるい。
◆
腿の内側のところに赤い腫れ物ができていた。触ると痛い。これも熱の後遺症?
◆
身体を洗っている時に、腫れ物に触れてしまった。
破れたところから、酷い血と膿が出てきた。
自分の身体だったとは思えないような臭い。なんだこれ? 気持ち悪い。
◆
何かがおかしい。
白い手の事は、話す気が起こらないんじゃない。話せないんだ。
腫れ物の事もそうだ。今は誰かに相談したい気持ちでいっぱいなのに、人の前に行くと何故か話す気がなくなる。
思考が纏まらないっていうか、言葉にならないっていうか……
自分が自分じゃないみたいな気がする。どうなっているんだろう? 凄く気持ちが悪い。
◆
この記録をキョーコに見せようかと思ったけど、やっぱりダメだった。直前でどうしても言葉にできない。
腫れ物が増えてきた。下腹部にも幾つか見られる。こんなの、人に見せられない。夏なのに酷すぎる……
あと、時々身体に痛みが走る。病気なのかな?
◆
腫れた部分が痒い。触ると痛いのに、放っておくと死ぬほど痒い。
さっき、一箇所我慢できずに掻き毟ってしまった。案の定血と膿が流れ出した。
酷いだるさと嫌悪感を堪えながら拭き取っていたら、血の中で何かが動いたような気がした。
見なかった事にして、全部捨てた。
多分……いや、絶対見間違いだろうけど。
あたし、大丈夫なんかな?
◆
虫だ。あたしの中に虫がいる。
昨日の夜、気持ちが悪くて吐いた。吐いた中に蠢くものがあった。米粒みたいな虫が蠢いていた。
赤い中に無数に浮かぶ白い虫の光景に、私は更に何度も、何度も吐いた。
その都度洗面台には血と虫が溜まっていく。
胃の中が空になっても嘔吐きが止まらず、咽や口の中で何か粒があるような、動くような感触に襲われる。
苦しさで涙が止まらず、気持ち悪さでおかしくなりそうだ。
怖いけど、またネットで調べてみた。寄生虫について。
テンタクラリアやニベリニアというヤツは姿が似ているが、あたしの虫はもっと小さい。それに、人には寄生しないらしいし、あたしみたいな症状は書いてない。
芽殖孤虫というヤツが、赤い腫れ物を作る点で似ている。こいつの生態はよくわかってなくて、感染した人はほぼ確実に死んでいるらしい。
でも、それよりも怖い虫がいた。カタツムリに寄生するロイコクロリディウム。カマキリなんかに寄生するハリガネムシ。こいつらは、宿主の脳を操るらしい。ロイコクロリディウムはカタツムリの目に寄生して、わざと鳥に食われやすい位置にカタツムリを連れて行く。ハリガネムシは成虫になった時、カマキリを水辺に連れて行こうとするらしい。あたしも同じなのだろうか? 虫に操られて、誰にも話せないのだろうか。
あたしは死ぬの? おかしくなって死んじゃうの?
◆
ハリガネムシの生態を調べて思った。
多分、あの白い手がこの虫の成虫なんじゃないだろうか?
本来は水中の生物で、産卵の時だけ群体になって手の形を形成し、陸上の生物を引き摺り込んで卵を産み付ける。
生み付けられた生き物は、虫が大きくなったタイミングで水辺に呼び戻されるのだろう。
いるよね、夏になると何が何でも海に行きたがるようなヤツ。もしかして、それもこの虫のせいなのかもしれない。
もしそうだとして、分からない点もある。
何で、あたしだけなの?
白い手の話なんて、ウチの学校のプールだけの話じゃない。全国の海や湖でも聞いたことあるような話だ。なのに、こんな症状は伝えられていない。
学校のプールに勝手に入ったせいなの?
反省したい。悔い改めたい。何でもするから、誰か助けて……
◆
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!
身体が中から食われているみたいに痛い。
助けて、誰でもいいから助けて。
◆
便が虫で殆ど白かった。あたしの中でどんだけ増えているんだ? こいつら。どんだけあたしの中を食い荒らしているんだ。
コマユバチという虫がいる。芋虫とかに卵を産み付けて、幼虫はその芋虫を食い殺して成虫になる蜂だ。
こいつらもそうなんだろう。
放射能とか、農薬とか。理由はわからないけど、何かのせいで突然変異した白い手の虫なのだろう。
あたしはもう助かりそうにない。死にたい。いや、死にたくない。
死のうと思うと、急に死が怖くなる。これも虫のせい? あたしの意志はもうないの?
◆
痒い、痛い。
もうヤダ、ヤダ。
誰かコロして。死にたくない。自殺もできない。
◆
かユmとイたみがヤわrあイだ。あタマがbーとすル
◆
キぶんガイイ
あすhでかケナいと
ドこかわカrあナいいkど
gあっこウじゃナい
みズがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
§
記録はここで終わっていた。最終日は、A実の死体が発見された日の前日。
とても信じがたい内容。けど、A美の異常を説明できる内容。
これを、A美が書いたなんて確証はもちろんない。
それどころか、本当の話だという保証もない。創作で人を脅かそうとするのなんて、ネットの世界ではありふれていることだからだ。
しかし、私はこれをA美が書いたのだと信じて疑わなかった。
§
翌日、私はクラスメイトで一番情報通と言われている女子生徒のところへ行った。
「ねえ、聞いていい?」
「ん? 京子じゃん、珍しい。どしたの?」
「A美の事」
彼女はあからさまに表情を歪めた。あまり話したい話題ではないのかもしれない。
しかし、私は続けた。
「殺人って言ってたけど、本当?」
彼女は腕を組んでしばらく考えた後で、
「京子って、グロいの大丈夫?」
確認とばかりにそんな事を聞いてきた。
あたしがそれに頷くと、渋々という感じに彼女は話し始めた。
「警察は殺人ってことで捜査中みたいだよ。しかも、普通の殺人じゃない。猟奇殺人ってんだから、結構な人数投入しての大捕物みたい。京子も見ない? 最近あちこちに立って警戒している警察官とか」
一旦話を止めて私の様子を窺う彼女。しかし、全く動じる事のない姿に諦めたのか、小さな溜息を漏らした後で先を続けた。
「どうもA美の死体がね。キリみたいな鋭いものでメッタ刺しだったらしいのよ。しかも、尋常じゃない程のメッタ刺し。ほぼ全身にわたって穴が開けられていたみたいよ」
ヤツらだ。
「さらにおかしな事にね。すべての穴が、まるで身体の内側から開けられたみたいに捲れあがってたんだってさ。おそらく、特殊な道具が使われたんじゃないかって話でね」
ヤツらがA美を殺したんだ。A美を食い破って外に出たんだ。
「京子、大丈夫? ちょっと顔青いよ」
「大丈夫。話、ありがとう」
私は礼を言うと、そそくさと自分の席へと戻った。
所詮私の推測の域を出ない話だ。どうにかしようにも、どうしようもない。
私にできることなんて、おそらく何もない。
でも、こうして悩んでいる間にも、ヤツらは川の中で次の獲物が来るのを待っているのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます