第31話俺の未来は、七瀬に決められました


もうすぐ冬休み…さて、本気を出せさねばなるまい…人類最高の天才になる為に、駆け込み勉強を!


お兄様、普段からしてるじゃないですか? 勉強より、私のアイデアを実行に移すのが先です。


先じゃない…いや、そもそも実行しないからな?


俺は教室を出たところで、呼び止める声が聞こえた。七瀬の声だ。彼女の甘い声は、誰と疑問にすら思わせないのだ。


神崎君忘れてるよ、はいスマホ。


おっと、机に忘れてた。ありがとう。


おい、スマホ忘れてるよって声かけてくれよ、ユイよ。


お兄様、むしろチャンスですよ。七瀬様と話せます。


確かに…さすが頭脳派。


「神崎君って結構ドシだよね?」


勝ち誇った七瀬の表情に、悔しい気持ちが湧き起こる。


「たまたまだよ。スマホ置き忘れなんてあるあるだろ?」


頭を掻いて、七瀬に言うと、横から先生の声が聞こえた。


「おーい、七瀬…お前なぁ。」


先生が首を傾げて、呆れ果てた表情でため息を吐いた。


「なんですか、先生?」


不思議そうに七瀬が尋ねる。


「いくら神崎が気になるからって、テストの名前自分の名前じゃなくて神崎の名前書くか、普通。」


なに、俺の名前書いたの? 何故…惚れてるからか? 俺に?


お兄様、それ以外ないのでは?


だよな? 嬉しくて吐きそうだ。


意味が分かりません…嬉しくて普通笑みが溢れますよね? 吐き気? お兄様はやはりおかしい。


うるさいやつだ。


「ちょっと! 先生、神崎君の前で言うなんてKYだよ!」


七瀬の顔が真っ赤に染まる。まるで…梅干しを干したような顔だ。


忘れてたが、俺のことドジっって言ってたな。確かにそれは認めるよ…しかし…その数倍…ドジだよな?


「おい、俺よりずっとドジじゃないか。」


俺は指すように手首を動かした。


「いや、七瀬がSNSで悪口書かれてるって、神崎から聞いたぞ。それで書いちゃったんだよな?」


先生が摩訶不思議なフォローをした。

確かにそれは…あるよな。だとすると、当然のフォローなのか。


「そうです、助けられたからです! 感謝してて、つい書いただけですから!」



そんなに否定すんなよな…くっそ好きなのかと勘違いした。いや…ユイがそれ以外ないって言ったんだから…これは誤魔化してるのか。


思わず笑みが溢れて、七瀬が愛おしくなる。


照れ隠しに必死になって、本当…彼女を好きになるのも当然だな。



「全くこの色男、お幸せにな。テスト赤点って事にするがな。」


はい、先生幸せになります! と心で言うしかない。これが言えれば…やはり俺はへそ曲がりだよな。自覚してるんだよ、くそ。


「うわーん、先生の意地悪! そんなことしたら、泣きますからね!」


七瀬泣くようなトーンじゃないけど…表情は悲しそうだけど、声と合ってない。


それはともかく、俺のせいでもあるんだよな。ここは俺もしっかりフォローせねば。


「先生許してやって下さい。またやりそうなんで、今回は勘弁してあげて。」


俺は笑いながら言った。


くっそ…なんて可愛いんだ。絵梨奈ちゃん以上に、胸が締め付けられて、思わず抱きしめたくなる。


絵梨奈ちゃんと比べちゃうのは、やはり七瀬が特別だと自分に言い聞かせてるのだろうか? 


二股なんていけないと…そもそも付き合ってはいないが。


こんな風に比べる自分がちょっと嫌になるが…後藤悟に比べたら、全然マシだと、言い訳してしまった。


やはり人と比べるのは、俺のサガか?


「またやるなら余計駄目だろ…まったく。」



「もうやりません!」


七瀬と先生が言い争いを始めた。俺はそれを黙って見ていた。


言い争いは、黙って見るのがいいとユイに教わったからな。


「ほう? この前テストの問題1問ずつズレて全部間違えになったのは誰だったかな?」


「誰ですかね? そんなアホな子は。」


「お前だ!」


「どわわ!」


七瀬が信じられないといったリアクション芸を披露していた。驚き過ぎだろ…自分じゃん。


「めっちゃドジじゃん。さすが俺のバック間違えて持ってく常習犯なだけあるな。」


「うわー、神崎君まで! 違います。考え事するお年頃なの。」


「いや、テストで考え事したら困るな、先生は。」


「はい、反省しております。」


観念したというように彼女が頭を下げた。


しかし、俺は意地悪なので追撃を始めた。

好きな子にしてしまうアレだ。


辞めときゃ良いのにやってしまう。


「反省して直るのかな? クラスも全然違うとこ行ったよね?」


「それは2年に昇級する時の一回じゃん! クラス間違えるなんてあるよ。」


「ああ、それで違うクラスに座ってて…あはは。」



「まぁ神崎、それは違う子も間違えてたからな。1人いたんだ。」


眉間に皺寄せして先生が肩を下ろす。


「ああ、そうでした…めっちゃバカが2人いたので、すぐ気が付かなかったんだよね、七瀬ちゃん。」


腹痛い…とんでもない学校だな。


「む〜神崎君、性格変わったよね? そんな事言う人じゃなかったよね?」


「ちょっと余裕のある男に生まれ変わったのだよ!」


でも正直嫌われたらどうしようって、内心ビクビクしてるんだけどね。


「神崎君…やっぱり漫画読みすぎだって。」


漫画の読み過ぎ? まるで悪影響あるような言い方…俺には良い影響しかないぞ。


そもそもそこまで読んでない。だが、強く否定して、機嫌損ねるのも面倒くさいな。


そう七瀬は面倒くさいのだ。でもそれが…話して楽しい…ような気もする。



「なんだなんだ、先生の前で。熱い会話過ぎて、先生居られないな。邪魔したな。」


早口で先生が捲し立てて、手を振りあっという間に消えた。


「ちょっと先生、そう言う訳では…ないです。」



小声で七瀬が呟きながら俺の顔を見て、頬を赤くしていた。


これは…七瀬告ってこい。俺は待っている。


お兄様、この雰囲気でも…待ちですか?


うるさい…待ちが流儀!



……もう!


七瀬が一言残して去って行った。


嘘だろ? 明らかに告白…そうか…正月に告るつもりか。


プリンセスから、クリスマス誘われてる癖に。


…絵梨奈ちゃんも大切な子なんだ。断れるか。


やれやれです、お兄様。


うるさい。


廊下で足音が聞こえて、妄想から呼び戻された。


七瀬が俺の前に顔を膨らませて戻ってきた。


「ふぅ〜…ちょっと、神崎君! この美少女が立ち去ろうとしてるの止めないってどういうこと?」


「えっ? 何が?」


「何がじゃないよ…寂しよ〜七瀬ともっと話したいとか、どこに行くの? って何もないの?」




「いや、引き止めて欲しかったの?」


首を傾げて、俺は聞いた。

えー? なんだよ、そんな素ぶりなかったぞ?


「神崎君…私が可愛い過ぎるからって意地悪するのは良くないね、うん。」


腕を組んで七瀬が目をつぶって頷く。まるで、全てを見透かしているかのように。


「あはは、自分で言うとか。」


確かに可愛いよ、それは認めてやる。心の中ではな。


でももう少し、俺に甘えてくれないかな。彼女は、素直な時と、そうでない時の差が激しい。


頬を膨らませて、彼女が俺の近くに来て、耳元で囁く。


「ぶぅ〜、神崎君が褒めないからしょうがないじゃん。もう、この前抱きしめた癖に〜。」


やばい! 耳が焼きたてご飯みたいに熱くなって、七瀬に食べられそう。


食べないですよ、お兄様。ちょっとその例え、酷すぎます。


俺はユイを無視して、七瀬に返事した。


「それは…七瀬が泣いてたから。」


「また泣いたら、抱きしめちゃう。きゃ。」


彼女が手を組んで一回転した。それを見て、俺は言い返すチャンスだと、笑みが漏れる。


「何言ってんだ、1人で? 漫画の見過ぎだろ。」


「うわ、仕返しされたー! ピュアな乙女だもん。見るよ、文句ある?」


両手を腰にあてて、七瀬が強気に開き直り、俺は即座に白旗を上げた。


「ないです。」


「そう、良かった。私吹っ切れたから、勉強会また再開いつでも出来るから。」


「勉強やる気あるな。」


「そんなない。勉強会よりお喋り会したいぐらい。」


お喋り会…告白会開いて欲しい。もうそこまで言ったなら、俺に告れよ。


「お話か。私美少女だよねって?」


「神崎君が言うと、凄いナルシストに聞こえる。」


口に手を当て七瀬がわずかに引いてる。俺が例えて言ったからって、俺をナルシストにしないでくれよ。


「いや、君だよね…会うたびに言ってる。」



「私そんなに言ってないし、相手選んで言ってるの。

誰にも言ってたら、変人だよ。」


「変人って自覚してる。」


「神崎君めっ! 意地悪〜。」

七瀬が俺のほっぺを人差し指で、突っついて微笑む。


なんだよ、その可愛さ。俺は表では可愛いとは言わなくても、心の中ではむしろ…言い過ぎなぐらいだ。


話題を変えよう。このままだと、自我を保てない。


「もうすぐ冬休みだな。」


「うん、神崎君…分かってるよね?」


「何が?」


「冬休みといえば、高校受験対策の勉強!」


七瀬が人差し指を立てて、俺に顔を寄せる。


近いって! 緊張して、喉が渇くんだ。

とりあえず落ち着けと、胸をさする。


「そんなに必死に勉強するということは…行きたい高校あるのか?」



「……神崎君は、どこの高校に行くの?」


「男子校で偏差値77〜78のとこ。」



「辞めよう、神崎君。そんな所行く必要ないぐらい、勉強出来るんだし。」


引き止められるのは、正直嬉しかったりする。まさか…同じ高校行きたいの〜! って言わないかと期待してる、自分がいる。


「七瀬も女子高行くんじゃないのか?」


「行かない。家の近くの高校にしよ? ついて来て。」


きた! 俺は願ったことを言われて、頭の中がパニックになる。頭が真っ白だ、と…とりあえず聞き返すぞ!


「ついて来てって…それはどういう?」


「すべこべ言わない。はいって言おっか?」


ええ? 話が違うよ。説明なしかよ! そりゃないよ、七瀬ちゃ〜ん。


「いや、俺の進路…七瀬が決めるんかよ。」


「うん、図々しいよね! 知ってる。」


図々しくない。俺は覚悟を決めて進路について、彼女に返答しようと深呼吸をした。

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