第31話 最強との一戦

 身体中に熱が帯びる。

 同時に量産されたエネルギーが遠夜の全身から溢れ出し、身体の周囲に帯電、放電が始まる。

 帯電する電気によって髪は逆立ち、バチバチと音を立てて全身に雷光が走る。

 AS解放率30%――この帯域からフォースの消費を生成が上回る。故にフォース切れは無くなり、ほぼ全てのフォーススキルを連発出来るようになる。

 しかしながらデメリットも存在する。

 過剰なエナジーフォースの生成は身体に負担を強いる。全身に膨大なエネルギーが溜まり、やがてそれは暴発するのだ。

 その暴発を防ぐ為、遠夜は全身から常にフォースを放出し続ける必要があった。

 変換効率と身体への負荷を考慮し、フォースは電気量へ変換し体外へと放出される。

 電気変換のメリットは大きく三つある。

 ひとつは身体、周囲に対しての影響の少なさにある。過剰なエネルギー生成による体温の上昇、エネルギー放出による周囲への影響を鑑みれば電気への変換がもっとも最適であった。

 二つ目は変換効率の良さにある。単純に熱や運動エネルギーへの変換よりも、電気への変換の方が燃費がよく、慣れもあってか放出に際したリソースも最小限に抑えられるのだ。

 三つ目は生体電気の強化である。

 全身に電気を纏うことで脳から神経へ伝達される電気信号の速度が向上。反射、反応の速度が常人のそれを凌駕する。

 これが遠夜の必殺形態アサルトモード。

 この形態で遠夜が攻略出来なかった相手はこれまでに無い。だが目の前の男、ルキウスに関してはこれでも足りない。遠夜はそう考えていた。

 故に遠夜は更にAS解放レベルを許容限界ギリギリの35%にまで引き上げていた。


『身体への負荷、全て許容範囲です』


 遠夜が一度深く深呼吸をした。

 全身から電気が溢れ出る。


「それが貴様の隠していた力か……!」


 ルキウスは恐ろしい笑みを浮かべる。

 先手を打ったのはルキウスだった。

 マナによって輝く刀身を振りかざし、電撃を帯びたマナブレイドが飛来した。

 青く光る遠夜の眼が斬撃を捉えている。


「ストライク」


 更に出力の上がったストライクで迎え撃つ。

 衝撃のぶつかり合い。

 空気を揺るがし、大地を抉る。

 その衝撃に紛れて両者全くの同時に動いた。

 ルキウスは思考する。


 ――現状私の雷撃は致命打にならない。ならば我が剣を持って直に叩く。


 そして遠夜も、


 ――遠距離戦が不利なのはわかってる。ならゼロ距離でアレを決めるしかない。


 互いがその距離を選んだ。

 超至近距離での連続的な攻防。

 常軌を逸した剣撃の嵐。

 それを人間を超越した反射速度で遠夜が捌く。

 抜かれた単分子ナイフとルキウスの長剣が火花を散らし続ける。


 ――頭のおかしな剣速だぜ。サラがいなきゃ捌ききれない。距離が遠い、反撃が出来ない。


 ――私の剣を見切るか。魔術師風情が……舐めるな!


「エレトール」


 ルキウスの周囲に電撃が拡散された。

 ダメージは無いが、遠夜の動きが一瞬止まる。

 その刹那の隙をルキウスの剣は見逃さない。


「くっ――」


 しかしルキウスの剣が遠夜を斬るより一瞬先に、遠夜は足元から地面を抉るようにストライクを放出した。

 地面の土砂と一緒にルキウスの身体は大きく空中へと吹き飛ばされる。

 否、直撃を避けるためにルキウスは自ら飛んだのだ。


「なっ、あいつ……」


 驚いた。

 ルキウスは飛び上がったあと、そのまま滞空していたのだ。

 どういう原理かわからない。魔法の一種かもしれない。しかし実際に彼は今も宙に浮いている。

 そして、


「マナブレイド」


 電撃を帯びた斬撃が無数に飛来した。

 大地が爆ぜる様に次々に切り裂かれていく。

 遠夜は〈アクセル〉を駆使して何とかそれらを躱し続ける。

 そんな最中のことだった。


「きゃっ」


 無防備に突っ伏していたアルテを赤騎士ロンダートが抱えて戦場から距離をとる。


「ちょっ、離してよ……!」


 暴れるアルテ。

 それに対してロンダートは溜息をつき、彼女を落っことす様に解放した。


「安心したまえ、二人の戦いが終わるまで、君に手出しをするつもりは無い。むしろ君に傷ひとつでもついたら私の責任だ。大人しく見ているがいい、これが騎士の決闘というものだ」


 アルテとロンダート、二人の視線の先に映るのは異次元の戦いだった。

 まるで爆撃機から空爆を受けているかのように、辺り一体の地面が吹き飛んでいく。


「逃げているだけでは私には勝てんぞ!」


 ルキウスは狂気じみた笑みで言う。

 遠夜は〈アクセル〉の連続仕様により異常な速度で地上を駆け抜け、その先で上空へと高く飛び上がった。


「はっ、血迷ったか!空中で我が斬撃を躱せるものか……!」


 ルキウスが叫び、空中へ飛び上がった遠夜に対して複数の斬撃を浴びせた。

 しかし遠夜は空中で〈アクセル〉を連続使用、大気を蹴るように斬撃を躱し、あっという間にルキウスの眼前へと迫り、右手に握られたAT9の銃口を突き付けた。

 ルキウスの顔色が変わる。


 ――奴の杖……いつの間に。先程はただ逃げ回っているだけでは無かったのか。


 遠夜は先の戦闘で理解していた。

 ルキウスのバリアはある一定以上のパワーを防げない。バリアが全ての攻撃を弾くのなら、初撃のオーバーチャージを剣で防ぐ必要は無かったはず。

 だからこの一撃は、防げない。

 銃口から放たれたのは熱弾によるオーバーチャージ。遠夜の最高火力だ。

 しかし、


「ちぃっ――」


 ルキウスは大きく舌打ちしながら、銃口を素早く剣で弾き上げた。

 上空に紅い閃光が撃ち放たれる。


 ――くそっ、これにも対応するか。

 ――破壊するつもりで斬った筈だ。なんと頑強な杖……だがこれで終わりだ。


 遠夜の体勢が崩れている。銃への再チャージには時間がかかる。

 その隙をルキウスが逃すはずもなかった。

 ルキウスが躊躇うこと無く剣を振りかざした。

 その動作の最中、ルキウスはある違和感を覚えていた。


 ――何だ……我が天恵が訴える……窮地を。


 ルキウスの瞳に映る遠夜のその眼は、青く輝いていた。

 遠夜が左手を突き出している。


 ――奴のマナブラストか……だがその程度の攻撃なら我が光陣の盾で。


 ルキウスの前に咄嗟に召喚された光り輝くシールド。

 だが、


「さっきまでのを防ぐつもりで出したなら、気をつけた方がいいぜ。この一撃は――」


 連射は出来ないが、その火力はAT9のオーバーチャージを凌ぐ。


「ダブルストライク……!!」


 遠夜のオリジナルスキル〈ダブルストライク〉。圧縮されたエネルギー体を衝撃波で更に押し出す超荒業。

 その一撃は光のシールドを容易く打ち砕き、ルキウスの体を地面目掛けて弾き飛ばした。


 今目の前で起こった信じられぬ出来事に、その場で静観していたロンダートが思わず零した。


「マスターナイトを……ありえん……この力はパラディン級……いや、まさか……」


 マスターナイトが地に落とされた。その事実だけで、周囲の騎士達は凍り付いた。


「トーヤ……あんた……」


 アルテも思わず呟いた。

 遠夜は空中から地面に上手く着地し、拳銃にフォースを込めながら様子を覗った。

 砂煙の中に佇むルキウスの姿が目に入る。

 額から血を流し、されどダメージを負った様には見えぬ、そんな様相だ。


 ――あの一撃でも倒しきれないか。


 遠夜が再び銃を構えると、ルキウスは突然大声で笑い始めた。

 遠夜は思わず呆気にとられる。


「クク……まさか精霊契約どころか、天恵すら無しに己が身一つでこの境地に至ったと言うのか……。見事だ。貴様程の男を見たことがない。ならば、全霊をもって相手をせねばな。我が名はルキウス・マルティアス・アルシュット。貴様も名乗れ」

「……トーヤだ」

「トーヤ……我が戦績と記憶に刻むとしよう。見せてやる、私の本気を」


 その覇気に遠夜はゾッと背筋が凍る。もはや嫌気がさすほどだ。あれで本気では無かったと言うのだから。


「この剣を目にして生き残った者はいない」


 不敵に笑うルキウスの剣が青白く光を放つ。


「教えてやろう。極限まで精錬されたマナは変質し、昇華する」


 マナを感知出来ない遠夜でも、それがこれまでとは異質のものであると理解出来る、それほどに濃密で淀みのない力。


「オーラブレイド」


 それは飛ぶ斬撃と呼ぶには余りある、もはやレーザーの如き一撃だった。

 刀身の先にあるもの全てを斬り裂く射程を無視した神速の斬撃。

 弧を描く様に大地は切り裂かれ、同時に遠夜の横腹を抉った。


「ぐっ、」

『右腹部裂傷、傷口の修復を優先します』


 右脇腹を抑えて膝を着く。

 予想外の速度と射程に強化した反射でも避けきれなかった。


「この一撃をも躱すか。凄まじい反応速度だな」


 ルキウスは笑っていう。


「避けきれてねぇから……血が出てんだよ」

「致命傷を避けただけでも評価に値する」


 そう言ったルキウスの剣は未だ青白く輝いている。


 ――まずい、次が来る。間合いを詰めろ。


 痛みを堪えて飛び込んだ。


「安心しろ、これは先の貴様の攻撃と同様連射は出来ん。だが……」


 ルキウスは青白く輝く剣をひけらかす様にクルクルと振り回し、遠夜を迎え撃った。


「ひとたびこの刃に触れようものなら、致命は免れぬがな」

「安心出来ねーよッ!」


 飛び込んだ先、至近距離で銃口を突き付けた。

 しかし、


「――ッ!?」


 目の前のルキウスが突然に消えた。遠夜がそう錯覚するほどの、雷の如き高速移動。

 直後、背後に襲い来る殺気。

 遠夜は即座に反応して振り返ると、そこにはオーラで輝く刃が既に振りかざされた後だった。

 殺気を感じとったその瞬間から、遠夜は既に単分子ナイフを抜いて対処に走っていた。

 脳から身体中に駆け巡る強化された電気信号。人智を超えた反射がその防衛行動を可能にしていた。

 単分子ナイフがルキウスの光剣とぶつかる。

 タイミングは完璧だった。


「――――ッ!?」


 単分子ナイフは砕け散る。

 全てを凌駕する絶対無敵の剣が、遠夜の左肩から右下腹にかけてを引き裂いた。

 血が吹き出す。

 遠くからアルテの叫ぶ声が聞こえる。

 一瞬の判断で遠夜が身を引いた事で両断は免れたが、胸骨肋骨にまで到達する致命的な深手だった。

 意識がグラつく。

 サラが独断でASを解放。

 出力の上昇、それと同時に手から前方へ向けての〈アクセル〉による緊急回避。

 後方へ大きく自らの体をはじき飛ばし、地面を転がる様に距離を取った。


「がはっ、」


 傷口から大量の血が流れ落ちるが、それを無視してルキウスを睨み付け、


「う゛、あ゛あぁあああ!!」


 睨み付けたその視線だけで発生させた強烈な衝撃波が地面を抉りながらルキウスへ目掛けて推し進む。

 ルキウスはそれを飛び避けながらまたしても狂人的に笑う。


「ははははっ、また威力が上がったな!」


 更にASを解放したことでスキルの出力は大幅に上がっていた。

 サラが警告を繰り返す。


『重大な損傷を受けました。戦闘続行不可能です。直ちにこの場を離脱して下さい』

「どうでもいい……早く止血しろ……」

『止血、傷口の修復を最優先します』


 サラの脳内命令により細胞分裂が猛烈な速度で活性化、傷口を修復しようと全細胞が動き出す。


 ――まずいまずいまずい……これはASの操作で今すぐ回復出来る傷じゃない。血を流しすぎた、体力が……。


「――!」


 ハッと顔を上げる。

 ルキウスがまた何かアクションを起こしたことに気づいた。


「ふふはははッ!まだ死んでくれるなよトーヤッ!」


 ルキウスの眼前に何か黒い竜巻の様なものが発生する。

 その竜巻は時折バチバチと電気を発しながら次第に大きくなっていく。

 すると遠夜の右手に握られている拳銃が突然カタカタと震えだし、竜巻に引っ張られ始めた。


「何だ……」


 遠夜が呟いたその時、周囲にいた騎士達が悲鳴をあげて退避し始めた。

 見ると騎士達の持っていた剣や鎧の一部が竜巻に引き寄せられ次々に呑み込まれていく。


 ――これは……磁力か……。


「秘技、神雷旋エレクトロストーム!しかと見るがいい、神による裁きの天災を!全てを巻き込み粉塵へと変える神の力だ!」


 凄まじい磁力だった。

 この距離でも、手を離せば遠夜の銃が引き込まれてしまうだろう。

 竜巻が巻き込んでいるのは武器や鎧だけじゃない。黒い部分の多くは砂鉄、鉄の混じった砂利岩石、それらが互いを削り合いながら放電を繰り返し突き進む。

 もしもあのミキサーに巻き込まれたらミンチにされかねない。

 しかしルキウスは違和感を見つけたように言う。


「……なんだ?なぜ貴様は引き寄せられぬ」


 その言葉の意味を遠夜はすぐに理解した。


 ――あいつ、まさか磁力の原理を理解せずに使ってるのか。


 彼がこの技でこれまで倒して来た相手は、きっと殆どが鎧を纏った騎士だったのだろう。

 もしも遠夜が今鎧を着ていたのなら、超磁力によってその体ごと引き込まれていたかもしれない。

 しかしルキウスはそこを理解せず、天性の勘のみでこの技を編み出した。


「まあいい、今の貴様にこれを避ける術はないだろう。そのまま粉微塵になるがいい」


 黒い竜巻は放電を繰り返しながら遠夜の元へと進んでいく。

 大したスピードでは無い。だが遠夜はまだ着いた膝を立てられないでいる。


「くそっ……」


 全身の力を振り絞り、震える足で何とか体勢を起こした。

 黒い竜巻を睨み付ける。


「……!」


 遠夜は全身から大量のフォースを放出し、それを全て電気エネルギーへと変換する。

 睨んだ先の竜巻がブレ始める。


「何だ……私の雷旋が……」


 ルキウスは怪訝な顔をした。

 磁力操作は遠夜にも出来た。だがサポートデバイス無しに目の前の出力に対抗出来る超磁力は生み出せない。それでも、この竜巻の勢力を僅かに乱すことくらいは可能だった。


『現在AS解放レベル40%――火力負けしています。更なるASの解放を推奨します』

「バカ言うなっ……一度解放したら戻せないんだぞ……!」


 一度解放したASは自身の意思で抑制出来ない。解放率を戻すには細胞活性抑制剤と呼ばれる特殊な薬が必要となるのだが、この世界にそんなものは当然無い。

 遠夜がASの解放を拒む理由だった。


「サラ……もう一度オーバーチャージを使う。狙いは任せるぞ」

『了解』


 呼吸が荒い。思考が鈍い。

 今の遠夜に照準を安定させる余裕は無い。その穴をサラが埋めてくれる。

 視界に照準サポートのサークルが出現、竜巻の挙動によってそのサークルが常に揺れ動く。

 磁力操作による妨害を維持しつつ、右手に握られた拳銃にフォースを流し込む。

 オーバーヒート寸前にまで注ぎ込まれたエナジーフォースが銃身に滞留する。

 そして――


「オーバーチャージ」


 限界突破の熱弾が竜巻の核に目掛けて撃ち放たれる。

 巨大な熱エネルギーによる爆発が竜巻を一瞬にして呑み込んだ。

 あまりの衝撃に暴風が吹き荒れ、大地が砕け飛び、皮膚が焼ける程の熱が周囲を駆け抜けた。

 肩で息をする遠夜。

 自身の必殺を破られ、愕然とした顔を浮かべるルキウス。


「……それが先程私を撃とうとした魔術だな。確かに、当たれば私とて無事ではすまぬだろう」


 満身創痍の遠夜見て、ルキウスは酷く残念そうに言う。


「ならばこそ惜しいな。貴様が仮に魔術師ではなく騎士だったならば、天恵を持って生まれ落ちていたのならば、あるいは私を超える存在となったやも知れぬ」

「……」

「貴様との戦い、精霊召喚は使わぬと決めていた。一体一での決闘に、精霊の顕現など低劣なことはせぬと。だが、気が変わった」


 そう言ったルキウスの身体がゆっくりと宙へ浮かんでいく。


「貴様に敬意を表し、我が最終奥義でとどめを刺す」


 そう言って宙に浮かぶルキウスを中心に、空に暗雲が立ち込めた。

 暗雲は次第に大きくなってゆき、発生した雷音が胸内にまで響いてくる。

 遠夜は慌てて上空のルキウスに銃口を向けて引き金を引いた。

 だが、


「……っ、……!?」


 トリガーを引いてもエナジーバレットが射出されない。フォースを送り込んでも反応を示さない。


「こんな時に……」


 AT9は故障していた。

 無理もない。ここまで散々に無茶な使い方をしたのだから。いつ壊れたっておかしくは無かったのだ。

 ルキウスが天高く剣を掲げた。


「天撃が来るぞ!!総員退避ぃ!!」


 周辺の騎士達が大慌てで避難を開始する。


 ――これは……まずい。


 そう心の中で呟いた瞬間、ルキウスの掲げる剣に巨大な雷が落ちた。


「我が剣に神が宿る!」


 凄まじいエネルギーの波動がここまで伝わってくる。


 ――まずい……この雷撃は受けられねぇぞ。


 遠夜の電気耐性をも貫通する巨大なエネルギー。それを遠夜は肌で感じとっていた。


「存外に楽しめたぞ」


 ルキウスは薄ら笑を浮かべながら、躊躇なくその剣を振り抜く――その瞬間、


「おやめください!!」

「なっ!?」


 突如として遠夜の前に飛び込んできた、一人の少女。

 揺れる美しい銀髪、見慣れぬ神官の装衣。

 遠夜は以前にもこの光景を目にしたことがあった。



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