第28話 精霊召喚

 狂気じみた笑顔で背後から斬り掛かって来たのは血塗れのギードだった。


「俺だけ除け者なんて悲しいぜぇ!」


 ギードは物凄い力で剣を押し付けながら叫ぶ。


 ――ハイになってんのか。あれで死んだとは到底思って無かったが。


「元気そうで、何よりだぜ……!」

「はははっ、こんなに楽しいのは初めてだ……!!」

「ああそうかよっ!!」


 銃身で剣を受け止めたまま銃のトリガーを引いた。

 ズガンッとエナジーバレットが剣ごとギードを押し返す。

 しかし空中でギードは立て直し、右腕を乱暴に胸に叩き付けて叫んだ。


「精ェ霊召喚ッ……!!!」


 直後、眩い光が発せられ、ギードの眼前に魔法陣の様なものが展開される。


「ギード!!」


 ブレイグが叫んだ。

 輝きは増し、その空間よりそれは現れた。


 ――何だ……これは。


 魔法陣から現れたのは眩く輝く薄蒼色の巨鳥。それはまるで生物のように振る舞っているが、実に物質的ではない。存在が酷く曖昧な何かに見える。


 ――精霊……だと?


 奇妙な鳥類の鳴き声と共に突風が巻き起こる。

 風圧に押されて目を細める。


「真風の精霊ルーフリエ……!お前も持ってんだろ!?召喚しろ!」


 ギードは煽るが、生憎とそんな技の持ち合わせは遠夜にはない。

 するとブレイグが再び叫んだ。


「ギード、貴様こんな場所で……!」

「こいつは天下に轟く大犯罪者だぜ?実力はグランドナイト相当……条件は揃ってる。手を出すなよブレイグ……こいつは俺がやる!」

「……好き勝手なことを。ギード、わかっているな」

「うっせーなわかってるっての。民間人を巻き込まないように……だろ?そんでもって、召喚を見せた相手は必ず殺す……!」


 意気揚々と、まるで既に勝ったかのような態度の彼らに、遠夜は少しムッとする。

 あれが何なのかは良くわからない。しかしながら、まずい状況であることは理解出来ている。

 この技、非常に厄介だと遠夜は考える。グランドナイト二人の相手というだけでもギリギリの戦いに、実質三対一の状況を強制された。それどれか一角を落とせたとしても、後に二人が控えてるわけだ。遠夜の体力だって無限じゃないのだし、このままではジリ貧だ。

 どうする。

 遠夜が迷っていると、ギードが不思議そうな顔をした。


「お前、なんで精霊を召喚しない。この状況下で出し惜しみする意味があんのか。俺は本気の殺し合いがしてーんだ」

「そーかい、だが生憎とそんなもんはねえ」

「はあ?冗談だろ?その強さで精霊と未契約なんて有り得ねぇだろ」


 そんなこと言われたって知らねぇよ、と思う。

 しかしギードは酷く不満そうな顔を見せた。


「ガッカリさせんなよ……せっかく互角以上にやり合える相手が見つかったと思ったのによぉ」

「知るかよ。なんで俺がお前らのストレス発散に付き合わなきゃならねんだ」

「はっ、お前ならわかるはずだろ。俺達は常に抑圧されて生きてきた。凡人にはわからない、力を持ったが故の渇き……だからこそ俺達騎士はいくさを求める。ひりつく様な命のやり取りを、高揚を、己の限界を、死ぬまで探し求め戦い続ける……!」

「残念だが理解出来ないな……俺は別に力なんて欲したことは一度もないし、戦いを楽しいと感じたこともない。俺はただ、大事なものの為に戦ってるだけだ」


 ――こいつらを倒すには火力がいる。あれをやるしかない。


「そうか……相容れぬってわけか……ならもう、話は終わりだッ!」


 ギードが叫ぶと、蒼き巨鳥ルーフリエが回転しながら飛び込んでくる。

 大したスピードじゃない。

 アクセルを使用し遠夜は容易くその攻撃を回避した。

 しかし、


「な、にっ!?」


 精霊の通った軌跡に一瞬遅れで発生した旋風が遠夜の身体を巻き込んだ。

 風が遠夜の肌を細かく斬り裂く。

 空中でバランスを崩した。立て直さななければ。

 だがその隙をギードが逃すはずもなかった。

 オーラを帯びた剣撃が来る。


「マナブレイドッ!」


 それは遠夜のバリアの展開と同時だった。

 しかし実にあっさりと押し負け、遠夜は弾丸の様に弾き飛ばされ地面へと叩き付けられた。

 小さなクレーターが出来る程の衝撃で背部を強打し、軽く脳が揺れている。

 フォースバリアのおかげか、斬撃自体は遠夜の身体に届いていない。だがあの斬撃の凄まじい圧力。今までのマナブレイドとは違う、まるで爆風に弾かれた様な一発だった。

 口の中に滲む血を吐き捨て、ダメージを無視して何とか立ち上がる。

 すると遠夜は自身の周囲、鈍色の鎧を着た複数の騎士たちの姿に気がついた。


 ――まずい、囲まれてたか。


 周囲を見渡す。

 さっきの衝撃で手落とした銃が横目に入る。

 ここからだと少し遠い。


「気をつけろ、杖無しとは言え相手はグランドナイト級だ。陣形を整え全方位から一気に叩く」


 一人の騎士がそう指示したその時、上空から蒼き巨鳥が猛スピードで飛来し突風を起こした。

 全騎士たちが悲鳴を上げ、何人かは尻餅を着いて動きを止めた。


「てめーら、邪魔してんじゃねえぞ」


 おっかない顔で言うギードに全騎士がたじろぐ。


「こいつは、俺の獲物だ……!」


 スタッと地面に着地したギードは剣を曲芸師の様にクルクルと回し、切っ先をこちらへ向けた。


「驚いたか。精霊を召喚するとその精霊の力を借りることが出来る。今俺のマナは真風の加護を受けている。さっきまでと同じと思うな」

「そーかよ。通りで威力が桁違いなわけだ」

「焦ってんだろ?見りゃわかるぜ。魔術師のくせに騎士の間合いでよくやった方だ。だが自慢の杖がなければあの高速魔術も使えないだろ。お前に次の一撃を止めるすべはねえ」


 ギードが剣を掲げると、そこへ精霊ルーフリエが舞い降り甲高い鳴き声を発した。

 それと同時に得体の知れないエネルギーが剣先へと集まり始めた。


「精霊の完全顕現には膨大なマナを必要とする。だから精霊召喚を使った時点で俺に短期決戦以外の選択肢はない。悪いがこの一撃で終わりにさせてもらうぜ……!」


 それを見て周囲の騎士達が悲鳴を上げ一斉に退避を始めた。


真風旋撃波エアリアルトルネード……!!」


 巨大なエネルギーを秘めた剣を、ギードは横薙ぎに振り払った。

 その一撃は巨大な竜巻を引き起こす。


「あり、えねえッ……!」


 遠夜は思わず叫んだ。

 竜巻は周囲の建物から木材や瓦を引き剥がしながら、通路のど真ん中を猛スピードで突き進む。


 ――まずい、この規模は考えてなかった。ある程度の攻撃は回避出来るつもりでいたが、範囲が広い。これは間に合わない。


「クソッ!サラァァァ!!」

『――AS解放率20%』


 全身からフォースが溢れ出す。

 鼓動が加速する。

 〈ブースト〉

 〈バリア〉

 〈アクセル〉


 弾ける様に後方上空へと飛び上がる。

 だが依然として竜巻の効果範囲内に遠夜はいる。


 ――目を凝らせ。集中しろ。竜巻は時計回りに回転してる。ならその逆を意識する。


 左手を突き出し、目一杯に溜め込んだフォースを解き放った。


 〈スピンショット〉

 ストライクとは異なるフォーススキルの応用技。エナジーフォースによって生み出された運動エネルギーが反時計回りに回転力を発生させる。あまり得意な技では無いが、今の出力なら強力なパワーを発揮出来るはず。

 だが、スピンショットは竜巻と衝突するも、竜巻の回転を止めるには至らず、ものの数秒で呑み込まれ霧散した。

 しかし一瞬の綻びは作った。


「ストライクッ――!!」


 もう一方の手に溜めていたフォースで、竜巻の中心部に衝撃波を叩き込んだ。

 ストライクによる竜巻中心部での爆発、それに伴い竜巻の回転が著しい不安定さを生み出し、まるで生き物の様に竜巻は暴れ、真横にあった民家へと突っ込んだ。

 暴風により民家の屋根は丸ごと剥がされ、一瞬にして木石の民家は破壊し尽くされた。

 その光景に愕然とした表情のギードが視界内に入った。


 ――ここしかない。


 アクセルでギードの懐に飛び込み、右の拳にフォースを集めた。

 ギードの反応が一瞬遅れる。


 ――当たる……今の俺の出力ならこの距離でも戦える。


 軍用近接格闘術――2093年、あらゆる状況を想定したスーパーコンピュータシュミレートで、対人格闘における理論上最も有効な格闘武術が生み出された。その名もCMA(Convergent Martial Arts)、またの名を収斂格闘術。

 そして格闘術の最終地点とも呼ばれるそのCMAに、フォーススキルの応用を加えたものがこの軍用近接格闘術だ。

 深く踏み込み、肩と腰を巻き込む回転運動に重心移動のタイミングを重ね、ピンポイントに右ストレートを撃ち抜く。

 そのインパクトの瞬間、更に拳からストライクを発動させる。


「ストライクインパクトッ!」


 遠夜のパンチが炸裂する瞬間に、ギリギリでギードの剣が割り込んだ。

 しかしあまりの破壊力に刀身が砕け、ギードの腹部に遠夜の拳がめり込む。


「ぐふっ――」


 血を吐きながらギードの身体が吹き飛ばされる。

 その先で即座にギードは体勢を立て直すが、ふらつきながら再び血を嘔吐する。


「あ、ありえねぇ……ただの打撃でこの威力だと……」


 驚愕するギードを他所に、遠夜は再度ギードの懐へと飛び込んだ。

 さっきの竜巻で力を使い果たしたのか、それとも遠夜のパンチが効いたのかはわからないが、今ギードの召喚した精霊の姿がない。攻めるならここだ。

 遠夜の突撃モーションを目にして、咄嗟にギードは両手をクロスして顔面をガードする。


 ――やはり、剣術以外はド素人。


 左ボディブローが奴の肋を砕き、更に右ボディブローで鳩尾を撃ち抜く。

 堪らずギードが右フックで反撃を見せるが、既にそのリーチの外へとバックステップで引いた後だ。

 空振りの打ち終わりに再び飛び込んで距離を詰め、顔面に対しジャブ、右ストレートを短く当て、ギードの動きを止める。

 その刹那の隙に、ガラ空きの腹部に両手を合わせた。


「ストライク――!」


 ギードの腹部を衝撃波が貫通した。

 白目を剥き、大量の血を吐き出してギードはその場に崩れ落ちた。


「ば、バカな……グランドナイトが……」


 周囲にいた騎士の誰かが言った。

 皆が動揺しているこの隙に。

 地面に転がったままの銃に掌を向ける。


 〈テレキネス〉

 転がった銃が引き寄せられ、くるくる回転しながら遠夜の手元に収まった。

 高難度のフォーススキル、テレキネス。こう聞くと皆念力の様なものを想像するが、実際は磁力による引き寄せだ。なので引き寄せられるのは金属又は事前に自身のフォースを付与した物体に限る。

 テレキネスはエネルギーの変換効率が悪く、ホルダーにもよるがストライクの三倍から五倍のエナジーフォースを必要とする。

 扱いにくい上に消耗も激しいため解放率の低い状態では遠夜でも滅多に使用しないが、こんな時には便利だ。

 すると一人の騎士が叫ぶ。


「ぞ、増援だ!増援を呼べ……!」


 それを聞いて他の騎士達がすぐに動き始めた。

 これ以上増やされてたまるか。全員撃ち抜いて――そう思った矢先、上空からブレイグが仕掛けてきた。

 ブレイグの剣撃で地面が叩き割られ、間髪入れず連撃が打ち込まれた。

 恐ろしく速い剣捌きだが、今の遠夜なら全て見切れる。

 ブレイグの攻撃を交わしつつ、足元から地面を抉るようにストライクを放出した。

 ブレイグが即座に後方へと飛び上がり回避する。

 そこへ銃口を向け狙い撃つ。

 ブレイグが剣でガードの姿勢を見せるが、

 スピード重視の連続射撃に対応が遅れ、ブレイグの剣が弾かれた。

 ブレイグの頬を銃弾が掠め、腹部に二発の弾丸が撃ち込まれる。

 しかしブレイグはすぐに体勢を立て直し剣を構えた。

 鎧を着てるとは言え信じられない硬さ。この攻撃ではやはり火力が足りない。


「まさかギードを倒すとはな。やはり貴様は危険だ。この場で確実に仕留める」

「はっ、どうやって?お前の動きは既に見切ってる。お前を倒すと依頼の報酬が貰えなくなるんじゃないかって心配してんだよこっちは」

「安心しろ。公爵家に手を出した貴様は処刑となる。報酬など無意味だ」

「あっそ〜かよ。でも今のままじゃ俺を倒すのは無理だぜ」

「そのようだな。ならば見せるしかあるまい」


 きた。

 ブレイグの眼前に魔法陣が出現する。


「精霊召喚――こい、アルバーン」


 そいつは紅蓮の炎を纏いし黒牛だった。分厚い筋肉に覆われた肉体から炎が染み出るように燃え盛る。ギードの召喚した精霊と比べより物質的で、精霊と言うより魔獣に近い。


「こいつを出すと周囲への被害が酷くてな。悪いが早急に片を付けさせてもらう」

「短期決戦には賛成だ。これ以上増援を呼ばれたら堪らないからな」


 そう言って両手で構えた銃口をブレイグへと向けた。


「ふん、正面から勝つつもりか。面白い……大精霊ライアフレイムの眷属アルバーン。骨まで焼き砕くこいつの一撃、貴様に受けられるか」


 黒牛の全身からより一層炎が溢れ出し、ブレイグの剣が炎によって紅く染る。

 遠夜は理解していた。ギード同様、ブレイグは大技を放つ気だ。


 ――やってやるよ。


 AT9には既に強化弾を装填している。

 銃身に注いだエナジーフォースは、たった今フルチャージに到達した。だが奴を確実に倒すにはまだ足りない。


 ――オーバーチャージを使う。


 オーバーチャージとは、本来の規定最大出力を超過してエネルギーをチャージする荒業だ。

 上手くやればハンドガンでライフル並の火力を叩き出せる。だがその分銃への負荷を強いることになり、加減をしくじれば最悪銃身の破損や爆破に繋がる。

 勿論そんなヘマするつもりは毛頭無いが、AT9はそもそも通常兵士による使用を想定されているため、遠夜のオーバーチャージに耐えられる設計で作られていない。回数を重ねればいずれこの銃は死ぬ。

 この世界で銃の破損はリスクが高い。遠夜もそれをわかっているので、本当は無茶な使い方はしたくないのだ。

 しかしこいつらを倒すにはこれしかない、遠夜そう思っていた。


「リミッター解除、出力超過オーバーチャージ……!」

「いくぞ!剛火一閃ブレイジングドライブ……!」


 猪突猛進豪傑剛火――ブレイグによる必殺の一撃。弾丸の如き速度で紅蓮の刺突が一直線に襲い来る。

 それをオーバーチャージされた強化弾が迎え撃った。

 フルチャージライフルに匹敵する極太の光線と、膨大なマナが集約された渾身の剣撃が正面から激突する。

 四秒間――互いの力が押し合いその場で完全な静止を見せた。

 だが次第に輝く閃光が大火の刺突を押し始め、遂にブレイグの剣を切先から崩壊させ押し飛ばした。

 巨大な閃光に撃ち抜かれたブレイグは数十メートル後方の民家へと突っ込み、直後の爆発により破壊された瓦礫の下敷きとなった。


 ――死んだか……?


 目の前の光景を見て遠夜はそう思った。

 こんなことをしておいて言うのも何だが、遠夜はブレイグを殺すつもりは無かった。

 ブレイグは別に悪いやつじゃない。子供達の保護も責任を持ってやってくれると約束してくれた。だから指向性を絞らず放射状に撃ち出すことで貫通力を下げた。奴らグランドナイトの耐久力を信じての一撃だったのだ。


「もし死んでたら寝覚めが悪い……」


 遠夜はブレイグが突っ込んだ民家に駆け寄り、瓦礫を押しのける。

 すると瓦礫の下から気を失ったブレイグを見つけた。着ていた鎧はボロボロで、腹部に大きくアザがあるが、やはり貫通はしていない。

 大怪我だが、命に別状はなさそうだ。

 念の為瓦礫の下を調べたが、巻き込まれた住人もいない。

 少し安堵の息をつく。

 勘違いされちゃ困るが、遠夜だって出来るなら人なんか殺したくないのだ。だが自身の目的や大切な人を守るためならば、それも厭わないと決めてるだけ。

 だがこれでいよいよ遠夜もアルテもお尋ね者だ。傭兵の仕事も、もう続けられないだろう。

 大犯罪者なのだから、乗船許可だって当然降りるはずもない。

 これからどうしたものか。


「とりあえずこの街を出よう。アレックス達には悪いことをしたな」


 今はこれくらいしか思い浮かばない。

 船のことはまた後で考えるとしよう。

 そんなことを考えていた矢先、


「……ヤ……トーヤ……!」


 ひそひそ声で影から遠夜の名を呼ぶ声が聞こえた。

 振り返った先の建物の影からひょっこり顔を覗かせたのはアルテだった。


「アルテ、よかった」

「もう、終わったのよね?」

「ああ、グランドナイトは倒した。次の追っ手が来る前にさっさとここを――」


 背筋に悪寒が走った。

 まさか……そう思い振り返って見ると、真赤な鎧を身に纏ったひとりの騎士がそこにいた。







 

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