第26話 奴隷救出作戦

「全員動くな!!」


 どでかい叫び声が会場の真後ろから響いた。

 すぐに振り返って見ると、会場の入口から鎧を着た人間が続々と突入して来た。

 鎧達はあっという間に入口を塞ぐように立ちはだかると、腰に差していた剣を引き抜き構えた。

 会場全体がどよめき、次の瞬間には会場にいた人間全員が慌てふためき逃げ惑い始めた。

 憲兵騎士団。やはり場所の特定に成功していたようだ。騎士の数は全部で三十人弱。全員がナイト級以上の実力者。

 先頭の黒い鎧が叫ぶ。


「全員捕まえろ!抵抗するものは斬り捨ててかまわん!」


 ――あの鎧はブレイグ……。まずいな……見つかったら勝手に潜入していたことがバレる……いやまて、これは寧ろチャンスじゃないか。


 周囲を見渡した。

 人は入り乱れ、互いを押しのけ合い、もう滅茶苦茶だ。

 このタイミングだ。この混乱に乗じて少女達の救出に向かう。


「アルテ、今のうちに俺は奴隷の少女達の救出に向かう。アルテは……」


 ――どうする。アルテをここへ置いていけば騎士団に捕まる可能性が。連れて行くか。だがそれも危険が。


「ダメよ、私も行くわ!」


 真剣な眼差しで彼女は言った。


「どうせ私を置いて一人で行くって言うんでしょ」

「……でも」

「全部あんたに押し付けられない。私が言い出しっぺだもの、手伝わせなさい……!」


 アルテが真剣な眼差しでそう言った。

 この子は時折、こういう力強い眼をする。きっと彼女も成長しているのだと思う。これから先、彼女と旅を共にするのなら、彼女の成長を妨げるようなことをするのは遠夜にとっても良くない。ここは信じてみるべきか。

 遠夜は息を飲んで頷いた。


「……わかった。行こう」


 アルテを連れて走り出す。

 ステージ横の舞台袖に先程のエルフの少女が男に引っ張られて行くのが見えた。奴ら、奴隷の子達を全員連れて逃げるつもりらしい。

 遠夜とアルテは人混みに紛れながら、ステージ横の舞台袖に素早く入り込んだ。

 その先は予想通り控え室。そこで男が二人慌てふためいていた。


「まさか騎士団にバレるなんて……!早く逃げねーと!」

「その前にここの荷物をまとめろ!」


 まだこちらに気付いてない。

 すぐに駆け出した。


「くそっ、一体何が……っな、なんだおま――」


 男の声を遮る様に、左の拳が男の顎を跳ね飛ばした。


「ひぶっ――」


 顔面ど真ん中に一発を貰ったもう一人が、悲鳴を上げ損ねて倒れた。


 ――仲間を呼ばれたら面倒だ。ここで寝てろ。


「行こう」


 アルテが軽く頷き、再び走り始める。

 控え室を抜けた先の通路を駆け抜け、奥にあった階段を駆け上がったその先、広々とした大きな部屋があった。

 部屋と呼ぶには些か広すぎる、巨大な倉庫の様な場所。

 遠夜とアルテは腰を低く、物陰からその様子を伺った。


「早くしろ!いつでも逃げれるように馬車に突っ込め!」


 真ん中辺りでツルッパゲの男が他の男達に慌てて指示を出してる。

 倉庫内に乗り付けられた馬車の荷台に、屈強な男達が巨大な檻を積み込もうと踏ん張っていた。

 檻に入ってるのは初めに紹介されていた、確かアトラスホーンとかいう化け物だ。パッと見た目で一トンくらいありそうに見える。四人で持ち上げられるサイズとは思えないが、奴ら並外れた腕力があるようだ。

 すると今度は別の馬車へと奴隷の獣人少女達が乗せられているのが見えた。

 少女達は全員漏れなく鎖で繋がれていて、恫喝する男共に心底怯えた様子で従っている。


「グズグズすんな、さっさと歩け!馬車に乗れ!」


 地面に打ち付けた鞭が弾ける。

 鞭を持った男は随分と焦った様子で言う。


「ったく、何でここが騎士団の連中にバレたんだ」

「んなこと言ってる場合か!お前もこっち来て手伝ってくれ!」

「商品は漏れなく詰め込め!逃げ切ったところで足がついたら意味がねえ」


 もうすぐ奴らの荷造りが終わる。騎士団の連中は間に合いそうにない。

 やるしかない。まずは奴らの足となる馬車を破壊する。その後は一人づつ狙撃して――。

 そう遠夜が考えている間に、


「待ちなさい!」


 倉庫内に少女の声が響いた。

 隣に居たはずのアルテがいつの間にか、敵前に堂々と仁王立ちしている。

 遠夜はあちゃ〜と額に手を当てた。


「今すぐ奴隷の子達を解放しなさい」

「何だてめぇは?」

「おい、こいつ騎士団か?」

「ばーか、どう見てもただの獣人だろ。騎士なわけあるか」

「いきなり出てきて何言ってやがる!」


 男達の怒声に動じることなく、アルテは奴らを睨み返す。


「おい時間がえねぇ、邪魔するんなら殺せ」


 ハゲの男が指示すると、ほか四人が剣を引き抜いた。

 仕方ない助けに入るか、そう思った時、アルテが胸の前に両手を構えた。

 次の瞬間、彼女の手の中に旋風が巻き起こる。


「後悔しなさい……!」


 アルテが叫ぶと同時に、目の前にいた男四人が彼女の弾き出した旋風によって数メートル吹き飛ばされる。


 それを見て遠夜は「おおすげぇ……」と思わず零した。

 今ので真ん中にいた男二人はノックアウト。サイドの二人が立ち上がる。

 ハゲが怒鳴った。


「何やってんだお前ら!」

「くそっ、こいつ魔術師だ……」

「接近すれば問題ねえ、魔術を使わせるな!」


 再び男達がアルテに襲いかかる。

 男達のスピードが想像以上に素早い。アルテが魔術を行使する前に奴らの刃が到達する。そう判断した遠夜は、影からエナジーバレットを男達の膝に撃ち込んだ。

 小さく悲鳴をあげて男達の動きが止まる。

 そこへ目掛けて、再びアルテの旋風が打ち出される。


「ぐあああっ」


 男達は悲鳴を上げ、宙を回転しながら吹き飛ばされる。

 一人は背中と後頭部を強打。もう一人は首から落ちた。あれは起き上がれない。


「残るはあんた一人ね」


 アルテがハゲの男に向けて言うと、男は不敵に笑い出す。


「ひとり?何勘違いしてんだ……おいお前らっ!!」


 男が大声で叫ぶと、馬車の中、倉庫内の至る所から男達が集まってくる。

 武器を片手にニヤニヤと出てきたのは全部で七人。さっきより多い。

 アルテは酷く焦った様子で、


「ひ、卑怯よ……!」

「殺し合いに卑怯もクソもあるかバーカ。お前はここで――」


 ハゲの男は言葉途中で違和感に気づいた様に、自分の左足へと徐に視線を落とした。

 遠夜の撃ち込んだ弾丸が男の左膝に穴を開けたのだ。


「ぐっ、ああああ……!」


 堪らず悲鳴を上げてその場に尻餅を着く。

 全員何が起こったか理解出来ていない。その合間に次々と、アルテを囲む男達の脳天がエナジーバレットによって声を上げる間もなく破壊されていく。


 ――ハゲのリーダーっぽい男だけでいい。それ以外は殺す。


 冷酷無情の銃撃によってあっという間に七人の男が殺害された。


「ちょっと、助けるのが遅いのよ」


 アルテの元へ歩いていく遠夜に、彼女は頬を膨らませる。


「アルテが勝手に突っ走るからだろ」


 遠夜が溜息混じりに言うと、尻餅を着いたまま呆然としていたリーダーっぽい男は、突然ガクガクと全身を震わせ始めた。


「な、な、なん、なんなんだ……お前らは……」


 そんな男へ向けて、遠夜は冷徹な目付きで銃口を向けた。

 少し出力を上げたエナジーバレットが、男の真横にある地面を弾き飛ばす。

 男が小さく悲鳴を上げた。


「質問に答えろ。そうすれば見逃してやる」


 男は心底脅えて首を縦に何度も振る。


「奴隷の少女達をどこで手に入れた?」

「し、知らない……俺達は売人だ……仕入れは他の連中の担当だ……俺達はただこいつら奴隷を売り捌けって上からの指示で……」

「お前に指示した奴はどんな奴だ?名前は?」

「し、知らない……ただ組織の幹部ってことしか」

「組織?」

「闇市を運営してる組織だ。どこのルートから仕入れてんのやら、奴隷だけじゃなく魔獣から呪具まで何でも扱う。世界のありとあらゆる都市で今日みたいなオークションや闇売をやってんのさ。組織の名は……ケルベロス」

「ケルベロス……じゃあ隷呪の鎖を売ってるのもケルベロスなのか?」

「隷呪の鎖?ああ、奴隷の首輪か。確かにあれはウチの闇売が出処だ。というか、ケルベロスが独自に開発した代物だと聞いた。奴隷をより簡単に管理する為の」

「なんだと……」


 ――よし、掴んだぞ。この組織を辿っていけば、開発者に辿り着ける。


「その組織の大元、もしくは首謀者はどこだ?」

「そんなこと俺が知るわけねえよ……俺らは組織の末端も末端だ」

「さっきから知らないばっかで、お前ほんとに何も知らないんだろうな?」


 銃口を男に向けなおす。


「ま、まてまてっ、そうだ確か、闇市の主上は今はカーディア帝国にあるって以前聞いたはずだ」

「カーディア帝国?ていうと、シヴァ大陸にある大国か」

「そうだ、そこに組織の本元があるかどうかはは知らねぇが、可能性は高いはずだ」


 ――なるほど、悪くない情報かも。


「おい」

「な、なんだ……」

「最後に質問なんだが、隷呪の鎖の契約を解く方法はあるのか?」

「呪いを解く……?さあ、あれは相当強力な呪いだ。解呪出来た話は聞いたことがねぇ」

「そうか、ありがとよ」


 礼を言うと同時に男の顎先を蹴り抜いた。

 男が白目を向いて地面に崩れ落ちる。

 この男は殺さず騎士団に引き渡した方がいい、そう判断した。

 残るは。

 アルテが少女達の元へと駆け寄っていく。


「もう大丈夫よ、怖かったでしょう?」


 アルテが硬い地面に膝を着いて少女達の頭を撫でる。

 人間以外にはこんなにも優しいんだな、と思う。自分にもこれくらい優しくしてくれればいいのに。

 そんなことを思いながら彼女らに近づくと、奴隷の少女達が身をビクつかせてアルテの背に隠れた。

 全員、遠夜を見て酷く怯えている。

 当然だ。遠夜はさっき目の前で沢山の人間を殺したばかりだ。いやそれ以前に、人間に対して恐怖心を持っているのだろう。きっとこれまで酷い仕打ちを受けてきたに違いない。

 するとアルテが、


「大丈夫よ。この人はいい人だから」


 アルテにいい人だなんてストレートに言われるのは初めてで、少し戸惑った。しかし彼女は自分の発言に気付いていない様子だ。


「トーヤ、この子達の手錠外せるかしら」


 奴隷少女たちはみな両手を鉄錠で繋がれている。それとおそらく隷呪の鎖も。

 体内に取り込まれた隷呪の鎖はどうにもならないが、手錠なら問題ない。


「お、あったあった」


 気を失ったリーダーの懐を探ると、鉄輪に付いた鍵束が出てきた。

 それをアルテに受け渡す。


「君がやった方がいい。俺だとみんな怖がっちまう」

「わかったわ」


 アルテは素直にそれを受け取ると、少女達の手枷を外していく。

 彼女を連れてきてよかったと思う。遠夜一人じゃこの子達を助けられなかったかも。


「お姉ちゃん、ありがと」


 少女の一人がアルテに礼を言う。


「当然よ。あなた達には自由に生きる権利があるもの」


 泣き顔怯え顔だった子達に、少し安堵と笑顔の表情が増えた。

 そんな中遠夜はふと、奥にいた淡い桜の様な髪色の少女が、遠夜の顔をジッと見つめているのに気がついた。

 この子は確かオークションの一番最後に登場した、エルフの少女だとか何だとか。

 この世界には人間、獣人以外にも多様な種族の人間が存在しているらしい。本でしか見たことはなかったが、確かに彼女は噂通りの美貌と特徴的な尖った耳を持っている。

 多分この子が囚われていた子達の中では最年長。とは言っても遠夜と殆ど変わらない年齢だと思うし、この年で奴隷として囚われるなんて物凄く怖かったに違いない。

 それでだろうか。彼女はおかしくなってしまったのかもしれない。ぼーっとした表情のまま、眉ひとつ動かさず遠夜の顔をただ見つめてくる。

 不思議に思い彼女の目を見つめ返すが、彼女は視線を逸らすでもなくただジッと、遠夜の目を見つめ続ける。

 顔に何かついてるのかと思って遠夜は自分の顔を拭った、そんな時だ。

 獣の唸る様な叫び声が響いた。

 即座に振り返ると、倒れていたはずの一人の男が怪物の入った檻を解放し、既にそれを解き放った後だった。


「しまった……!」


 奴はさっきアルテが魔法で吹っ飛ばした男。とどめを刺しておくべきだった。


「へへ……これでお前らも終わりだ……」


 檻を解放した男が息を切らしながら不敵に笑う。

 巨大なゴリラの様な様相、頭部からは悪魔の様な角が生えている。檻から這い出た恐ろしい怪物は、再び歪な叫び声を上げて傍に居た男を巨大な拳で弾き飛ばした。

 血飛沫と共に男の身体が跳ね上がり、地面に力無く落下する。

 男はピクリとも動かなくなった。

 少女達が悲鳴をあげる。

 アルテが少女達を背中に隠す様に立ちはだかり、その前に遠夜が銃を構えて陣取った。


 ――一撃で殺す。


 殺意を込めてAT9にフォースをチャージする――それよりも早く、遠夜達の後方から何かが飛来したのが横目に映った。

 飛来したのは紅の火球だ。

 遠夜達の横をスレスレで通り過ぎ、一直線に怪物へと到達し、紅蓮の爆炎が巻き起こる。

 この位置からでも肌に熱が伝わる程の火炎に焼かれ、怪物は歪な悲鳴を上げて暴れ狂う。

 次の瞬間、凄まじい速度で怪物の眼前に飛び込んだ黒き鎧の騎士が、鈍く光るロングブレイドを上段に構えた。


「マナブレイド」


 異質な輝きを見せる斬撃によって、左肩から斜めに掛けて怪物を両断した。

 怪物は臓物を散らしながら崩れ落ちる。


 ――速い……。


 全てが一瞬の出来事だった。

 黒き鎧の男がこちらへ振り返る。


「貴様ら、ここで何をしている……」


 そう言ったのは今回の任務の依頼主でもある、憲兵騎士団第一部隊長ブレイグだった。




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