第24話 初仕事

 噴水広場まで逃げのびた遠夜たちは、噴水前に腰掛けていた。


「では、離れられない関係とは……」

「まあそういうこと」


 誤解を解くため、隷呪の鎖についてアシュリーに話した。誰彼構わずこれを話すのはあまりいいことではないと遠夜もわかっている。だが話さないことには彼女は折れそうもなかったので仕方がなかった。


「すみませんでした……!」


 アシュリーはアルテに深く頭を下げた。


「私、マナの波動には敏感で……あなたから不吉なマナを感じ取ったのできっと良くない方なのだと……」

「も、もういいわよ」


 アシュリーがあまりに畏まるので、アルテもこれ以上何も言えない様子だ。

 すると頭を下げたままのアシュリーの瞳から、ぽろぽろと涙が落ち始めた。

 遠夜もアルテもギョッとする。


「な、なに?もう怒ってないから、泣かなくてもいいのよ」


 アルテが珍しくあたふたしている。


「違うんです……我々人間の身勝手で、あなた達がこんなに辛い思いをしているなんて……それなのに、何も出来ない自分が不甲斐なくて、私悔しいんです」


 彼女には呪いを受ける羽目になった過程として、森での出来事を粗方話してある。アルテの境遇を聞いて心を痛めたのだろう。優しい子だと遠夜は思う。


「あ、ありがと……こんな風に泣いてくれたのはあなたが初めてだわ」


 アルテが少女を慰めた。人間嫌いのアルテが、こんな珍しいこともあるらしい。

 するとアシュリーはスッと気丈な顔で立ち上がり、


「私に任せてください」


 そう言った。


「任せるって……?」

「私なら、お二人の呪いを解けるかも知れません」

「「え?」」


 遠夜とアルテは二人して惚けた声を漏らした。


 人々の喧騒の中に噴水の水音が微かに鳴っている。

 目の前に力強く立ち構えたアシュリーが、自前の金属スタッフを地面に突き、目を閉じて何かを念じ始めた。

 風が起こる。

 彼女の周りに淡い光が集まっていく。


「我らが神よ……どうかその神聖なる威光を私にお貸しください。光王アルカディアの名のもとに、邪悪なる闇を祓いたまえ。神聖術 ソグナルティア」


 閃光弾かと思った。

 それ程に強烈な輝きが遠夜とアルテを包み込んだ。

 輝きは数秒続き、やがて周囲の空気に混じるように消えていった。

 まだ目がチカチカしている。こんな簡単なことで、はたして呪いが消えたのだろうか。

 しかし隣にいるアルテを見てみると、先程の光に反応したように首元の黒い紋様が浮かび上がっていた。


「そんな……」


 アシュリーが零した。


「失敗ってことか?」


 遠夜が尋ねると、


「はい……どうやらその様です。アルカディア様の加護を受けた私の神聖術ならもしかすればと思ったのですが、余程強力な呪いのようです」


 ジェイニルも言ってたいた。呪いをかけた術者は化け物だと。


「ただ、不吉なマナの波動はかなり弱まったので呪いの効力は落ちていると思います」

「ほんとか!?」

「はい。正確にどの程度かは分かりませんが、これまでの制約ほど厳しくはないかと」


 てことは前みたいにちょっと距離が離れただけで首が絞まったりはしないってことか。


「よかったなアルテ!」

「え?ああ、うん」

「何だよあんまり嬉しそうじゃないな」

「そ、そんなことないわよ」


 アルテは微妙な反応だった。素直じゃないなあ、と遠夜は思う。


「まあいいそれより、後でどれくらい離れても大丈夫になったか試してみようぜ。それ次第で今後の生活も変わってくる。ホント、ありがとなアシュリー」

「い、いえ……お役に立てず申し訳ありません」

「何言ってんだよ。呪いが薄まっただけでも凄く助かるよ」

「そう、ですか?」

「ああ勿論。ほら、アルテもちゃんとお礼言って」

「あり、がと」

「い、いえお礼なんて!助けて頂いた上にご迷惑まで掛けてしまったのに……」

「そりゃお互い様だよ。本当に助かった。ありがとう」


 するとアシュリーは少し頬を染め、照れくさそうに笑った。


「それじゃ、俺達はそろそろ行こうかな」

「もう行ってしまわれるのですか?」

「ああ。他にもやることが色々あってね」

「そうですか……」


 アシュリーは心底残念そうに眉をひそめた。

 それを見て、この短い間に随分と懐いてくれたものだと遠夜は思う。

 悲しそうな彼女を見ていると、ちょっと罪悪感すら感じる。だが遠夜にも先を急ぐ理由がある。

 するとアシュリーは顔を上げた。


「あのっ……また、会えますよね?」


 アシュリーが緊張した様に胸元で手をぎゅっと握る。


「そうだな……しばらくはこの街に留まる予定だし、またきっと会えるかもな」

「ええ……きっと会えますよ。神のお導きの元、きっと。それまでどうか、私のことを覚えておいてくださいね」


 アシュリーはそう言うと笑って、祭服のスカートを軽く摘んでお辞儀をした。

 その姿を微笑ましく思い少し笑みをこぼした遠夜は、


「じゃあな」


 そう言って彼女に背を向けた。

 少しして振り返ると、遠くで目が合ったアシュリーが笑顔で手を振ってきた。

 不覚にも可愛いな、なんて思いながら手を振りかえす。

 あの子の言った通り、きっとまた会える。そんな気がした。


 *


「はあ〜!?」


 遠夜の大声が部屋中に響いた。

 ここは王都ラブニの役所。一通り買い物を終わらせた遠夜達は、アスガ大陸へ渡る為の許可書を貰いに来ていた。


「じょ、冗談ですよね?」

「いえ、ですから事実です。アスガ大陸行きの乗船許可はお一人につき金貨二十枚が必要です」


 女性役員は淡々と告げた。


 ――き、ききき金貨二十枚だと?二人合わせて四十枚。そんなに払えるわけが無い。こっちはもう金貨一枚すら持ってないんだぞ?!


 買い物を終えた遠夜達の残金は銀貨五枚ぽっち。これでは生活費ですら五日もたない。


「どーすんのよトーヤ……」


 不安げな顔でアルテが言う。

 まずった。乗船許可が降りるのに条件があるとは聞いていたが、こんなシンプルで重いものだとは。

 傭兵の仕事でどれだけ稼げるだろうか。一ヶ月で金貨四十枚……やれるだろうか。でもそれまでの生活費や大陸を渡った先の資金も考えないといけない。


 ――くそっ。ここで何ヶ月も長居するわけにはいかないのに。シャマ大陸到達まで理想は一年、遅くとも一年半だ。着いたあとも帰還の手掛かりを探さなきゃならない。ここで時間を食うわけにはいかないのに……!


「ちょっとトーヤ!」


 アルテの声にハッとする。


「しっかりしなさい!お金なんて私が傭兵の仕事ですぐに稼いでやるわよ!」

「あ、ああ……そうだな」


 遠夜は心を持ち直す。

 ここで頭を悩ませたって仕方がない。まずは傭兵の仕事をこなしてみてから考えよう。


「よしアルテ、今からギルドに行こう!明日からバンバン依頼をこなしてくぞ!」


 そうと決まればすぐ行動。

 遠夜はアルテと共にギルドへと向かった。


 ――


 傭兵の依頼を受けるには、まずギルドにある依頼掲示板を確認する必要がある。

 ギルド一階の壁際に大きな木版が複数設置されていて、その木版にはボロっちい羊皮紙の紙がいくつも貼ってある。これらは全て依頼書だ。この中から受注条件や報酬を考慮し依頼を受けるシステムだ。

 依頼内容は様々で、魔獣の討伐依頼や護衛依頼、時にはどこぞの店番から人探しまで、ありとあらゆる依頼がここに集まる。


「ん〜、んん〜〜」


 ボードに貼り付けられたボロっちい紙と睨めっこをしながら唸る。


「近隣の森で薬草採取、銀貨三枚……雑貨屋の手伝い銀貨二枚……行方不明の猫探し、銀貨一枚ぃ〜?」


 依頼書を握りしめて身体を震わせる。


「だあああ!こんな事ばっかやってられるか!金貨四十枚集めるのにどんだけ時間がかかるんだよ!」


 仮に銀貨三枚の依頼を毎日休まず受けたとして、単純計算で四、五ヶ月はかかる。当然依頼が一日で終わるとも限らないだろうし。誤差を考えても半年かかるかもしれない。こんな所でもたつく訳にはいかないのに。

 すると隣からアルテがニヤケ面で歩いてきた。


「何あんた、珍しくイライラしてるのね」

「当たり前だろ?こんな草引きだの猫探しだのやってられねぇよ。俺達は傭兵なんだぞ?」


 これでも遠夜は日本軍特殊作戦部隊の隊長、戦闘のプロフェッショナルだ。こんな学生アルバイトみたいなことに使われるなんて泣けてくる。

 するとアルテが得意げな顔で一枚の依頼書をバッと開いて見せた。


「そんなあんたに、私がすっごいの見つけて来てあげたわよ!」


 ――――――――――――――――――――


【緊急依頼】バルログの討伐 A級


依頼地:パマル村

依頼主:村長ラハッド

依頼詳細:ひと月程前より北パマル山間付近にてバルログの目撃情報が相次いでおり、先日村人の一人が負傷した。ただちにこれを討伐願いたし。バルログは獣のような様相に漆黒の翼を持つ魔獣。強靭な爪と闇の炎にはくれぐれも注意が必要だ。


受注条件

 ・A級傭兵三名以上、又はB級傭兵五名以上の参加


報酬

・金貨二十枚

・パマル村の特産酒


備考:依頼遂行中の食事、寝床の提供あり


 ――――――――――――――――――――


 確かに凄いの見つけてきたな、と思う。


「ふふんっ、どうよ」

「どうよってこれ、A級の依頼書だぞ。俺達は今E級、依頼自体受けられないんだよ」

「ええ!?」

「ええって、受注条件をよく見ろよ」

「じゃあ私達が受けられる依頼って……」

「だから薬草採取とか猫探しだって言ってるだろ?だから頭悩ませてんだよ」

「う、嘘でしょ!?そんなの傭兵でも何でもないじゃない!そんなバカみたいな仕事やってられないわよ!!」


 アルテが叫ぶと、隣から声が聞こえた。


「こらこら、どんな仕事でもバカにしちゃいけないぜ」


 振り向いた先にいたのはアレックスだった。


「アレックス……!」

「よっ、昨日ぶりだな」


 アレックスが腕を組んでニカッと笑った。


「なんだお前達、もう早速依頼を受けるつもりなのか?」

「ああ、そのつもりだったんだけど……」

「受けられる依頼がショボイのばっかで、ちょっとガッカリってか?まー気持ちはわかるぜ。俺も初めは同じことを思った。何せ傭兵って職業はガキの頃からの憧れだったからな。だがまあ、始めたては誰もそんなもんなのさ。実際俺やゲイルやセレナも、昔は薬草採取やら猫探しやらをやってたんだぜ?」

「そうなのか?」

「ああ。そうやって皆小さな依頼を積み重ねてって今があるんだ。初めは仕事に慣れるためと思ってやるしかないさ」

「ん〜やっぱそう言うもんなのか……」


 かと言って、時間が無いのも事実だ。


「なあアレックス」

「なんだ?」

「傭兵のランクを手っ取り早く上げるにはどうすりゃいいんだ?」


 このまま低級の依頼ばかりやってても仕方ない。早いところ傭兵ランクを上げて高報酬の依頼をバンバン受けていかないと、時間がいくらあっても足りない。


「ランクをね〜、そりゃ難易度の高い依頼をこなしてりゃそれだけ早くランクは上がるると思うが、初めの内はどうしても簡単な依頼しか受けられねぇからな」

「そ、そっか……」


 やはり地道にやるしかないのか。

 と思った矢先、アレックスが人差し指を立てて言った。


「まっ、他に全く方法がないって訳でもないがな」

「えっ、本当か!?」

「あ、あ〜まあうん。だがその〜」


 アレックスがちょっと言いづらそうに、横目でアルテの方をチラ見した。


「何だよ、勿体ぶらないで教えてくれ」

「ああその、まあ例えば、俺達が受けた高ランクの依頼にお前達が同行する……とか」

「えっ、そんなこと出来るのか?」

「当たり前さ。元々お前らを俺達のパーティーに誘ったりもしたろ?受注条件さえ満たしていればパーティーに初心者がいたとしてもルール上何の問題もない。ただ……」


 アレックスの目線につられてアルテを見た。

 彼女の顔がむくれている。


「絶対に嫌っ!」


 アルテは断固として拒否した。

 気持ちはわかるが、こっちも簡単に折れるわけにはいかない。


「そこをなんとか頼むよ!」

「嫌なものは嫌なの!何で私が人間とパーティーを組まなきゃいけないの!?」

「気持ちはわかるけど頼むよ。アレックス達が悪い奴らじゃないってことはアルテだってわかってるんだろ?」

「そ、それは」

「それに人間が嫌って言うけど、俺だって人間じゃないか」

「あ、あんたはべ…………お爺様の目を信じてるのよ私は!」


 弱ったな、と思う。彼女の過去を考えれば当たり前の反応だし、もちろん無理強いだってしたくない。

 すると奥からセレナとゲイルがこちらへ歩いて来るのが見えた。


「あら、二人とも来てたのね」

「ああ二人とも、昨日ぶり」

「どうした?また何か揉めてるのか?」


 ゲイルが遠夜達の雰囲気から察したようだ。


「ああ〜実はな」


 アレックスが代わりに話してくれた。


「なるほどね。勿論私たちはいつでも大歓迎だけど」

「そっちのお嬢さん次第ってわけだな」


 アルテはまだむくれてる。

 すると話題を変えようとアレックスが二人に尋ねた。


「そう言えばお前ら、次の依頼はもう決めたのか?」

「ええ、良さそうなのがあったからもう受付に通しておいたわ」


 そう言ってセレナがアレックスに依頼書を手渡した。

 アレックスが丸まった依頼書を開いて顔を近づける。


「緊急依頼?ほー、中央市場の警備任務か。しかし中央区街なんて貴族様も足を運ぶ場所だろ?こんなもん騎士の連中がやるような仕事じゃねぇか」

「依頼主を見てみろよ」


 ゲイルが言う。


「あん?依頼主は……中央第一憲兵騎士団?」

「多分人手が足りてないんじゃないか?近頃じゃ戦争が始まるかもって噂もあるし、兵士達の多くは出払ってるんだろ」

「そう言えばクリスメラルからの道中、騎士団に遭遇したな。あれも関係があるのか?」

「どうだかな。まあ任務の難易度を考えてもこの仕事は割がいいし、受けて損は無いだろう。緊急依頼だから募集は当日締切、他の連中に取られちまう前に早めに受けた方がいい」


 アレックスが依頼書を食い入るように見る。


「報酬は金貨十五枚……確かに護衛系任務にしてはかなりの額だな」


 金貨十五枚とは、流石はB級の傭兵だ。遠夜達とは受けられる依頼の規模が違うな。

 もしこれに参加できるのだとしたら、資金調達はかなり楽になる。


「どうするトーヤ?一応受注条件はC級傭兵三名以上からってだけだし、お前達も参加出来るが」

「あ、ああ……」


 横目でアルテの顔色を伺う。

 さっきと変わってない。


「ちなみに、その依頼ってどんな感じなんだ?」

「さっき言った通り、中央市場の護衛、まあ見回り警備だな。前回の護衛対象の馬車が市場になったと思えばいい。簡単だろ?むしろ魔獣も出ないし長距離移動もないから簡単なくらいさ」

「へ〜護衛任務って簡単な割に報酬がいいんだな」

「ああ。もちろん魔獣討伐とかのが報酬はいいが、護衛系は危険が少ないのがメリットだ。だから俺達もパーティーが今の三人になってからは護衛依頼をよく受けてる」


 そう言えば仲間が一人減ったとか言ってたな。多分魔獣討伐中に何かあったのだろう。深い話は聞くつもりは遠夜には無い。


「今回の依頼主はかなり羽振りがいい。ま、依頼内容からちょっとばかしきな臭さが出てるがな。お前達も参加して損は無いと思うぜ?」

「だってさアルテ。今回だけアレックス達と組んでみないか?」

「……、」


 アルテは何も言わずむくれた顔をふいっと振るった。

 やっぱダメか。

 またアレックスが残念そうな顔で言う。


「ま、まあ今回の任務も全く危険がないってわけじゃないし、無理にとは言わないさ。最近じゃ中央市場の辺りで闇市の噂も耳にする。もし本当なら危ない連中が絡んでるだろうからな」

「闇市……?」

「何だ知らないのか?王都内のあっちこっち、毎度毎度場所を転々と変え、違法な取引が行われてるのさ。その辺には大抵盗賊団とか闇商人とか、あまり大声では言えないが貴族の連中が絡んでるとも聞く。どっちにしても薄汚い連中さ」


 ――闇市……確か以前クリスメラルの酒場でも聞いた。もしかすれば。


「アルテ……!!」

「ひゃっ!?」


 遠夜は勢い良くアルテの両肩を掴んだ。


「アルテ……この依頼参加しよう!」

「な、ななによ急に……!」

「この前酒場で話を聞いた時、王都の闇市で隷呪の鎖が取引されてるって聞いたんだ!もしかしたら手掛かりが掴めるかもしれない!」

「え、えと……」


 アルテが遠夜の瞳をじっと見つめて固まっている。


「頼む!お前のためでもあるんだ!」

「あ、あたしのため……」

「そうだ……!」


 アルテはまだ固まっている。

 心做しか頬が赤いし、何だか様子が変な気がする。


「アルテ……?」

「あ、わ、わかった……」


 アルテは遠夜の瞳から視線を逸らしてそう言った。


 ――え?


「な、何だお前……急に素直だな」

「そ、そんなことないわよ。別に、たくさんお金稼げるのに越したことはないし……」

「そ、そうか?ありがとな」


 アルテはまだ視線を逸らしている。

 彼女はこんなにしおらしい子だっただろうか、と遠夜は戸惑いなら思った。

 まあ彼女の了承を得られたわけだし、一件落着ではある。


「……っ、くふっ」


 ふと、周囲にいたアレックス達の笑いをこらえた様な表情に気づいた。


「……?何だよお前ら」

「いや、なんでも」


 アレックスは何故かニヤケ面でそう言った。




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