第19話 道中にて

 複数の馬が緩やかに土道を駆ける音が響く。風が周囲の草原を柔らかに揺らしている。天候は晴れだが少しだけ霧っぽく肌寒い。

 盗賊から奪った馬、フォーティアの背に揺られながら後ろを振り返ると、先程までいた街が少しずつ遠ざかって行く。

 再び前を見て、遠夜の正面を走る荷馬車に視線を移せば、荷台の乗り込み口に座って足をぷらぷらさせているアルテの姿が見えた。

 馬車は全部で二台あり、一台につき四頭の馬が牽引する。アルテが乗ってるのは後方を走る馬車で、そのすぐ後ろを遠夜は走っていた。そして遠夜のすぐ近く、左右側面には傭兵の二人が自前の馬を走らせながら護衛の陣形を取っていた。

 すると右側面を走っていた革鎧の男が馬を寄せて話しかけてきた。馬の足音や馬車の騒音を気にしてか、少し大きな声だ。


「なあ、あんた名前は?」

「トーヤだ」

「トーヤか……俺はアレックス、このチームのリーダーさ。さっきは自己紹介もろくに出来なくて悪かったな。あのオヤジが煩くてよ」


 あのオヤジとはグマルのことだろう。さっきは出発まで時間がなくて彼の名前を聞きそびれていた。

 すると今度は左隣から女性の傭兵が馬を寄せてきた。


「私はセレナ、よろしくトーヤ」

「ああ、よろしく」


 セレナがウインクして笑った。

 ゲイルと喧嘩になった時はどーなるかと思ったが、随分気さくな奴らで助かった。

 そう言えばゲイルはどこにいるんだろう。遠夜がそう思った時、


「ゲイルなら、一番先頭を走ってるぜ」


 遠夜の様子から察したのか、アレックスが先に答えた。


「一人で大丈夫なのか?」

「この辺はかなり開けた草原だし問題ないさ。ゲイルは目がいいからな。危険が迫れば合図をくれるさ」

「なるほど」

「ところでトーヤ、お前いくつなんだ?」

「17だ」

「若く見えるとは思ったが、本当に若いな。一体魔術はどこで教わったんだ?」

「え、ああ、えっと……」

「それ私も気になってたの。詠唱も無しにあんなに素早く強力な魔術を使えるなんて相当なセンスよ。油断していたとはいえ、一対一での近接でゲイルをふっ飛ばしちゃうなんて」


 二人とも興味津々な目付きをしている。なんて答えればいいんだろう。


「そ、そうだな……子供の頃に訓練を受けたんだ。それで」

「へえ、トーヤの親?」

「っ、まあ、そんなとこ」

「へぇ〜随分腕のいい魔術師だったんだろうな」


 何とか誤魔化せただろうか。二人を騙している気がして少し悪い気になる。

 するとアレックスが、


「そういえばトーヤ、お前さんたち王都へ向かう理由はなんなんだ? やっぱり金を稼ぎに?」

「あいや、俺とアルテはアスガ大陸を目指してるんだ。その船に乗るのに、王都で乗船許可を貰う必要があるらしくて」

「アスガ大陸か……これまた随分と遠い旅なんだな」

「うん、でも最終目的地は北の大陸にあるエルセニアって国だから、実はもっと遠いんだ」

「エルセニアだって?」

「知ってるのか?」

「そりゃ世界四大国のひとつだし……けど、どうして?」

「話せば長くなるんだけど……まあ、故郷へ帰る方法を探してるって感じかな」

「へえ〜」


 アレックスはそれ以上は聞かず、今度は少し考えたような顔をして、


「なあトーヤ、ひとつ提案があるんだが」

「提案?」

「お前、うちのチームに入らないか?」

「え?」

「それ凄くいい考えだわアレックス」

「だろ?」

「まてまて、チームって何の?」

「ああ、俺達は三人チームで傭兵やってるんだ。そこにお前も入らないかってことだ」

「ああ、そういう……」


 突然何を言い出すかと思えば。遠夜達には目的があるし、傭兵なんてやってる暇はない。


「悪いけど俺達は……」

「まあ待てよ、これはお前達にとって悪い話じゃない。よく考えてみろよ。エルセニアなんて遠い国に行くなら路銀は必須だろ? それも結構な額の」

「まあ、」

「だったら大陸を跨ぐ前に金を貯めておく必要がある。違うか?」

「そう、だな……」

「だろ? 王都で稼ぐなら傭兵ほど割のいい職はない。特にトーヤ、お前ほどの腕なら路銀なんて直ぐに貯まるさ。まさか王都で店を開いて商売やろうなんて考えてたわけじゃないんだろ?」


 確かに金は必要だし、実際王都で仕事を探すつもりではいた。王都で店を開くつもりもさらさらない。

 でも。


「でもな……」

「傭兵になればいいことだらけさ。例えば傭兵ギルドに登録さえしてれば、大陸を渡ったあとわざわざ新しい仕事を探さなくて済むし」

「傭兵ギルド……って何だ?」

「なんだ知らないのか?」

「はは……田舎者でな」

「傭兵ギルドっていうのは、いわゆる依頼の斡旋ってやつをやってるとこだ。街中の依頼がそこに集まる。俺達はそこから依頼を受注して、実際に任務をこなして報酬を受け取っているのさ」

「へぇ」

「しかもギルドは世界中いろんな国に支部を構えてるから、ラブニ以外の国でも依頼を受けることが出来るんだ。確かカーディア帝国にも傭兵ギルドはあったはずだから、もしもお前達がアスガ大陸に渡ったあと金が無くなったとしても、そこですぐ依頼を受けられる」

「な、なるほど……」

「どうだ? 魅力的だろ?」

「まあ、」

「俺達は歴も長いし、お前達に色々と教えてやれることは多いはずだ。違うか?」

「確かに、ありがたい話ではあるんだけど……」


 グイグイくる。余程遠夜を仲間に引き入れたいらしい。しかしアレックスの言うことが本当ならかなり魅力的な話であるのも事実だ。

 けど問題はアルテだった。呪いの制約がある以上、仕事中は彼女も同行することになるだろう。そうなれば彼女を危険に巻き込むことにもなるわけだ。アルテがある程度自分の身を守れるくらい強いのなら問題は無いのだが、これまでを見た感じだと多分そんなことは無いのでは、と遠夜は思っている。彼女自身は自分のことをそこそこ強いみたいに言ってたが、殆ど遠夜が助けてばかりだったし。

 そうして彼が悩んでいると、今度はセレナが何やら神妙な面持ちで口を開いた。


「ねえトーヤ、聞いて」

「え、な、なに?」

「私達ね、最近仲間を一人失ったばかりなの」

「へぇ……それは」

「それから今まで三人で何とかやって来たけど、そろそろ限界を感じ始めていたの。本当はもっと早く新たな仲間を加えたかっんたけど、実力のある人はみんなどこかのチームに入ってるし、かと言って駆け出しの人を迎え入れるのもちょっと難しくて。でもトーヤならきっとうちの即戦力になるわ。それに強い人が入ってくれれば、みんなの危険も少なくなるし……」


 ――何でそう言う言い方するんだ。余計断りづらい雰囲気になっちゃうじゃないか。さっきの銀貨のこともあるし……くそ。


「すぐに決めなくてもいいわ。王都に着くまでに考えてくれれば」

「はぁ……わかったよ。少し考えてみ」

「きゃーやったわ!」

「ようやく新メンバーが決まったぞ! これで今後の仕事が楽になる……!」

「いや、まだ入るって決めたわけじゃ」

「私っ、ゲイルにこのこと伝えてくるわっ!」


 セレナは興奮した顔で馬を走らせ、馬車の先頭へと向かって行った。

 こいつらまさか、と嫌な予感。


「なあアレックス、まさかとは思うが、この為に銀貨を……?」

「……っま、まさか」


 少しは考えてた顔だ。

 思わず零れた溜め息が、湿った草原の風に呑まれて消えていった。


 ――


 しばらく馬を走らせた頃だった。突然前を走っていた馬車が停止した。

 遠夜達も馬を止めて周囲を警戒する。


「何かあったみたいだな」


 アレックスの声に緊張感が混ざる。

 すると前方にいたゲイルがこっちに馬を走らせてきた。


「どうしたゲイル」

「少し先から兵団が行進してきてる」

「ラブニの兵か?」

「ああ。所属までは分からないが、恐らく騎士団だ」


 アレックスとゲイルの会話から何となく状況は理解出来る。

 恐らく聖王国の騎士団が隊列を組んでこっちに向かって来ているのだろう。


「向こうから何か合図はあったか?」

「いや、特に何も。ただ確実に捕捉はされてるはずだ」

「だろうな。別にやましいことがある訳でもないし、このまますれ違おう。依頼主のオヤジが変なもん運んでなければ、そのまま行かせてくれるはずさ」


 馬車は再び走り出し、その後を追うように遠夜達も再び馬を走らせた。

 前方から数百近い数の人間が馬に乗って向かってくるのがここから見える。次第に大量の馬の足音が地面を這うように伝ってきた。

 互いの距離がどんどん迫っていく。

 先頭列を走っているのは黒っぽい鎧の兵士達、その後ろに並ぶのが鈍色の鎧達だ。よく見ると鎧を着ていない連中も見受けられる。


「あんまり目を合わせない方がいいぞ。聖騎士様は一応名誉貴族だ。変に因縁つけられる可能性もある」


 隣にいたアレックスが言う。


「ああ、ちょっと物珍しくてつい」

「確かに田舎上がりだと見慣れないかもな。ほら、前を並んで走ってる黒い鎧、あれがアークナイト、それ以外の鎧が普通のナイトだ。鎧を着ていないのはエクスワイヤ、騎士見習いだな」

「へぇ〜。んじゃ、あの荷馬車に乗ってる人達は?」

「どれだ?」

「ほら、女性とかもいる」

「よく見えるな……。多分それは神官だろう。彼女たちは主に戦場で戦う兵士をサポートするために駐屯地まで同行するんだ。負傷した兵を手当したり、戦死した兵士の魂を鎮めたり、あとは食事の用意とか雑務をこなすんだろう」

「なるほど……」

「お、」

「なに?」

「一番先頭、少し色の違う鎧の奴がいるのが分かるか?」


 確かに先頭真ん中に一人だけ鎧の色が違う奴がいる。紺色というか、少し青っぽい鎧に金の紋様が入っている。


「あれが聖騎士、グランドナイトだ。多分この隊のボスだな」

「へえ、てことは強いんだ?」

「当たり前だ、グランドナイトだって言ったろ?」


 グランドナイトだのアークナイトだの言われても遠夜には理解できない。騎士の階級だとは思うが、それが強さの指標になるのだろうか。


「そう言えばゲイルが俺と戦う前、アレックスのことをアークナイト級とか何とか言ってたな。アレックスも騎士なのか?」

「いやまさか、俺はただの傭兵だよ。実力がアークナイト級だって話なだけで」

「……どういうことだ?」

「おいおいまさかそれも知らないのか?」

「お、俺のいた地域では聞き慣れないな」

「マジかよ、結構一般的だと思ってたけどな。まあ簡単に説明すると、俺らは自分や相手の強さを測る時、騎士の階級を用いるんだ。『あいつの強さはナイト級、あいつはグランドナイト級だ』ってな感じでね」

「へー」


 ――てことはゲイルがナイトと同程度の実力、アレックスがアークナイトと同程度の実力ってことか。


「まあ騎士の中には、お前ら平民ごときが騎士の名を語るなって思ってる奴もいるらしいがな」

「騎士の階級はいくつあるんだ?」

「全部で五階級だ。下からナイト、アークナイト、グランドナイト、パラディンナイト、マスターナイトだ」

「てことはあのボス鎧はグランドナイトだから、三番目の階級か」

「そーゆーこと。けどだからって舐めない方がいい。グランドナイトからは本当に異次元の存在だ」

「そんなに強いのか?」

「強いなんてもんじゃない、怪物さ。その気になれば後ろに引連れてる兵士達を皆殺しにできるだろう」

「それは、凄いな……」


 生身の人間で本当にそんなことが可能だと言うのなら、怪物で間違いない。出来れば戦闘は避けたい相手だろう。


「さあ、そろそろ視線を戻した方がいい」


 アレックスに言われて顔を戻した。

 兵団の影がが近づいてくる。その距離およそ百メートルと言ったところ。

 そして目前まで迫ったところで、


「止まれ!」


 大きな声が響いた。



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