第13話 森の中にて

 森の中を歩き続けること三日間が経過した。その間に獣との遭遇は何度かあったが、特に問題なく処理することが出来た。

 しかしそれ以外の問題はいくつかあった。


「もう無理ぃー、疲れたぁー」


 また始まった。


「もう足が痛いぃ」

「はぁ……お前の荷物持ってやってんだからもうちょっと頑張れよ」

「疲れたの! ねえもう休みましょ? もうすぐ日も暮れるわ」

「まだあと一時間は歩きたいんだけど……」

「無理無理無理! あと一時間なんて絶対無理!」

「最初の威勢はどうしたよ……あんなに冒険だって張り切ってたくせに……」

「こんなの私が求めてた冒険じゃないもんっ、どこ見ても木と草しか生えてない、普段と何も変わらないじゃない……もうやだぁ」


 溜め息が零れる。

 彼女の駄々こねは今に始まったことでは無い。疲れた、寒い、お腹減ったは近頃の口癖になりつつある。

 とは言え無理をさせているのも事実だ。

 ここ数日雨が続いた影響で食糧の入手が思うようにいかなかった。一応非常食としてジェイニルに渡されていた分があったが、それも底を尽きかけている。

 このままではマズいと思いペースを上げたのだが、そうすると今度は彼女が着いてこられない。

 アルテの身体能力は遠夜と違って普通の人間と殆ど変わらないし、こればかりは仕方がないとは思う。申し訳ないから彼女の荷物は全て遠夜が持ってやってるが、この程度の荷物で変わるほどのことでもない。


「よしわかった、この先でキャンプを立てよう」

「やった……!」


 アルテの表情が少しだけ元気を取り戻した。


 少し進んだ先で木々の少し開けた場所にキャンプを立てた。アルテが毛布を一枚丸め固め、それを枕にして横になる。そしてもう一枚の毛布を身体に巻き付ける様にくるまった。

 その毛布、俺のなんだけど。と遠夜は横目に思う。

 辺りは日が落ち始め、すっかり薄暗くなってしまった。


「ほれ、魚食ったら先に休んでな」

「また干した魚?」

「そうだよ、文句言うな」


 アルテは渋りながらも干し魚を噛みちぎる。

 遠夜も地べたに座って干し魚を口に咥えた。


「うぅ……足が痛いわ」


 アルテが靴を脱いで自分の脚を摩っている。


「見してみ?」

「え、なんで?」

「いいから」


 そう言って無理やり彼女の足を引っ張って確認すると、アルテの足裏には痛々しい豆がいくつも出来ていた。何だかんだ文句垂れながらも、よく頑張って着いてきてくれているとは遠夜も思っている。


「ちょっと、痛いんだから触らないでよ?」

「まあ任せとけって」


 彼女の足裏にそっと触れ、ゆっくりとフォースを流し込む。


「なに?」

「細胞活性、ヒーリングって奴だ」

「なにあんた、治癒魔術も使えるんだ」

「ん〜魔術、魔術ねぇ……魔術って言うと、手から炎出したり風を操ったり見たいなやつだよな? そんなのほんとに実在するのか?」

「はあ? あんた散々魔術で魔獣を倒してたじゃない」

「あーあれは……てゆかやっぱり本当なんだな……驚くぜ。まあ呪いやドラゴンが存在する世界みたいだし、有り得る話なのか……」


 やはりこの世界に関しては知らないことが多すぎる。ジェイニルの書斎には魔法に関して書かれてある本が幾つかあったが、正直に半信半疑だった。


「よし、これで少しは楽になったんじゃないか?」

「うーん、まだちょっと痛いわ」

「そんな簡単に傷は治んねぇよ。俺のヒーリングなんてたかが知れてるしな。本職の奴らはもっと凄いんだけど、生憎俺は苦手分野なんだ」


 フォーススキルにはいくつかの系統が存在するが、ホルダーによっては向き不向きがある。遠夜は近距離攻撃型のスキルを得意とするが、補助系や干渉系のスキルは苦手としている。


「ふーん、よく分からないわ」

「アルテは何か使えるのか? その、魔術ってやつ?」

「ふふん、当然でしょ?」


 するとアルテは右手の人差し指をピンと立てて、その上にテニスボールくらいの大きさの火を灯して見せた。


「おおー」


 そして最後にはメラメラとと燃える炎を握り潰すように消火した。


「ふふん、どうよ」

「うん、まあ、凄いな」

「……なんか微妙な反応ね、もっと驚くと思ったのに」

「いや、驚いてるよ。けど何かイメージと違ったと言うか、手品みたい」


 魔術と聞くともっと凄いのを想像していた。


「バカね、こんな山の中で強力な魔術なんて使えるわけないでしょ。火事起こす気?」

「まあそうなんだけど、でもそのくらいだったら似たようなことは俺にも出来るぞ」

「え?」


 遠夜はその辺に落ちている枯葉を一枚拾い上げ、その枯葉にフォースを流し込み葉を燃やして見せた。

 フォースを熱に変換して使用しただけだ。


「その魔術みたいに火を直接出したりは出来ないけど、こーやって熱を生み出すことは出来る。本当はサポートデバイスってのがあればもっとデカい炎を起こせるんだけど、今は持ってなくてこれが限界かな」

「ふ、ふーん……で、でもこれは出来ないでしょ?」


 すると今度はアルテが手の上に水球を一度に三つ生成した。

 今度のは本当に魔術っぽい。


「おお〜凄いじゃんか!」

「ふふーん、もっと褒めなさい!」


 彼女は腰に手を当て大威張りだ。さては煽てておけば扱いやすそうだなと思ったが、それはそれで何だか騙してるみたいで少し可哀想な気もするのでやめておく。


「て言うかその魔術っての、俺にも出来るのかな?」

「私に聞かれても知らないわよ」

「どうやって使ってるんだ?」


 もし魔術が遠夜にも使えたなら色々と便利だ。明かりが欲しい時や喉が渇いた時に役に立つ。


「えーと、まずこうやって指先や掌にマナを集めるの。それを絞り出すイメージで放出しながら頭の中でイメージするのよ」

「マナ? って何だ?」

「はあ? それも知らないわけ? マナって言うのは生き物が持ってる生命の源みたいなものよ。マナの保有量は人によって個人差があって、使い過ぎると動けなくなったり、最悪死んじゃったりもするの」

「へえ、魔術使うのに命削ってんだな」

「普通そうなる前に魔術使うのやめるわよ。それに体内のマナが無くなっても、どうせ暫く休めば元に戻るしね」


 何だか少しASホルダーと似ている気がする。遠夜達ASホルダーもエナジーフォースを消費してスキルを使用する。フォースを使い切ったところで動けなくなったり死んだりはしないが、結局武器やスキルが使えなくなるので戦場では似たようなものだ。


「しかしマナか……多分俺には無理だな」

「そうなの?」

「そのマナってのを多分持ってない。持ってたとしても動かし方がサッパリだ。似たようなエネルギーなら動かせるんだけど」


 試しにフォースを指先に集めて火を灯すイメージをしてみたが、ただエネルギーが逃げて行くだけで魔術は使えなかった。


「はあ……やっぱダメだ。ちょっと期待したんだけどな、残念」

「ふふん、まーあんたにも出来ないことはあるってことよ。魔術に関しては私の方が上なんだから、敬いなさい」

「く……」


 アルテは勝ち誇った笑みでそう言った。

 ちょっぴり悔しい。


「まあ落ち込まない事ね。そもそもあんたに魔術の才能が無かっただけって可能性もあるし」

「魔術が使えないやつもいるってことか?」

「そうよ。いくらマナを保有していたって、才能のない人間は火の粉ひと粒すら起こせないわ。私みたいに複数の属性を操れるだけでも凄いんだから」

「ほー、いくつ使えるの?」

「聞いて驚きなさい、何と四つよ!」


 アルテは親指以外の四本をピシッと突き出した。


「四つ……それって凄いのか? いまいちピンとこないな」

「もうこれだから無知は……一般人で大体一つか二つよ。私が使えるのは火と水と風と地。それ以外には雷と闇と光の属性が存在するわ」


 ――火・水・風・地・雷・光・闇の七属性ってことか。何だかゲームみたいだな。


「もしかしてアルテって結構すごい奴だったのか?」

「はあ?今更気づいたの? バッカみたい」

「バッカみたいは余計だろ。てゆーか、それなら態々俺が守らなくても獣くらい一人でどーにかなるんじゃ」

「……っま、まあね。本当は私一人でもヨユーよヨユー。でもあんたって言う下僕が居るんだし、わざわざ私が相手する必要もないって言うか……」

「下僕って……」


 しかしどうも怪しい反応だった。彼女の戦闘力に期待し過ぎるのはよした方が良さそうだ。


「そ、それよりちょっと寒いわ。下僕、あんた火の準備をしなさい」

「誰が下僕だっての。焚き火するのか? でも獣が寄ってくるかもしれないしな……俺の上着貸してやるからそれで我慢出来ないか?」

「はあ? 嫌よ汗臭いし」

「ぐっ……お前なぁ」

「何よ本当のことでしょ。そもそも何その地味ダッサイ服」

「お前のお爺様に貰ったんだよ」

「なるほど、あんたが着るからダサいのね」

「なるほどじゃねえよ。お前こそ何だその赤いスカートに赤い外套って、赤ずきんちゃんかお前は」

「誰よそれ意味わかんない」

「赤い服なんて悪目立ちするし、獣が興奮して襲って来たらどうすんだ。そもそも山道歩くのにそんなヒラっヒラのスカートってどうなんだよ」

「……っ悪い!? 尻尾のせいでスカートじゃないと着心地が悪いの! 本当デリカシー無いわねアンタ、絶対モテたことないでしょ。きっと一生童貞のまま死んでいくんだわ」

「…………、」


 項垂れる遠夜の頭上でズーンと言う効果音が聞こえて来る。


『落ち込まないでください童……マスター』


 ――張り倒すぞ。


 心の中でサラに対して怒りを燃やしながら、渋々薪に火をつけた。

 パキパキ音を立てながら、ゆったりした炎が遠夜とアルテを赤っぽく照らした。辺りは完全に暗くなっている。


「これでいいかいお嬢さん」

「ふん、まあまあね」

「減らず口め」

「嘘よ、ありがと」


 珍しく礼を言われて少し驚く。


「その尻尾と耳、俺はいいと思うぞ。何と言うか、可愛いと思う」

「は、はあ……!? 急に何よ、意味わかんないから」

「べ、別に変な意味は無いぞ? ただその、人間に差別的なことされてる理由って多分その耳と尻尾だろ?人ってのは自分達と違う見た目の奴をやたらと攻撃したがる人種だ。俺のいた世界でもよく聞いた話だ。けど、そんなくだらない連中のせいで自分の長所を嫌いになって欲しく無いなって思ったんだよ。何となくな」

「何それ、別に嫌いだなんて思ってないわ。寧ろ耳と尻尾があった方が可愛いに決まってるじゃない。あんたに言われなくても、私は今の私が好きなのよ。私は誇り高き天狼族なんだから」

「ははっ、そーかよ。天狼ぞ……て狼!? お前狼だったのか!?」

「今さら何よ」

「いやごめん、俺ずっとお前のこと犬の獣人だと思ってたわ……」

「はあ!? どこをどう見たらそう思えるのよ! 全然違うでしょ!?」

「いや、わっかんねーよ」

「最っ低、まったく」


 彼女は頬を膨らませた。

 そんなこと言われてもわからないものはわからない。この調子だと狐の獣人が出てきても違いが分からなさそうだ。


「それより、あとどれくらいで王都に着くの? もうずっと歩き続けてるのよ?」

「王都はまだまだ先だよ。丁度いいし、寝る前にもう一度目的地までの道のりをおさらいしておこう」


 遠夜はジェイニルに貰った地図を地面に広げた。これは世界地図だ。

 アルテが起き上がり、隣から地図を覗き込む。


「いいか? 今いるのはここ、ラント大陸の真ん中辺り、エルンの森だ」


 この世界の大陸は大きくわけて四つ。この地図では四つの大陸が凡そ東西南北の位置に描かれてある。

 東の大陸はケドゥ大陸、獣の国ガルダン王国が有名だ。

 西の大陸はアスガ大陸、世界一の領土を誇るカーディア帝国の独占地だ。

 南の大陸は今遠夜達がいるラント大陸。こちらにも大陸の半分以上を領土として所有する大国、アスモン・テ・ラブニ聖王国が存在する。

 そして北の大陸、シャマ大陸には遠夜達の最終目的地エルセニア王国がある。


「本来ならこのラント大陸からシャマ大陸まで直接向かう船があれば話は早いんだけど、距離が距離だけにそれが出来ない。だから俺達がシャマ大陸に向かうにはまず、アスガ大陸を目指す必要がある。簡単に言うと、ラント大陸からアスガ大陸を経由してシャマ大陸を目指すわけだな」

「け、結構遠いわね」


 現状考えうる限りの最短ルートではあるが、これがまた遠い。世界地図を端から端まで移動する超長旅だ。一体どれだけの月日を要するか分からない。理想は一年以内だ。それまでに到着出来れば上出来だ。


「てことで、まず俺達はアスガ大陸に船で向かう必要があるわけだけど、そう簡単にもいかない。アスガ行きの船を利用するにはまず聖王国の王都に行って、許可証を貰う必要がある。許可証を貰ったらその後は王都を出て港町に向かい、そこでやっと船に乗ることが出来るんだ」

「め、めんどー」

「こらこら、冒険したかったんじゃなかったのか?」

「こーいう細かメンドイ部分は冒険って言わないの」

「へいへい。けどこれである程度大まかな道筋は頭に入ったろ?まずは王都に向かう。そのためには早いとここの森を抜ける必要があるってことだ」

「森はあとどれ位で抜けられるの?」

「そうだなー」


 今度は森の地図を取り出した。


「えーと多分今この辺だから……うん、結構ペースを上げたしあと三日も歩けば抜けられるんじゃないか?」

「み、三日……!?嘘よ!あんなに歩いたのにまだそんなに歩くの!?」

「三日なんてすぐさ」

「絶対ウソ! ちょっと地図貸しなさい! あんた道間違えてるのよ! 私が持ってた方が絶対いいわ!」


 アルテが遠夜の手から地図を奪い取ろうと引っ張った。


「ちょ、やめろって、間違ってないからっ」

「いいから貸しなさいよっ、森のことなら私の方が詳しいんだから!」

「おいそんな引っ張ったら破れるって――」


 その瞬間、気持ちがいいくらい爽快な音を上げて地図が真っ二つに引き裂けた。


「「ああっ――!」」


 二人して声を上げた。


「な、何してんだお前っ……!?」

「ち、ちが……わたしのせいじゃ」

「あーあどうすんだよ! これ一枚しかないんだぞ!」

「ふぅ……うぅぅ……だ、だってっ、だってぇぇ」


 げ、泣き出した。


「う、うそうそ、嘘だってホラ、まだ二つくっ付けて使えば大丈…………ってああ!?」


 アルテの持っている破けた地図の片側に、焚き火の火が燃え移っていた。


「きゃああっ、ひ、火がっ、火が私の地図を燃やしてるわ……!」

「いいから早く消せって!」

「きゃあっ、きゃああっ――!」


 一分後――破れた挙句に火で焼かれ、鎮火のためにぶっ掛けられた水でシワシワになった悲しげな地図の残骸を二人して眺めていた。


「ふぇぇ……」


 再びアルテの瞳から涙が溢れる。


「だ、だ大丈夫だって……! 地図なんて無くても俺が覚えてるし。だから泣くなよ、な?」

「うぅっ……」

「そ、そうだ飴舐めるか? 蜂蜜固めて作った飴をジェイニルに少し貰ってたんだ。ほら、お前好きだろこの飴ほら……!」


 結局彼女を泣き止ませるのに三十分を要した。

 まだ旅は始まったばかりと言うのに、先は思いやられる。





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