極彩色の夢

 冷静にならないと……

 テンパっちゃったら足下……見られちゃう。

 私は早耶香がお手洗いから出てくる前に、必要な準備を行った。


 不自然なまでに大きなベッドとガラスのテーブル。

 大きい白いソファ。

 家にある物の倍以上はあるのでは? と思うくらいの大きなテレビ。

 そして、高級感を感じる甘く爽やかな香り。


 それらは私が持っていた「下品で安っぽい空間」と言う先入観を裏切る物ではあったが、それが逆に緊張感をかき立てる。

 隅にある小さな自販機みたいなの……何なんだろ……何が売ってるのかな?


 早耶香と私はラブホテルの一室にいる。

 彼女を……せめて身体だけでも完全に手に入れるため、脅したりすかしたりしながらここまで持ってきた。

 でも、私はどうしようかと思うくらい緊張してる。


 それはそうだ。

 当然だがラブホなんて入ったこと無いし、自分のセクシャリティの事もあり下手したら一生入ることなんか無いと思ってた場所だ。

 しかも、相手が早耶香なんて……

「夢のようだ」と言うのが形容で無く感じている。


 体中がお湯に入ったように熱くなったまま、ボンヤリと立っていると後ろで早耶香のすすり泣く声が聞こえた。


「ねえ……奈緒……やっぱり、許して。他のことなら何でもするから……先生に……約束したの」


 私は振り向くと、やや上ずった声で言った。

 ああ、もう! なんで私……こんな怖がってるの。


「な、何の約束……なの?」


「先生だけの物って……全部、あなただけの物、って……だから……お願いします」


 そう言うと、早耶香は泣きながら頭を下げた。

 また……桂木。

 ああ……アイツを本当に殺してやりたい。


「ねえ、この後に及んで『分かった。じゃあ止めにして帰ろっか』なんて言うと思うの? 先生を守りたいんじゃ無かったの? あ、そっ。先生、見捨てるんだ!」


「守り……たい。でも、やなの……先生以外の人とは」


 そう言うと早耶香はしゃくり上げながら途切れ途切れに言う。


「……女の子と……なんて無……理……いや。怖……い」


「キスして裸まで見せといて何を今更。耳弱いんだよね? 私に耳舐められて感じてる時の声、すっごく可愛かった。あんな声出しといて女の子は無理、なんて片腹痛いって奴ね」


「でも無理なの……女の子となんてしたく……ないです。勘弁してください……」


「やだ、お断り。絶対……セックスする。ねえ……ふ……服……脱いでよ」


 早耶香は顔をクシャッと歪めると、イヤイヤするように首を振る。


「じゃあ、私が脱ぐ」


 そう言うと、一気に制服を脱ぎ始める。

 自分でも何をやってるのか分からない。

 でも、自分の中で理性や冷静な判断力が確実に薄れているのが分かる。

 環境のせいだろうか。

 それとも早耶香を手に入れられる高揚感のせい?

 恐らく両方だろう。


 顔を背ける早耶香に私は、怒鳴るように言う。


「見てて! で無いと画像消してあげない。首締めの事も音声も流してやる! ……あなたも脱ぐの。これは……め、命令。う、嘘じゃ……嘘じゃない!」


 早耶香はビクッと身体を震わせると「先生……」と泣きながらつぶやくと、観念したように脱ぎ始めた。

 私の肌にヒンヤリした空気が触れると共に、目の前の早耶香の綺麗な肌が現れてくる。

 下着まで脱いだ、早耶香の身体はあまりに淫靡で現実感が無いほど……美しかった。

 美しすぎて目眩がしそうだ。


「き……綺麗……凄い……綺麗」


 私は熱に浮かされたようにつぶやいた。

 そして、早耶香に近づくと彼女の手を取ってベッドまで引っ張って行く。

 もう諦めたのか大人しく着いてきた早耶香だったが、二人でベッドに腰掛けて私が彼女の肩に触れた途端、何かが切れたように叫びだした。


「やだ! やっぱり無理……気持ち悪い! 気持ち悪いよ! やだ! 助けて……助けてよ!」


 突然の早耶香の行動に私は完全に冷静さを失い、動揺し……恐怖した。


 逃げられる……無理だ。


 そう思った途端、私は目の前が真っ赤に染まるのを感じ、そのまま彼女の両腕を掴むとベッドに押し倒した。

 そして、何度も頬を叩く。

 それでも泣き叫ぶのを止めないので、何度も叩いているうちに彼女の唇から仄かに血が出始めた。

 その姿と、目の前の全裸の早耶香への興奮が私の理性を完全に壊した。


「黙れ……うるさい! うるさい、うるさい! 分かった、もういい! 画像も音声も全部流してやる……先生をおしまいにしてやる。あんたもおしまいにしてやる!」


「やってよ! 先生殺して私も死ぬ! 女の子となんて……絶対ヤダ! 二人で死ぬの……死ぬの!」


 どうしよう……どうしよう。

 これじゃ……でも、絶対に……欲しい。この子が。


 その時、フッと私の中に言葉が降りてきた。

 やっぱりこれしかない……か。

 言いたくなかった。

 でも……これしかない。


「ねえ……早耶香。後、二年……だね」


 そう言うと泣き叫んで暴れている早耶香に抱きつき、彼女の耳に唇を当てて囁く。


「後二年で……結婚できるんだよ。先生と」


 その途端、早耶香の動きが止まった。


「結婚……って?」


 へえ、これはこれは。

 予想はしてたけど本当にそこまでは言ってないのか。

 桂木の奴……あれだけ早耶香をもてあそんどいて。

 クズめ。

 でもいい、却って好都合。

 トコトン利用してやる。


 私は早耶香の反応を見て、自分の中で冷静さが蘇ってくるのを感じた。


「あと二年で高校卒業でしょ? で、法的にも結婚できる。先生と大手を振って結婚式挙げられるんだよ」


「だったら……やっぱりヤダよ。助けてよ……」


「ううん、逆。ここで私とセックスすれば、先生を守れるって言ったでしょ? 今夜のことは私は墓場まで持っていく秘密にする。後は早耶香さえ黙ってれば、先生には決してバレない。だって私たち女の子同士だから、バレようが無いじゃん」


 早耶香は目をギュッと閉じてすすり泣いている。

 だが、私は構わずに彼女の頭を撫でながら、優しく言う。


「ちょっと我慢すれば先生を守れる。ほんの数時間。後は今夜の事なんて忘れちゃえばいい。そうすれば、先生はきっとあなたにプロポーズしてくれるよ? あなたの首に……こんな愛の証までつけてくれてるんでしょ? あなただけを信頼してるんでしょ? だったら……あなたを奥さんにするつもりなんだよ」


「結……婚」


「そう、結婚。その頃には私はあなたの前から消えてるから。女の子同士だから、後に何も残らない。あなたは汚れたりなんかしないの。だって汚れようが無いじゃん。あなたに愛の証を刻めるのは先生だけ。綺麗なままで結婚できるよ……私に抱かれたら」


「結婚……できるの? 私……」


「もちろん。あなたが先生のお嫁さんになり、私という邪魔者を唯一大人しく出来る方法……それが、今なの」


 早耶香の目に光が戻るのを見て、私は(勝った)と思った。

 桂木が早耶香にプロポーズする可能性は恐らく低いだろう。

 教え子に手を出すような奴だ。

 貞操観念なんて壊れたブレーキみたいにゆるゆるに決まってる。


 早耶香とのやり取りの最中、桂木に対し決定的に切り込むある考えが浮かんだのだが、まずは今だ。


「本当ならあなたたちは結婚どころじゃ無かったでしょ? それがちょっと私に抱かれれば、たった二年後には結婚できるんだよ? 先生の愛……信じてるんでしょ」


 早耶香は涙で濡れた瞳を左右に動かしながら頷いた。


「そうだよね。早耶香と先生は強く愛し合ってるもん。二時間。二時間だけ我慢すれば解放してあげる。目をつぶって先生のことでも考えてれば良いよ。そうすれば二時間なんてあっという間」


「でも……怖いの」


「結婚したくないの? 早耶香のご両親、上手くいってないんだよね? ご両親なんかに負けない幸せな家庭……作りたくないの? 先生捕まったら……二度とチャンス来ないよ」


「…………」


「大丈夫。目を閉じてれば良い。これは夢なの……全部夢。夢から覚めたら、先生の……お嫁さんだよ」


 早耶香は歯をカチカチ鳴らしながら私の目を見て……言った。


「や……優しく……して。怖い……の」


「うん、大丈夫。いい子だね……目……閉じて」


 私は早耶香の肌に口づけしながら、隅に設置したカメラに視線を向けた。

 まさかこんなに早く使えるなんて……

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