第23話 意外な幕引き
──ボンッ! パチパチ、ヒュー、ドオンッ!
不意に響いた聞き慣れた音。
近くではなく遠くから聞こえた音に、兵士たちは慌てた声でおそらく音のした方へ視線を向けただろう。
「なんだ、あれ……」
「──チッ、向こうか! おい、行くぞ!」
鎧が擦れる音と大勢の足音が遠のいていく。
気付くとすぐ側まで来ていた兵士の気配も消えていた。
「……どうやら侵入者は向こうから攻めてきたようですね」
執事が門を守る兵に声をかけた。
「そう、みたいですね」
「では、我々はもう行ってよろしいでしょうか?」
「え、いや、その──」
「──別にこちらは隅々まで馬車を確認していただいても構いませんよ。ただし、この不毛なやり取りを行ったせいで帰りが遅くなり、もしも侵入者に襲われ商品を強奪されたとなったら、私はここであったこと全てを旦那様に説明いたします。そうなった場合、あなたからも詳しい説明をしていただくことになるかと。……シュトラーフェ家の旦那様に」
「シュトラーフェ家の……ど、どうぞ、お通りください!」
「そうですか。では失礼いたします」
再び動き出した馬車。
シュトラーフェ家がどんな家なのかは俺にはわからないが、何かある家なのは間違いないだろう。
ただ執事が機転を効かしてくれたお陰で進めるようだ。
そして、あの音は間違いなく。
「弐虎たちが俺たちに向いていた注意を引き付けてくれたみたいだな」
「無茶苦茶するなあ、あいつ」
「お陰で助かった。だが、時間稼ぎも長くはもたないだろうな」
騒ぎを起こしてすぐ逃げてくれたらいいが。
どちらにしろ無理して稼いでくれた時間だ、有効に使わないとな。
曲がり角で馬車から降りると、ここまで案内してくれた貴族──というよりも、有能な執事に礼を言った。
「すまない、助かった」
「いえいえ。ただこの先にも門があります。おそらくは先程の音を聞いて門は閉ざされているかと」
「じゃあこのままだと行けないのかな。どうしよ、ガラル」
「そうだな……」
「城門の内側、もしくは上の高台に門を引き上げるレバーがあると思われます。そちらを起動できれば開けられるかと思いますが」
「どちらも手の届かないとこだが」
と、ペトラに抱かれたパモが両拳を強く握る。
俺に任せろ、と言いたいのか。
こういう命令しなくてもやる気を見せるパモは珍しい。
「どうやら大丈夫らしい」
「かしこまりました。では、お気をつけて」
二人と別れて俺とペトラは走り出す。
先程の爆発に引き寄せられ、貴族街を歩く者もちらほら見かける。
それに兵士の姿もだ。どうやら城内を警護していた連中も駆り出されたようだ。
ということは、城内は普段よりは手薄になっているということか。
「まあ、いるよな」
城門の前には二名の兵士が。
無数の隙間が空いた鉄製の門は地面まで下ろされていて、それを上げるレバーのようなものは周辺からでは目視できない。であれば執事が言っていたように内側辺りにあるのか。
鞭を使って城門をかけあがって内側に侵入するというのも、それなりに高さがあり、何より巻きつけられるような箇所がないので難しそうだ。
「パモ、お前にかかっているぞ」
『パモッ!』
パモの頭を撫で、俺たちは城門へと向かって歩き出す。
「何者だ、止まれ!」
住民区から貴族街へと続く道のように橋がかけられて接近まで時間がかかる作りでなくて良かった。
少し歩いただけで、手に持っていた槍を構えた兵士がすぐ目の前だ。
「パモ!」
勢いよく上空へと投げ込む。
丸っこい生き物がふんわりと飛び、城門を越え──ずに、少し下のあたりに張り付く。
──ペチッ。
生々しい肉が壁にぶつかる音が響くと、パモの短い手足が俊敏に動き城門を越えて内側へ消えた。
「な、なんだあの丸い生き物は……ッ!?」
「ふんッ!」
兵士がパモに気を取られている隙に接近する。
勢いよく片方の兵士の顔面を蹴りつけ、もう片方の兵士の腹部の拳を振り抜く。
「このまま少し寝かせておこう」
「だね。他には兵士さんいないみたい」
「待機していた奴らも弐虎たちのとこへ行ったか。ユーヒニアから少数だって聞かされてたのかは知らないが、向こうを抑えれば解決すると思ったんだろう」
「あとはパモが上手くやってくれたら……って、反応ないけど大丈夫かな?」
門は開かない。
パモがとことこ動いている音は聞こえるが、何をしているのかは不明だ。
ペトラは母親のように心配そうにしているが、近くに兵士がいないとも限らないので声を発するわけにはいかない。
今はパモを信じるしかない。
と、少し待っているとゆっくりと門が下から上がっていく。
「上手くいったみたいだな」
「うん、さすがパモ!」
ただ、少し上がって止まり、また少し上がって止まるというのが繰り返していく。
どういう状況なのか。
一番上まで上がるまでにはかなり時間がかかりそうだったので、俺とペトラは中途半端な位置まで上がった門をくぐって中へ。
『パ、モォ……パァ、モォ……ッ!』
回転させて引き上げるレバーに短い手を伸ばしたパモが、辛そうな顔をしながらレバーを回そうとしていた。
というより、手を離したら下がってしまうのを止めるのに必死という感じだった。
「パモ、もう大丈夫だよ!」
『パ、パモォ……』
「偉い偉い。帰ったら、美味しいご飯あげるからね」
ペトラに抱きかかえられたパモが、眠るようにゆっくりと目を閉じた。
「頼んでおいてなんだが、かなり筋力がいるレバーだったのによく動かせたな」
「パモって意外と力持ちだから。前もね、焚き火の近くで寝てるガラルを持ち上げて運んでもらったことあるもん」
「そ、そうなのか……知らなかった。小さいとはいえ、さすがは魔獣といったとこだな」
「だね。大きくなったら……パモって呼べなくなるのかな」
確かにパモなんて可愛い名前で呼べない見た目になっているかもしれないが、今は気にするのは止めておこう。
「よし、行くぞ」
俺たちはそのまま城内へ。
外はあれだけ騒々しかったというのに中は恐ろしいほど静かだった。
「侵入者が来ているのに、随分と静かだな……」
多くの兵士が弐虎たちへ向かっている、というのはわかるが、それでも何名かは残しているはずだ。
なにせここには国王や王妃、それに王女であるエルヴィアもいるんだ。
その護衛が何もせず黙って潜んでいるとは考えにくい。
「どうなっているんだ」
嫌な予感はするが足を前に出すしかない。
元から無謀な作戦。ここで足踏みするぐらいなら最初からここへは来ていない。
「ここか」
誰かしらいるであろう王座の間の扉を開く。
そして開いた先にいたのは、
「……」
鎧姿のアイリスと、玉座に座った気品ある雰囲気の女性。おそらく彼女がエルヴィアだろう。
国王や王妃、それに他の兵士の姿はそこにはなかった。
アイリスは剣を構えたまま俺を見る。
初めて会ったときにしていた兜は付けていないから、はっきりと表情が見える。
覚悟を決めた……とは完全には言えないが、それでも後ろの姫を守るという気持ちの入った力強い眼差しはあった。
「覚悟は、決まったか……?」
そう問いかけると、アイリスは首を左右に振った。
「いや、まだこの剣を持つことすら躊躇いがある……。ただ、エルヴィア様を狙っているとなれば別だ。覚悟が無くても、やらないといけない」
「そうか」
できることなら彼女とは戦いたくはなかったが、守る者が側にいる以上は前回のように退いてくれるということはないだろう。
ペトラに人の死を見せたくないと殺すことは避けてきたが、レベル差というものがある以上は向こうの方が上。そうなれば、殺さないように手加減というものは難しい。
「ふぅ」
ゆっくり息を吐き、俺自身も覚悟を決める。
殺るしかない。殺らないと、死ぬ覚悟で時間稼ぎしている弐虎たちに申し訳が立たない。
抱えた剣を下ろし、鞭を生成する。
「なるほどなるほど」
と、不意に声が聞こえた。
顔を上げると、にっこりと微笑んでいたエルヴィアと目が合った。
大きな、それでいて綺麗な瞳だと思った。
彼女は手を合わせてぱんっと叩く。
「わかりました。──ガラル・アッフェンド様。わたくしたちは降伏いたします」
「……な!」
「なに?」
確かにエルヴィアが発した言葉だった。
油断させる狙いかなんかであらかじめ打合せしていたわけでもないのは、アイリスの間抜けな声でわかった。
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