第19話 決戦の地へ



 車椅子という物がこちらの世界にあるのかわからないので言い換えると、アイリスは自分の脚を撫でる。



「成長するにつれて一人で行動するのにも慣れたのですが、子供の頃なんか、どこに行くにも親の助けが必要で。手を借りるというよりも、人の時間を借りる……みたいな。周りに迷惑かけて生きてきたなと思っていたんです」



 これは実際にその立場になってみないとわからない。

 車椅子を押してもらうのも、車椅子から降ろしてもらうのも、気にかけてもらうのも。

 その全てが、誰かの時間を借りるという考えになる。

 相手はそう思っていなくても、してもらっている側はどうしても気にしてしまう。



「家族は嫌な顔せず助けてくれたんですけど、友達とかは……」

「目の前だといい顔するけど、少し離れたら嫌な顔された?」

「そこまででは。……いや、まあ、そういう子もいましたね」

「一緒。わたくしもよくされましたから」



 アイリスの手をギュッと握ったエルヴィアはニコリと微笑んだ。



「それでずっと思っていたんです。いつか自分の脚が良くなったら、親が自分にしてくれたみたいに、今度は自分が困っている人を助けようって。治る見込みなんてなかったんですけど、それでも誰かの役に立とうと」



 そして、その夢はおかしな形で叶った。

 ここが夢であり、時に地獄のような世界でも、アイリスとしては幸せだった。



「それで、わたくしにも優しくしてくれるのですね」



 同情というのは人によって失礼にあたる場合がある。

 こんなのアイリスの勝手なお節介かもしれない。それでも、盲目なエルヴィアの側で目を覚ましたのは偶然ではないと思う。



「それもあります。だけど今は純粋に、エルヴィア様の側で支えたいと思っています。何もわからず戸惑っていた私に優しく手を差し伸べてくれたあなたの」



 そう告げると、



「まあ、アイリスったら」



 嬉しそうに、エルヴィアは自身の頬を抑えてくねくね腰を捻らせた。



「そんなにも熱い告白を受けたのは初めてです。そこまで言われたら、わたくしも覚悟を決めましょう」

「え、覚悟? なんか変な妄想してないですよね?」

「それでは今晩は、じーっくり愛を確かめ合いましょう。ささっ、その邪魔な鎧を脱いで」

「え、いや、そうじゃなくって」

「恥ずかしがらなくてもいいですよ。二人でゆっくり、お互いの反応を確かめ合いながら分かり合っていきましょう!」

「だから、ちがっ、ちょっとやめっ!」



 あれよあれよと鎧を脱がされていく。

 体の形を隠す鎧が外されると、鍛えられた引き締まった身体は凛々しくもあったが、女性らしい色気も多分に含まれていた。

 エルヴィアは「ふふ、綺麗な身体」と感心すると、体を覆う布という布を剥がしていく。

 目が見えないというのに的確に脱がす動作は、少し手慣れているような……。

 そんなことを思った頃には脱がされていた。そして口では嫌がる素振りを見せるアイリスだったが、満更でもない表情を浮かべ、気付くとベッドで横になっていた。



「ふふっ、アイリスはちょろいですね。ちょろちょろです。こうして簡単にベッドに押し倒せるとなると、少しお姉ちゃんとしては心配になります」

「何がですか!? というか、いつからエルヴィア様が私の姉になったのですか!?」

「年上ですからね、当然です。さあ、お姉ちゃんが可愛い妹ちゃんに女同士の楽しみ方を教えてあげましょう。さあさあ、観念しなさい」

「だ、だから、ちょっとぉ……!」



 静かな部屋にアイリスの嬌声が響く。

 たった二人の世界で、嫌なことや悩みなんかが薄れていく。


 ……ちなみに、エルヴィアは以前のアイリスともこういうことを楽しんでいたそうだが、それを聞いたのは全てが終わってから。

 初体験に恍惚とした表情を浮かべるアイリスに、エルヴィアが満足そうにしながら告げた。









 ♦












「──罠だな」



 次の日の昼過ぎ。

 弐虎に呼ばれると、敵の兵士が話していたのを盗み聞きして得た情報というのを共有された。


『ユーヒニア王子と大勢の兵士が魔王討伐の為に国を出発した』


 魔王討伐にユーヒニアが出向くというのは以前から聞いていたので驚きはない。このタイミングでか、という疑問はあるが俺たちのことを何の脅威とも思っていない奴ならおかしくはない。



「やっぱり兄弟もそう思うか?」

「ユーヒニアだけが国を出たというのならわかるが、大勢の兵士を連れてという部分が引っかかる。わざわざそれを兵士が言う必要はない。それに一介の兵士が敵陣でそんなことを漏らすのはいくらなんでも不用心すぎる」

「わざと俺たちに伝わるよう漏らしたか」

「ユーヒニアという男の全てを理解したわけではないが、そもそも奴なら大勢の兵士を連れて行くとは思わない」



 闘技場で他の者たちを巻き込んで死なせた奴が、相手が魔物とはいえ大勢の仲間を必要としているとは思わない。

 自分の絶対的な力を信じて一人で活躍したい、手柄を独り占めして称賛されたいと考えていてもおかしくないはずだ。



「それに、わざと兵士に情報を漏らさせて俺たちを罠にかけた……なんて、いかにもあのクソガキがやりそうな頭脳派を気取った策だと思わないか?」



 そう笑いかけると、弐虎は「確かにそうだな」と笑う。



「とはいえ、ユーヒニアが王都ビカリテを出発したってのは事実らしい。兵士を引き連れてかっていうのは不明だが、行商人から朝早くに兵士が隊を成して出発したのを目撃したってのは聞いた」

「随分と情報が早いな。昨日は朝方まで呑んで騒いでいたというのに」

「まあな。俺の足なら王都ビカリテまで片道数十分だ。往復でもそんなにかからない。この情報を仲間から聞いて朝早くに出たんだ」



 それほどまでに重要だと弐虎は考えているのだろう。

 罠であったとしてもビカリテにユーヒニアはいない。兵士はどうかわからないが、それでも難易度はぐっと下がる。

 そして、



「王女様は城に残っている。これは確かな情報だぜ」



 王女を味方に付けられればレベル差という概念は縮まる。

 まだ半信半疑だが、俺以外の奴全員がそう言っているならそれを信じるしかない。



「……今のままだと勝ち目の戦い。勝ちを少しでも引き寄せるなら、罠だとしても飛び込むべきか」



 ふと、ペトラに視線を向ける。

 彼女は俺の視線に気付くと、優しく微笑んだ。



「行こう、ガラル」

「ああ、そうだな」



 頷くと、弐虎は手を叩いて他の奴らに告げる。



「よし、今度はこっちの反撃の番だぜ、行くぞ野郎ども……ッ!」


 

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