第8話 千差万別の武器使い
「おーい」
ずっと遠くから呼ばれた気がした。
「おーいってば」
だが、まだ頭がぼんやりしている。
というより疲れがあるのか、まだ寝ていたい。
「いい加減、起きてって!」
「ん!?」
大きく体を揺すられて目を開ける。
顔を覗かせたペトラが大きくため息をつく。
「もう、やっと起きた。早く朝ご飯食べて出発しないと」
「あ、ああ」
いつも通りの反応。
既に朝ごはんの準備はできていて、食器を手渡される。
「今日も晴れて良かったね」
「ああ」
「雨とか降ってたら移動とか大変だから。パモも良かったね」
『パッモ!』
パモに話しかけたペトラ。
やっぱりこれまでと何も変わらない反応。
昨夜はあんなに……。
気にしているのは俺だけか。
いや、もしかしたら酒に酔っていただけで彼女は忘れてしまっているのかも。
「よっと」
と、食事を始めようとすると、いつもは正面に座るペトラが俺の隣に腰を下ろす。
「ん?」
「……なに?」
「いや、どうして隣に座るんだ?」
「……いいでしょ、別に。それとも、何かダメな理由ある?」
「いや、別にないが」
ぴったりと横に座っての食事は少し食べにくいんだが。
「やっぱりもう少し離れた方が──」
「──ねえ。昨日の夜の記憶ある?」
スープを覗き込むように顔を下げた彼女は、頬を赤く染めながら聞く。
「ああ」
「じゃあ、そういうこと。隣で食べていいでしょ?」
「ん、まあ」
いや、やっぱり食べにくいんだが。というのは、俺の隣に座りたがる彼女を見たら言えなかった。
ペトラは照れ隠しのように、固くてパサつく安価なパンをスープに浸し、それをパモにあげる。
「甘えん坊なのは、酔ってなくてもそうなんだな」
「──ッ!? そ、そういうの、
「ははっ、普通にしていたら絶対に見られないペトラの新しい一面だな。知れて良かった」
「そういうガラルは、ガラルは……」
何か言い返してやろうとしたのだろうが、昨夜の情事を思い出して赤面する。
「ん?」
「なんでもない! いいから、早く食べて出発するよ!」
「ああ、わかったよ」
それから食事を済まして俺たちは歩き出す。
昨日までは少し間を空けて歩いていた道中も自然と距離感は近くなり、ペトラが俺の顔を見つめる時間が増えた気がした。
そんな変化の中での旅は、自然と気分が上がり、楽しいと思えた。
だが、
「魔物か」
そんな空気を邪魔するように魔物の群れが。
とはいえ、これまで出会ってきた魔物と変わらないウォーウルフの群れだ。
「ペトラ、少し下がっていてくれ」
そう伝えるが、ペトラは隣に立つ。
「大丈夫、やれるから」
「無理しなくていいんだぞ」
「慣れないと。じゃないと、これから先ずっと、ガラルの足手まといになっちゃうから」
これから先というのはどこを指しているのか。
悪役陣営のアジトという場所に着くまでか、それともずっと先の未来のことか。
俺にはわからない。
ただ、彼女が俺との先を考えてそう言ったのなら嬉しいし、尊重しようと思う。
「わかった。ただ、お前のことは俺が絶対に守る。だけど無理はしないでくれ」
「うん」
ウォーウルフが出方を伺うようにこちらを牽制している隙に、俺は駆け出す。
あれから武器という武器はまだ買っていない、そこまで金銭に余裕はないので。ただ、喧嘩を売ってきた野盗から大剣を戦利品として頂戴した。
サイクロプス戦でも大剣をメインに使っていたが、別に大剣が一番使いやすい得物というわけではない。
槍だろうが斧だろうが、戦える得物であればなんでも使う。
なにせ闘技場では武器を持った状況から試合開始というわけではなく、お互い素手の状況から一番近くに落ちている武器を拾って戦う。
扱いやすい武器を選り好みしている隙なんてない。
使えるものならなんでも使う、というより、使えない奴は長く生きられない。
戦っている最中に武器が壊れたら新しい得物を拾って戦う。だから、得手不得手はない。
どんな得物でも最大限の能力を引き出して戦う、それが俺の戦い方といえる。
「はあッ!」
群れの中で誰が先陣を切るのか、というのを見あぐねている間に一撃振り下ろす。
地面を抉るほどの一撃に沈む仲間に、他のウォーウルフは自然と後ろ足を一歩下げる。
その隙を見逃さず、俺は他のウォーウルフへ追撃を行う。
一体、また一体。
それぞれの脅威はそれほどでもないが不意に遠吠えが鳴り響く。
あちこちから聞こえてくる遠吠え。いつの間にか、最初に俺たちの前に現れたときより何倍も数が増えていた。
これはもしかして……。
嫌な予感がして、俺は牽制をしながらペトラのもとへ戻った。
「大丈夫か」
「う、うん、なんとか。だけどいつもより数やばくない?」
「縄張り争いに負けて逃げた魔物だと思っていたが、もしかすると引っ越し中の群れと遭遇したのかもしれない」
「そう、なんだ……。パモ、あいつらとお喋りして仲良くなれたりしない? 毛並みの感じとか似てるし、ね?」
『パモ、パッモッ!』
パモはペトラの足に抱き着きながら全身を震えさせ、涙目な顔をぶんぶん左右に振っていた。
「やっぱダメかあ」
ペトラも戦うと覚悟を決めたが、この圧倒的な数的不利で初陣はさすがに難しいだろう。
俺一人なら一体ずつ確実に仕留めていけばやれなくもないが、ペトラを守りながら戦うには不安要素が多すぎる。
「
「ボス? ボスって、あの奥にいる大きいの?」
群れの奥深いところで、こちらのことを様子見している他の個体より倍の大きさはあるウォーウルフ。
「ああ。ただボスのところまで行くのに他の雑魚どもを相手しないといけないし、そいつらを相手にしている間にまた他の奴らが壁になって道を塞いでくる。そうやってこっちの体力を削ってから一斉に仕掛けてくるかもしれない」
「じゃあ、正面からは難しい?」
「ペトラのその
「え、これで!? でも、もし狙えたとしても威力ないと思うよ?」
「それでもいい。遠くからでもボスを狙えることを示せれば、向こうの出方も変わってくるかもしれない」
魔物に戦闘の常識があるかはわからないが、接近戦でしか戦えないという認識から遠距離からも脅威があるとわかれば群れで隠れているボスが何らかの動きを見せてくれるはずだ。
それが吉と出るか凶とでるかわからないが、この劣勢の状況から一変させる打開策としてはこれが最もらしかった。
「や、やってみる!」
お守りのように握り絞めている鞭の先を地面に垂らし、モノを投げるように勢いよく群れ目掛けて放つ。
だが、
「届かない……」
「だが群れへの牽制にはなっている。動揺もしているはずだ。もう一度、今度はこう手首を使って──」
闘技場に鞭という武器はないので見よう見まねで動作をやってみた。
これは指導のようなもの。
本当にそれだけの意味だった。
だがその瞬間、左手が謎の光に包まれると光は形を形成して物体を顕現させる。
「これって……」
俺の左手に現れたモノは、まぎれもなくペトラが今もっている鞭と同じモノだった。
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