主人公に蹂躙されるためだけに用意されたエロゲの悪役である俺が逆転できるルートがあるらしい。

柊咲

第一章 生贄王女と監獄王国

第1話 ガラル・アッフェンドという奴隷剣闘士



 薄暗い蝋燭の灯りに乾いた空気。

 硬い石材の壁と床に、俺たちを逃がさないように建てられた鉄格子。

 両手足の自由を奪うために嵌められた手枷には、誰のかもわからない多くの人間の乾いた血痕が付いている。


 いつもの場所、いつもの光景。


 俺が一生を過ごすであろう、クソったれな世界。



「──ガラル、試合だ」



 剣で鉄格子を叩き、鎧を身に纏った騎士が俺を見る。

 感情の無い表情。

 だが、 生き残る為に自然と鍛えられた肉体と無数の傷痕を奴隷服で隠した褐色肌の大男が立ちあがり目の前まで移動すると、騎士は目を合わせるのを拒むようにしゃがみ、俺の足枷を外す。



「今日の決闘相手は誰だ?」

「……口を開くな。歩け」



 世間話を拒まれ、俺は騎士に背中を突かれ歩き出す。

 牢屋にいる他の住人たちはみな、生気を失った目で俺を見送る。

 もしかしたら顔を合わせるのはこれで最後かもしれないので、こいつらによく顔を拝ませてやった。

 まあ、すぐに目を逸らされてしまったが。



「ガラル、今日の相手は人間じゃない。魔物だ」



 薄暗く細長い廊下を二人で歩いていると、さっきは会話を拒否した騎士が小声で言う。



「魔物? 珍しいな。観客席にいる連中は、人間同士で殺し合うのを見るのが好きだと思ったが……はっ、魔物に一方的に食い殺される趣味に変わったわけか」

「おい!」

「なんだ、違うとは言わないよな?」



 これまで多くの奴隷剣闘士を殺して人相の変わってしまった俺の顔を見て、騎士は唾を飲み、手に持つ武器に力を込め、必死に恐怖心を隠そうとする。



「毎日のように俺たち奴隷剣闘士を戦わせ、どっちが生きてどっちが死ぬかを賭ける。昨日まで同じ牢屋にいた奴に、次の日は俺に剣を向けて殺させようとする。これが良い趣味とは言わせないぞ」

「……」

「まあ、こんなこと、ただ配属されただけのあんたに言っても意味はないがな」



 この闘技場に配属されている騎士は、こうして俺の話を聞いてくれるだけでもまだ人の心を持っているのだろう。

 そう思い、歩き出す。



「……今日行われる全ての決闘を、ユーヒニア様が観覧している」

「ユーヒニア様? ああ、ウェーズニッヒ王国の王子様か。だが、あの王子様は争いごとを好まないんじゃなかったのか?」



 見たことも話したこともないが、噂で聞いた限りだと温厚な性格で、決して闘技場まで足を運び人間同士の殺し合いを笑って観戦するようなタイプではないはずだ。


 それがどうして急に……。



「数日前、おかしな鐘の音が聞こえてきただろ」

「ああ、あれか。いつもは外の音なんて聞こえてこないのに、牢屋の中まで聞こえてきた。いや、外で鳴っているというよりも頭の中で響くような……そんな気持ち悪い鐘の音だったな」

「そうだ。あの鐘の音を聞いてからだ、ユーヒニア様が……」



 そこで口を閉ざした騎士。

 どうした、と話を続けさせるが、何かを躊躇っているかのように首を左右に振る。



「ユーヒニア様は、幼い頃から剣と魔法の才能に秀でたお方だ。そんなお方が数日前──魔王討伐に向かうことを決めた」

「魔王か……」



 これから俺が戦うという魔物たちの親玉。

 まあ、顔も見たこともない魔王とやらより、俺たち奴隷剣闘士に手枷を嵌めて殺し合いさせる同じ人間の方がよっぽど魔王に見えるが。


 というより、今の騎士の間はなんだ?



「随分と急な話だな。噂で聞いたが、今まで魔王とやらが人間に対して直接的に何かを仕掛けてきたことはないんだろ?」

「そうだ。ただ王国としては、あの鐘の音は予兆……何か悪いことが起きるんじゃないかと考えている」

「なるほど。で、あの鐘の音の原因が魔王だと王子様は考えたわけか」



 温厚で優しい王子様はこの世界の異変を感じ、奮起すると、兵を引き連れ魔王を討伐しよう……って話しか。

 聞くかぎりでは不自然な感じはないが、さっきのこいつの反応、まるで他に思い当たる理由があるかのようだった。

 それがなんなのか、少し気になったがまあいい。

 外の出来事なんて、一生をこの牢獄で過ごす奴隷剣闘士である俺には無関係だ。



「それで? 魔王討伐の気合を入れる為に、奴隷剣闘士が魔物に殺されるのを見て士気を上げようってのか?」

「ユーヒニア様が? ふっ、馬鹿を言うな。王族がお前ら奴隷剣闘士を同じ人間に見ていると思うか?」

「そうだったな。じゃあ、どうしてだ?」

「ユーヒニア様は魔王討伐の仲間を探している。いや、正確に言えば戦える肉壁だな」

「ああ、なるほど。実力のある奴隷剣闘士に手枷を嵌めたまま魔王の前に立たせて戦わせるわけか。血も涙もない王子様だな」

「大切な国民の犠牲を少しでも減らすための手段だ」

「俺たち奴隷剣闘士も、生まれたときは大切な国民として生まれたんだがな」



 ただ生んだ親が子に愛情を持たず捨てるようなろくでなしか、ガキの一生を売って金を稼ぐクズかなだけ。

 ただそれだけの違いだ。



「だが、そのユーヒニア様とやらのお眼鏡に叶えばここから出られるわけか」



 国民を守る肉壁だとしても、ガキの頃に見たうろ覚えの外の景色が見られるわけか。

 どうせ死ぬならこんな闘技場で見世物みたいに死ぬより、魔王とやらに挑んで死んだ方がよっぽどいい。



「くれぐれも粗相のないようにな」

「ああ」



 暗い通路を抜けると眩しいほどの太陽の光に照らされる。

 無数の武器が地面に突き刺さっただけの会場には、俺以外の奴隷剣闘が七人ほどいる。

 参加者はこれで全員なのだろう。

 アナウンス役の男が観客を煽ると、観客席から割れんばかりの歓声が上がった。

 その声の多くは奴隷剣闘士を鼓舞する歓声ではなく、惨たらしく死ぬのを見せろという狂った声だ。



「こいつらが同じ人間か。はっ、魔物の間違いだろ……」





 

 




「よお、ガラル。まさかお前まで呼ばれたとはな」



 奴隷剣闘士の中で俺よりも古株の大男が俺を見て笑う。

 名前はたしか、バンだったか。



「俺一人で戦うものだと思っていたが、どうやら違うみたいだな」

「ああ。ここにいる奴隷剣闘士全員で戦うようだ。よっぽど凶悪な魔物なんだろう」

「他の奴らは……」



 周囲を見渡してみると、それなりに見知った者もいた。



「そこそこ奴隷剣闘士として名の知れた連中を集めた感じか」

「まっ、俺とお前以外だとそんなにだがな。ほら、あいつ見てみろ」



 指差された方を確認すると、フードを被った細身の男がいた。

 全身を震わせ、ぶつぶつと何かを言っているのか聞こえてきた。



「なんだよここ。どこだよここ。どうして、どうして俺が……」

「なんだあいつ」

「闇ギルド出身のノワールだ。つい先日、普通の牢獄での刑期を拒んで奴隷剣闘士になった」

「殺しが好きな大罪人か」

「ああ」

「だが闇ギルド出身ってことはそれなりに修羅場をくぐってきたんだろ? それなのにあいつ、なんであんなに震えているんだ?」



 数週間に一度だけ話す機会があったから話してみたが「俺は死なんて恐れてねえ、血を見るのが大好きなんだ、きへへへッ!」とか笑っていた。

 今回は人間相手ではなく魔物相手だから脅えているのか。いやだからといって、あそこまでわかりやすく脅えるだろうか。



「……数日前から急におかしくなったらしい。例の鐘の音を聞いた直後だそうだ」

「また鐘か」

「また?」

「いや、こっちの話だ。それで、あの鐘の音を聞いて奴は狂ったのか?」

「それが原因かはわからねえ。だがそれからずっとあの調子らしい。ああいうおかしくなった奴は何しでかすかわからねえ、お前も気を付けるんだな」



 今回は殺し合う相手ではなく仲間みたいなものだから大丈夫だと思うが、まあ、用心に越したことはないだろう。



「あっ、お、お前!」



 だが、ふとノワールという男が俺を指差す。

 まだまだ少年のような顔付きの男が、少しだけ晴れた表情に変わった気がした。



「よ、よかった、お前もここにいたのか!」

「ん、ああ……何回か話したな。具合が悪そうだが、大丈夫か?」

「大丈夫かって、大丈夫なわけないだろ! こ、こんな、ヤバい場所にいきな転移されて!」

「転移……? 何を言ってんだ、お前」

「何って。いやいや、ってか、なんでお前はそんな堂々としていられるんだよ! もしかして俺より先に召喚されたとか? そうなのか、なあ?」



 前に話したときはこんなに馴れ馴れしくなかったはずだ。というより話が通じる感じでもなかった。

 どうやら、本当にあの鐘の音を聞いてからおかしくなってしまったようだ。



「よくわからねえが、死にたくないなら後ろで隠れていろ」

「え、何が……」



 主演そっちのけで行われていたアナウンスが止まった。

 一時の静寂に包まれる。

 いつも通りの殺し合いが始まる合図。

 そして俺たちが来た通路とは逆の通路から、重みのある鉄格子が上がる。



「うそ、だろ……」



 一人の奴隷剣闘士が声を漏らす。

 地面が揺れ、巨体な何かが近付いてくる。



『グルアアアアア……ッ!』



 遠吠えというより、こんなところまで連れて来られたことへの怒りが込められた絶叫。

 人型の巨体は通路の壁を掴み、いとも簡単に砕いてみせた。



「なるほど、これを一人で相手するのは難しいな」



 呆れて、小さな笑い声が漏れた。

 人間の中では大柄な方である俺の倍はある巨体は、その一つしかない目で俺たちを睨み付けた。

 

 

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