第34話 疑念

 何が起きたんだ?

 今まで見せてこなかった鎌を披露し、王女を追い詰めたタルト。

 そして鎌を振り下ろす。その瞬間だった。


 不自然にタルトの動きが止まった。

 奴が何かをしたんだ。そう思うのと同時に俺は叫んでいた。


 振り返ったタルトと目が合う。その瞳は、あまりにも澱んでいた。

 そして、彼女は発狂した。


「タルトっやめろ!」


 叫びながら手にした鎌を自身・・の首への添えるタルト。

 そして刃が彼女の首を——


「そこまでですわよ。全く、突然自害しようするだなんて困った子だわ」


 タルトの凶行を止めたのはどういうわけか王女だった。

 俺の身体を縛っているように、血の縄でタルトの身体を拘束した王女。


 奴の敵意は確実だ。このままじゃタルトが殺されてしまう。


「タルトから離れろ!」

「あらあら、貴方の大切なタルトを救ったのはわたくしですわよ? 貴方ではなく」

「うるさい! 良いから離れろ!」


 拘束し、いつでも殺せる状態だからそんなにも油断しているのか?


 確かに奴がタルトを救ったのは事実だとしてもあいつの事だ。絶対に何かを企んでいるはずだ。


 落ち着け。判断を間違えるな。


わたくしが拘束しなければ彼女は自害を選びますわよ。今も必死に抗っていますもの」

「……は?」


 あいつは何を言っている?

 奴の血によって拘束されているタルトが今も死のうとしている?

 なんでだよ。どうしてこんな事になっているんだ?

 それになんだ? 奴がタルトに向けるあの眼差しは何なんだ? あれじゃあまるで……。


「タルト。少し間、眠りなさい」


 そう言ってタルトに腕を向け、ギュッと手を握り締める王女。

 何をしたのかはわからない。ただタルトの身体から力が抜けていた。


 気絶したのか?


 そのまま血を操り、タルトの身体を優しく地面に寝かせていた。


わたくしが思っていた以上に強いみたいですわね。ですが、望んだ形とは少し違いますわ。何者かの干渉……ですわね」


 長いため息をこぼす王女。


「聞きなさい。二日後の夜、午後六時にもう一度ここに来るわ。その時にまた二人でここに来なさい」

「ふざけるな。なんでそんな」

「あらあら、そんな事を言う余裕があるのかしら? 従わないならこの子を殺すわよ?」

「やめろ!」


 地面で寝ているタルトに向かって手を向ける王女。

 あいつは今意識がない。殺すのは簡単だろう。


「そもそも貴方に選択肢なんてないでしょう? やろうと思えばいつでも貴方如きの命、終わらせる事が出来ますのよ?」


 王女の血によって拘束されている以上、命を握られているのは事実だ。棘を生やせばそれでオレは終わる。

 魔装具がある以上貫通はしないか? いや、血で顔を覆われたら窒息するのか。何も殺す方法は刺殺だけじゃない。

 それなら、ここは従うべきか?


「くそっ、わかった。二日後の十八時だな?」

「ええ、必ず二人で来ますのよ? 他の人を連れて来ても良いけれど、後悔するのは貴方たちになりますことよ」


 そう言って王女は去っていた。

 姿が完全に見えなくなってから、俺を拘束していた血は何処かへと消えていった。


「タルトっ!」


 地面で横たわっているタルトに駆け寄り、手首を触る。

 脈は……ある。大丈夫、生きてる。

 眠っているタルト。その目元は濡れているように見えた。


「タルト……どうしたんだよ」


 突然発狂し、泣き出しながら自害を試みたタルト。

 何を考えていたんだ? 何を思ったんだ?


 胸の奥がざわついた。

 眠っているタルトの顔を見詰めていると、脳裏に浮かべ別人の顔。

 それは彼女と似ているように感じる。赤髪の姿だった。


「……タルト。お前、まさか……」


 王女を見た時から僅かに感じていた違和感。

 彼女は明らかに俺たちより歳上のように見えた。


 そして俺は知っている。

 確か王女は……同年代だったはずだ。


 タルトは何も答えない。眠っている彼女を丁寧に抱き抱え。俺は寮へと向かった。


 次の戦いは二日後。

 大丈夫。時間はあるのだから。


「タルト……俺は……」


 独り言は誰の耳に届く事なく、夜の闇へと紛れて消えた。


   ☆ ★ ☆ ★

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る