第23話 貴方のおかげで、今の自分がある

 名和さんは帝都市民劇場の前に車を停めた。

「いくよ。さと君」


「はい。行きましょう」

 俺と名和さんは車から降りて、帝都市民劇場の中に入る。


 数年ぶりに中に入る為か展示物の配置は変わっている。でも、それ以外は10年前と変わっていない。


 劇場のスタッフは色々なところに電話をかけていて、俺たちに気づいてない。


 俺と名和さんは正面扉を開けて、ホール内に入った。


 ステージ上では鶴倉さん(明星さん)が背後から殿岡さんの首にナイフを当てている。


 スタッフ達はどうしていいか分からず混乱している。


「鶴倉さん、いや、明星さん止めてください」


 俺は力一杯叫んだ。こんなので止まるはずないのは分かってる。でも、動きが少しでも止まってくれたらいい。


「汐路君。俺の正体が分かったんだね」

 鶴倉さん(明星さん)は言った。


「おい。今なんて言った?」

 殿岡さんは衝撃を受けた顔をして聞いた。


「殿岡さん。貴方の後ろに居る人の正体は明星宵。劇団スノードロップの元劇団員です」


「う、噓だろ。顔もたっぱも違うじゃねぇか」

「整形と身長を伸ばす手術をしたんだと思います」

 俺と名和さんはステージ前に辿り着いた。


「正解だよ。汐路君。ねぇ、殿岡さん。これで信じてくれるかな」と、鶴倉さん(明星さん)は明星さんの声を出した。 

「そ、その声。マジかよ。お前はあれで死んだんじゃ」


「あれで死んだんじゃではなくて殺したのにでしょ。貴方の場合」


「そ、それは……」

「よく悪気もなく生きてられますよね。大悪党が」


「…………」、殿岡さんは何も答えない。

 それは自分が悪い事をしたと言っているのと同義だ。


「明星さん。もう一度言います。止めましょう」

「止めないよ。こいつを殺すまではね」


「亀沢さんの復讐ですか?」

「……そこまで知ってるのか」


「はい。すみませんが」

「何があったかは?」


「それは知りません」

 文章から想像した事しか分からない。だから、事実は知らない。


「教えてあげるよ。そうすればこいつは生きている価値がないと分かるさ」

「やめろ、やめろ」


 殿岡さんが抵抗しようとしている。


「黙れ。このまま殺してもいいんだぞ」

 明星さんはナイフの刃先を喉仏に当てた。


「…………」


「……劇団スノードロップは最低の劇団だった。暴力は日常茶飯人、セクハラモラハラパラハラも当たり前。俺はその被害者だった。ある日、俺は映画のオーディションで主役に抜擢された。嬉しかった。でも、ここに居る殿岡達は面白くなかったのだろう。劇団の倉庫に火をつけた。中で作業している俺が居るのを知っていた上で」


「そんなのって」

 それはハラスメントの範疇を超えている。ただの殺人だ。


「俺はどうにか逃げ出す事が出来た。しかし、ガスなどを吸ったせいで数日入院する事になった。その入院している間にさらなる悲劇が起こった」

「さらなる悲劇……」


「恋人だった夕乃が自宅で首を吊って死んでいた」

「…………」、何も言葉がでない。


「訳が分からなかった。なんで、夕乃がと絶望した。夕乃の居ないこの世界に意味がない。俺は自殺しようと樹海に行った。そこで鶴倉輝斗の遺体を見つけた。そして、俺は考えたんだ。夕乃が自殺した理由を知らないまま死んでいいのかと。けど、このままの姿じゃ、理由を知っているかもしれないスノードロップの劇団員達に近づけない。だから、この人になろうと」


「それで整形とかをしたんですか?」


「あぁ、そうだよ。一回死のうと思ってたんだ。だから、自分を殺して別人として生きるなんて簡単だよ」

「……簡単」


 その言葉を聞きたくなかった。あんなに素敵な役者で俺の人生を肯定してくれた明星さんの口から。


「俺は劇団スノードロップに近づく為に鶴倉輝斗として芸能界に入り、古戸や勅使川や殿岡に近づいても怪しまれない地位まで上り詰めた。そして、古戸とサシで呑める機会を作る事ができた。そこで真相を聞いて俺は復讐を決意した」


 明星さんの表情が憎しみで満たされた。その憎しみには温かさなどなく冷たさしかない。


「……その真相ってなんですか?」

「古戸とこの殿岡が夕乃を陵辱したんだよ。勅使川はその一部始終をカメラで撮影した。そして、その撮影した映像で夕乃の作品を全て自分の作品にした。靴川・磯本・江藤は部屋に誰も近づかないように見張っていた」

「惨い。惨すぎる」


 俺は殿岡を睨んだ。

 想像している以上に酷い行いだった。殺すのを止めるべきか揺らいでいる。


 殿岡は現実を見たくないのか目を閉じた。

 どこまで卑怯な男なんだ。この男は。


「古戸は笑いながらその話をしたんだよ。その撮影したデータがあるから見るかと言ってきた。俺はその場で殺してやろうと思ったけど我慢した。そして、データは他に誰が持っているんですかと訊ねた。すると、勅使川とここに居る殿岡が持っていると。それに殿岡は夕乃以外にも女性を無理やり犯しながら撮影した映像データを何本も持っていると答えてくれたよ」

「…………」


 人じゃない。最低とかそういう次元じゃない。人間社会にいたら駄目な人だ。


「そこから復讐が始まった。まずは古戸を殺害した。靴川に罪を擦り付けようとしたが、古戸の会社の人間がミスをした。まぁ、そんな事は想定の範囲内だった」

 それって俺が犯人されそうになったやつだ。


「次は靴川を殺した。そして、次に二人の葬式に磯本を。磯本の顔は傑作だったな。その次は勅使川。あの女、もとの顔の時は暴力を振るってきたり暴言を吐いてきたのに鶴倉だったら簡単に裸になって股開くんだぜ。滑稽だったよ。だから、全世界に恥ずかしい姿を晒して殺した。江藤はあの図体を運ぶの面倒だったから真空パックで窒息させた」

 明星さんは笑いながら言った。


 俺の知っている明星さんはこんなことを笑いながら言う人ではなかった。


殺した人達に人生を歪められた被害者だったんだ。でも、その人生を歪めた人達と同じ側・加害者になってしまっている。


「明星さん……」

「あとはこいつを殺すだけだ。殺したら俺も死ぬよ」


「や、やめてくれ」

 殿岡さんは涙を流しながら命乞いをしている。


 この期に及んで情けない。自分の命は大切なのか。自分は大勢の女性の人生を踏み潰してきたのに。


「お前に決定権はないんだよ。殿岡」

「す、すみません」

 殿岡さんは情けない声で謝った。


「なぜ、俺は殺さなかったんですか?」

「それは……」

 明星さんの言葉が詰まった。


「まだ優しさが残ってるんじゃないですか?」


 優しさが残っていなかったら俺をあの時に殺していても別によかっただろ。


でも、後頭部を殴っただけ。まだ人間の心が残っている証拠だと思う。

「それはない。それを証明してやるよ」


 明星さんのナイフを強く握りなおした。


「止めましょう」

「こいつを助けるためか」


「いいえ。俺は貴方の復讐を止めたいだけです」

「お、おい。何を言ってるんだよ。汐路」

 殿岡は驚きながら言った。


「あんたは黙っててください」

「え、あ」

 殿岡は黙った。


「復讐を止める? もう俺は来るとこまで来たんだぞ」

「はい。分かってます」


 それは百も承知だ。けど、明星さんが殿岡を殺しても何も救われない。


「俺はこいつを殺す」

「それじゃ、俺を先に殺してください」


「え? な、何を言ってるんだ」

「それが嫌なら話を聞いてください」


「……汐路君」

「話を聞くだけでいいですから」 


「……君を殺したくない」

「じゃあ、話を聞いてくれますね」


 明星さんは頷いた。


 まだどうにか出来る可能性が残っている。俺が間違わなかったら明星さんを止められるかもしれない。

「亀沢さんの残した言葉があるんです」


「そ、そんな。遺書なんて」

「大学時代の恩師に脚本のデータと一緒に預けていたんですよ」


「…………」、明星さんは明らかに動揺しているように見える。


「……貴方には才能がある。貴方の芝居は日本中、いや、世界中の人達を虜にする事ができる。必ずよ。貴方と出会えて本当に良かった。私の無色だった人生に彩りをつけてくれた。ありがとう。そして、世界中の誰よりも貴方の事を明星宵の事を愛しています。さようなら。亀沢夕乃」


 序盤の部分は割愛した。序盤の部分を言えば、怒りを助長させてしまう。


「ゆ、夕乃」


 明星さんの目が揺らんでいる。

 俺の言葉が届く隙間が少しだけ出来た気がする。チャンスは今しかない。


「明星さん。貴方は名前も姿も変えましたけど、夕乃さんの思いを果たしたんですよ。貴方は芝居で日本中の人々を世界中の人々を虜にしました。それだけは変えられない事実です」

「夕乃の思いを果たした。俺がか?」


「はい。明星宵がです」

「復讐の道具にした芝居がか」


「復讐だけだったら人を魅了する事は出来ませんよ。貴方が復讐心以上に芝居を愛していたからです」


 憎しみだけの芝居なら人は心躍らされない。人間の感情はそこまで簡単に動かない。


芝居を好きと言う想いがあったから人々は心躍らされたんだ。自分では気づいていなかったかもしれないけど。


「芝居を愛していたか……」

「貴方の姿は変わりましたけどまた共演できて嬉しかったんです。芝居を褒めてくれたのは噓ですか?」


「……それは」

「俺は成長しましたか」


 駄目だ。気持ちを抑えきれない。涙が溢れ出ていく。


「したよ。びっくりするほど」

 明星さんも涙を流した。


「……俺は貴方のおかげで……ここまで芝居を続ける事が……出来ました。貴方と出会えたから芝居を……楽しいと思えるんです。貴方のおかげで……色んな人達に出会うことが出来たんです。この顔で……生まれてきて……よかったと思うんです。俺は貴方に……感謝しても仕切れない程……感謝しているんです。明星さん」


 言葉が詰まりながらも思っている事を伝えた。

 どうなるか、分からない。でも、出来るだけの事はした。


「……汐路君」

 明星さんは殿岡の首に突きつけていたナイフを下手袖に投げ捨てた。そして、よたよたと後ろに進み、その場で座り、顔を膝に押さえつけた。


「明星さん」

 俺の身体は勝手に動き、ステージに上がり、明星さんを抱き締めた。


「……ごめん。あ、ありがとう。本当にありがとう」

 明星さんの涙交じりの声で言ってきた。


「はい。どう致しまして」

 俺は明星さんの背中を擦った。俺の知っている明星さんだ。あの優しかった明星さんがここに居る。


「お、おい。駆け寄る人間を間違えてるだろうがよ」

 殿岡さんの汚い声が聞こえる。


「黙れよ。殿岡」

 名和さんのドスの効いた声がホール内に響く。


「お、お前。先輩だぞ」

「知るか。ここに居る人間でお前の味方はいないぞ」


「お、俺は被害者だぞ。なぁ、みんな」

 どこまで情けない人間なんだ。殿岡と言う人間は。


 ホール内に居る人間から返事はない。


「なんだよ、お前ら。外に出たら親父の力で仕事辞めさせてやるからな」


 今まで襲ってきた女性にも同じように言ってきたんだろうな。本当にクソ野郎だ。


「それはできませんよ。貴方がしてきた事をここに居る全員が知っている。全員が証人なんですよ。貴方はこれから生き地獄を味わう事になるんです。覚悟してください」

 名和さんの言葉に優しさはない。


「……生き地獄。俺がか」

「はい。お前がです」 


「いやだ。嫌だ」

「情けないから止めろ。わかったな」


 俺は横目で名和さんと殿岡さんの方を見る。


 名和さんは鬼の形相で殿岡さんの首元を掴んでいた。殿岡は恐怖のあまりか声を出さずに首を縦に小さく振った。


 これで全てが終わるんだ。


 明星さんは刑務所に行く事になるだろう。入る

刑務所が決まれば、会いに行こう。それが俺に出来る事だろう。


 他の人にどう思われてもいい。人生の恩人の為なのだから。

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