第4話 売れっ子女優は酔うとめんどい
居酒屋・花天の前に車が到着した。
シートベルトを外して、横に置いていたリュックを手に取り、ドアを開けて、外に出る。
「送っていただきありがとうございます」
「どう致しまして。あ、そうだ。週刊誌に撮られないようにな」
「分かってますって」
「だよな。明日、この前受けたオーディションの結果が分かるはずだから」
「了解です。じゃあ、お疲れ様です」
「お疲れ」
俺は兼元さんに一礼してから、ドアを閉めた。
兼元さんの車が発進し始める。
俺は見えなくなるまで兼元さんの車に頭を下げる。
兼元さんはしなくていいと言うがしないと気が済まない。仲が良くてお世話になっている人だからこそ礼儀やマナーはちゃんとしないと。なぁなぁはよくない。
俺は花天の入り口のドアを開ける。
花天はチェーン店ではなく個人経営の居酒屋。肉料理も魚料理もどっちも絶品。専門学校を卒業してから役者仲間と見つけた穴場の店だ。
カウンター席には常連の人達が座っている。ボックス席には若者が数名居る。
どこにも居ないな。と言う事は、個室の方だな。
「いらっしゃい」
若い女性店員がやってきた。
「どうも」
「あーお席案内しますね」
若い女性店員は俺の顔を見て、全てを察したようだ。
俺とタマがサシでよく呑みに来るから覚えられてしまった。それにタマの酔い方が印象的なのもあるだろう。それにこんな恐い顔の男が世間的に美人と言われている女性を介抱していたらなおさら。
「お願いします」
若い女性店員のあとについていく。
あーなんだか疲れてきた。顔もまだ見ていないのに。
「こちらになります」
若い女性店員は店内で一番奥の個室の前で止まった。
ここに居るのね。猛獣が。
「それではごゆっくり」
若い女性店員は恐ろしい程に素敵な笑顔を見せてから、カウンターの方へ向かった。
俺は目を閉じて、深呼吸をする。
この個室のドアを開ければ世間では美人大女優の岩杉環(いわすぎたまき)が居る。しかし、俺からしたらただの酒癖の悪い同級生のタマだ。
うーん。あれだ。もう考えるのをやめろ。なるがままにだ。
俺は靴を脱いで、個室のドアを開けた。そこには真っ赤な顔をテーブルの上に置き、ジョッキを手に持っているタマが居た。
羽織っていたはずのグレーのテーラードジャケットは脱ぎ捨てられている。それにしても、今日の服装はTHE・休日のものだな。
ブラックのパーカーにデニムのパンツ。それに顔を隠すためのベースーボールキャップが部屋の隅に転がっている。
「おっす。来たぞ」
「へいへいへいへい、来たな。さとるん」
かなり酔ってるな。酒の匂いがぷんぷんする。それにその呼び方辞めろ。色々と恥ずかしい。
俺は個室に入り、ドアを閉めて、タマの真正面に座る。
あー畳の部屋っていいな。実家の和室好きだったな。
「なんでも頼みたまえ。大女優様が奢ってやる」
「ありがとうございます。ひもじい売れない無名役者は嬉しい気持ちでいっぱいです」
「もう。自分を悪く言わない。いい役者なんだから。さとは。この前出てた配信ドラマの芝居よかったんだから」
「あ、ありがとう」
普通に嬉しかった。忙しいはずなのに見てくれてたんだ。何も言ってないのに。
「それでは愚痴大会を始めまーす。ぱちぱち」
タマはジョッキから手を離して、拍手をした。
これは嫌な事が溜まっているな。きっと、閉店まで付き合わないといけないやつだな。
「ちょっと待って。色々と頼んでからにしてくれ」
「了解です。待機します。早く決めてくれやがれでございます」
タマは敬礼した。言葉がおかしいのはツッコまない。ツッコんだら余計に面倒な事になるはずだから。
俺はテーブルの端にあるメニューを手に取り、何があるか確認する。
や、やべぇ。急に古戸さんの死体を思い出した。吐きそうにはならないが、食欲が減った。軽いもんだけでいいや。
テーブルの端にある呼び出しボタンを押す。すると、数秒もしないうちに足音が個室のドアの前で止まった。
トントントンとドアをノックする音。そして、ドアが開き、若い女性店員が現れた。
「はい。ご注文どうぞ」
「どて焼きと焼き鳥の盛り合わせとたこわさと刺身三種とお冷2つで」
「了解しました」
「はーい。生追加で」
タマは手を上げて言った。
「生はキャンセルで」
「え、なんで?」
「お冷一回飲んで休憩しろ。じゃないと、愚痴聞かないぞ」
「そ、それは困る。じゃあ、キャンセルで」
タマは手を下げて、首を横に振った。どんだけ話聞いてほしいんだよ。
「生はキャンセルで。それじゃ、ご注文を確認しますね。どて焼きと焼き鳥の盛り合わせとたこわさと刺身三種とお冷2つ以上でお間違いないですか」
「はい。大丈夫です」
俺はニコッと笑って答えた。
「ありがとうございます。では失礼致します」
若い女性店員はドアを閉めて、去って行った。
「でさー聞いて」
「何か嫌ことあったのか」
お冷をまだ飲んでないだろう。……まぁ、いいか。どっちにしろ聞くんだし。
「なんでさ。主演俳優と監督は手を出してくるわけ」
「まぁ、タマが美人で性格がよくて魅力的だからじゃないの」
タマの愚痴を聞くときは接待モードになる。それに美人であるのは事実だし。
「魅力的なのは分かる。でもさ。もう身体目的全快ですって顔してるの。なんで、男は俺はスケベですって顔に書いて堂々と近づいてくるわけ」
言い寄られ方がかなり気持ち悪かったのだろう。それにタマは彼氏を作りに現場に行っているわけじゃない。
芝居を真剣にしに行っているのだ。共演者や監督が真剣じゃないのが許せないのだろう。
「えーっとですね。それは男は感情が顔に出やすくてですね」
「さとはそんな顔一回もしたことないのに。まぁ、顔は恐いけど」
「おいおい。顔は恐いけどはいらないだろ」
途中で俺をディするな。事実だけど。
「マジでむかつく。芝居ちゃんとしろよ。下手くそなのに。監督ももっと指示を具代的にしろよ。スタッフさん達が困ってるだろうが」
「真剣にしてほしいよな」
「マジそれ。最近ちゃんとしてる俳優って鶴倉さんぐらいだよ」
鶴倉輝斗(つるくらてると)。20代中頃で芸能界に入り、ここ数年でスターの仲間入りした天才俳優。若手俳優の中で演技力は群を抜いている。
「あーイケメン天才俳優」
「まぁ、整形だと思うけど」
「なんで?」
「だって、不自然すぎるぐらい自然な素敵な笑顔なのよ」
「どっちなんだよ」
タマはたまーに意味の分からない事を言う。
「どっちでもいい」
「なんだよ、それ。もしかして、好きなのか」
「ううん。タイプじゃない」
「マジか。それじゃ、どんな人がタイプなんだよ」
「ノーコメント。守秘義務」
タマは口の前で両人差し指でばってんを作って言った。
「昔からそれだけは答えないよな」
「うん。答えない。じゃあ、次はさとのターン」
「愚痴か? 別にないけどな」
「オーディションに落ちまくって辛いとかないの?」
「それは大丈夫」
その発言、俺以外には絶対に言うなよ。メンタル大ダメージもんだぞ。
「そっか。流石鋼メンタル。今日は何してたの?」
「そ、それはな……」
言っていいものか。でも、タマもお世話になったもんな。それにタマの事務所には劇団スノードロップの劇団員だった殿岡篤己(とのおかあつき)さんがいるしな。
「も、もしかして女か。女なのか」
「そんな相手いねぇよ。居たら飲みに付き合ってないし」
「そっか。それはよかった」
「なんでよかったんだよ」
「愚痴聞いてくれるのさとぐらいだけだからさ」
「友達いないのかよ」
誰からも好かれそうなのに。
「うん。いない。女優恐いもん」
「あのな。君も女優だろ」
そうだった。昔から女優友達居なかったんだ。
「はい。そうですけども。あ、結奈ちゃんはダチだよ。ダチ」
「結奈は友達に含んでいいのか」
結奈は俺の妹。なぜか、かなり仲がいい。
「含むよ。で、今日なにあったの。言ってごらんなさい」
「古戸さんの殺害容疑を着せられて、自分で無実を証明した」
「……ガチで言ってる?」
タマの真っ赤な顔がどんどん青ざめていく。
「おう。ガチで言ってる。古戸さんが殺された」
「……そっか。そうなんだ。えー、そっか」
タマが現実を受け止められないでいるのが容易に理解出来る。
「悪いな。こんな話して」
やっぱり話すんじゃなかったな。
「いいよ。話ふったの私なんだし」
「お、おう」
なんだか、気を遣わせてしまった。
「うん。でも、流石だね。昔から頭は回る方だったし。自分で無実を証明するなんてドラマの主人公みたい」
「まぁ、証拠とか色々とあったからな」
「……けど、嫌だな」
たまは悲しそうな顔をした。
「何が?」
「だって、いっつもじゃん。ちょっと顔が恐いだけなのに疑われるなんてさ。酷くない。さとが人殺す訳ないじゃん。どんだけ優しいと思ってんの」
タマの言葉には怒りが入っている気がする。
「あ、ありがとう」
普通に嬉しかった。さりげなくディスられている事には納得できないが。でも、こうやって、自分の表面だけではなく中身を評価してくれる人が周りに居てよかった。
芝居を始めるまではこの恐い顔のせいで、何もしていないのに補導されたり、喧嘩を売ってこられたり、変な噂を立てられたりなど迷惑で困った事が多かった。
「いや、ちょっと待って。さとを褒めたら駄目じゃん。つけあがるじゃん」
「おい。なんだよ、それ。嬉しさ返せ」
「冗談冗談。私達の仲じゃん。同期で芝居続けてるの私達だけなんだから」
「お前な。……別にいいけどな」
タマが言っている事は事実だ。同期は20人ぐらい居た。でも、俺達以外の者は芝居を辞めて、他の道を歩んでいる。
結婚したり、就職したり、会社を立ち上げたり、連絡がつかない奴が居たり、多種多様だ。
専門学校時代の先生が「続けるのが一番難しい」と言っていた。今ならそれが色々と理解できる。お金に苦労したり、身体が悪くなったり、実家の両親を看病したり、大人になると自分の人生は自分だけではどうにもならない事がある。
だから、俺とタマは恵まれていると思う。こうやって、まだ芝居を続けられている事が。まぁ、売れているか売れていないかは別として。
「それにしても、私達酷いよね」
「うん?」
「……古戸さんが亡くなったのに涙一つも出ないなんて」
「……たしかにな」
言われてみたらそうだ。俺が初めて遺体を見たとき、涙が出なかった。薄情者と言われても仕方ないかもしれない。
「きっと、あれだよ。古戸さんも含めてあの劇団色々と黒い噂があったし」
「た、たしかにな」
タマの言っている事は事実だ。黒い噂がたくさんある。古戸さんの劇団員への暴力や恫喝、殿岡さんの女性劇団員へのセクハラなど、他にも多くのものがある。そんな黒い噂をかき消すかのように劇団は解散した。
俺達が参加した時も色々と劇団特有の悪い習慣を見た。
「こうやって、自分達を庇うしかないね」
「よくはないけど。そうだよな」
「そうだ。あの人、どうしてるんだろう」
「あの人?」
「無茶苦茶芝居上手くて優しかった人。えーっと、あ、あけ」
「明星さんか」
「そう。明星さん。あの劇団の良心みたいだった人。一番お世話になったよね」
「たしかにな。色々とお世話になったし」
明星宵(あけぼしよい)さん。俺達の5歳上で、どんな芝居をさせても一流。それに加えて人柄もよかった。けど、劇団スノードロップでの評価はよくなかった。俺の人生の恩人でもある。
「話聞かないよね」
「聞かないな」
何をされているんだろうか。あの芝居の実力なら天下を取れるぐらいだった。でも、全てが惜しかった。顔も身長も微妙に足りなかった。
他の業種なら顔や身長で評価をするなんて酷いと思われるだろう。けれど、芸能界はそれも評価されるポイントの一つ。
どれだけ演技力があっても、ルックスや運がなければ売れない。逆に演技力がなくてもピカイチのルックスと世間に愛される作品の役を掴む運があれば売れる。まぁ、それはそれですぐに売れなくなるのも事実だけど。
「何してるんだろう。知りたいな」
「だよな」
「あー呑むぞ」
「なんで、そうなる」
「色々と忘れたいからだ。わかったか」
タマは偉そうに言い放った。
「おい。あのな」
これ以上呑むのかよ。それにその記憶の消し方は身体に悪いぞ。
「介抱は頼んだぞ」
きりっとかっこつけている。かっこつけて言う台詞では確実にないな。
「酔い潰れる気満々じゃねぇか」
「うん。モチ」
当たり前の事だけど何かと言わんばかりの顔だ。普通にむかつくんだけど。
「モチじゃねぇよ。家まで送れて事だろ」
「うん。そうだけど。何か文句でも」
こっちが全面的に苦労するじゃねぇか。タクシー呼んで、家の中まで運んで、飼い犬のロミオに餌やらないといけないし、他にも色々あるし。
「文句ありまくりだ」
「私は文句ないけどな」
「迷惑かける方だからな」
「迷惑かけた事ないと思うんだけど」
「今から迷惑かけようとしている奴が何を言ってるの?」
「何も聞こえない」
タマは手で耳を塞ぐ。
「あれだぞ。おんぶする事になった場合は吐くなよ」
「吐くか。そんな事するか」
「したわ。それも複数回」
それで着ていた服が何着駄目になったか。
「してない。あれじゃない。おんぶする側が揺れすぎなんじゃない。揺れなかったら吐かないでしょ」
「あのな。大人をおんぶしてるんだぞ」
「重いってわけ。女性にそんな事言う」
「軽いけど重いんだよ」
体重は軽いよ。でも、全体重を当たり前のようにかけてくるから重く感じるんだよ。人間、身体に力を入れてなかったら重くなるの。理屈は知らないけど。
「なにそれ、矛盾ですか。純文学ですか」
タマは煽ってくる。デコピンの一発ぐらいしても許されるだろ。
「腹立つな」
「よし、酒頼みまくるぞ」
タマはパーカーの袖を捲くって、両頬を叩いた。
「よし、頼んだ酒キャンセルしまくってやるぞ」
「それを上回るぐらい頼んでやるぞ」
「全部キャンセルだ」
「うるっせぇ。酒呑ませろ」
「うるさい。酒呑むな」
あー本当にこいつは。ふざけてる。ふざけてやがる。
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