第3話 血の花火


「同情なぞ期待するなよ。こっちは弟を傷つけられているんだからな」


 怒りに顔を歪めながら告げ、侃爾はシイの着物の襟を掴んで無理矢理立ち上がらせた。よろけた拍子に彼女の下駄が脱げる。

 シイの華奢な足首を伝う血に眩暈がした。

 人々の視線が二人に集まっている。

 もう引き返せない。


「何もかも……目障りだ」

 侃爾は低く言い、腕を振りかぶってシイを地面に叩きつけた。


 ――――が、恐らく。その力加減を間違えたのだ。


 彼女は予想したよりも遠くに投げつけられ、店の軒下を支える柱の角に額を強打した。

 瞬間、鮮血が花火のように弾けた。

 倒れ込んだシイの周囲には血の飛沫が撒き散らされる。

 ぶつけた額はしとどに濡れて、溢れた血液は着物をどす黒く汚した。


 罰を与えようとした侃爾もこれには身を硬くした。

 シイはそれでも黙したまま、己の内から零れるものをじっと見つめていた。そして誰もが顔を顰める中でふらふらと立ち上がり、一本道を亡者のように歩いてどこかへ行ってしまった。侃爾がその背中から目を離せないでいる間に、興味を失った人々の群れは散り、辺りは元の雰囲気に戻った。


 店の男は立ち尽くす侃爾を「よくやった」と褒めた。

 侃爾は深呼吸をしながらその場を後にした。頭の中に真っ赤な花火が、流れ落ちる鮮やかな血液が、こびりついて離れない。見れば指先まで冷えた手が震えていた。


 恐怖がこみ上げてくる。

 血の色が心を乱すのだ。

 こわい。

 こわい。


 あの怪我の原因をつくったのは間違いなく自分なのに、認めることがどうしようもなく恐ろしかった。

 震える手で作った拳が重い凶器のように見えた。事実、凶器になったのだ。

 振り返ると柱は血に濡れたままだった。


 寮までの距離がいつもより遠く感じ、着いた後は食事も取らずに布団に潜り込んだ。

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