第55話 昔日のツユクサ

 弦をチューニングする音、マナが操作する録音機材のカチャカチャとなる音、緊張する二戸坂達の息遣い。全てが混ざりあって、収録前の空気が完成する。


「レコーディング用機材、チェックオッケーですぅ」


「ミミ、スネアの位置少し右にズラすと良いぞ」


「ルーさんありがと! 他はばっちり、完璧なセッティングだよ」


 リハーサルを終え、曲を演奏する本番当日。その一体感はレっちゃん&TUZUMI、そしてゴーストメリィの間で過去一番のものとなる。


 中でも呼吸から指をキーに置く姿勢までピッタリ揃っていたのは、笹佐間とツズミであった。長年待ち続けた演奏の舞台に、ツズミは十年分の高揚が乗る。


「さささちゃん、私、合わせられるように頑張るから」


「心配しないでよ~。だって――ツズミちゃんの方がずっと上手なんだもん」


 揃ったキーボードは二つ。遠回りの末に並んだ鍵盤は少女達で平行線を描く。


 見守る二戸坂はリーダーとして、友人として、気合いを自分に入れ直す。


「バッチリ、決めなきゃね」


 手で顔を覆い、皮を引き剥がすモーションをトリガーに彼女は発動する。


 ――幽霊は緊張を笑い飛ばす。凛々しい顔を憑依させた少女にある震えは、武者震いのみ。


「準備は万端、ってとこかな」


 マイクスタンドの前に立ったレイカは開始合図をマナへ目で送った直後、天井へ向けた手で指を鳴らす。


「スタートぉ!!」


 ――凍えた心臓も解かすような、鮮烈な音楽が響き渡った。


 カッティングの効いたギターの音も飲み込むほどの、歌姫の歌唱が前面に現れる。

 レイカの力強く、それでいて包み込む優しさを持った歌声がバラード調の曲の世界観を作り上げる。

 連なる二戸坂の声音は無機質で泣いてしまいそうな切ない音を出す。それが一層、レイカのメインボーカルを引き立てた。


 けして速くない曲にベースとドラムの低く支える音が下から突き上げられる。


 そしてそれらを超えて一際耳を震わすのは鍵盤からの旋律。丁寧な電子ピアノの流れに、ぐんと彩りを加えるエレクトーンの効果音が加わった。



(――さささちゃん、聞こえる?)


(うん、聞こえてるよ)



 メロディの響く世界、スタジオを包む音色の風。それは真っ白に染まった空間のイメージを少女たちに共有させた。



(私、ここまで頑張ったんだ。さささちゃんに近づきたくて)


(ツズミちゃんのキーボード、とっても素敵だよ。さささちゃんでも置いてかれちゃうぐらいに)


(貴方を思って、ずっと練習してきたから……)



 鍵を押す指が、揺れる体が、漏れる息が、言葉を介さずとも二人の意思を伝え合う。


 世界に存在しているのが二人だけかのように、彼女たちは鍵盤を叩いた。



(この音楽で、私はもっともっと素敵なものを、貴方やレイカ達に届けたいんだ)


(さささちゃんも、にこぴ達に恩返ししたい。ツズミちゃんみたく、かっこよく演奏して返していきたいな)


(そうだね。私達の大切な人のために、この音をこれからも届けてこうね)


(昔みたいにね。ツズミちゃんとさささちゃんで、皆を楽しませようね)



 調和したキーボードの響きは二人だけだった世界を広げ、スタジオ全体へ展開される。


 苦楽を共にしたお互いの仲間が世界に現れ、並んで同じラインの上をなぞる。



(――楽しいね、さささちゃん)


(うん、最高だよ――)



 一直線に並んだ音の奔流は過去から未来へ伸びる長い道を描く。道端に花が咲き、その道を七人が一緒に歩いているような光景が、彼女達の脳裏に自然と浮かんでいた。



 ――曲名は『昔日のツユクサ』。


 もその花言葉は、尊敬。そして――懐かしい関係。

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