第45話 ガールズナイトトーク!

「――んがっ!」



 布団から半身をはみ出し、不細工な寝息をかいた所で二戸坂は目を覚ます。

 時計の針はまだ上向き。月明かりも部屋に差し込んでいた。



「あ、そうだった。あの後すぐ寝ちゃったんだ」



 寝ぼけた頭で二戸坂は直前の記憶を手繰り寄せる。



『ミミ、なんだよその組み立ててるやつ』


『装着型スチーム式パイルバンカー。粘着ゴムウィップが射出されて遠くの物が取れる! ゲーミングライトとカセットテーププレイヤー付き』


『なんで出先にそれを持ってくる!?』


『見た目物騒が過ぎる!!』


『緊張をほぐすには創作ルーティンに尽きると思ったからー。他にもありますぞ〜』



 疲れた体が寝る前の出来事を二戸坂に思い出させた。



「ミミちゃんのリュックから犬型ロボット出てきて遊び疲れちゃったんだっけ……」



 水でも飲みに行こうかと二戸坂が体を起こした時、窓際の広縁に人影があった。

 そこには笹佐間が椅子に座り、ただ静かに外の海と星空の景色を眺めていた。普段の彼女からは想像もできないほど落ち着いた雰囲気で。



「さささちゃん?」


「あれ、にこぴ? ごめん起こしちゃった~?」


「ううん、いいの。なんだか眠れなかったとこだったし」



 一人で物憂げに窓の外を見ていた笹佐間を二戸坂は放っておけなかった。布団から起き上がって、そのまま笹佐間の向かいの椅子に腰を下ろす。



(こういう時、なんて声かけた方が良いんだろ)



 漫画で見聞きした台詞を脳内辞書を引きながら、二戸坂は絞り出して言葉をかける。



「さささちゃん、何か嫌なこと、あった?」


「ん~? にこぴと会ってからヤなこと一個もないよ」


「そっ、か。それなら良かった……」


(いや、これで終わったらダメでしょ!? あああ、会話不足と普段使いの語彙力が皆無ゥ! ボカロPの弊害で中二病ワードしかぁ!)



 続く言葉を思案していた最中、唐突に笹佐間の方から二戸坂へ尋ねる。



「にこぴってさ、『幽霊の顔』使ってる時ってどんな感じ?」


「ふえ?」


「さささちゃん前から気になってたんだよね~」


「使ってるとき、かあ……確かに気になるよね」



 実際に『幽霊の顔』を顔に張り付け、リアルタイムの感覚を二戸坂は言葉にする。寝起きで緊張感もないその皮膚は持続性が低く、夜風に消えていく前にと二戸坂は急いだ。



「なんて言えば良いのかな? 自分じゃない誰かになれてるって感じして、この私じゃなくて見えてるのは『幽霊の顔』なんだーって。実際見えてるのは私と皆の四人だけだけど……」



 額に手を当て、薄皮のようにポロポロと消えていく『幽霊の顔』を感じながら、二戸坂は微笑んだ。温度なんてないその皮の温かさに触れて。



「なんだか、理想の自分を借りてるみたいで、勇気がもらえるの。だからちょっぴり、頑張って踏ん張れてるの」



 火が紙を燃やし尽くすように、ポウっと『幽霊の顔』は消滅する。消えると二戸坂はいつもの自信なさげにヘラヘラする自分へ戻った。



「ま、まあ普段はこんなだけどねっ。それに皆がいてこそっていうか、すぐテンパっちゃうから『幽霊の顔』あっても調子乗っちゃうときは――」


「にこぴは強いと思うよ~」


「……へ?」


「だって借り物で自分にしか見えない顔の皮なのに、それ使ってホントに頑張れちゃうんだもん」



 星を遠くに見つめたまま、笹佐間は感じたままのことを伝える。静かに、穏やかに、蝶が飛んでいる様を語るように平然と、彼女は言葉を紡ぐ。



「今はさささちゃんもけど、前で歌ってるにこぴは自信あって、カッコよくて、かわいー顔してたよ?」


「て、照れるなぁ。ま、まあ多少はテンションで乗り切れてたかもだけど」


「――人の目が怖いって知ってて立てるのは、強い証拠だよ」



 飛び出した意外な言葉に、二戸坂も驚いて笹佐間を二度見する。



「さささ、ちゃん?」



 浴衣姿で髪を下した笹佐間はいつものハツラツとした少女ではない。普段に比べてどこか大人らしく、月のような美人に見えていた。


 笹佐間は真っすぐに拝んだその瞳を覗くように、二戸坂へハッキリと告げる。



「にこぴが頑張れるなら『幽霊の顔』は使って良いと思う。けどね、さささちゃんは素のにこぴの顔が好きだよ?」


「しゅっ、えぇっ……!?」


「ルーちんもみみちーも、そんなにこぴが好きなんだよ」


「あり、がと……ちょっと、びっくりしちゃったなぁ。さささちゃんが珍しいこと言うから」


「今夜は楽しくて、美味しくて、お空も綺麗だからかな~? さささちゃんもらしくないと思ってるよー」



 少しだけいつもの調子を取り戻した笹佐間は足をプラプラ前後させて、また外を眺めだした。


 ベガかアルタイルか、夏の大三角の一角を見上げた笹佐間は星を目に映しながら、願いを一つ話す。



「なんだも良いからさ、にこぴは輝いててよ。ずっと」



 蜜柑色の髪を風で靡かせ、少女は切なる願いを星へ告げる。



「彷徨う幽霊、ゴーストメリィを導く一番星は、にこぴなんだから」



 願いというには寂しくて、頼みというには弱弱しい。笹佐間のお願いごとは、まるで祈りを捧げるような儚さと切実さが込められているように二戸坂は思えてしかたなかった。



「さささちゃん、本当に今日いつもと違うね? やっぱり、なにか……」


「いやー久しぶりに遠出してさささちゃんも舞い上がっちゃったみたい~。お熱冷ますためにもうちょっと夜風に当たってるね~」


「そ、っか。うん、分かった。私は先に寝ちゃうけど、さささちゃんも夜更かしし過ぎないでね」


「はいほーいっ」



 二戸坂もそれ以上は踏み込まず、いつもの彼女の接するように話した。


 椅子から立つ間際、二戸坂は軽く握った拳を彼女の前へ差し出す。



「明日も頑張ろうね、さささちゃんっ」



 自分に出来る精一杯を考えた二戸坂のグータッチ。少しだけ驚いた笹佐間は微笑み返し、その拳に拳で答える。



「……はぁ~い。頑張るね、バンドリーダーさ~ん」



 その笑みに嘘はないと信じ、二戸坂は再び床に就く。布団に入って少し経つと、ピーピーと小さな寝息が鳴り始めた。


 子どものような寝顔の二戸坂を見つめて、笹佐間は羨ましそうにコッソリと呟く。



「……さささちゃんも、『幽霊の顔』使えたらなー」



 零れた本音は夜空を揺蕩う星だけが聞いていた。

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