第43話 天才ちゃんの違和感
顔合わせ動画撮影はレイカのペースで進行していった。
死屍累々となった二戸坂達三人が床で這いつくばる。
「まさか質問攻めがここまでなんて……目が回る質疑応答なんて初めてだぞ」
「ニコちゃんを笑ってらんないぐらい珍回答しちゃってた。お嫁にいけないかも」
「ニコラス刑事、マイケル若村、幕フライ……」
目まぐるしい勢いの連続質問に疲弊した三人だったが、その横で唯一レイカの高速質問に対応している少女がいた。
「さささちゃん、アフリカに行くなら?」
「オレンジの無農薬農園の開業~」
「最近のお悩みは!」
「お部屋の日照不足~。太陽の軌道がズレて日陰多くなっちゃったのー」
「好きな偉人の言葉は!?」
「シェイクスピアの『運命は、私たちの星ではなく、私たち自身の中にある』だよ~」
「オレンジ好きの理由って――」
笹佐間は平時と変わらない様子で答え続ける。笑顔で応答し、その中でユーモアある回答までする余裕ぶり。動画にはうってつけの回答まで。
「さささちゃんだけは生存んんん!?」
「この速度に『適応』できてる、だとッ!?」
「一人だけ脳の回転が違ぇな」
「ん~普通にさささちゃんはお喋り楽しんでるだけだよ~?」
「違う。これ同類なだけだ」
「くぅ! ゴーストメリィのネタ枠もこれには名折れだ!」
メンバーのガヤにも反応しつつ、笹佐間は一度もペースを崩さずに質問を返し続けた。
全員分の質問が終わると、レイカは最後にカメラへ寄って動画を締める。
「みんな、この素敵なゴーストメリィの皆と作るタイアップ曲、近日公開します! おったのしみに~」
挨拶が終わり、カメラの赤ランプは落ちる。
「はーい撮影かんりょー! みんなお疲れ~」
撮影は終了したが、彼女のスピードが落ちることはない。即座に編集指示を飛ばし、自分もギターを片手に次の作業へ移る。
「マナ、編集よろしく~」
「この感じなら二時間後には仕上がるけど、今夜もう投稿しちゃう?」
「さっすが~! そのままいっちゃえー!」
「異次元の編集速度!? ミミちゃんでも四時間はかかりそうな内容なのに……!」
データのインポート直後から動画制作は開始する。豊富な自作ライブラリとプリセットを適用し、圧巻の速度でマナはソフトを操る。呼吸のように手慣れた作業に広世は魅入られた。
一方でボールペンをカチっと押してレイカは呼びかける。
「そしたら新曲の打ち合わせにしよっか。ゴーストメリィちゃんたちの作詞作曲担当は誰かな?」
「あやっ、わ、私です!」
「おおニコちゃん! じゃあ早速始めちゃおうか。作曲セット持ってくるね」
分厚いファイルボックスを小さなデスクに置くと、レイカは何冊ものノートをドサドサと並べる。
「こ、これは、全部曲作りのためのノートですか!?」
「そうだよっ。メロディ録音したりデジタルでも作業はするけど、アタシはノートにペンで書き込むのが肌に合ってるんだぁ~」
「フレーズのストックに、歌詞に使えそうな語彙の一覧。それも自作ノートに目次と索引つくってまで!」
「あっはは~。変に凝り性だから作り出すと止まんなくてね~」
「ふわぁ、こんな貴重なもの生で見れるなんて! かか、感動です」
プロアーティストの宝物庫、あるいは武器庫とも言えるアイディアノートを前に二戸坂は目を輝かせた。
すっかり空気感に順応して作曲モードになった二戸坂はレイカとまともな会話が出来る状態になっていた。
「ほかの皆はどうする~?」
メンバーの手持ち無沙汰をレイカは心配したが、それは杞憂だった。
恐る恐る手を挙げて、女ヶ沢が最初に提案する。
「そしたらウチ、ツズミさんと練習ご一緒させてもらっても良いですか?」
「お、ルーシィちゃん積極的だね~」
「動画で見させてもらった時から、いろいろ技術聞きたいなって思って。ツズミさん、教えてもらえますか?」
「……ん、分かった。ベースからで良い?」
「あっ、ありがとうございます!」
いそいそと自分のベースを取り出し、女ヶ沢はツズミの座る椅子まで寄って行った。
「そしたらミミちゃんも後でツズミさんにドラム教えてもらいたいんですけど、待ってる間はマナさんの編集を覗かせていただいてよろしいでしょうか!」
「私の編集ですかぁ?」
「ゴーストメリィの編集担当はミミちゃんなので、プロの技術を見学させてほしいな~なんて。もも、もちろんお邪魔にならないようにしますんで!」
「そうなんですねぇ。勿論大歓迎ですぅ」
「不束者ですが!」
各々がプロの技術に勉強意欲を燃やし、食らいつくように教えを乞うた。
そこから時間は容易に過ぎていった。
二戸坂とレイカは短時間に互いの知識、発想をぶつけ合いながらタイアップ曲の下地を作成。
女ヶ沢は自身の担当であるベースからメンバー全員分の楽器について学び、広世もそこに加わってドラムの特訓に励んだ。マナから動画に関する技術も往復で彼女は習得しながら。
ふと二戸坂が時計に目をやると、制作開始から三時間が経過していた。
「あれっ、もうこんなに時間が!? どうしよ、いくら時間あっても足りないぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「わっホント。ここまで没頭できたのも久しぶりかも。ニコちゃんと曲作りしてると楽しいからかな」
「こここ、光栄です!」
顔を真っ赤にして目を泳がしていると、二戸坂はあることに気付く。
「あれっ……?」
笹佐間の姿がどこにもなかった。普段であれば誰かと一緒に行動するか、同室内で何かをしている彼女が今日はいない。それどころかいつ消えたのかも分からないほど気配を隠して居なくなっていたのだ。
「ルーシィちゃん、さささちゃん今どこにいるか分かる?」
「へ? 言われてみりゃ、たしかにいなかった……完全に気配消してたな」
「お手洗いかな? 廊下出て、突き当りを左のとこがトイレだからそこかもね~」
「すいませんレイカさん! ちょっと見てきますね」
頭を下げて、小走りで二戸坂はスタジオの扉を開けた。
「さささちゃん、どこに……へっ」
廊下へ飛び出すと、部屋の中からは見えない位置で笹佐間は立っていた。何かスマホで見るでもなく、ただ壁か天井を眺めて、静かな表情でそこにいた。
「おっ。にこぴ、お手洗い~?」
「さ、さささちゃん! びっくりしたぁ。どこに行ったのかと思ったよぉ」
「ごめんね~。ちょっと廊下で休憩してたの~」
「それなら良かった……スタジオいるときは、一応私に声かけてくれると嬉しいな。これでもバンドリーダーだし」
「ごめんねにこぴぃ。次から気を付けるね~!」
「謝るほどじゃ――ううっ!?」
「どしたのにこぴ?」
「緊張が一瞬解けたのと、通しで作曲してたからホントにお腹が……ちょ、ちょっと行ってくるね!」
「気を付けてね~」
前傾姿勢でちょこちょこと二戸坂はトイレの方向へ向かっていった。
――この時、二戸坂は気が付かなかった。慣れない先輩アーティストのスタジオということもあり、いつもであれば察知する違和感に彼女は反応できなかった。
笹佐間が見たこともないほど寂しそうな表情をしていたことを、二戸坂結香は見逃してしまっていたのだ。
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