第34話 勝ち取ったステージ

「そんなんで納得できっかよ!」


「まあまあ、女ヶ沢さん落ち着いて」


「ルーさん、ここは先生の言う通りに……」


「けど、他の組が撤収と準備で遅れたせいで」



 第二体育館横、文化祭実行委員会のテントで女ヶ沢は抗議した。


 実行委員本部の教師に掴みかかる勢いの彼女を、二戸坂達が必死に落ち着かせた。



「致命的だったのは演劇部の『ハリウッド風ロミオとジュリエット』だったわね。セットの仕掛けが大掛かり過ぎて、運搬と片付けにかなり時間かかっちゃって」


「そんなの、予想ぐらい……」


「先生も申し訳ないと思ってるの。でもどうか、ここは実行委員を代表してお願いしたいの」



 教師は四人に頭を下げて頼み込む。



「なるべく部活動や同好会の子たちを優先させてあげたいし、特に三年生は最後の文化祭ステージ。だから悪いけど、一年生のみんなには来年があると思って……」



 変えようのない現実に、大人からの謝罪までぶつけられては、女ヶ沢もそれ以上何も言い返すことはできなかった。


 震える拳を下ろし、女ヶ沢は地面を睨む。



「ここまで、やってきたのに……」



 誰もが悔し涙を呑む場面だと思った。


 だが二戸坂は、ゴースト・メリィのバンドリーダー二戸坂結香は諦めなかった。



「せっ、先生! そしたら、野外ステージの許可をくれませんか!?」



 その申し出には彼女以外の全員が驚愕した。



「や、野外って、機材の準備は何も……」


「機材は自分達の持てる分だけ運びます! 場所も邪魔にならない場所……用務室前の許可さえ取れれば、そこだけでも!」



 用務室前は出し物があるスペースでも通り道でもない。文化祭の片付け場として指定されているだけの場所。何より練習場として何度も彼女が立ってきた場所だ。


 最善には程遠い。だが演奏できないぐらいなら、たとえ一人でも観客に音楽を届けたい。その思いが少女の心を突き動かす。



「確かに先生の言う通りです。他の人達も私たちと同じく、練習を頑張って来た。それと同じぐらい、私達もこの日を楽しみにして来ました!」



 感情の昂りに『幽霊の顔』は呼応し、彼女の皮膚へ張り付く。


 だが今、二戸坂はそのことに気付いていない。気付かないほどの熱意で、目の前の壁に立ち向かっていた。



「ステージは自分たちで作ります。どうか、その許可だけでも……!」



「二戸坂……」


「ニコちゃん」


「にこぴ……」



 教師が返答を悩んでいた最中、彼女たちの背後から割って入る声があった。



「この気概、買わなきゃ大人じゃないっすよ先生!」



 二戸坂が振り向いた先には、作業服を真っ黒に汚した冷詩森が凛とそこに立っていた。額から汗を流して、彼女は親指をピンと立てている。



「冷詩森さん!?」


「あっ、用務さんの……どうしてここに?」


「機材も、ステージも、タイムテーブルも大丈夫です。どうにか、なりました!」


「それって、どういう……」


「お姉ちゃんの力だよ~ん」



 声のした方へ更に向くと、チュロスを食べながら手を振る二戸坂唯那と、頭頂部の薄い初老の男性が陰からひょこり姿を現す。



「お姉ちゃん! それと……校長先生!?」


「やあ皆さんこんにちは、二戸坂結香さんどうも。私、キミのお姉さんに今絶賛人質に取られていてね。ハッハッハ」


「あやっ!?」



 文化祭パンフレットをヒラヒラ動かし、校長の肩に肘を置きながら二戸坂唯那は自分の頭を指さす。



「お姉ちゃんがパンフレットのタイムテーブル見た時思ったんだ。このスケジュールだと途中で破綻するってね」


「ウチの学校の演劇部は代々伝統じみた出し物しててな。メインステージは演技が売りの実力派チーム。対してサブステージは奇抜さ派手さ重視のセットでパフォーマンス。そしていかにも爆発多そうな『ハリウッド風』の文字」


「そのスケジューリングを怪しんだこの唯那お姉ちゃんが、校長に直談判しに行ったってわけ!」



 校長はやれやれと言いながらも、穏やかに微笑んでいた。



「学生の時から君達はいつもこうだったからね。めちゃくちゃするが、肝心な時には誰かのために動く。久しぶりに思い出したよ」


「こういう時のあたしたち遊撃隊っすよ校長っ」


「海外飛び回るプロジェクトマネージャーの敏腕よー!」



 思わぬ助っ人からの支援により、状況は百八十度変化する。



「じゃあ、ステージは――」


「残念ながら第二体育館じゃ演れない。だがもう、機材は


「運び込んだって、どういうことですか……?」



 冷詩森は広報を親指で差し、粋に笑う。



「メインステージ、第一体育館の舞台裏だ!」


「うえええええええええええええええええ!?」



 状況が飲み込めない中、まず女ヶ沢が切り込んだ。



「待って、あの量の機材をここから全部運んだのか!? 二人だけで!」


「いや、そこはこの子たちにも手伝ってもらった」



 冷詩森が視線を向けると、そこにはゾロゾロと十四人の生徒たちが現れた。見覚えある面々に、二戸坂は思わず声が跳ねる。



「休日の、練習の時のっ……!」



 全員、二戸坂の練習ライブに集まってきた観客たちだったのだ。



「いやー二戸坂さんの歌聞いてたらすっかりファンになっちゃってさ」


「頑張れ~! って応援したくなっちゃったの」


「推しのステージが見れるんだからこれくらい、お安い御用!」



 緊張も、不安も、震えも、二戸坂の目に見える全てがことごとく吹き飛ばす。

 仲間が、頼れる人が、期待して待ってくれている人々が、二戸坂の周りを囲んでいた。


 数滴の涙が溢れたと共に、『幽霊の顔』は虚空へ溶ける。



「みんな楽しみにしてるよ。君達の、ゴースト・メリィの生ライブを」



 冷詩森が告げた言葉で、もうステージへ立つ勇気は装填される。



 真っ直ぐな瞳で皆を見つめ、メインステージへ向かって行く二戸坂は、二戸坂結香としての顔のまま舞台上を目指した。

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