第23話 イベント出展ってお作法が気になるよね
――都内某所、展示イベントホール『東京エキシビションセンター』。
大型同人イベント会場の中でも国内最大に規模を誇る――ような展示場には劣るが、それでも小中規模イベントでは人気の開催地である。
開放された市場のようなホールはテーブルと椅子が碁盤の目状に並び、サークル参加者も入り始めていた。加えて会場には大型モニターや特設ステージ、中にはVR用の筐体やラジコンサーキットまで設置されている。
ブースの荷物を抱えながら、二戸坂たちは会場の熱気を肌で感じた。
「着いたぁ、イベント会場ー!」
「ウチはこういうイベント初めてだから新鮮だな。てかもっと小さい会場だと思ってた」
「さささちゃん達のスペースあっちだ~!」
「あっ、走ると危ないよ!」
ホールに充満した興奮は伝染し、彼女たちも胸を踊らされる。
「さあさあ、準備を始めるよ! まずはブースの設営から」
同人活動上級者の広世が先導し、ゴースト・メリィのブース設置が始まる。
「テーブルクロス敷いて、ゲームのプレイスペースやポップを飾り付け~」
「ミミちゃん、モニターの明るさはこれくらい!」
「ナイスだよニコちゃん! そしたら最初はPV動画をループ再生しとこっか」
「みみちー、このお菓子は~?」
「お隣さんとお向かいさんへ用! サークルの人が来たらご挨拶しなきゃだから、一緒に渡すの」
「広世は流石に手馴れてんな」
「同人出展の経験なら豊富だからねえ~。ニコちゃんともやったことあるし、慣れたものだよ!」
「完成したらゴースト・メリィのアカウントでブースの写真あげるねっ」
「ありがたや~!」
オタクイベントには一定の不文律が存在する。熟知している広世は細かに仲間たちにそのマナーを共有した。
最中、広世の背後からドッシリしたハスキーボイスが響いた。
「あなたが、広世ちゃんね」
声をかけてきた人物のオーラに四人は思わず息を飲んだ。
漆黒を基調にしたドレス風の衣装に、おそろしく高いピンヒール。花魁のようにセットした髪と、きめ細かにバッチリ整えたメイク。
グラマラスな装いに相応しい優美な所作を身に着けた彼は巨像のようにそびえていた。
見事な筋肉を纏った男性はにこやかに二戸坂たちへ挨拶する。
「初めまして。私、『ゲミングウェイ』代表の雪蔵ゆきぐら正人まさと。気軽にグランマって呼んでねっ」
「雪蔵さ……じゃなくてグランマ?さん! 今日はお誘い下さってありがとうございました」
「とんでもないわ! こちらこそ急でごめんなさい~。あっ、忘れる前に、これ差し入れよ。お口に合えば後で召し上がって」
高級そうな和菓子のセットを手渡す代表は物腰柔らかで、人見知りの二戸坂でさえ警戒心を発動させない雰囲気を持っていた。
グランマは正面入り口の方に目線を送りながら、心苦しそうな表情を浮かべる。
「実はこちらの不手際でね。音ゲーができる筐体が入口より大きくて会場に運び込めなくてね。それは外での展示になったのだけど、会場の方ががらんとしちゃって」
「ああ、表の人だかりはそれで!」
「そうなの。案が無かったら私達運営チームの即興芸大会でもしようかと思ってたのだけど……」
パンっと手を打って彼の表情は安堵に変わった。
「そしたら参加者名簿でバンドやってる子たちがいるって聞いて、ビビッと来たからお誘いしちゃったわけ! ほ~んといきなりのお願いに乗ってくれてありがとうね。お礼は弾むわ」
丁寧な挨拶と礼を終えると、グランマは手を振って彼女達のブースを後にする。
「ステージ楽しみにしてるわ。ゴースト・メリィのお嬢ちゃんたち、頑張ってね」
そして彼はピンヒールのまま、自転車並みの速度で通路を駆け抜けていった。
「あっ、あったかい人だあ」
「生命力あるねえ~」
「去り際、なんか良い匂いしたな」
「グランマ、ピンヒールで走るの速いんだね~!」
通路を通り過ぎる最中、グランマは四方八方に目を向けスタッフや参加者に呼びかけをして回った。
「ああんちょっと! 段ボールは道塞いじゃうから真ん中置かないの! ってヤダ~誰か衣装忘れてるわ。ちょっとお、これ誰の~?」
すれ違いざまに会場の問題を解決しながら進んでいく様はまるで嵐のようだった。
グランマは初めから全てが見えているようにフロア内の問題点を次々指摘して回る。
「ぐ、グランマ凄い手腕だあ!?」
「運営代表は伊達じゃねぇな」
ほんの僅かな接触だけで伝わるグランマのカリスマに呆然としていると、彼女たちの横から別の声が聞こえて来た。
聞き覚えのあるその声は驚嘆の声を上げる。
「げっ、なんでここに!?」
そこにはパイルバンカーとバズーカ砲を装備したケモミミの制服コスプレイヤーが固まっていた。
気合の入った衣装とメイクだったが、彼女の正体を二戸坂は一瞬で見抜く。
「ひ、冷詩森さん!?」
「あれ~お姉さんこそどうしてここに?」
「いや、その、通りがかって?」
「通りがかったコスプレイヤーがどこいんだよ」
事情のおおよそを察知した広世は冷詩森に近付いて耳打ちする。
「霧子お姉さん、もしかして配信者として?」
「違うっての、こっちは別垢の!」
「複垢でやってるの!?」
「この方が副業の総収入が安定すんの!」
シラを切れないと悟った冷詩森は諦めて彼女達にコスプレイヤーであると告白した。
「会っちまったからには良いや。普通にあたしは一般参加だよ」
「別にお姉さん隠す必要ないのに~」
「笹佐間。こういうのは知り合いと会うと気まずいものなんだよ」
「そなの~?」
「ルーシィちゃんやめてくれ、目の前で言われるのも中々はずい」
もういっそ殺してくれと遠い目をする冷詩森の意識を呼び戻そうと、広世は設営途中のブースに彼女を招く。
「そうだ霧子お姉さん、良かったらプレイしてみてくださいよ~!」
「ウチの広世と笹佐間が死にかけで作りました」
「おっ、そうなのか? じゃあ早速やらせてもらおうかな……」
成仏しかけていた冷詩森の目に生気が戻った。
――早速座ってプレイを始めた冷詩森だったが、あまりにトチ狂ったゲーム内容に序盤から翻弄されていた。
「な、なんだこれ? イカのイケメンが、開始五分で揚げられてる?」
「イカくんは再生するんで、ミンチにならない限り復活続けますよ」
「怖いよ設定! こんな高温でも死なないのコイツ!?」
「最悪の場合、記憶を完全に引き継いだ別個体を生み出すので観測上では不死です」
「やだよクリオネ方式で生き延びる宇宙人とのBL」
馬鹿げたストーリーとは裏腹に作り込まれたゲームに冷詩森は苦戦させられていた。
その奇抜なゲーム画面と漫才的なプレイ実況が宣伝効果となり、会場に入り出した参加者たちの目を引き始める。
「お、なんか面白そうなゲームじゃん?」
「なんか回鍋肉の津波がどうとか言ってるな」
「やってみよーぜ」
その声を聞き逃さず、広世が次々と客寄せする。
「どぞ~。こちらでお試しプレイできますよー」
「これってダウンロードどこからっすか?」
「このQRコード読んでもらえれば~」
次第に通路にはゴースト・メリィのゲーム目当てに観覧する客で増えていった。
「あのゲーム、内容ははっちゃけてるけど、曲良くね?」
「カタログで読んだけど、なんかオリ曲なんだってよ」
「マジで!? クオリティたっか! 曲目当てで買っちゃおうかな~」
広世と笹佐間が宣伝を率先している一方、少し離れた位置から女ヶ沢と二戸坂がその光景を眺めていた。
「二戸坂、聞こえるか?」
軽く二戸坂の背を叩いて、女ヶ沢が誇らしげな顔をする。
「みんな、お前の曲気に入ったってよ」
「……うん!」
家族と友人以外から聞く始めての高評価と感想は新鮮で、二戸坂の胸を高鳴らせた。
――しかし、緊張が呼ぶ嫌な鼓動によってその感動の熱も凍てついてしまう。
「あとひと踏ん張りだ。緊張してるか?」
「……もち、ろんだよ」
不安そうに震える二戸坂の手をぎゅっと女ヶ沢は握る。握り返すまでの二戸坂の肌は死人のようにすっかり冷たくなっていた。
※
ステージ演奏の話を受け取った直後、メンバーたちは真っ先に二戸坂の心配をしていた。
『どうする、ニコちゃん?』
『たしかに滅多にない機会だが、二戸坂のメンタルとしては……』
『ダメそうなら、さささちゃんも一緒に歌いますよ~』
『そういう問題じゃねえだろ!』
バンドとしてはまたとないかもしれない絶好のチャンス。
だがその好機はイベント間近の一週間前。ライブ演奏を想定していなかった彼女達、特に二戸坂にとっては酷なものであった。
しかし、
『私……がんばって、みたい』
『二戸坂?』
不安、恐怖、葛藤。負の感情が彼女の体内で蠢いていたのは事実だ。しかしその不快感を振り切るための力は既に片鱗を見せていた。
――俯いた二戸坂はティーカップの水面に浮かぶ『幽霊の顔』と心の中で対話した。
本当にやれるか、このままの自分で大丈夫か、みんなと演奏したい気持ちに偽りはないか。
その問いに答えがなくとも、反射する顔は自信に満ちていた。幻覚の肌であろうと、沸き上がった勇気に偽りはない。
今までの比ではない緊張と恐怖があったにも関わらず、それでも二戸坂は踏み出したのだ。
そこには仲間と、弱い自分を覆う『幽霊の顔』があったから。
『やらせてほしい! ゴースト・メリィとして、ライブやりたい!』
勢い任せではないその一歩が、その時ゆっくりと地面に降ろされたのだ。
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