第19話 街に転がる音とリズム

「そうそう、そこだよルーシィちゃん!」


「背伸びしてやっと……くっ、キッツい」



 バレリーナのような爪先立ちと、命綱代わりの二戸坂の腰掴みで、女ヶ沢は歩道橋の上からスマホを掲げて撮影する。


 縦と横、それぞれ十枚前後を撮影し終え、倒れるように二人は橋の上でしゃがむ。


 その苦労の甲斐もあり、カメラには歩道橋の手すり越しに見事な直線道路と沿線沿いの街並みが収めていた。



「てか、こんな風に写真撮っちまって良いのか? 権利関係とか今きびしいんじゃねぇの?」


「これは著作権も肖像権も触れないから大丈夫だよ」



 エアメガネをクイッと上げる仕草をして、二戸坂は少し誇らしげに解説した。



「特定の建物や住宅とか、人が映っちゃってたりは問題になるけど、街の風景自体は基本権利に抵触することないんだ」


「へぇ。まあ考えればそうか。何でもかんでも肖像権著作権って言ったら、写真家は仕事出来ないよな」


「お父さんが本業だからここは教えてもらったんだ。ミミちゃんとも著作権の勉強したし」


「親御さん、カメラマンだったよな。てかお前も広世もしっかりしてるわ」


「うん……遥か昔、著作権も分からずアニメのMAD作ったら警告来ちゃって。ビビってそこから調べるようにしたんだ」


「ネットのグレーゾーンって分かりづらいのは共感。ウチも未だに分かってないこと多いし」


「音楽は著作隣接権とかもあって、結構シビアなんだよね」



 権利関係で揉めかけた時のストレスを思い出し、二戸坂は半身が灰になりかけた。



「そしたら、次のとこ向かおうルーシィちゃん。他にも沢山撮らなきゃだし」



 立ち上がり、その場からそそくさと逃げるように二戸坂は次の撮影地点を目指し始めた。


 その姿を後ろから追いかける最中、女ヶ沢はふと沸いた疑問をぶつけてみる。



「なあ二戸坂。気になったんだけど、お前って普段の作曲はどうしてんの? 作る時のインスピレーションみたいなの」


「あやっ? ええっと、まちまちなんだけど、うーん」



 その場で二戸坂は頭を揺らしてしばらく考える。



「バラードとか、ロックとか、ポップスとか、良い曲に出会った時に『こんな曲作りたい』ってとこから始まるかな? そこから同じ系統の曲調べて、音鳴らして、たまにメロディとか降りて来てって作ってる」


「なるほどな。やっぱ、そういうインプットになんのか」



 女ヶ沢は唇に指を当てて思案した。



「ルーシィちゃんは違うの?」


「そうだな……せっかくの良い機会だ。ウチらは写真探しながら、ゲーム用に作曲進めるぞ」


「いまっ!? パソコンもなにも……あっ、スマホなら、って充電がない!?」


「落ち着け落ち着け。慌てなくて良いだろ。第一、今はメモできるモンがあれば良い。ウチのメモ帳使えよ」



 ウサギのドクロ柄のポーチから女ヶ沢は一冊の手帳を取り出した。


 開いた中には書き殴った音楽に関するメモが残されている。



「歌詞や譜面が、こんなに」


「お前ほどじゃないけど、普段から書き溜めてるからな。良いのあったら作曲する時に採用してくれ」


「ルーシィちゃんも作曲するんだね。やっぱり、授業中とか頭に降ってきたり?」



 聞かれた女ヶ沢はメモを閉じ、代わりに腕を広げた。


 空中にある何かを抱き締めるように、彼女の両腕は大きく開かれる。



「だいたいウチはこうやって街を歩いてる時に、。それを参考にして作ってんだ」


「音っていうのは、お店のBGMとか?」


「そんなレベルじゃない。もっと因数分解した全部の音だ」



 女ヶ沢は二戸坂の周りを独特なステップで跳ねて歩いた。


 コツッ、コツツッ、コツッ、と一定のビートが刻まれる。


 二戸坂の目線が下を向くと、女ヶ沢は指でチョイチョイっと動かして顔を上に向けさせる。



「靴が地面に当たる音、水滴が落ちる音、車のエンジンとかクラクション。信号の点滅だって、音になる」



 女ヶ沢に言われてようやく、雑音としてフィルターが取り除いていた音が二戸坂の鼓膜を通過する。


 二戸坂の心臓の音に始まり、近くの女ヶ沢から発せられる音、歩道橋が振動する低音、車のタイヤの摩擦音、信号や電光掲示板の機械音、街を巡る風の遠吠え、そして人々の喧騒。


 聞こえる領域はどこまでも広がり、二戸坂の視界に映る全てが音として認識される。



「リズムも、メロディも、コードも、ウチは世界から全身に浴びて作ってる。雑音も騒音も、聞いていけば溶け合って次第に音楽が出来て来るんだ」



 耳を澄まして入って来る無数の音は、次第に『街の音楽』として曲のような響きを聞かせた。


 混濁した音楽は再び、二戸坂の耳内で十二の音に分解され、無数の曲として取り込まれる。



「不思議とな、街中をテーマにした曲は街から音を貰ったり、夜の曲は夜の音から取ると、良い曲ができやすいんだ」



 ――二戸坂にとってその作曲手法は新鮮なものだった。


 二戸坂にとって音楽は孤独を埋めるための隠れ場所。部屋のスタジオで完結する小さな世界。

 必要以上の人との関わりを恐れ、親友以外との関わりが希薄だった彼女にとって、外とは早く切り抜けたい大きな廊下でしかなかった。


 周囲から自分を隔離し、家と学校を行き来するためだけの通路を無意識に作り上げた二戸坂。その認識は女ヶ沢の言葉によって、壁と天井を崩落させる。



 下と足元以外を暗く塗り潰した二戸坂の視界は、鮮やかな蒼で澄み渡る。



「世界は広いぜ、二戸坂。聞こえる範囲が広がると、お前の音も更に良くなると思うぜ」



 蒼を背に舞うは、月のような輝きを帯びた白金色のシルク。


 世界の中心はココだと宣言するように、堂々かつ優雅に踊る女ヶ沢の姿は二戸坂の目に逞しく、美しく映っていた。



「ま、ただウチの感想だけどなっ」



 頬を薄く紅に染めながら、真昼に輝く月はいたずらっぽい笑みで二戸坂を見た。

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