第10話 幽霊の顔
バンドメンバーが無事に加入し、二戸坂たちのモチベーションは最高潮であった。
女ヶ沢は特に機嫌が良く、鼻唄交じりにチューニングする。
「さあ、早速試奏でもやってみるか! 前に練習してた曲でさ」
「笹さっ……さささちゃん、は聞いたことないと思うけど、大丈夫?」
「一回聞けば~さささちゃんいけるよー!」
勇気を出して呼んだあだ名を拒まれず、二戸坂は分かりやすく安心して表情筋を緩ませた。
その傍ら、広世はニヤ―っとした顔で歯切れの悪い言葉を口にする。
「あのー、ちょっとそれについてご報告が……へへへ」
「どうした広世、改まって?」
人差し指同士をくっつけて、広世は縮こまったまま答えた。
「実はー今日中に曲を録り終えないといけないことになってて……」
「は?」
※
「動画クリエイターに結成記念MV依頼したぁ!?」
衝撃の報告にエラーを吐いて床で痙攣する二戸坂に代わり、女ヶ沢が広世を問い詰めた。
「ビジュアルは向こうが作るから、わたし達は音源提供をってことで……今夜締め切り」
「バッ、おま、一足飛びどころじゃねぇだろ! ってか、笹佐間が来ることとか今日決まったばっかだろ!」
「ごめんよぉルーさん! なんか練習してたら創作意欲溢れちゃって。ネットのクリエイター仲間と盛り上がって話してたら、相場の半分の価格で作ってもらえるってことで、依頼を……」
「ノリで決めんなノリで! 思いっきりカモられてるじゃねぇか」
「いつもより価格が鬼安だったからついぃ」
「創作者め!!」
親鳥が雛を叱るような茶番の横で、笹佐間は呑気に笑っていた。
『依頼の時は相談します』というプラカードを広世の首に提げさせ、女ヶ沢は溜め息を吐き切って切り替える。
「仕方ねぇ、やらねぇよりマシだ。録るぞ」
「うえぇぇぇぇぇぇ!?」
「下手で上等だオラァ! むしろこの恥を刻んで、いつか出来た動画を笑って見ようぜ」
後戻りできなくなった二戸坂は女ヶ沢に押されるまま、センターマイク前に立たされる。
予定に無い収録に二戸坂は当然困惑。演奏する気持ちもまだ整っていない。
鼓動で引き上げられた思考速度が二戸坂を追い込んでいく。
(どうしよ、これって知らない人が動画作る時に何度も聞き返すんだよね? ここでちゃんと出来なきゃミミちゃんに迷惑かけるし、変なミスしたらルーシィちゃんに愛想尽かされちゃうかもしれないし、さささちゃんも抜けちゃったり。落ち着け落ち着けだめだめだめだめだめ、このままじゃ――)
頭と視界が漂白されかけた寸前、二戸坂の背後から賑やかな声が聞こえてきた。
「いやー合作つくる時とは比べ物になんないほど興奮するねー!」
「音にぶつけてけよ。次の曲は、感情乗ってこそだからな」
「ニッキーの曲たのしいからね~! さささちゃんも張り切っちゃうよー」
楽器を準備する三人は不安どころか、待ちきれない様子で演奏を始めようとしていた。
三人の軽くなった声、自然に浮かんだ笑顔は偽りでもなんでもない。
(みんな、楽しそうにしてる……)
胸の真ん中から湧いたその感情を、二戸坂は知っていた。それはこのスタジオで何度も感じて来たのだから。
このスタジオで過ごした記憶が鮮明に、二戸坂の脳裏を刹那の内に巡った。
※
『お、お母さんこれって!?』
『結香ちゃん、最近ずっと音楽頑張ってるから、張り切っちゃった!』
『一晩でリフォーム終わる事ある!?』
『リフォームって言うより、リノベーションかな?』
『うれ、しい! けど……どうして?』
『お母さんね、色んな趣味とかお仕事するの好きだけど、結香が楽しそうにしてるとこ見るのが一番好きなのよ』
『すっごいお部屋だ~! スタジオみたい!!』
『設備的にはほとんど同じらしいよ』
『秘密基地みたいで素敵だなあ。ねえ二戸坂ちゃん、今度も遊びにきて良い!? 見てたら、良いアイディア浮かんできたんだっ!』
『いいいっ、いいの広世ちゃんっ!?』
『もちろんだよー! あっ、それとせっかくだし、これからあだ名で呼び合わない?』
『のっ、伸びてるぅ! 動画伸びてる伸びてる……ついにいける!? 急上昇!!』
『更新かけっ――――の、載ってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!』
『やっ、ややややや、や! やったよミミちゃん!!』
『いつかさ、人気のアーティストにでもなったらさ、ライブとかできるかな?』
『開きたい、けど、ニコちゃんは……』
『うん、怖い』
『……大丈夫。ニコちゃんの世界には、常連の観客がここにずっといるから――』
※
(――そっか、もう一人じゃないんだ)
思い起こされた記憶が、二戸坂の喜びと情熱の原点を証明する。
(このスタジオは、私だけの秘密基地じゃない。ミミちゃんはお客さんじゃなくてもう仲間で、ルーシィちゃんもさささちゃんも、私の世界スタジオの中に来てくれたんだ)
ネットとは、音楽とは、感動とは、二戸坂にとって世界とは別の場所にあった。孤独なものだった。
恐れるものから逃れ、親友と自分を繋ぎ止め、唯一自身の存在を肯定するための存在。それが二戸坂にとっての音楽だった。
だが隣には、後ろには、自分の音楽を味方してくれる三人がいる。怖がる自分の背を押してくれる仲間が、楽器を握って並んでいる。今集まった仲間たちは自分の曲を演奏したいと思ってくれている。
その事実が、存在が、二戸坂の震えをピタリと止めた。
――自分が作り上げた世界に、不安げな少女の顔の皮はない。
(ここから、始めてやるんだ……! みんなと、そして――)
少女の顔を覆った薄皮が一枚、音を立てて剥がれていった。
彼女にしか見えないその顔が、最後に必要な勇気を呼び覚ます。
(――この、『幽霊の顔』と一緒にッ!)
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