難しいことはよく分からないがとりあえず盾でいいんじゃないか?

穴の空いた靴下

第1話 盾オブ盾

 険しい山々が連なる美しい自然が織りなす風景が広がる山脈地帯。

 その上空に突然大穴が開いた。

 本当に空に漆黒の穴が開いたのだ。

 その穴から一人の人型が降りてきた。

 禍々しい瘴気を身にまとい、その左手には巨大な火球を携えている。


【魔王様への手土産にこの場を魔王城の足場にするか……】


 身にまとうローブからも地獄の炎がゆらゆらと燃え上がる。

 魔王軍四天王が一人、火のフォリザーナ。

 爆炎鬼という上位種の長である彼は、この世界を魔王の手に落とすために先行部隊として真っ先にこの世界への入口を開いて攻め込んできた。

 彼の気性であり強きものは最前線で暴れるためにあると考えている。


 彼が大地に向けて左手をかざすと火球はどんどんと巨大に変化していく。

 地獄の業火が渦巻くその火球が彼の手から大地に向かい放たれる。


【獄炎の火球よ! 全てを燃やし更地に変えろ!

 炎獄煉大火球!!】


 熱によって空が歪み高山に生える僅かな植物が燃え落ちていく……


 その大火球の落下先にある小さな村。

 その村の見張り台の上の男は空に向かい盾を構えた。

 

「リフレクトシールド!!」


 巨大な魔力によって作られた盾が大火球に向かって空を昇っていく。

 フォリザーナからは火球が影となってその盾は視認することが出来なかった。

 彼はすでにその火球が着弾し、周囲の山々を吹き飛ばしマグマと化し平坦化した土地に、味方を呼び込んでどのような城を建てるか、そちらに興味が行っていた……


 まさか自らの放った火球が、小さな魔力の盾によって押し返され、凄まじいスピードで自分に迫ってくるなんてことは、想像の端にも乗せることはなかった。


【な、何が起きグワアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!】


 自らの用いた火球に巻き込まれ、空に開いた穴に火球ごと押し込まれていき、空の穴は閉じていく。

 こうして、魔王軍四天王の一人は長期療養に追い込まれ、魔界で待機していた大量の配下は灰となって消失した。


 この悪夢の事件は魔王軍の間で死の第一次侵攻計画と呼ばれその理由もわからず計画の根本からの見直しを余儀なくされる悪夢となるのであった……





 パーティ名光の剣。王都ミヤコの冒険者ギルド最高位Sクラスパーティとして名を馳せていた。不壊の盾ウォルト、一閃ライトニング、貫く槍スピル、聖女ホリス、固定砲台マシンガ、残影シャドラ全員Sクラス冒険者であり人の限界を超えた者たちによるパーティで、いくつもの上位ダンジョンを制覇し、アンデットマスター始祖オルステッド討伐、火炎竜ヴァルファバール討伐、破壊の使徒ヴェギラガベニアルの討伐など数え切れないほどの功績をあげてきていた。

 全てのパーティの憧れであり、ウォルトを除くそれぞれのメンバーは多くの弟子を抱えていた。

 しかし、冒険者として中堅とも言える年令になった頃に問題が現れた。

 常にパーティの盾として皆を守り続けていたウォルトの身体が悲鳴をあげた。

 彼らの活躍により冒険者全体のレベルも上がり、質の高い装備や、優秀な冒険者が増えた結果、今の流行のパーティは古典的な壁役を必要としなくなった。

 もちろん、壁という存在がいることで安定度は増すことは間違いないのだが、装備や使用者の能力の向上によって、攻撃役が壁や囮を兼任してスピーディに動くパーティプレイが主流となっていた。すべての攻撃を一手に引き受ける、古いタイプの壁役はすでに絶滅危惧種、いや、ウォルトがその絶滅前の最期の一人と言っても良かった。

 ウォルトほどの傑出した優れた壁役になるための努力や能力を持つなら、攻撃能力も併用したほうが効率がいい、という、時代の流れが完全にできあがって随分と時間が流れていた。


「……俺も38歳。こんな簡単なミスで怪我をして、もう少しでみんなを危険な目に合わせるところだった。俺自身も、一線で壁を張るのは不安を感じてしまった……

 ライトニング、皆、今まで長い間一緒に冒険をしてくれて、本当にありがとう。

 俺は、故郷に戻ってのんびり暮らすよ」


 引退。冒険者としての旬は短い。特に、活躍した人ほど自分の実力が低下してからその結果と向き合うことは、辛い。

 他のメンバーはまだ超一流の世界で十分に生きていけるが、長年壁役として自分の身体を傷つけ続けてきたウォルトの引退の意思を長年の仲間が汲み取らないわけにはいかなかった。

 戦闘中に身体の痛みによって敵の攻撃を最適に返すことが出来なかった。それは今まで生と死の間で生き続けてきたウォルトにとって致命的な出来事だった……何よりも、このまま冒険者を、壁を続けていれば、いつの日か仲間を危機にさらす可能性は彼に引退を覚悟させるのに十分な理由であった。


「ウォルト、お前の背中を見ながら、俺はここまでこれた。本当に、今までありがとう」


 金髪の青い瞳、中年の渋さもでてより一段と男に磨きがかかった一閃のライトニング、剣聖の称号も彼の凄さを語る一側面でしか無い。ウォルトの手を両手でしっかりと握り、その美しい瞳には涙が溢れていた。


「あなたがいたからどんなときでもくじけずに歩き続けてこれた。これからも尊敬し続ける」


 パーティ最年少、貫く槍スピル。挑発の青がかった髪を後ろでしばった一見すると細身だがその肉体は極限まで鍛え上げられ絞り上げられている。変幻自在の槍の技は今まさに最高潮、天才の名を幼い頃から重荷に思っていたが、このパーティに入ってからはその重荷からも開放されより高きまでたどり着いていた。


「これからは、あまり大きな怪我をしてはいけませんよ……もう、治してあげませんから……」


 女神を思わせる美しい、そして優しい笑顔、聖女としての責務を果たしながらこのパーティを癒やし続けていた。聖魔法を極め、神の信託も受ける本物の聖女だ。ウォルトが最も世話になった人物でもある。


「貴方の存在があったから、私はここにいる。これからの人生に幸多からんことを……」


 莫大な魔力量とあらゆる属性に精通する偉大な魔法使いだった彼女を最も活かせたのは間違いなくウォルトという万全な壁が存在していたからだった。自信をうしないかけていたマシンガに笑顔を取り戻したのはウォルトであった。


「旦那、たまには酒でも飲みに行きましょうや!」


 お調子者だが弓の天才、彼の斥候としての能力は幾度となくパーティを救い戦闘においてはウォルトという壁のお陰で楽させてもらっていると軽口を叩くが、その言葉は本心であり、引退を最期まで引き止めていたのは彼であった。


 皆、最期の晩餐では思い出ばなしに花を咲かせ、彼の門出を祝った……

 こうして、冒険者キャスリング・ウォルトはその冒険者人生に終わりを告げるのであった……盾の中の盾と呼ばれたその男の最後は、その偉大な功績に比べると、非常に静かに終わるのであった。


 


「親父ー! ここでいいかぁ!?」


 自分の体の3倍はあろう巨大な石を担ぐ男、それはこの間冒険者を引退して故郷の村に帰ってきたウォルトその人であった。


「ああ、そこから先の道に石板にして敷いてくれ!」


「石板にして……って、全く、盾は石工の道具じゃないんだぞ……シールドスラッシュ!」


 巨大な石はまるでバターのようにスライスされ美しい石の板へと姿を変える。空中から落下してくる無数の板を盾で次々と弾いて地面に綺麗に敷き詰めていく。


「シールドスタンプ」


 最期は盾によってしっかりと地面へと打ち込んでいく。こうして村に続く道が整備されていく。


「いんや、息子さんすんごいなぁ! 都会では有名な冒険者じゃったんじゃろ!?」


「なあに、いい年して嫁も子も作らんで怪我して帰ってきた馬鹿息子じゃ。

 村のためにこき使ってやる!」


「親父ー終わったぞ」


「おお、なかなかやるじゃねぇか」


 ウォルトは故郷の村シルドへと戻ってきた。格好は村人のような服をしてるが、似合わない巨大な盾を背負っている。彼の相棒である真の不壊盾、天蓋亀ゲルブルの甲羅、幻の金属アダマンタイトを使って作られた神具ゲンブイージス。今では便利な道具代わりに使われているが、国を2・3個買えるくらいの価値のある魔装具だ。


「ウォルトにーちゃんすげーな!!」


「こらカワノ、あんまりお兄さんに乗っかるな! すみません兄さん身体はでかいんですが、まだまだ子どもで」


「いやいや全然気にしてないさ、俺も家に帰ったらこんなに弟やら妹が出来ていたなんて、びっくりしたよ」


 ウォルトの父アダマルと母メミガノはそれはもう仲の良い夫婦で、ウォルトが冒険者として家をあとにしたあとも、それはもう仲が良く、今では男児7人女児5人の大家族といっしょにいまだに仲良く村で過ごしている。村にはそんなウォルトの弟や妹それにその配偶者や子どもなどを含めて親戚だらけになっている。結果としてアダマルは今では村長の役割を担っているので、帰ってきてからウォルトはこき使われっぱなしだった。

 シルドの村は山脈地帯に作られた新興の村で、村としての歴史は40年ほどしかない、それでも、魔物や危険な動物が跋扈するこの世界で40年続いているというのは立派なことだった。人数こそ増えたがまだまだ村の設備は発展していなかったが、そこにウォルトという便利な重機が帰ってきたことによって、計画されていた村の開発が一気に動き出した。


 そんなある日、日課である早朝の鍛錬をこなしているウォルトは妙な熱気を感じた。ふと空を見上げると、なんと巨大な火の玉がまさに村に落ちてきてるではないか!


「な、火山でも噴火したのか!? 来いっゲンブイージスっ!」


 魔装具である盾は彼の手元に瞬時に召喚される。

 ウォルトは村で一番高い、自分で作った、物見櫓に登り盾を構える。


「魔太陽皇オルゲヌスの死滅極炎嵐を思い出すな……リフレクトシールド」


 盾から作られた魔法の盾が炎の玉を押し返して空へと昇っていく。


「人のいないとこまで、ふっとべっ!」


 勢いをつけて弾き飛ばした。

 しかし、不思議なことに火球は消え失せてしまった……


「ん? 分厚い雨雲でもあって消えたか? ま、いいか……いやー近くに火山があるなら気をつけないとな……」


 彼は年のために村の上にいくつかのシールドを展開させておいた。

 これで隕石が落ちてこようが、神の怒りが降ってこようがこの村は守られるだろう……


 こうして彼は、人知れず世界の危機を防ぐのでありました。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る