第6話 オリオン通りは栃木で一番有名なアーケード商店街なの^^

 翌日の土曜日も、その翌日の日曜日も、僕は華乃さんとデートをした。京子は胃潰瘍いかいようだった。入院はせずに済んだ。よかった。


 オリオン通りでショッピングをしたり、映画館でラブコメアニメを見たり、動物園にも行った。率直に言って、めちゃくちゃ楽しかった。美少女ギャルと陰キャ男子という僕らが、これぞまさに高校生カップルの理想といった感じのデートをしてしまった。僕も華乃さんも常に満面の笑みだった。


「ふぅ……」


 連日の健全なデートを終え、晩ご飯前に帰宅した僕は、自室のベッドに座り、ため息をついていた。


 楽しかった。幸せだった。良い匂いすぎた。ずっと手ぇ繋いでた。まぁ、さすがにキスとかはまだだけど、そんなの焦る必要なんてない。僕は永遠に華乃さんと別れるつもりなんてないし。


 つまり、完ぺきだった。最高のデートだった。必死に考えたプランが上手くいくか不安で仕方なかったけど、最後までノーミスだった。華乃さんはめちゃくちゃ喜んでくれた。褒めてくれた。ついさっき別れ際に渡したネックレスのプレゼントにも素直に驚き、目を潤ませるほど喜んでくれた。自分のためにこんなデートを用意してくれたなんて、もっと好きになっちゃったと言ってくれた。今度はわたしが一太を驚かせるデートを用意するから! そうだ、来週はおうちデートしよ! 土曜日ならお父さんもお母さんも九時まで帰ってこないし、晩ご飯も頑張って作っちゃうね! と照れながらも、上目遣いで言ってくれた。焦らないと言ったが来週キスできそう。


 穴がない。誰がどう見てもお似合いのカップルだろ、これ。もう結婚まっしぐらだろ、これ。


 だと、いうのに。


「…………物足りない……!」


 だというのに、この気持ちはなんなんだ……!?

 満たされまくったはずの心が、なぜ未だ何かを欲している? 穴なんてないはずなのに、やはりどこかから、冷たい隙間風が吹き込んでくる。何だこれ、胃潰瘍? いや、でも別に痛みとかは全くないからな。血なんて出ないしな。

 本当に幸せで、不満なんてなくて――それなのに、どこか落ち着かない。何かが足りなくて、ソワソワしてしまう。


「…………いや、うん」


 っていうか、ホントのところは気づいてる。とっくに気づいていた、この違和感の正体に。原因に。


 僕と華乃さんが付き合い始めてから三日間、約七十五時間――僕は一度も、華乃さんにからかわれていなかった。


      *


「考えすぎだったわ! あー、華乃さんとのデート楽しかったー! あ、京子。これ動物園のお土産。ママさんたちと食べて」


 翌朝、月曜日。

 今日はお隣の玄関まで行って、京子にクッキーの箱を手渡す。ついでにスカートのポケットにブラックサンダーを数個詰め込んでおく。既にプラスチックのパッケージっぽいのが入っていた。胃潰瘍のお薬だろう。スタンガンじゃなくて安心した。


「それは良かったわね……私がコーディネートしてあげた服装は? 白石さんに何か言われた?」

「ああ、うん! サイズ感も合っててめっちゃカッコいいって絶賛してくれたよ! 『筋トレ頑張ってる成果だね、姿勢も良くなってきたし! 私も一太を見習って始めてみよっかなー。ね、一太が指導してよ!』とか言われちゃったよ! マジでありがとう、京子!」


 そうなのだ、よくよく考えてみればどう考えたって僕は考えすぎだった。


 からかわれなかったら、何なんだよ。僕と華乃さんはまだ付き合い始めて四日目なんだぞ? お互い、初めての男女交際なんだぞ? まだ高校二年生なんだぞ?

 そりゃ、自然体ではいられないだろう。フワフワとして、無駄に気を張って、着飾って――結果的に、普段とは違う態度を取ってしまうこともあるだろう。


 愛らしいな、華乃さん……!


 それは相手のことを愛している証なのだ。言ってみれば、からかいと一緒。華乃さんにとって、通常の愛情表現が「からかい」だったからこそ、この期間の愛情の表れ――「背伸び」が、「からかい」を控えさせてしまっているのだ。


 つまり、時間が解決する。もう少しもすれば、僕たちは恋人同士であることに慣れ、馴染み、お互いが恋人であることが当たり前になって、また自然体の僕たちに戻れる。華乃さんはまた、僕の恋人として、僕への愛情表現である「からかい」を再開する。


 たぶんそれは、初めてのキスのときも、そして、もっと先の関係に進んでいったときも同じで――きっと華乃さんは顔を真っ赤に染めながらも、あの意地悪げな微笑みで僕をからかってくるのだろう。


 くそぉ、華乃さんめぇ……! なんて小悪魔なんだ……!


「……そう。とても良い彼女さんね。私はあなたのトレーニングを褒めたことなんてないものね。むしろ『何の意味あるの、それ。怪我するから辞めなさい』っていつも言っていたものね。あなたの成長を阻害する毒馴染みだったものね。かはっ……」

「セルフ吐血やめなよ……」


 クッキーの箱が鮮血に染まり、可愛い動物さん達のイラストが弱肉強食の自然界の厳しさを表現しているみたいになってしまった。


「大丈夫よ、これがあるから」


 ポケットから取り出したそれの封を開け、中身を口に放り込む京子。ブラックサンダーだった。


「いや、そっちかよ。僕がそれを君のポケットに詰め込んだのは、敵に出くわしてもスタンガンで攻撃する代わりにそれを囮にして逃げろってメッセージであって」


 そもそも敵なんていないんだよ。ここは動物さん達の世界じゃないんだから。


「バリボリ。もぐもぐ」

「僕が渡しておいてなんだけど、完治するまでチョコレートとかも控えた方がいいってお医者さんに言われてなかったっけ」

「胃より心の状態が優先。何かこれバリボリ噛んでいると、荒んだ心が落ち着く気がするの。三歳のわたしの誕生日、一太からの初めてのプレゼントもこれだったものね。バリボリ」

「そっか。そうだね」


 頼れる幼なじみのあまりに空虚な微笑みを直視できず、この際何も見なかったことにして登校しようと、玄関を出たときだった。


「あぁん!? 元はといえば、テメェがうちの仲間潰してきたんだろうが!」


 数十メートルほど先の路上から、男の怒号が響いてきた。

 反射的にそちらを見やると、チャラい男二人が、ビッグスクーターに跨がる短髪の男に詰め寄り、何やらまくし立てているようだった。三人とも年代は僕らと同じか、少し上かといったところだろう。


 短髪の方、三人の中でも飛び抜けて大柄な男が言い返す。


「うるせぇな、住宅街だぞ。周りの迷惑考えろよ。喧嘩なら買ってやるからよ。河原行くぞ」


 相手方と違って、怒鳴るわけでもなく淡々とした口調でありながら、その声はよく響いた。静かな迫力に、チャラ男二人も怯んだように後退っている。


「嫌ね。不良の喧嘩よ。暴力、マウントの取り合い……動物みたいだわ」


 最近までスタンガン持ち歩いてた女が侮蔑の表情で何か言ってる。まぁでも、間違ってはいないか。

 ほんと今時、いくら栃木とはいえ河原で喧嘩とかあるんだな。僕らとは生きる世界がまるで違う……と思うと同時に、


「さ、行きましょ、一太」

「え、あ、ああ。うん」


 京子に促されて、登校を再開する。幸いにも、彼らがいる方向は僕らの行き先とは真逆だ。無視しておけば、こちらに危害が及ぶことはない……が、僕は歩きながらも、彼の姿をチラチラ振り返らずを得なかった。


 あの短髪強面男……クラスメイトだよなぁ……。

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