勦介とパスタとコンビニ飯と

AM07:12




んくっくっくっくっ。


スタッフルームの中だから客に笑い声を聞かれる心配も気を遣う必要も特にないとはいえ、(特にってこたぁないけど)つい本能的に笑い声を噛み殺した結果自分の口からなんとも気持ち悪い声が漏れてしまい、つい辺りを見回してしまった。


いやしかし、ワイヤーアクションで空中から土俵入りだなんてムチャクチャやってんなこの相撲漫画。


横綱がマスクから火を吹くわ三体揃うわで字面だけ見てもクソ面白いじゃねぇか。


絵柄が古くせぇ漫画ってあんま読む気しないからこれまで敬遠してたけど意外と読んでみるもんだな。


今度小車にも教えといてやろう。


そんなことを考えながらふんぞり返って漫画を読み進めているうちにズボンの中でスマホがブルブル震えてアラームが鳴り出したので脳を渋々と仕事モードへ切り替える。


現在時刻7:30分、退勤まではあと90分。


閉め切られたスタッフルームからじゃ分からなかったけどフロントから外を覗いたら夏の強烈な日差しは既にアスファルトをかんかんに照らしていた。


しっかりした社会人___学生や正社員の皆々様、あとは小車なんかに置かれましては朝からスーツや制服なんかを着て汗だくになりながらご苦労様なことだと思う。


俺なんかスマホいじってるか漫画読んでるだけで金が発生して世間に申し訳ないねホント。


監視カメラの映像を見ている限りネカフェで夜を明かした客の大多数はまだ突っ伏して寝ているかブースで寝ているかで少数が無料のトーストをかじっているくらいなもんで積極的に動き出す様子はなく、この店内だけがまるで堕落者の巣窟にも思える。


だからってこのバイト辞める気もねぇけど。


店長が出勤する前にぼちぼち後片付けをしないといけないので夜間に積み上げた漫画を棚に戻しつつ、ついでに持ち出した締め作業チェック用のバインダーにも目を通していく。


小車、今頃死んだ顔で出勤してんだろうなぁ。


ネカフェバイトしかやった事ない俺だけど繁忙期のアミューズメント施設スタッフがどれほどの忙しさになるかは想像に難くない。


事実、昨日の小車はバイト先からの急な電話に


『え、2時間前入り?…全然だいじょぶっすよ!』


なんて言いながら電話越しでも律儀にぺこぺこ頭を下げつつ応答していたが切れた直後に


「んあぁぁ…」


なんて情けない声を上げながらくずおれるように俺の方へ倒れ込んできて唐突にシャツをめくったかと思うと俺の腹の羽毛に顔を埋めて嫌だ嫌だと喚き散らし、しまいには頭を抱えながらリビングを半ケツで転げ回っていた。


あまりにも普段とのギャップがあり過ぎてかなり面食らったとはいえ、どちらかといえばその後無言で立ち上がってどっかに出ていったかと思うと買い物袋を引っ提げて帰ってきて


「悪ぃ、取り乱した。」


とだけ謝ると何事も無かったかのように晩飯を作り始め何事も無かったかのように俺と女の子との付き合い方について会話し始めたことの方が正直心配だったけど。


(ちなみに昨晩はご飯のおかずにレンコン炒めの他、イカとタコのポキ風味が増えていたが小車がちょっと値の張るもので1品増やす時は大抵ストレスを溜め込んでいるタイミングなので俺は何も言わず全部食い切るようにしている。)


まぁ、小車って普段から「辛い」とか「しんどい」とかのワードを口にしない奴だからここ数年でヘンテコな形でとはいえ素直に感情を発露してくれるようになったのは嬉しくないこともない。


思えばアイツと3年近く暮らしてんだな。



俺の方は夏休みが始まったからって忙しいかといえばそうでも無いというか、そもそも夜勤だし夏休みだろうが冬休みだろうが時勢を問わず地方のネカフェバイトにとって夜から朝にかけての時間帯ってのは結構落ち着いたもんだ。


繁華街や都市部なんかだと終電逃したリーマンだとか酔っ払いにネカフェ難民だとかホームレスや家出中のガキで溢れかえるんだろうけど国道沿いで車必須の店舗に来るのは夜遊びでダーツしに来たガキと宿泊費をケチる旅行客くらいのもんで街中に比べりゃ行儀はいい方だろう。


もっとも、その手の連中はこぞって朝の9時から10時くらいに出ていくので嵐の前の静けさとも言える今のうちに仕事は終わらせておくに限る。


と言ってもやはり深夜バイトなんか暇なもんでとっくに済ませているんだけども。


トイレ掃除OK、シャワーOK、締め作業OK。


ドリンクOK、モップ、ブース掃除と補充も空いてるとこは済ませた。


深夜にタレカツ丼と油淋鶏丼をダブルで頼んだ汗臭いマルチーズがいた部屋の様子が若干気になるけどさっきブースを巡回した限りだとイビキかいて爆睡こいてるみたいだったから九時からのシフト連中に引き継ぎだろうな。


来店の時点でまぁまぁ臭かったから後で会員情報に『毛先オイリー匂い付きドカ食いデブ』とでも追記しておこう。


ブラックリストに入れるほどではないが不愉快ではあるし従業員への注意喚起と覚悟を要する忠告を兼ねてあだ名をつけさせておくくらいはさせてもらわなきゃな。


様々な従業員から数多の罵詈雑言が並べられた会員情報リストに新たな悪口を追記したところで雑にチェックを入れたチェックリストを雑に放り出し、廃棄置き場へと向かって生ゴミやガチガチのティッシュが詰められたゴミ袋の奥にある贅沢な角度で倒されたリクライニングをべしべし叩く。


肘置きが壊れただけとはいえまだまだ使えるそれは廃棄予定というテイで粗大ゴミの札だけ貼られ、もっぱら暇な時間帯の仮眠用に使われていた。


「ト~キ~タ~、起~き~ろ~。」


「あぁ、嫌なんです…ボクはもうフレンチフライなんて健康っぽく言ってお客様の内臓をいじめたくなんかないんだ…」


うなされていたパンクな頭のハリネズミが胸の当たりを掻きむしりながらよく分からない方向へ手を伸ばす。


なんの夢でなんの寝言だよ。


「ポテトは結構前に提供しなくなったろ、それよかぼちぼち店長来るから起きてくれ。」


「アメリカナイズなんてナイスっぽくなんか……あ、ホロさんおざす、もう朝すか。」


時田と呼んだ後輩のヤマアラシは背骨や関節をバキバキと鳴らしながら起き上がると撫で付けられたようにまとまっていた針のような体毛がぴょんぴょんと横に跳ね上がり一気にパンクなヘアスタイルを完成させた。


相変わらず逆オジギソウみたいな髪してんな。


「6時間も寝といて何言ってんだよ、あとシワできてんのだけは店長に言われるから寝る時制服は脱いどけって。」


「さっせん。…カシハラ店長って俺の体毛とかホロさんの頭は気にしないのにそこだけ異常に気にしますよね。」


トキタが固く鋭く生え揃った後頭部をガシガシと手櫛で整えながらリクライニングから立ち上がり、1本だけ突き刺さっていた毛を引き抜く。


「店長いわく身体とTPOは別問題なんだと。」


「はぁー、店長にもなると言うこともご立派ぁ。」


「雇われだけどな。」


「店長それ自虐風自慢でよく言ってますよね。…今引き抜いた後ろの毛、記念にいります?」


「なんの記念だよ、捨てとけ捨てとけ。それよか俺も1本吸っときたいからフロント任せた。締めはもう全部済ませてっから。」


「あいあーい。あ、ホロさん俺が勧めたやつ読んでくれました?」


「公道に鳥居をぶったてるとこまで読んだよ。」





キャメルを片手に従業員勝手口から出て、ビル影のせいかまだ薄暗い路地の壁にもたれかかりながら着火する。


しっかし、タバコ吸う時に周りの気温が下がったように感じられるのは一体どうしてなんだろうな。


ビルの隙間から見える空では雲が少し早めに流れていて、吐き出した紫煙に後を追わせると混じるように消えていった。


なんかいい日になりそうな気がする。


…今日は程よく出そうだな。


メンソールを口内に染み渡らせながら再度ほう、と煙を吐き出すと今度はビルの影へと吸い込まれるように消えていった。


路地の向こうを歩いていく、これから一日が始まる連中には申し訳ないが俺は一足先にゴールデンタイムに入らせてもらいましょうかね。


##############


AM10:52


ぱちぱちぱちぱち

カチャチャチャチャチャチャ

キュロンキュロンキュロンピロピロピロピロ


銀玉が筐体の釘で跳ね回る音と電子音、蛍光色の光と派手なアニメーションが織り成してできるミックスフレーバーが聴覚と視覚をダイレクトに刺激して俺の脳内でドーパミンの生成を促進する。


食い入るように見つめている激しい演出はもはや電子ドラッグの様相で、脳がブレてぼやける感覚がするものの気温30℃をとっくに上回ってる外を歩き回って脳を茹でるのに比べればかなりマシなふわふわ具合だろう。


退勤後、一旦部屋に帰ってからシャワーを浴びてあんまり汗も引かないうちに入店した暑くもなく、寒すぎもせず程よく冷房の効いた国道沿いのパチ屋は快適そのものだった。


開店1時間足らずで今のとこアガリはちょい勝ち。


そもそも1パチで大きく負けることの方が難しいんだけどな。


ネカフェ難民やってた頃は主な収入源がこれだったせいか少しでも負けが込むと撤退するクセが付いていたので大きなリターンを求めることは無い。


この意識の持ち方はなるべく長く居座り続けるという現在の過ごし方に丁度よく合っていると思うし、自分にも他人にもシワを寄せないことは小車と2人で暮らしていることに対してプラスに働いてると思う。


半ば捨て鉢になって一発逆転を狙い4パチの荒波に揉まれることもあったけど、生活の安定した今はジジイやババアに混じって1パチの甘デジ打ってるくらいで十分満足だ。


最悪、打たなくたって喫煙ボックスにマッサージチェア、ソファーでテレビや漫画も読めるんだから小車の職場はもちろん俺の職場よりも居心地は上等だろうな。


テレビはニュースやゴルフばかりで漫画はゴラク系ばかり揃ってるとはいえ無料だし。


小車は特に予定がない日はとりあえずパチ屋に行く俺を見て若干呆れながら


『悪銭身につかずって言うだろ。あぶく銭なんて持つもんじゃねぇよ~?』


なんて言うけど、パチもスマスロも別に合法だしそのあぶく銭が2人の家賃や食費にも入ってることに対してノータッチなあたり本人もそこまで咎めてないんだろう。


家でたった一人冷房浴びて光熱費を増やすよりは節約にもなるしな。


朝飯も食ってないし一旦台を保持しておいて早めの昼飯でも食おうか?いやでももう少し儲かってから昼飯のランクを上げて今まさに頑張ってるであろう小車に好物である甘いものを買って帰るのも悪くないかな。


コンビニのやつだとプチシュー、杏仁豆腐、牛乳寒天当たりが好きだって言ってたっけな…景品にそういうのあったっけか?あとは…



「ラッシー。」


後頭部から唐突に声がかかり、突如眼前にドン・キホーテみたいな丸い蛍光色のフォントのやかましい文字の群れが並んだ。


同時に香る無香料の消臭剤とほのかにアイコスが混じった匂い。


眼前に映るそれは待望の魚群リーチでも何でもなく、遠慮の欠片もなくずい、と突き出されたコーヒーワゴンのメニューだった。


「マンゴーラッシー。新メニューが450玉ですけどどうよオニィさん。マンゴーラッシー。」


「ちょ、邪魔…邪魔だって鬱陶しいなおい。」


「お、相変わらずケチくさい打ち方だけどちゃんと積んでるじゃん、成長感じるねぇ。」


鼻先にグリグリとメニューを押し付けられ逃れるように振り向いた俺をワゴンレディのケツァールがメニューで肩をとんとんと叩きながら軽薄な笑いで見つめていた。


俺より3つ上のアラサーなのにも関わらず鮮やかな緑と赤の入り交混じった長い羽根はいっそう若く見せている。


彼女の写真付きのネームプレートにはこれまたドンキみたいなフォントで『♡笑顔で接客♡このえ』と書かれており、かれこれ長い付き合いというか出会い自体は小車よりも古いこのケツァールは俺の顔をやわらかい手で画面に戻すと勝手に玉をガシャガシャと抜き始めた。


「せっかく勝ってんだから今日は豪勢にパーラメント吸っちゃいな~。ラッシーは?」


「いらないっての。つーか勝手に客の玉を抜くとかいいのかよ?前には『顔ひとつ接客ふたつで稼ぐのがワゴンレディの矜恃』だとかなんとか言ってたくせに。」


「コーヒーレディとしてじゃなくいい女の矜恃としてあんたにいい男でいて欲しいからポッケからはみ出てるやっすいキャメルよりもアタシのパーラメント吸って欲しいのよ。」


「パーラーメントの美味さはアンタの手柄じゃねぇだろ。」


「てゆーかもう玉抜いたしパーラメントも持ってきてたしね、それよかラッシー飲んでよ~。オーナーがインドカレー屋にハマったか知らないけど急にねじ込んできてさぁ~。」


若干わざとらしい、その歳で出すのははばかられるようなあまったるい声を出しながらコノエが俺のパンツの右ポケットにパーラメントをねじ込む。


しかし小さい子でも可愛がるような声とは裏腹にポケットへねじ込む所作に込められた妙な力強さは、暗に「分かってるよね?」という響きを含ませており、そして俺は彼女に対してYESと言わざるを得ないだけのあれこれを色々握られているのだった。


「わかったわかった、分かったって。」


「毎度♪…ねぇ、お昼さすがにまだっしょ。今日早めに休憩入っちゃうんだけどパスタ奢るから食べいかない?」


今度は耳元に近寄って周りに聞こえない程度の声で俺に話しかける。


一応、客から人気の人ではあるしその辺は気を使ってるんだろうな。


「前梅じそ食ったそこの五右衛門?」


「そそ。季節メニューの冷しゃぶのやつ食べたいんだよね」


ハーフアンドハーフで奢りならパーラメントとラッシー分引いてもトントンだろう、むしろ得寄りか。


キュインキュインと電子音の鳴る算盤を頭の中で弾き、「=勝ち」を導き出す。


「行-…く。」


「おっけ。ほいじゃラッシー飲んで待っときなね。せいぜい稼いどきなよ?」


「へいへい……え、奢りでしょ?」


薄い笑みを浮かべながら無言で俺の頭をぐしゃぐしゃと乱雑に撫でて彼女は去っていったが感覚的に奢るというのが嘘では無いことが分かる。


再び向き直った画面では魚群が走っていて案外時間はすぐに経ちそうだった。



############



40%で何が魚群リーチだクソカスがよ。


サビキ撒いて釣ってまとめて食ってやろうか。


マンゴーラッシーを飲み尽くすまでは粘ったものの見事にハマってしまったので切り上げて全部貯玉に回した。


まぁ、それでもトータルで見れば1000円くらいは買ってるなと己を納得させたところで時間まで交換を強制されたパーラメントでも吸おうかと喫煙ボックスに向かう途中、妙な匂いを放つ奴とすれ違ったので思わず振り返る。


俺のすぐ左をすれ違ったそのケミカルな匂いの主は灰色の毛をした少女で、俺に振り返られたのを気づいたのか足早に列へ入って行った。


ちゃんと姿は確認はできなかったものの、あの三角に近い頭の形と神経質そうな黒い縁の目元を見るにサル…初めて見るけど多分アイアイか?


身長は150ないくらいだっただろうか。


しかしダボッとした服とウレタンマスクで隠してはいるが線の細さから見てまだ体がちゃんとできていない。…18は間違いなく超えてないはずだ。


…下手すりゃ15歳より下なんじゃないのか?


ほんの少しだけ気になったので暇つぶしに喫煙ボックスから覗いて観察しているとダボ服の女子アイアイはどうも一定の周期で店内を回っている。


しかしカニ歩きでも他人の当たり台に背乗りしようってんでもなさそうだ。


やや慣れない様子で筐体を見回しながら歩きつつ、列の端まで来ると注意深く左右を覗いて早い足取りで抜けていったのは多分店員を警戒してんだろう。


別に俺がロリコンってわけじゃないけど夜にママチャリでやってきてネカフェで遊ぼうとする中高生もいるにはいるから借りた身分証を持ってようが多少なりとも見分けはつく。


これが俺のバ先なら追い出すとこだけど別に未成年がパチ屋に出入りすることに対してとやかく言うつもりは無いし、(なんなら俺も出入りしてたし)俺が迷惑を被る訳じゃないからいちいち店側に報告もしない。


そういや今日から学生は夏休みだし、ちょっとした好奇心か冒険心くらいのもんだろう。


どっかで覚えのある匂いの気もするけど。


思い出そうとしてる内にホールを抜けたコノエからラインが届いたのでさほど気にすることも無く店を出た。



############


PM11:56


店内はそれなりに賑わっており、ライトなオシャレを好みそうな女子中学生の集団やとっくに皿も下げてもらってるのにサービスのドリンクで粘り続ける奥様集団みたいなので溢れていて俺以外の男が見受けられなかった。


だからって特に何があるわけでもないけど。


お互いにハーフアンドハーフで違った味を楽しみつつもっと箸でパスタ食べさせてくれるお店って増えてもいいよね、なんて適当な会話をしている流れでさっきのことを話してみるとコノエが面倒くさそうな顔を浮かべて肘を置く。


「あー、未成年?別に普通に来てるでしょ。今日だって何人か見てるしね。てか夏休みじゃなくても普通に来る時あるし」


「やっぱいるよな?」


「つってもねー、なかなか難しいんだよねー。全員の年齢チェックするのなんかハナから無理だし、それこそネコの女の子なんかだとみんな細いし最近の子なんて毛並み綺麗だから顔とか体つきだけじゃパッと見年齢なんて分かんないしね。あ、そっちのちょっと貰っていい?」


「じゃそっちのちょっと貰うな。」


「やだ!」


「いやなんでだよ。」


「ウソウソ、冷しゃぶのやつ美味しいよ。…それでまぁ、ホールの人達が注意することもあるけど警察でもないし身分証出せとか言えないしさ。」


「入れたところで営業停止沙汰になる訳でもないしな。俺のとこだってたまにはお漏らしするし。」


「警察が巡回しに来た時にカメラ見せるくらいしかできないよねー。それにさぁ?ほら、」


「?」


「中にはアンタみたいに捨てられた飴玉とかハーベスト拾ってたようなど~しよ~もないかわいそうな奴だってたまにいたりするわけじゃあん?」


「あー、はいはい、かねてはお世話になりました。いつもお世話になってます、今日もごちそうさまですって。」


テーブルの下で俺の脛を軽く蹴りながらコノエが意地悪な笑みを浮かべて嫌な手つきでフォークをクルクルと回すので面倒くさそうに答えると今度は面白そうにきしし、と笑った。


「ま、玉泥棒とかしないうちはお目こぼしするくらいがせいぜいだよね、18歳未満立ち入り禁止ったって別にトイレ貸すくらいなら問題ないし。いつぞやのアンタみたいに休憩所のソファーで堂々と寝てるわけじゃないしね。」


「分かったってもう、悪かったって。てかコノエだって…」


「だーめ、それ以上は禁句。棚に上げるし一応時効だしね。……それよりさ、今日ウチ来る?」


脛を蹴っていた足が突如優しくなぞるような触れ方になり、彼女の誘うような目に惹き込まれるが生憎と今日は半ケツでころげ回る小車のインパクトが脳裏に強く刻まれていた。


「あー…いや、今日は同居人が残業でしんどいだろうから自分の部屋帰るわ。」


「そ。勦介も変わっちゃったねぇ、今のアンタの方がいいけどね。…先戻ってるからこれで払っといて。お釣りはあげる。」


「そりゃどうも…ちょっと多くない?」


「いいからとっときな。…今またカナオが泊まりに来てるからさ、会ってあげてよ。アタシはハンドメイドとかあんまりできないし。」


「分かったじゃあ、明明後日夜勤明けで行く。」


「ん。じゃね。ご馳走様~♪」


愛想良く店員に先出ますと声をかけ、「小車君によろしくね~!」と言い残し出ていったコノエを見送り、残った皿を片付けようと箸を取ると「ちょっとちょうだい」で渡した俺の梅じそささみはそのまま食べ尽くされており、まだ半分残っている冷しゃぶパスタが俺の方に残されていた。


長い付き合いだけど相変わらず優しいんだか意地が悪いんだがしゃんとしてんだかそそっかしいんだか判別がつかないな。


とはいえ冷しゃぶパスタは美味かったので満足だし臨時収入も入ったので小車にもう少し甘味を買ってやれそうだった。




#############


PM12:19


なんぼ外は暑いしタバコが吸いたくなったとはいえセブンとパチ屋は50mも離れてないってのにどうしてその50mが俺たち喫煙者には耐えられないんだろうな?


とはいえコンビニに入ってしまった事だしここはひとつ、さっきの釣り銭で6000円勝ったことにして小車にアイスとスイーツでも買って帰ろうか?


いやしかしこっからじゃ帰るまでにぬるくなりそうだしやっぱもう一度打ってさっきのお礼にドリンクのひとつでも飲んでから帰るかと思いつつセブンの喫煙所から出ようとすると、出口の真ん前を見覚えのあるダボ着いた服が通り過ぎた。


反射的に身を隠して確認すると、やはり先程パチ屋をうろついていたアイアイの少女だった。


彼女はマスクも服も身を覆い隠すように全体的にサイズがでかいが脚をさらけ出すことに抵抗は無いらしい。


先程同様、何かを常に気にしているように常に当たりを見回しながら歩いていたが、パチ屋では感じられなかったけどでも何となく分かる。


他の客に紛れてあれ。


向こうは俺には気づかなかったようで店員の方だけをチラリと一瞥して店内にいるのがレジ打ちのパートの年寄りと海外留学生だけなのを確認すると先程と似た動作で店内をぐるりと回り、時に漫画を持ったり飲料棚を開いたりしつつおそらく本命であろう菓子コーナーへと戻る。


さっきも思ったが心がけはいいけど動きが浅知恵丸出しだしやっぱ働いたこともないガキなんだろう。


ピークタイムなら店員の注意も散漫になる程度に考えてんだろうが普通、車通りが多くて逃げにくい国道沿いの店で万引きなんかやるもんじゃないし、昼にやるのも論外だ。


それに店内にいるのだけが店員の全てだと思ってるんだろうが店長が必ず出勤している時間、そしてバックヤードの存在ってのをまるで考慮していない。


見られてない時間より見られてる時間の方が多いし、なにより万引きやる奴なんてお前だけなわけが無いんだから店側ってのは万引きやる奴の動きなんてとっくに知ってるんだよ!


挙動不審に周りを見渡すと覚悟を決めたかのように彼女が余った袖から細長い中指を取り出し、すくい上げるようにガムをそのまま袖へ滑り込ませようとしたところで俺がやや乱暴に喫煙所の扉を開き、飛び出す。


…スイーツは後回しだな。


一瞬、昼メシを買いに来たリーマン連中やレジの温厚そうな老ニワトリやカタコトの若サイ、そしてバックヤードから同じタイミングで出てきた店長らしきハイエナからの注目が俺に集まったのですいませんと少しだけ頭を下げるとカゴを片手にお菓子コーナーへと向かう。


なんとか未遂で済んだ少女の隣にあえて並び、彼女にだけ聴こえるように


「バレてんぞ」


とだけ小声で伝えると怯えたような顔で一瞬俺を見たので、カゴをずいと押し出し『入れろ』という意思表示をすると彼女はおずおずと梅味のガムを入れた。


脂汗を浮かべながら顔を強ばらせた彼女に「付いてこい」とだけ伝えるとおにぎりにサンドイッチや惣菜パンをカゴへと次々放り込み、その間、アイアイ少女の顔はマスク越しでも分かるほどこの世の終わりみたいな表情へ変貌していたが、俯きながらも付いてくる。


俺の頭の中には小車から聞いた「未成年誘致」とかそんなワードが延々飛び交っていたけど、バカだから他にどうすりゃいいのかよく分かんないままレジに並んだ。


#############


PM12:29


俺が少女を引き連れ列に並んだところ、その列のレジには明らかに怪訝な表情を浮かべたハイエナの店長らしきオッサンが入ったが俺は何食わぬ顔でカゴを置き袋と揚げ鶏とパーラメントを要求し、大きめの声でお礼を告げて店を出る。


やっちまったなぁ、やっちまったか?


少女のことは一旦無視して頭をガシガシとかきながらキャメルの残りを雑にふかした。


どうしていいのか分からず立ち尽くす少女を改めて観察すると親の物だろうダボダボの服は襟がかなりヨレていて、ところどころ汚れが目立つ。


頭も一見セットしているようだけど濡れたような光沢を見る限りかなり脂ぎっていて、ヘアスプレーを大量にぶっかけて誤魔化しているんだろう。


妙な匂いの正体も多分それだな。


「お前、一人っ子?」


「…」


「変なことしねぇし別に通報とかしねぇから。」


彼女は目を伏せたまま小さく頷いた。


色々と合点がいったところで食料の詰まったレジ袋を差し出し、少女が遠慮がちに手を伸ばしかけたところで取り上げる。


「言っとくけど同情じゃねぇぞ。俺がだかんな。」


アイアイ少女は訳が分からないといった目で俺を見つめるが、まぁ当然だろう。


「それは金の払ってあるもので、俺が金を払ったメシだってことだけ覚えとけばいい…分かったらとっとと行けよ。」


慣れてない感じで一応頭を下げる彼女に


「あと玉泥棒もやめろよ」


と声をかけ、もう一本のキャメルに火をつけた。


家出してんのか、帰る家がないのか帰りたいのかは知らないし別にこんなことで助けたとは思ってもいない。


あの袋に入った飯が一時しのぎにもならないことも自分の経験則から分かっているけれどガキが1人の力でできることなんてたかが知れてるし、あっさりと帰りたくない場所へ逆戻りする現実がある以上俺が少しでも先延ばしにできたんなら俺はそうしなきゃいけなかった。


誰よりもお目こぼしを頂戴してきたからこそ、やっぱりそう思う。


世間や法律、ちゃんとした大人はこういうことを許さないけどそれ以上に目も向けないことを俺は知ってるし、かと言ってそれは非難されることかと言われれば決してそうじゃないのも分かってる。


でも俺はされた分を自己満足であってもどっかで返したいってだけで。


…袋を片手にして目的を達成してもなお、少女はその場から動かず駐輪場をチラ見しては俺の顔を見るのを交互に繰り返す。


「…何?」


「…あれも…返さなきゃですか?」


これまで移動に使ってきたのであろう少女の目線の先にあったチャリは彼女の体格と比べてやや大きいってか、いやにでかい。


つーか明らかにサイズと合ってねぇどう考えても大型肉食用の電動自転車だなこれ。


「お前が窃チャしてきたの?そこのパチ屋で?」


無言でこくりと頷き、若干誇らしげでもあった。


❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋


トキタと深夜の一コマ


『結構窃チャは得意だったっすね。石で派手にかち割るとそりゃバレますけどオレの体毛だと大型用のチャリの鍵穴に丁度よく入るんすよ。それで中坊の頃窃チャしてはバラしてリサイクルショップに売ってたんすけど髪の毛落としまくってて普通にバレて怖い先輩のだったから殺されかけたんすよね。』


『その頃から大分抜けてたんだな。FAXも0抜けしてるからまた送れてねぇぞ。』


『マジすかえへへサーセン。』


❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋❋


やや黒い油で汚れた中指。


…これか。


「…じゃあついでに返しといてやっから。本気でお前が家に帰りたくねぇんならな、とにかく金と物は盗むな。歳は?」


「……16。」


「そんじゃあとにかくなんでもいいからバイトしろ、大体の店はちゃんと言えばいちいち親に確認なんか多分取らねぇし。」


「…えと、はい。」


「泊まるとこないんならマックスバリューかドンキのトイレあたりで座って寝てろ。…頑張って金作ったらそこのネカフェに10時に来い。水曜と土曜以外の夜ならこっそり入れてやっから。」


「…分かりました。あの…」


「あ?」


「ありがとうございます…。」


「…いいからもう行けって。」


頼りない足取りでも一人で歩いていく彼女を見送り、吸い終えたキャメルをガラ入れにねじ込んで向き直る。


…余計な金を使った分、小車への土産代が減ったことだし、せいぜい騒ぎになる前にチャリも返さなきゃだし、こりゃあまたパチ屋に戻らなきゃな。


しっかし電動自転車ってこんな重たいのかよ。

ダメだコレ俺の筋肉じゃこの距離でも無理。


大人しく乗ってこう。



しかし、悪銭身につかずだのあぶく銭だのと小車が言ったけど、コノエがくれた釣り銭はたしかにあぶくのように知らねぇガキの飯代へと消えたけど小車も同じ立場ならきっとそうしたんじゃないか?


あの時、あの雨のふりしきる夜、俺を拾ってくれた時みたいに。


振りほどきたくなるほど恥ずかしいが、それでも忘れちゃいけない大事な記憶と俺を乗せて電動自転車のバッテリーアシストは軽やかに俺を運んでいく。


初めて乗ったけどすげぇな、これ。


こりゃあダメだとわかってても窃チャしたくもなるわな。


50メートルの短い距離とはいえその爽快感は日差しに当てられて吹き出した汗やもやもやした気持ちを取り去るのに足るものだった。


あとは適当に駐輪場へ置いておいて、持ち主には気の毒だけど鍵だけはまぁ、ダイヤル錠でも買ってくれってことで___。


……………。


……あー…………。


「いやだから、確かにここにね!?」


「だーいじょうぶ分かってますって。防犯登録もしてるんですよね?できれば体毛を採取させてもらえればうちの若いのが源臭を追って…」


駐輪場には強面のオオカミの男性1名。


もう1匹はPOLICEと表記されたジャケットを着たスタイルのいいゼブラの男が1人。


そして、そのオオカミよりもさらにでかい、2mは超えてるだろうややふくよかなイヌの女性警官。


「あ、先輩…源臭めっちゃ近いです。」


「あっ!それ!そいつの!」


やっぱり、関わりあいにならない方が賢かっただろうか?大人たちの目が容赦なく俺を捉えるのを感じ、どうにもならないことを俺は悟る。


多分、これも俺が背負うべき咎ってやつだろうか。


「…それ、やたら大きいけどお兄さんの自転車?」


「……あー…違うは違うっすね。」


あのアイアイの少女の顔を浮かべ、俺じゃないと言いたがる口を咄嗟につぐむ。


…やっぱ小車なら、もう少し上手にやったのかもしれないのかな。




「えー…おっ、午後13時ジャスト。逮捕ね。」

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