かぼちゃの味噌汁
鍋と菜箸が擦れ合う音。
くつくつと煮える汁物の音。
グリルの中に閉じ込められていても分かる焼き魚の煙たい匂いと混じり合う味噌汁の香り。
ほんの少しガスの臭いが混じりつつも柔らかく香ってくる出汁の匂いは実家で飲むインスタントのものとは比べるべくもない。
バァちゃんの家に泊まった日は鼻腔を刺激するそれが朝の訪れを示してくれるので電子アラーム要らずだった。
強いて言うなら等間隔で子気味よく鳴らされる包丁でネギを刻む音がトントントントント_____
……ゴガァン!
「ワッチャ! カッテェカボチャダナ! ワセナンジャネェノ!?」
描かれていたはずだった朝の風景が重く閉ざした瞼が見せる暗闇に切り替わる。
なにか重そうなものを落としたのだろうか、遠くで小車の慌てる声が聞こえた。
懐かしくも安らかな夢はどうやら食事を用意中の同居人がもたらしてくれたものだったらしい。
それをぶち壊したのもアイツなわけだけど、いつも美味い飯を作ってもらっている身としては怒るのも筋違いってもんだろう。
というか、なんで小車が帰ってきてんだ?
手探りでスマホを掴み、薄く眼を開いて時間を確認しようとするも既に嫌な予感がする。
「あ゙…あぁ~…」
スマホの液晶に表示された19:07の文字は完全に寝過ぎたこととあと少しで夜勤の時間であることを示していた。
恐らく昼間に久しく酒を飲んだせいだろう。
夜勤帰りに桐鐘さん(バ先の先輩)とスロ打って結構勝ったから気分良く飲めたっていうのもあるし。
「とりあえずシャワー…」
もぞもぞと毛布から這い出て、本だしの香る空気を深呼吸して吸い込みながら浴室へと向かう。
バァちゃんの味噌汁と比べれば若干劣るが、小車の味噌汁もまぁ美味い。
ついでに言うと小車は俺が味噌汁に七味をたっぷりかけても怒らないのでトータルで見れば互角なのだった。
##########
手櫛で雑に頭の羽根をスタイリングしながら扉を開けると、リビングはカボチャの甘い香りで満たされていた。
「おはよ。」
「おぉ、えらい寝てたじゃん。飯食えそ?それとももう夜勤出る?」
「んにゃ、食ってから行く。つーか…カボチャ多すぎじゃねぇ?」
「実家が今年初めて作った割に豊作だったみたいでさ、しばらくカボチャばっかになるけど許せよな。とりあえず今日はかぼちゃ味噌汁だから。」
「すいとん入れてる?」
「いや入れないけど…え、何?戦後のメシ?」
かぼちゃの味噌汁と焼きジャケをテーブルに並べながら小車が疑問の顔を浮かべた。
俺もご飯をよそいながら答える。
「いやさー、小中学生の頃給食でどこどこの県の郷土料理の献立!みたいなのあったじゃん。」
「そういやそんなんあったな。」
「あれでカボチャのすいとん汁が出てきたんだけどさぁ、芯が残ってるっつうの?中心に粉の塊みたいなのが残っててさぁ。」
「まぁただの小麦粉の練り物だし給食クオリティならそんなこともあるだろな。」
「だから牛乳で流したんだけどそしたら口の中が完全にミルクパンの香りになってさ。分かる?あの駄菓子の…」
「ちっこい袋にちっちゃいのがいっぱい入ってる安いやつな。」
「せっかく俺は一汁三菜で日本の郷土料理食ってたのに黒船がパン抱えていきなりやって来たもんだから全く美味しくなくなったって話よ。」
「勦介って意外と様式美とかそういうのこだわるよな。カレーにはコーヒー、ピザにはコーラって」
小車が七味の瓶を投げて寄越そうとするけど今日は遠慮しておいた。
かぼちゃの味噌汁に七味はさすがに余計だろう。
「まぁ俺が入れるのはせいぜい里芋くらいだから安心しろって。」
「助かるわ、いただきます。」
「天ぷら煮付けにそぼろ、あとなんかあるか?」
「…冷製ポタージュとか?」
「手間と材料費かかる割に食いでがなァ…あとうちにそんな上品なスープが似合う深皿は無い」
「小車も結構様式気にしてんじゃん。」
「ははは、かもな。」
##########
「そういや今日は昼間っからビール飲んだんだな、珍しい。家だと普段飲まねぇのに。」
「あー、夜勤明けで桐鐘パイセンとスロ打ちに行ってさ。6万くらい勝って気分良かったし帰ってきたら珍しくウインナー焼いてくれてたじゃんか。ウインナーにはやっぱビールだろってな。」
「いつもなら帰ってきた時には起きてんのに部屋覗くと気持ちよさそうに寝てたもんだからよっぽど堪能したらしいな。」
「てかなんで今日ウインナー買ってたん?」
「給料日くらいお前に目玉焼き丼だけじゃなくて美味しいもの食べてほしいなって俺のささやかな願いだよ。」
基本的に俺たちは家賃や食費を含めた生活費を折半して出し合い、それ以外は自分の小遣いということにしている。
俺がヘラヘラ6万勝った裏で小車はどうやら折半の食費から俺のために捻出してウインナーを買ってくれたらしい。
「…小車」
「ん?」
「スロで勝った金で焼肉行くよりもお前のソーセージで飲んだビールの方が満足度高かったよ。」
「いいよそんな気ぃ使わなくて、俺のも焼肉屋のも焼いただけだよ。」
「今度勝ったら小車に焼肉奢るから。」
「別にいいって。交際費もホテル代もバカになんないだろ?…ま、今度買い物行く時に『香熏』じゃなくて『シャウエッセン』買えるくらいの金を出してくれりゃあそれでいいよ。」
「チョリソーの方でもいい?」
「おう買え買えぇ。ついでにキリンビールからアサヒかエビスにもグレードアップさせてくれぇ。」
「ハハハ、ごちそうさん。そんじゃ夜シフト行ってくるわ。」
「気をつけてな。明日は多分カボチャそぼろ。」
「楽しみにしとくわ。…面倒ついでにカボチャ何個か貰っていいかな?旬のものだし。」
「そりゃ減るならいいけど…お裾分けで職場にでも持ってくんか?」
「いや」
「…?」
「一人暮らしのバァちゃんに、友達からって。」
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