第15話:推しを追い推すがファンなのに③

 突然の質問に私は驚いた。まさかな質問である。それも本人を横にして聞くとは、とんでもない精神力だ。麗奈の苛立つ顔が見えていないのか。


「ち、違うよ!まさか!純粋なファンとしての愛だよ!ビッグラブ麗奈ちゃんだよ!」


「ほんとにー?」


「ほんとに!」


「…まぁ確かに、のどかちゃんはそうだよね。ファンとして、純粋に、麗奈ちゃんの幸せ願ってるって感じだもん。麗奈ちゃんに対して恋愛感情なんて、一切ないもんね」


 そうそうと勢いよく頷く。


「そもそも、女の子が女の子を好きになること事態、可笑しいことだよね?」


 女の子同士、と言われて、私は恋愛が女性同士というのが思い浮かばなかった。私が知っている愛し合う二人というのは、私の両親で、麗奈の両親。その性別は、男と女だ。恋愛の話をするときの対象も基本男性で、女性の話をしたことはない。

 同じ性別の人を好きになる人がいることを、その時の私は知らなかった。


「そう、だね?」


 そのタイミングで、麗奈が立ち上がった。「麗奈ちゃん?」と名前を呼んでも何も言わず、教室を出てどこかへ行ってしまう。追いかけようとした私を彼女は留めた。


「さっきの話が気まずかったんだと思う。私謝ってくるから、のどかちゃんはここにいて」


 確かに私が行っても気まずいかなと教室に残ることにした。

 それから彼女と麗奈の距離はなんだか近くなった気がする。ふとした瞬間に肩が触れてたり、顔の距離が前よりも近い程度だ。一緒にいる私を省くことはなかったし、私は麗奈と彼女が仲良くなれるなら逆に嬉しいことだと何も言わなかった。


 そんなある日、私の靴箱に手紙が入っていた。見てみると「放課後、校舎裏に来てください」と書かれた、所謂呼び出し文である。告白される前によくある手紙だが、私に限ってそれはまずない。大抵こういうものは、呼び出されたら閉じ込めコース一直線である。無視はしたくないと思うが、閉じ込められるのも困る。ついこの間も閉じ込められたばかりなので、せめてあと一か月くらい期間を空けてからにしてくれないだろうか。手紙に気づいた麗奈が横から抜き取り、麗奈のラブレターと一緒にゴミ箱へ捨ててしまった。

 するとその日の昼休み、私たちのクラスに一人の男子生徒がやって来て私の名前を呼んだ。靴を見れば一つ上だと分かる。部活に入っていない私に、顔も知らない先輩が一体何の用だろうか。


「なんですか?」


 たずねればなぜか狼狽えられた。どうしたのだろうか。話を聞けば、私の靴箱に手紙を入れた本人だという。あの閉じ込め予備軍かと思いながら「そうなんですか」と言えば、また狼狽えられた。最後には言い捨てるように「とにかく!放課後校舎裏に来い!」と言って帰って行った。

 なんだったんだと席に戻れば、ワクワク顔の彼女と少し苛立った麗奈。


「あの先輩、イケメンで有名な人じゃん!告白だね、のどかちゃん!」


 イケメン、というのが分からなかったが、私は軽く笑うだけに留める。行くの?と目で聞いてくる麗奈に、「直接お呼ばれしちゃったから、話だけでも聞いてくるよ」と答えるとプイッと顔を背けられた。そんな冷たいところも最高です。


 さて放課後。重い足を動かして校舎裏へ向かう。他のクラスメイトも聞きたそうな顔をしていたから、明日はきっと質問攻めだ。麗奈へ公開告白をする猛者といい、一学年上の先輩方は行動力が随分とあるようだ。到着した時、その場には先輩だけだった。おや、と私は思う。単独閉じ込めとは珍しい。私が暴れることを見越して、最低でも五人はいるものだが。それだけ彼は腕力に自信があるのだろうか。ご自慢の腕力をちょっと見てみたい気もするが、夕方に閉じ込められると夜は少し冷える。

 私に気づいた先輩がほっと息を吐く。来てもらえないと困るものだ。閉じ込められたらこちらが困るが。


「閉じ込めるならお昼にしてもらってもいいですか?」


 私の発言に、先輩は理解できないと首を傾げる。もしかして閉じ込めじゃないのかな、と思った時、後ろから私の名前を誰かが呼んだ。顔を見なくても分かる。


「麗奈ちゃん!」


 少し走ったのか呼吸を乱した彼女は、自分の分と私の分の鞄をまとめて押し付けて短く「帰るよ」と言い放つ。まだ話は済んでいないのだが、麗奈は「良いから!」と強引に手を引っ張った。


 その翌日から、麗奈の彼女に対する態度は他の子たちと同じになった。


「ど、どうしたの?何かあったの?」


 何を聞いても麗奈は「別に」としか言わなくて、麗奈がそういうなら私は受け入れるしかない。私の一番は麗奈であることに変わりはないのだ。だから彼女の怒りは最もだと思った。麗奈が取り巻きに囲まれて私が近づけない時に手を掴まれて、人が少ない場所に連れていかれた。彼女は今まで見たことが無いくらい怒っていた。

 今まで友人だと思っていた人間が、急に掌をひっくり返して自分のことを空気のように扱うのは、当然傷つくし腹が立つことだ。完全に無視をしたわけではないが、それでも麗奈を優先した私にも非はある。だから私は彼女に頭を下げた。それがどうやら火に油を注いだらしい。


「そういうところが、腹立つのよ…!無垢です無害です見たいな顔して、ちゃっかり麗奈ちゃんの隣に居座ってさ!他の人間とは違う自分特別とか思ってるんでしょ?冷たくされた人間に変わらず接する私優しいとか思ってるんでしょ?全部うぬぼれだから!」


「そんなこと思ってないよ!」


「思ってるよ!天然ぶって鈍感ぶって、気持ちには気づいてませんとかふざけんなよ…!」


 顔を上げた彼女は、泣きながら笑っていた。


「教えてあげるよ!麗奈ちゃんはね、のどかちゃんのことが好きなんだよ!恋人になりたくて、手を繋ぎたくて、キスしたいって思ってるんだよ!知ってた?知らなかった?」


 当然知らなかったし、言われても信じられない。私と麗奈では天と地、月とスッポンほどに差があるからだ。


「せっかく時間かけて仲を深めても、結局私は麗奈ちゃんの特別にはなれない。いつだってのどか、のどか、のどか、のどか!私と仲良くしてたのだって、のどかちゃんが麗奈ちゃんに友達少ないの気にしてるからって、馬鹿にするなよ!」


 理解できない話に戸惑う私を彼女は睨み付ける。


「女の子が女の子を好きなるのが可笑しいって、女の子同士の恋愛を否定したのどかちゃんが、どうして麗奈ちゃんに好きって言ってもらえるの?私の方が麗奈ちゃんのこと、好きなのに!側にいたいのに!」


 私はこの時始めて、女の子が女の子を好きになることがあることを知った。もし麗奈が私のことを本当に好きなのだとしたら、私は麗奈も、目の前の彼女のことも、否定したことになる。


「麗奈ちゃん、傷ついてたよ。のどかちゃんが否定してて、傷ついてた。でも好きだって…。そんなの可笑しいよ。それでも側にいたいとか、可笑しいよ。っ、麗奈ちゃんの気持ちを否定したのどかちゃんに、麗奈ちゃんのことを好きって言う資格なんかないよ!」


 知らなかったとはいえ、私は大事な人たちを無意識に傷つけていたことに呆然とする。


「私の方が好きなのに…。私の方が、先に好きって言ったのに…。あんたが特別扱いされてるのは、幼馴染だからしょうがなくだから…!もし私が小学校から一緒だったら、私が、私が、麗奈ちゃんの特別に、」


「無理に決まってんじゃん」


 麗奈の登場にその子は言葉を噤む。私も何を言えば良いのか分からなかった。


「昨日も言ったけど、のどかじゃなきゃダメなの。アンタじゃ無理」


「っ…!」


 腕に触れた麗奈の手を私は反射で払った。知らなかったとはいえ、私は麗奈の感情を否定した。麗奈の大事な”好き”という気持ちを否定した。そんな私が、麗奈に優しくしてもらう権利なんてない。でも傷ついた麗奈の表情を見て、私はまたやってしまったと思った。また麗奈を、傷つけてしまった。

 少し目尻を釣り上げた麗奈に、強引に腕を引っ張られて教室へ戻る。彼女は翌日、転校した。麗奈が一体どこから聞いていたのか分からないけど、それ以降も麗奈の態度は変わらなかった。だから私も、変わらずに過ごした。今までのまま、ファンと推しのまま。その後彼女がどうなったかは分からないけど、私は今でも彼女の叫びを思い出す。


 ———麗奈ちゃんの気持ちを否定したのどかちゃんに、麗奈ちゃんのことを好きって言う資格なんかないよ!


 大声を出した私に麗奈は何も言わない。腕の力が、少し緩んだ。


「…私の感情だけ押し付けても、駄目だよね。のどかの気持ち、大事にできてなかった」


 ごめんと続く言葉に私は慌てて顔を上げる。そうではない、謝罪をして欲しいわけではない。しかし私の言葉は麗奈の気持ちを受け入れないと突っぱねているのと同じだ。性格に難があっても優しい麗奈なら、告白を断る相手に当然配慮をすることは分かっていたのに、私はそれさえも気づかず、自分の都合ばかり考えている。


 麗奈の”好き”は受け取れないくせに、麗奈に謝罪もして欲しくないとか、我儘すぎるだろ。どうせなら激しく怒って欲しかった。意味が分からないと、責め立てて欲しかった。それさえも私の気持ちを軽くするための身勝手な願望だ。もうどうしたら良いのか、分からない。


「は?」


 突然麗奈が漏らした声に、私はなんだと顔を上げる。後ろに人でもいたのかなと見るが、そこには誰もいない。顔を前に戻せば、麗奈の目はしっかり私を見ていた。


「ちょっと待って。なんで私がアンタに配慮しなきゃいけないわけ?」


「ん?」


「今までどんなにアプローチしてもスルーされるわ無視されるわ逆に無意識にやり返されるわ、散々な目に合って来たのに、こうやってド真面目に真っ向から馬鹿正直に告白して、更にアンタとのイチャイチャ生活引き延ばされるわけ?」


「れ、麗奈…?」


 緩んだと思った腕の力がまた強くなる。痛い。しかし痛いと言える目ではなかった。栄養ドリンクを一本一気飲みした時のような、ガンギマリした目がそこにあった。そんな推しもカッコイイ。


「無理でしょ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る