第4話 きみと過ごす時間が
自分のことをかみさま、と言った少女と出会ってから、数年が経った。
ぼくは中学へ進学して、それからも変わらず、かみさまのいる古ぼけた神社を訪れている。
今日も、自転車を走らせて、古ぼけた神社へと向かう。学校指定の鞄の中には、調理室を借りて作った、かみさまへ渡すためのお菓子が入っている。家でお菓子を作れば、父さんに何かと小言を言われるのは目に見えているので、中学生になってからは、学校の調理室を借りてお菓子を作るようになっていた。だから、毎回、神社へ向かうのが、だいぶん遅い時間になってしまうのだが。
夜に向かって、少しずつ薄暗くなっていく町を、ひたすら自転車を漕いで走る。体力がないぼくには中々の重労働であるが、これからかみさまに会えるのだと思うと、ペダルを漕ぐ足は、不思議と軽かった。
そうして、ようやく神社へと辿り着く。初めて来た時と変わらず、どころか、少し鬱蒼度合いが上がってきている古ぼけた神社。
そこに、少女は今日もいた。
「あら、今日は来てくれたのね」
かみさまは、本殿の前のお賽銭箱に座って、ぼくの姿を見るなり、にこりと嬉しそうに微笑んで、ぼくを迎えてくれた。
「うん。あ、今日のお菓子だよ。カップケーキを焼いてみたんだ」
そう言って、ぼくはかみさまに、綺麗にラッピングしたお菓子を渡した。途端にかみさまは、ぱあ、と更に嬉しそうな笑顔を浮かべて、カップケーキを受け取ってくれる。
「ありがとう!あ、これ、わたしが前に、好きって言った……」
「うん。オレンジが入ったやつ、特に美味しそうに食べてくれてたの、思い出してさ」
「覚えててくれたのね。とっても嬉しいわ!」
かみさまはそう言いながら、べりべりと豪快にラッピングを解くと、早速ぱくりとカップケーキを口に入れた。もぐもぐ、と小さな口を動かして食べている様は、とても可愛らしい。かみさまは基本、何かを食べている間は何も喋らないので、必然的に無言の時間となるのだが、かみさまが自分の作ったお菓子を食べているのを眺めているだけでも、充分に満たされるのだ。
「ごちそうさまでした。やっぱり、あなたの作るお菓子は美味しいわ!」
「はい、お粗末さまでした」
にこにこと笑いながら、かみさまは、ぼくにラッピングの残骸などを手渡してくる。流石にゴミをこんなところに捨てては帰れないので、ゴミの回収はぼくの仕事だ。かみさまから受け取った残骸を適当に包んで鞄に突っ込んでから、ぼくはかみさまの方へと向き直った。
「今は、中学生になったのよね」
「うん、そうだよ」
「……楽しい?」
そう聞かれて、ぼくはううん、と唸った。そこそこ仲のいい友達はできたし、勉強も、それなりに楽しい。それに、お菓子を作る場所を確保できるのも、有り難い。充実していると言われれば、そうなのだろう。
でも。
「うーん、まあまあ、かな。だって学校には、きみがいないから」
ここでかみさまにお菓子を食べてもらって、食べているさまを眺めて、そして、こうやってかみさまと話しているこの時間の方が、よほど、楽しい。
だから学校でいる時間は、充実しているようで、どこか虚しかった。
そう言えば、かみさまはなぜだか顔を赤らめて、ふい、とそっぽを向いてしまう。
「あなた、けっこう人たらしみたいなこと言うわね……」
「え?なんか言った?」
「なんでもないわ」
そう言って、かみさまは、座っていたお賽銭箱の上から、ぴょんと飛び降りた。さっきまで同じ位置にあった視線が、ぐっと低くなる。ぼくがかみさまを見下ろすような形で視線を合わせると、かみさまは途端に優しい笑顔を浮かべて、言った。
「出会った頃より、ずいぶん大きくなったわね」
「あ……そうだね。出会った頃は、ぼく、かみさまと同じくらいの身長だったもんね」
「ええ」
そう言われて、改めてかみさまの姿を見た。綺麗な銀髪も、薄青の瞳も。かみさまという少女を構成する全てのものは、出会った頃から何一つ、変わっていない。
やはり、かみさまはかみさまなのだ。
ぼくとは違う、生き物なのだ、と。ぼくは唐突に、実感した。
「ねえ、かみさま」
「何かしら」
「かみさまはずっと、ぼくと友達でいてくれるよね?」
ぼくは思わず、そんなことを聞いた。
なんだか、怖くなったのだ。
いつの日か、かみさまと一緒にいられなくなる日が来るんじゃないかと思って。
ぼくは、かみさまの小さな手を、そっと握った。その手は、記憶に残っているものよりもはるかに小さくて脆いような気がして、ぼくはますます、怖くなってしまう。
ぼくはこの小さな手を、離したくないのだ。
「……当たり前じゃない」
そんなぼくに、かみさまはそう言った。
「あなたが望むかぎり、わたしはあなたの、友達でいるわ」
その言葉に、ぼくは安堵から、泣きそうになってしまった。ぼくが望めば、かみさまはずっと、友達でいてくれる。
きっと、ずっと、ぼくの隣にいてくれる。
かみさまがそう言ってくれたのが、何よりも嬉しかった。
不意に、かみさまがぼくを抱き寄せた。甘い、だけど香水のような人工的ではない良い香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。これがかみさまの香りなのかと思うと、何故だか、ぶわりと体温が上昇した。
緊張で体を強張らせるぼくの耳元に口を寄せて、かみさまは囁いた。
「だから、あなたも、わたしのことを忘れないでね」
その言葉の真意は、今のぼくには分からなかった。だけど他でもない、かみさまからのお願いだから。そう思って、ぼくはこくりと頷く。
「ありがとう」
かみさまはそう言って、ぼくから体を離した。その表情は、なんだか満足そうで、それでいて、なんだか悲しそうにも見えた。
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