第42話 妹(弟)は様子がおかしい
第42話 妹(弟)は様子がおかしい
1
「体育祭って……ゴミですよね」
さて……ここで問題です。今のセリフはいったい誰が言っているでしょうか?
答えは簡単……そう、
放課後の図書館。いつもの定位置である、窓際空調機で本は読まず、上の空でいる夏川がふと呟いた。
「えっと……まぁ嫌ではあるがゴミではないだろ……体育祭だっていい所くらい」
「なんですか?体育祭のいい所はなんですか?」
「…………」
「やっぱりゴミですね……体育祭って」
やっべ、今の言えなかったから夏川がさらに黒くなった。今にもズーンという効果音が出そうなほど落ち込んでいる。
そんなに体育祭苦手なのか……気持ちはわかるけど……
俺達の学校は二学期が始まるとすぐに体育祭がある。
俺達インドア人間には最悪の行事だが、別に俺は嫌いという訳ではない。
さっさと終わる種目に出てあとはバレないようにこっそり抜け出し本を読める……これ以上学校で本が読める時間はないだろう。だから俺は普通に体育祭はやり過ごすつもりだ。(全然、普通じゃないよね……by
夏川はスカートのポケットから綺麗に折った体育祭の参加種目リストの紙を取り出し俺にみせた。
「僕、種目二人三脚ですよ……こういうのが一番苦手なんですよ〜」
「あぁ……協力系はある程度信頼関係ないと無理だからな。俺は個人競技だからそういうのはなくてラッキーだ」
「ちなみに日高君、何に出るのですか?」
「借り物競争。玉入れとかもあったけど人が多くて取られた」
「陰キャあるある……希望がなかなかできないですね」
「まぁでもまだマシな方だ。適当にやり過ごすよ」
他にもリレーや短距離走などもあったが、あればそもそも運動部の独壇場といった感じなので、真っ先に候補から外した。
二人三脚も考えたが、組む相手がいなかった。
一応、綾乃さんや結花はいるが、それでも二人三脚の相手になるには少し無理があった。
なので二人三脚も候補から外れて残ったのが、玉入れや借り物競争といった文化部の事を考えた競技となった。
「徹底的に運動する気がないですね……僕もですけど」
「餅は餅屋って言うだろ。俺はそんなに運動神経よくないし」
「……ちなみに体力テストの総合何位でしたか?」
「28位」
「……一年生って男子確か百人近くでしたよね」
まぁ昔からよく動いていたからな……今でもたまに運動しているので体力とかは自信がある。だけど強制されてする運動が嫌いなのだ。個人で自由にするのが楽しいのにな
「日高君……味方だと思っていましたが敵でしたね。これはガッカリです」
「というか、いつの間に敵味方の話になったんだ?体育祭がゴミって話だろ」
話が脱線しているので、戻そう。
「あ〜やりたくないです〜」
夏川は空調機の上にゴロンと仰向けになり、大の字で言った。
「気持ちはわかるが、これもいい思い出だ。ちゃんとやれ」
「ぶ〜」
唇を尖らせ、ずっとぶーぶー言っている夏川に呆れていると、ポケットに入っているスマホが震えた。
『今日お義父さんとお母さん帰り遅いから、晩御飯の材料買ってきてほしい』
綾乃さんからのメッセージだ。買ってきてほしいということはもう家なのだろう
『いいよ。じゃあ帰りにスーパー寄ってく』
『お願いね』
俺はスマホをしまい、カバンを持って図書館を出た。
「悪い、用事ができたから帰るな」
「はーいお疲れ様でーす」
そのまま夏川と離れ近くのスーパーに向かった。この時の俺はまだ知らなかった。
この先に来る地獄を―――
2
「ただいま」
材料を買って帰宅すると、髪を結び、エプロンをした綾乃さんがひょこっと現れた。
ん?エプロン?
「おかえり……」
綾乃さんはそう言うと、俺の買ってきた買い物袋を持ち台所へ……って、ちょちょちょ!!
「え、待って!!綾乃さん」
「ん?なに?」
ふっと小首を傾げた綾乃さんが俺をじっと見た。
そんな綾乃さんに俺は恐る恐る尋ねる。
「もしかして……綾乃さんが作るの?」
「えぇ、凛久君が買い物行ってきてくれたから今日は私が作ろうかなって」
やっべ……これは大問題だ。綾乃さんの料理レベルは前回のおかゆ(第40話参照)でわかる。
綾乃さんの料理は壊滅敵だ。何としても止めなくては!!
「いやいや、いいよ。俺が作るよ。なに作るかもわかってないだろうし―――」
「いえ……材料見たらわかるわよ。カレーでしょ?」
綾乃さんは買い物袋を見て、理解しているような顔をした。
そうだ……俺カレー作ろうとしてたんだ。すぐに出来て安いものといったらカレーとかになるかなって思ってカレーの具材一式買ったんだ。そりゃ見たらわかるか……
「あっ……えっと、綾乃さん疲れていると思うし、ここは俺に――」
「私、凛久君にメールした時にはもう家にいたわよ。疲れてないわ」
あーやっべこれどうしようか……
悩んでいる姿を見て綾乃さんは不安そうに言った。
「私が料理するの……不安?」
逆に不安じゃない要素がありますか?
うーんこの状態の綾乃さんには何言っても無駄だしな……
俺は軽くため息をつき
「わかった……じゃあ一緒に作ろう。一人でやるよりは早いでしょ」
俺がそう言うと、綾乃さんは少し俯いて
「……えぇ、じゃあそうしましょうか」
そのまま綾乃さんは台所へ向かった。
だが、俺はなにか違和感があった。
(なんだ……今の綾乃さんの顔。)
なにか悩みがありそうな顔だったが、気のせいか。
俺はそのまま台所へ向かった。
「それじゃ作ってくか」
「まず……野菜を洗うわよね」
「そうだね……合ってるけど、まずはその手に持っているスポンジを離そうか」
いきなり問題発生。というか綾乃さんに任せなくて正解だった。危うくカレーが食べられなくなるところだった。
俺は綾乃さんの手からスポンジを離し、目の前で実演しながら教えようと思った。
野菜を洗い、見本として人参とじゃがいもを一口大に切った。
「人参とじゃがいもはこれくらいに切る。これをお願いしてもいいかな?」
「任せて……」
玉ねぎや肉は綾乃さんが流血事件を起こしそうなので俺が切る事にした。
しばらく野菜や肉を切る音のみが聞こえる。
作業をしていると、やけに視線を感じる。
なにかわからないことがあったのか?
「……ねぇ凛久君」
「ん?なに?」
「……体育祭、何出るの?」
「借り物競争……綾乃さんは?」
「私はリレーよ。アンカーに選ばれたの」
「……綾乃さんってそんなに足早かったっけ?」
「まぁ……女子の中では」
「そっか……」
あれ……なんか会話がいつもより続かない。その後もしばらく無言の時間が続いた。
こんなにも綾乃さんと会話できない日は、初めてだ。
隣にいるのに、なんだか俺から離れているような感じがして少し寂しさというか……落ち着きなさがあった。
そのままカレーを作り、食べている時も無言の時間が続く。何この地獄……
俺はさすがにこの状況に耐えられなくなった。
「なぁ……なにかあったのか?さっきからずっと……」
「ごめんなさい……ちょっと落ち込んでいるだけ。明日からは元に戻るわ……」
「えっ、あ、そう……」
なんだろう……ちょっとじゃない気がすんだよな。落ち込むって……辛いことでもあったのか?朝は問題ないように見えたし、学校であったのは間違いないよな……ダメだわからん。
「それって……俺にも言えないことか?」
「……」
俺がそう言うと、綾乃さんは一度手を止め、俯いたままポツリと言った。
「凛久君だから……言えないのよ」
「えっ」
「ごちそうさま」
その言葉を残し、綾乃さんは食器を水に流して部屋を出ていった。
部屋に残された俺は呆然とカレーを見つめる。
(ありがとうって言う前に……綾乃さんの悩みを解決しなきゃな……)
お礼を言うだけなのに……なぜかその道は難しくなっていく
俺はカレーを見つめながら、そう決意した。
そしてそのまま……俺達の体育祭が始まっていく。
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