Episode13:決戦
そこには、複雑な機械に繋がれた巨大な脳みそがあった。まるで、土星の周りを回る小惑星みたいな大きさの脳みそだった。ゴツゴツしていて、丸い。そして、とにかく大きい。それは心臓みたくドクンドクンと脈打っていた。鮮やかなピンク色の、本来ならば頭蓋骨によって覆われているはずの細胞の塊。なぜかそれは生々しいというよりは、神聖な空想上の存在のように感じられた。
「これは、何...?」
ヒカリちゃんがポツリと呟く。
やがて、その脳みそがぼよんと揺れ動き、血管がぶくぶくと音を立て始める。それと同時にリクが脳みそを指差して、言った。
「我は、上皇と呼ばれしもの。
まさしく、これこそが、我の本体だ。
我はあの世に存在するすべての魂の頂点に立つ上位概念なり。」
僕は刀を抜き、リクの体を操るそいつに向かって叫ぶ。
「お前だな!ずっとリクの魂を支配しているのは。どうりで、リクの魂が動きを見せないわけだ。この脳みそやろう!早くリクを返せ!」
すると、上皇と呼ばれる存在は声をあげて笑い始める。
まるで、黒板をギーギーと爪で掻くような笑い声だった。そんな音がリクの体の中から出るとは、僕には思いもよらなかった。
ミアが脳みそに向けて銃を構えながら聞き返す。
「キミ、今自分のことを『概念』って言ったよね。それに、私のことを『娘』だと言った。それはどういうこと?説明しないと今すぐレーザーでその剥き出しの脳みそを撃ち抜いてやるわ。」
上皇は頷く。
「さよう、我はこの『楽園』の民には知覚されていない、まさに概念の粋を出ない存在なのだ。しかし、奴らの魂にはすでに我の存在を象徴する根拠が刻まれている。全ては、我の精神の枠組みの中で計画された物語だったのだ。先代皇帝を毒によって殺し、二代目皇帝を銃で暗殺する。そのシナリオを考えたのは我だ。最終的には、我の創造力で操作した貴族•貧民たちが実行したわけだが。我はかつて、自らの創造力で、自分と契約したものを操ることができた。今は、イデア技術があるのでその必要もなくなったがな。全く、貴族どもは我が金をやると言ったら、安安と自らの魂を差し出しおったわ。イデア技術を見つけ出し、二代目皇帝の墓として『楽園』を作り出す。そのシナリオを考えたのも我だ。イデア技術を駆使して、『楽園』に住まわんとする者たちに我の一部を組み込んだ。奴らは自ずから我の支配下に置かれることを選択したのだ。お前らがあの雑貨屋で女と話している時にも、我には全てが筒抜けだったぞ。何しろ、すべての民と我の視点はつながっているのだからな。」
ヒカリちゃんが弓矢を引き絞って尋ねる。
「嘘に決まってるわ。なんで、あんたにそんなことができるっていうの?」
上皇はおどけたように手を前に出して、怯える仕草をする。その顔は、相変わらず不自然に口角が上がっていた。
「まあまあ、待ってくれ。
ここからが本題だ。
まず、イデア技術について話してやろう。
イデア技術、それは長らく伝説とされてきた。
魂には、それぞれ固有の「不可侵領域」がある。これは、他者によって容易に侵されることのない部分であり、個の本質や自我を保護する役割を果たしている。この領域が存在することで、魂は独立した存在としての自己を維持しているのだ。しかし、他者との深い結びつきを求めるとき、この不可侵領域が障壁となり、二つの魂が完全に融合することが困難になる。この状況を、魂の「矛盾」として捉える。
イデア技術とは、絶対に共有できないはずの、この不可侵領域を強引に開くプロセスである。
魂の不可侵領域が互いに開かれた状態で、二つの魂は徐々に混ざり合うことができる。この融合プロセスでは、それぞれの魂の持つ特性や記憶、感情が統合され、より高次の新たな「統一された魂」が形成される。この統一体は、元の魂の要素を保存しつつも、それぞれの魂が持っていた矛盾を解消し、より豊かで深い存在としての自己を持つようになる。
それこそが、【アウフヘーベン】と呼ばれる反応だ。前世に罪を持たない、究極に純粋な魂同士の衝突。そこには、一つの閉じた空想世界が生まれる。他者との繋がりを保たないと、この世にもあの世にも存在することができなかった魂を、完全に独立させる、まさに覚醒だ。まるで、我らすべての根源である、ビックバンが宇宙を生み出したように。突然変異によって生まれた、覚醒した空想世界の中では、自己的な認識の改造により、時間を無限に微分することが可能になる。つまり、永遠の時間が手に入るわけだ。我は何としてでも前世に『罪』を持たない純粋な魂を手に入れたかった。そして、我は貴族たちを操作して、気の遠くなるような長い時間、イデア技術の研究を進めさせることで、最終的にゼロから新たな魂を創生することに成功した。創造力の層を性質ごとに分け、二重螺旋構造に織り込むことによってな。それによって生まれた幽霊がお前なのだ、ミア。お前は、我によって創り出された、ただ一人の前世に生を持たない幽霊なのだ。お前の持つ思い出も、感情も、全て我によってプログラムされた魂の動きに過ぎない。」
ミアは叫ぶ。
「違う!私は確かにかつて現世に生を受けていた。『彼』が私に話してくれた、不思議な国についての話は、決して嘘なんかじゃない!」
上皇は意地悪く目を細める。
「じゃあ、お前は気が付かなかったか?
その話に出てくる世界が、幽玄帝国そっくりであることに。」
それを聞いた瞬間、ミアは言葉を失う。
僕はミアを応援しようと叫ぶ。
「でも、そんなお前にも《メタファー》たちを撲滅することはできなかったようだな!
だから、下界を捨てて、こんなハリボテの天空の城に逃げた。ここにいるミアは、《メタファー》を殺すことができる。もちろん、僕もこの刀があればお前を安安と斬り裂ける!ミアは、お前の娘なんかじゃない。たとえ、彼女がこの世に生を持たなかったとしても、彼女は豊かな感情と芯の通った意志を持つ、一人の尊い存在だ!お前みたいな臆病者とは訳が違う。」
そして、僕は巨大な脳みそにむけて刀を投げ込む。やった!ど真ん中に刺さった!しかし、それはそのまま脳みそを貫通し、反対側まで透き通ってしまった。まるで、プロジェクターで映し出された映像に石を投げ込んでも、ただ通り抜けてしまうように。
すると、上皇は腹を抱いて「くっくっく。」と笑う。
「逆だよ...。」
「何...!?」
彼は話し始める。
「我は、太古の記憶を辿って(まあ、我からすれば何億年前だろうとつい昨日のことのように思えるのだが)、恐竜たちをモデルにした《メタファー》を創り出した。恐竜たちは、我の存在を裏付ける大いなる比喩になっていた訳だが、お前らは気が付かなかったようだな。我こそが全ての創造の頂点に君臨するものであり、《地球の記憶》そのものなのだ。我はすべての生命を生み出した地球だ。つまり、それは究極の創造力を保有しているということだ。我は今まで何度も隕石の衝突や発展した科学文明にその命を奪われてきた。恐竜たちも、派手な文明を成長させる代償として、海や山、我の体の至る所に、環境を壊す毒を流した。我は自分の生み出した命に、欺かれてきたのだ。そして、人間たちも今、同じことをしようとしている。我はもう、殺されたくない。だから永遠を求める。我は、そんな地球の亡霊。言わば、想像力の塊なんだよ。さっきも言ったように、魂は創造力によって形作られ、創造力は魂があるからこそ機能する。その二つは紙一重なんだよ。つまり、我は殻を持たない、魂だけの存在なんだ。我の尊敬する太陽殿下が光エネルギーの塊であるのと同じように、我は創造エネルギーの塊なんだよ。そんな我に、創造力の込められていない、ちゃちな武器が通じると思うか?」
上皇はパチンと指を鳴らす。
「今、外にいた兵士たちはイデアの再生によって復活した。この『楽園』から生まれた全てのイデアは、我の魂に結びついている。あの兵士たちは、我の操る貴族たちと契約を交わして、イデア技術の対象になり、我の一部を組み込んだ。全ては、我の支配下にあるのだ。ミア、お前自身もな。」
そして、ミアは苦しそうに頭を抱え、地面に倒れ込む。
「ぐぐぐ、ぐぐっ!」
「ミアっ..!」
上皇は、愉快に笑う。
「はははっ!貴様の魂などワシが汚してやるわ!」
後で分かったことだが、この時のミアの魂には、あの世とこの世、二つの世界に存在する、ありとあらゆる、残虐・グロテスクな情報が詰め込まれていたらしい。そこには、倫理や常識など存在する隙もない。どこまでも磨き込まれた欲望と狂気の塊。それは口に出すのが恐ろしいほど、ミアの魂を蝕んだ。彼女の魂はもう限界を迎え、上皇に支配されるところだった。
僕は走って反対側に落ちた刀を拾い、その身に創造力をこめる。
僕は脳みそを睨み、上皇の弱点を探ろうとする。しかし、その巨大な物体は、体全部がまばゆく光り輝いていた。その光には、熱すら感じることができた。まるで、灼熱の太陽を目の前にしているみたいだ。こいつは、本当に全てが魂でできているのか?殻など存在せず、魂だけが剥き出しの状態。それは、あらゆる障壁を無視した、究極の精神状態、圧倒的な想像力の塊。僕の刀は、そのエネルギーを抑え込むことができず、魂を感知するシステムが破壊された。刃は緑色の輝きを失い、僕の創造力は僕自身の魂に逆流した。僕は、流れくる創造エネルギーの波に咽せ、咳を止めることができなかった。
リクの体を乗っ取った《地球の記憶》は叫ぶ。
「我は今、
【アウフヘーベン】を実行する!
この女の魂を手に入れ、我そのものとぶつけ合うことで、我は永遠の空想世界を手にし、さらに高次的な存在へと止揚するのだ!」
ヒカリちゃんが矢を放つ。
しかし、それは虚しく脳みそをすり抜ける。
「この野郎!」
ミアが苦しみながら言う。
「ヒカリ、お願い。こいつとは、私に決着をつけさせて。」
「でも...!」
ミアは残された力で精一杯立ち上がり、僕の方を見る。
「ねぇ、お願い。これは全部私の物語に決着をつけるためなの。奴を倒せるのは、私だけ。創造力では叶わないけど、私にはユウたちと過ごしてきた《思い出》がある。これは私の考えなんだけど、《思い出》はどこまでも純粋な『夢』になりうるの。私はやつにはない、《思い出》の力を借りて、創造力を生み出す。そして、絶対に倒す!」
リクは激昂する。
「ええい、黙れ!早く我が物となれ!」
「ぐぁっ...!ぎぎぎぎっ!」
ミアの体がブルブルと震える。
髪が次々と変色し、髪型も曖昧になっている。服が透け、彼女の裸体が浮かび上がる。ミアの体の中は、透明だった。臓器もなければ、骨だってない。彼女の体が、まるでゲームデータがバグを起こしたようにブレ始める。魂が消耗され、もう自分の殻を保てなくなっているのだ。僕は、ミアの体が崩壊していく様を直視したくなかった。できることなら、ここでもう、刀を使って自らの魂を壊してしまいたかった。でも、僕には分かっている。ここで僕は絶対に目を背けちゃいけない。ミアの苦しみは、僕の苦しみであり、彼女の決意は、僕の決意なのだ。僕らがここまで繋いできたもの、生み出してきたもの。僕は、それを思い出す。色々なことがあった。一緒に路地裏の自販機の前で缶コーヒーを飲んだり、『雨の街』へと向かう船の中で、おたがいの辿ってきた人生の話をしたり。
「富士山?」
「うん、そうさ。
日本には3600m以上もの、でっかい山があるんだ。それは、これから向かうブルジュハリファより、はるかに高い山なんだよ。そして、世界には、富士山よりさらに高い山がたくさんある。アコンカグア、K2、そして、エベレスト...。」
「へぇ〜、いいな。
私もそんなでっかい山、見てみたいな。
きっと、すごいんだろうね。
雪が積もって、煙が濛々と上がって...。」
「『宝』を手に入れたら、登りに行こうよ。
富士山なら、家族と行ったことがあるんだけど、途中で母さんが高山病になって、結局山頂まではいけなかったんだ。だけど、ミアみたいに元気な子なら、すぐにでも登れちゃうよ。ミホも誘って、三人で行こう。」
「うん、約束だよ。
絶対に『宝』を手に入れて、ぜったい、ぜ〜ったい、富士山に行こうね!」
そして、僕らは指切りをした。
ミアは再び立ち上がり、僕のことを見つめる。彼女の消えかかった身体はもう、喋ることもままならない。
しかし、僕はミアの瞳の中に輝く星々を見る。そこには、一つの小宇宙があった。ミアがミアとして生きてきた証、幽霊の彼女が何を想い、どのように運命を乗り越えてきたのか。僕には、その苦しみが痛いほど分かった。妹を養うために続けてきた、危険な《メタファー》狩り。本当は、怖くてたまらなかっただろう。辛くて、苦しくて、泣くこともできない毎日。誰にも悩みを相談できず、妹に笑顔を見せ続けなければいけない日々。
僕は、彼女の孤独を受け取った。
彼女の中に芽吹く、強い意志と悲しみ。
それは、相反するものであったが、同時に相補的なものでもあった。彼女は、様々な苦しみを乗り越えて、今ここにいるのだ。僕らとの旅、この世への憧れ、妹を失った悲しみ。その全てが、今の彼女にはつながっている。
「貴族ども、来い!」
《地球の記憶》が叫ぶ。
そして、かつて僕らを打ち負かした三つの魂が呼び出された。
三賢人は上皇に操られ、殻を持つ戦士として現象する。その手には、三種の神器とも言える、幽玄城に隠された古代の武器が握りしめられている。彼らは、武器に創造力を込め、緑色に光り輝くそれを僕らに向けた。
同じく、《地球の記憶》に操られたリクは、腰にかけた王族の刀を構えてジリジリと迫ってくる。
「ユウ君、早く!」
ヒカリちゃんが叫ぶ。
ミアの体は消え掛かっている。
その刹那、圧倒的な沈黙が僕の心を包む。
何も聞こえない。何も見えない。
それは、《虚無》だった。
そこには意思もなければ、今まで生きてきた記憶さえもない。自我さえなければ、魂も存在しない。ほんの一瞬、認識できないほどわずかな時間だったが、僕はそこに身を置いていた。そうか、あの世で死んだら、ここに行くのか...。
なぜそんなことが起きたのか、
僕には分からない。
あるいは、僕の魂は創造力の酷使で一時的に機能を停止したのかもしれない。
だが、僕の心にはかつてリクの話したある言葉が思い浮かんだ。
リクは頭の後ろに腕を組んで言った。
「人ってさ、死んだら、必ずしも『無』になるとは限らないと思うんだ。だって、俺のお婆ちゃんが火葬された時だって、骨や奥歯は残ったんだぜ。きっと、肉体だって白い灰になってから、空気中を漂う煙になって、今もどこかに残ってるさ。そう考えると、俺は一人じゃないって思えるんだ。何をしていても、どこにいても、お婆ちゃんは見守ってくれている。肉体だって形を変えて残っているんだから、きっとお婆ちゃんの魂もどこかで俺のことをずっと見てるってな。だから、俺はなるべく優等生でいたいわけよ。あの世であった時に、恥ずかしくないようにな。」
それを理解した時、僕は決意を込める。
僕らは、いつかどうせここにいくんだ。
だったら、最後の最後まで抗ってやる!
僕は刀に、残された全ての創造力を込め、刃を再び輝かせた。その光は、黄金色に煌めいており、僕は刀を魂の延長線上に置いた。あらゆる事象が、精神によって結び付けられた。わかる。貴族やリクたちがこれからどう動くか、手に取るようにわかる。
僕はミアのいる方へと走って、頷く。
「分かった、僕とヒカリちゃんは、こいつらを倒す。絶対に負けないで、ミア。」
ミアは驚いたように一瞬目を丸くしたが、やがてこれまでに見たことがないほど素敵な笑顔で微笑む。
「うん!」
そして、僕らは背中を合わせる。
これがいよいよ、最後の戦いだ。
私と《地球の記憶》は自らの創造力が作り出した空想世界の中でぶつかり合う。空想世界、あえて表現するなら、そこはとろとろに溶けたゼリーのような場所だった。
肉体や殻による障壁を持たない、純粋な魂同士のぶつかり合い。下手すれば、私の魂は相手に吸収され、《アウフヘーベン》が起こるかもしれない。しかし、人同士の欲がぶつかり合わないと技術が進歩せず、戦争も起こらないのと同じように、魂がぶつかり合わないと、より強い魂は生まれず、魂同士の破壊も起こらない。
私は直接彼の魂に向かって叫ぶ。
「あなたは、今まで罪を犯しすぎた。
ここで、私が絶対に倒す!」
彼は笑う。
「ははは、やれるものならやってみるがいい。今に、幽玄帝国に住む全ての民のイデアを我が支配する時が来る。我は、長い間その準備を進めてきたのだ。各地に散りばめらせたイデア研究所において、幽霊たちが食べる全ての食糧に《メタファー》の核を混ぜて置いたからな。《メタファー》の核こそ、イデアを支配する鍵(キー)なのだ。我がお前を作り出す時も、《メタファー》の核を使った。お前は、自分の兄妹である《メタファー》をずっと殺し続けてきたのだ。そして、次は全て幽霊たちの番だ。この『楽園』に住む貴族たちも、下界に住む貧民たちも、全てが我の支配下に置かれる。そのためにはまず、お前の魂を取り込み、《アウフヘーベン》を成功させる必要があるのだ!」
私は魂を加熱する。
「自分の欲望のためなら、苦しむ民はどうでもいいって言うの!?」
彼の魂は揺れる。
「民、民とな!ふん、やつらは全て我が生み出したものだ。我が命を与え、生命の円環を作ってやった。そして、死して尚、我が元に置いてやっているのだ!そんな我だけのおもちゃを、神である我がどのように扱おうと、誰が文句を言える権利がある!我は全てのイデアの父であり、《メタファー》を操るこの世界そのものだ。全ての魂は我に回帰し、あるゆる比喩は我によって行使される。それこそが、魂の円環、この世で唯一の永久運動だ!我は、魂の消滅から逃れることによって、真に永遠の存在へと昇華するのだ!」
私はユウたちとの旅の記憶を思い出す。
そして、いつか現世で『彼』の語ってくれた物語のことも。
かつて彼は言った。
「僕らはみんな孤独なんだ。」
そして今、ユウの姿と、『彼』の姿が重なり、私の中で一つになる。
「心の窓の中に何があるかなんて、他人にはこれっぽっちもわからない。ミア、君が何に苦しんでいて、どんな時に幸せを感じるのか。それは、"本当"には誰にも分からないんだ。僕にだって、あるいは君自身にだって。僕らの魂がいつか一つになれたなら、もしかして互いを100%理解できるようになるかもしれないけどね。君はそんな世界を望むかい?」
私は首を振る。
「いいえ、そんなのは嫌だ。
だって、魂が一つになってしまったら、私もキミもいなくなってしまうじゃない。私は私のままキミのそばにいたいし、私なりに苦しんで、いつか答えを見つけたい。」
そう、私が彼らに抱く感情はどちらも同じだ。ずっと一緒にいたい。私はひとりじゃない。彼らは私を必要としてくれる。
私はここにいたい。
私は私でありたい。
私は死にたくない。
「君はなぜここにいたいの?
すでに一度死んでしまっているというのに。」
いいえ、違う。
肉体は消滅しても、私の魂は生き続けている。
私はこの世界に「生きて」いたい!
私は、彼らとずっと一緒にいたい!
"君は生きていたんだよ"
そして、私はニヤリと笑う。
「あなたは、死を恐れるのね?
神であるあなたが生命を生み出した?
いいえ、それは違う。
あなたも大いなる諸行無常の一要素でしかない。生まれては、消え続ける全ての存在の一部。宇宙に存在する、ありとあらゆる生命は全て独立した生命を持っている。それは、誰にも支配されないし、操作することができない。星だっていつかは命を失い、消滅するし、宇宙にだって始まりはある。もちろん、いつかは終わりも訪れる。魂だって同じ。生命があるから魂が生まれる!生があるから死があるのと同じように。この世に生まれ落ちた魂は、あの世でいつか虚無へと帰る。死にゆくものたちは次の事態を生きるものたちに自分の意思をつなぎ、魂を受け渡す。私たちは、そんな魂のリレーの中に生きている。生命を生み出すことは、死を受け入れることを意味する。赤ん坊をお腹に宿す母親の中には、生が宿るのと同時にすでに死が隠れている。それでも、彼らは命を繋ぐ。あなたは死を受け入れていない。その時点で、あなたは神にはなれない。」
すると、《地球の記憶》のイデアは震え出す。それはまさしく、冷たい鉄の掌に、ぎゅっと心臓を掴まれたような震えだった。彼は、子供のような弱々しい声で嗚咽を漏らす。
「怖い、怖い、怖い...。
死ぬのが怖い...。
環境破壊、温暖化、核兵器...。
いくつもの病気が俺の中に住み着いている。
もう、死にたくない...。」
私は空想世界の中で彼を抱きしめる。
「大丈夫よ、これからのキミのことは
人間たちがしっかり守っていくから。」
そして、彼の魂はまだ宇宙が始まったばかりの、赤ん坊の頃に回帰していく。岩石が一つになり、大きな星が生まれる。やがて、隕石の衝突によって彼の兄弟が生まれる。そうだ、彼だってひとりじゃない。きっとどこかで、弟と巡り合うことができる。かつては自分と同じように生命を育んでいた、その星と...。私はそこに、自分の生命の記憶を垣間見る。水たまりから生まれた小さなタンパク質、苔のような微生物、海の中を泳ぐ生命の歌、陸を走る生命の踊り、空を飛ぶ生命の夢、そして、言葉を話す人々の歴史。生きていた頃の私の両親、数少なかった友達、そして私にとって大切な『彼』の顔...。そうだ。私は思い出す。私の名前は、「夕見未亜」だ。私が生まれた時に、両親がつけてくれた名前。そういえば、私は両親のことが嫌いだったな。自分には、どこかに本当の親がいるんだと思っていた。ろくに二人のことを知ろうともせずに、どうせ私のことなんて理解してくれないんだと思っていた。母親と激しく喧嘩した日の夜、なぜかテーブルには私のために作られた夕食が置いてあった。どうしてだろう?私のことが嫌いなら、そんなもの作らなくていいのに。
誰かが言った。
『それは、お母さんが君のことを愛していたからだよ。』
私は尋ねる。
愛?愛って何?
『愛。それは、想いだよ。
僕らが僕らであり続けるための、
唯一のテーマさ。
それは、肉体や魂をも超えた、
君だけの宇宙の中にあるんだ。』
それこそが、夢なの?
形のないモノ...。
なんでそれは見えないの?
手に取って、食べたり、
撫でたりできればいいのに。
『それは、目に見えないからこそ価値があるんだよ。もちろん、目に見えるからこそ意味のあるものだってある。目に見えないものも、目に見えるものも、どちらもすっごく大事なんだ。』
ワタシは今、どこにいるの?
『キミは今、ここにいるよ。』
"あなたは誰?"
『私はキミ自身だよ。』
「ずっとそこにいたのね...。」
やがて、そう呟いた
ミアの体が元の形を取り戻した。
彼女は、空想世界から帰還したのだ。
ミアは新しく生まれ変わったかのように、爽やかな顔をしていた。ミアの瞳の暗闇の中には、幾千もの星々が瞬いていた。
「ユウ...!」
彼女は、僕の方を見て笑った。
その笑顔はまるで、小さな新芽が雪の下から命を吹き出すような尊さを象徴していた。
「どんな悪い奴だって、何かしら悩みを抱えているモノなんだね。」
僕は安堵の息をついて頷く。
「そりゃそうさ。悩みを持たない生命なんてあるもんか。」
「ぎゅうううううぅぅぅぅぅ!」
次の瞬間、脳みそがものすごい音を立てて収縮し始め、最終的にビー玉ほどの大きさの球体になった。ミアは、レーザーをそこに撃ち込み、ピンク色のビー玉を木っ端微塵に破壊した。
その瞬間、僕が倒したプラトン、ソクラテスだけでなく、ヒカリちゃんが相手をしていたリク、カントの身体がどさりと地面に崩れ落ちた。おそらく、《地球の記憶》に操られていた魂たちが今、一斉に解放されたのだ。外で戦っていた帝国軍の兵士たちも、今は同じ状態になっているだろう。コントローラーを失ったラジコンは、電池が入っていても動くことはない。だから、空を飛ぶためにラジコンはラジコンであることをやめないといけない。明日を目指す鳥になり、翼を羽ばたかせる必要がある。これでもう、イデア技術によって囚われる幽霊はいなくなった。貴族たちのことは、あとは老人たちに任せればいい。僕はリクのことを背負った。
そして、ヒカリちゃん、ミアと共にその空間を後にした。
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