幽霊少女クロニクルー実験的に「あの世」を体験するためのツール
SUMI
CASE1:MIHO
《MIA》との通信に成功しました。
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よろしくお願いします。
>よろしく。
それじゃあ早速キミのことを教えてもらえる?
はい。
名前は佐藤ミホと言います。
実は私、この間までは(自分で言うのもおこがましいと思うのですが)そこそこ知名度のあるシンガーソングライターとして人様の前に立っていました。もしかして、『SATOMI』という名前ならお分かりになるかもしれません。
>申し訳ないけど、私にはわからないと思う。
前にも言ったように、私はこの世界の住人ではないから...。
そうですか...。まあ、そうですよね。私の名前なんて、どうせいつかは忘れられてしまう雨のようなものですから、気にしなくて大丈夫です。それじゃあ、早速本題に入ります。あの日から、私の耳には不思議な「音」が聞こえるようになりました。それは本当に、突然訪れたのです。世界に向けて解放された私たちの耳には、まるで掃除機に吸い込まれる惨めな埃たちのように、様々な音が集まってきますよね。人々の足音とか、木々が風にそよぐ音とか、雨粒がぽつぽつと土に吸い込まれる音とか。でも、私の場合、その中には明らかにこの世界のものではない「音」が混ざっているのです。
>その『音』が聞こえ始めた時、キミの身の回りでは何か変化があった?
ええ、もちろんありました。
とても大きな変化です。
私は「歌うこと」をやめたのです。
音が聞こえ始めたのは、私が歌から離れて一ヶ月が経った頃でした。
>なぜ、歌をやめてしまったの?
キミは歌手なんでしょ?
簡単なことです。
それは、歌う意味を見失ったからなのです。ここから先に述べることは、音楽をこよなく愛する人たちにとっては、あるいは不快に思われてしまうかもしれません。しかし、これは私の心が実際に感じた、真実なのです。
歌詞について言えば、歌声が伝えられる言葉の数など、限られたものです。それに、世の中に溢れる大半の歌は、誰にでも分かるような薄っぺらい感情表現を集めただけのものであるような気がします(もちろん、私の歌だってそうです。)ところが、小説を読めば、歌よりも遥かに洗練され、強い想いの込められた言葉を浴びることができる。そして、それらの言葉を浴びる中で、自分にとって重要なメッセージを読み取ることもできます。もちろん、歌詞の中にも、詩人のように芸術的なものや、切実なテーマが込められた言葉も存在するとは思います。しかし、そもそも声がうまく聞き取れない時があるし、第一何か伝えたいことがあるなら、わざわざ歌にしなくても直接話せばいいとは思いませんか?
メロディーについて言えば、私は人の手によって作られたハリボテの音楽よりも、自然が奏でるありのままの音楽の方が優れていると感じるようになりました。木の葉が擦れる、カサカサという音、風が奏でる、どーどっどどどという笛の音、雨が地面に吸い込まれる、ぽたぽたという哀しげな音...。それらの純粋な「歌」は、私の心に潤いをもたらしてくれるような気がしました。自然の奏でる言葉、あるいはメッセージ性に注目すると、私は確かに前とは違う世界に身を置いていることを実感できました。
>それで、前と違う世界に身を置いたキミには、不思議な音が聞こえるようになってしまったんだね?
そうです。私は不思議な動物の鳴き声を聞きました。それは、おそらく動物だったはずです。とにかく、その音を聞いた時、私は頭の中に仮想の動物園をつくりだしました。まるで、頭の中に宿命的なメロディーを作り出すように。檻の中では、様々な種類の動物が寝そべっていたり、のっしのっしと歩いています。彼らは、それぞれに個性的な鳴き声を世界に吐き出していました。狼の「アオーン」と叫ぶ声、猿の「キャッキャ」とはしゃぐ声、ゾウの「パオーン」と響く声...。しかし、私が聞いた鳴き声を発していた動物はそこには一匹もいませんでした。私は辺りを見回してみました。しかし、私の周りにいたのは、散歩に来た老人たちが連れている子犬とナラの木に張り付いて騒ぎ続ける蝉だけだったのです。
「うーん。」
私は首を捻りました。
あれは確実に犬の鳴き声でも、蝉の歌声でもない。私が聞いたのは、もっと腹の底から響くような、たとえるなら大地を揺れ動かすような鳴き声だったのです。そして、その声はこの世のものとは覚えないほど甲高かった。まるで、パイプオルガンの最高音を何度も叩いているような響き方でした。そのメロディーをかろうじて言葉にするなら、それはこんな感じになります。
『ぽるむぽろん』
こういう音を聞いたことはありますか?
>ええ、もちろん。
キミは擬音を使うのが上手だね。
うん、それこそが私の言う《メタファー》の発する音なんだ。
やっぱり、あれは
この世の生き物の声ではないんですか。
確かに、あの音は私が自然の中で聴いたどんな『歌』とも性質が異なるものでした...。
>当たり前と言えば当たり前だよね。
だって、《メタファー》はこの世のモノではないんだから。
はい。
とにかく、今、ようやく私は確信しました。この世界の隣には、もう一つの不思議な世界が存在するのですね。
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