夢の旅〜不登校、夢の世界にて斯く成長す〜

クソエイム

1―1夜 「死ぬほど眠れる催眠術、アラーム付き」

 君たちは、夢の世界へ行きたいと思ったことはあるだろうか?


 恋愛、ヒーロー、復讐、ホラー、その他諸々……寝ている時に脳内を駆け巡る夢の世界。皆一度は願ったことがあるんじゃないか?


 だが、実際はそんな幻想が叶うことはない。すぐにでも掴めそうで掴めない。本当は遠く遠く離れた世界。


 じゃあ、現実の世界で夢のような人生を歩めばいいんじゃないかって?現実はそう甘くはない。不条理の壁が幾つも立ちはだかっているのだ。


 結論、夢なんてものは俺達とは縁もゆかりも無い虚構なのだ。


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 スマホから天国と地獄がけたたましく奏でられ、朝の訪れを報せる。俺はゆっくりと手を伸ばし、そのアラームを止める。


 だが、それきりだ。


 部屋には俺一人、残暑厳しい九月にも関わらず布団に籠もっている。カーテンは閉め切っており、明かりは中古のパソコンから出る光のみだ。


 外からは恐らく小学生位の子供達の元気な挨拶が窓越しに聞こえる。さらに今日は大変見事な日本晴れと聞く。こっちとは真反対だ。


「ハァ――――、一体俺はこんなとこで何してるんだか……」


 俺の吐いた重い溜息はこの部屋の陰鬱なオーラに拍車をかけてしまう。ここは深海かもしれない。


 俺は宇津田陽呉16歳。精神病につき不登校の男子高校生だ。

 高校デビューにはうまく行ったはずなのに、様々なやらかしを経て青春をかなぐり捨ててしまった。夏休みなんて家族以外全く人と関わらず過ごしてしまった結果、8月のカレンダーを捲ることになった。


 こんなもんだから、俺は精神がイカれちまったわけだ。


「純粋で、真面目な幼少期があったのになあ、友達も好きな人いたもんなあ……」


 何を思ったのか、俺は布団を吹っ飛ばして立ち上がり、鏡を前にして叫ぶ。


「部活と勉強を頑張って志望校に合格したのにこの仕打ち!俺は何も悪くないのに……何と言う不条理!自分の目の前にそびえる不条理の壁がこうも惨めにしたのだ!! 」


 俺は渾身の演説をしてみせたが、鏡には見事な阿呆面を引っさげた俺の姿が映るのみだ。


 ゾウを目前としたアリの如き無力さを感じた俺は再び布団の要塞に籠もったのだ。


「布団とスマホとパソコンだけは、ずっと俺の味方だよな……」


 こうして、俺は食って寝てを繰り返す自堕落な生活を送ることで時間を浪費してしまった。気付いた頃には深夜になっていた。


「あーー寝れない。これじゃあ本当の廃人になっちまう……どうにかしないと」


 日中寝てしまえば夜中はピンピン。ちょっと考えれば分かることだが、俺はダメダメのようだ。


 しかし、これ以上廃人には成りたくない。なんならいつかはもう一度学校へ行きたい……でも、どうすればこの沼から抜け出せるんだ!


「まずは昼夜逆転を回避しなきゃな……」


 スマホの充電がギリギリだったため、布団の前にパソコンを持ってきて調べることにした。


 30分は経っただろうか、未だ満足の行く検索結果は得られずに、ずっとブルーライトを浴びるだけの時間が続く。


「くそっ、生活習慣の改善とか、次の夜までオールとかそう言うのじゃなくて今すぐ効く方法が欲しいんだ……畜生! 」


 俺は焦りと悔しさのあまり、台パンをした。


 ほぼ諦めてスクロールしていると、一つのサイトが目に留まった。


「ええっと、『死ぬ程眠れる催眠術、アラーム付き』……これだ!! 」


 催眠術て今すぐ寝れるなら俺にピッタリだし、ちょっと面白そうだ。俺は深夜テンションでサイトを開いてみる。


「名前と起床予定日時を記入して、最後にDボタンを押してね! 」


 なんだか怪しさ満点の案内だ。普通の人間ならこんなのを見たらすぐブラウザバックするのだろう。だが俺みたいなホームラン級のバカにとってはお構いなしなのさ。

 

 こうして俺はDボタンを押し、死ぬ程眠れる催眠術を受ける。効果の程は、脳が曇り、一気に体全体の筋肉が弛緩し、魂が抜き取られる感覚がした。それほどまでに速い睡眠だった。


 これで昼夜逆転は免れて最低ラインは維持した……俺は安息のときを迎えたと思った。あとは朝に無事目が覚めるだけ――


 しかし、非常にもその期待は裏切られてしまった。俺の頬には布団ではなく、机の硬い感触が感じられる。


 頭がぼーっとして、意識も混濁し、目もはっきり開けられなかったが、周りには本棚に囲われており、奥には古時計と書見台が置いてあったのが見えた。さらに、正面には一人の少女が寂しそうに座っている。


 そして、彼女の口が開く。


「あなたが創造する夢はなに?」


 彼女は救世主的な眩しいオーラを放っていた。

 

 

 


 

 




 


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